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インタビュー

慶應義塾大学/ 城西大学大学院 菊澤研宗氏

組織も個人も環境に合わせ柔らかく変化する姿勢が大切

読了時間:8

  • 公開日:2026/06/15
  • 更新日:2026/06/15
組織も個人も環境に合わせ柔らかく変化する姿勢が大切

社会やビジネスの環境変化がより激しくなるなか、変化適応力を示す「ダイナミック・ケイパビリティ」という概念が注目を集めている。私たちはこの概念から、企業や個人の変化適応についてどのような学びやヒントを得られるのか。この概念に詳しい菊澤研宗氏に伺った。

日本企業に必要なダイナミック・ケイパビリティ
損得計算だけを徹底的に行うと企業は「合理的失敗」に陥る
企業の変化適応には理念・パーパスおよび損得計算と気品が必要
カニバリゼーションを気にせず大胆にチャレンジした方がよい
過去の遺産を再活用しながら変化適応するのがよい
異動を「自分を豊かにする機会」と考えることを勧めたい

日本企業に必要なダイナミック・ケイパビリティ

私はそもそも、「組織の不条理」を研究していました。組織の不条理とは合理的失敗、つまり組織が合理的に行動したにもかかわらず、失敗してしまうことを指します。

1990年代後半以降、情報技術の発展やインターネットの活用によって、ビジネス環境や社会環境の変化が激しくなりました。この時代に、多くの日本企業が合理的失敗を犯しました。なぜなら、一昔前の成功モデルを洗練させる方向に向かったからです。それらの企業は、変わらなければならない時代に、変わらず洗練化するという選択肢を選んだのです。彼らにはそれが合理的で正しい選択に見えたのですが、実際には間違っていました。環境が変化しているのに自分たちが変化しないということは、実質、退化しているということだからです。

その後、私は2012年に、米カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院で、ダイナミック・ケイパビリティ論を提唱したデイビッド・J・ティース教授のもとでダイナミック・ケイパビリティと日本企業の関係などを研究し始めました。そうして分かったのは、日本企業が合理的失敗から脱却するためには、ダイナミック・ケイパビリティが必要である、ということでした。

損得計算だけを徹底的に行うと企業は「合理的失敗」に陥る

ダイナミック・ケイパビリティとは、直訳すると「変革能力」あるいは「動態力」です。環境の変化をいち早く感知し(感知力)、その変化のなかに新しいビジネスの機会を捉え(捕捉力)、そして既存の資産を再構成・再利用する自己変容力のことです(変容力)。企業が変化する環境に対して進化的に適応する能力という意味で、「進化適合力」とも呼ばれます。

対義語はオーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)で、既存のビジネスモデルのもとに現状をより洗練化する内向きの能力のことです。組織の不条理研究で取り上げた日本企業は、オーディナリー・ケイパビリティばかりを重視し、ダイナミック・ケイパビリティを軽視したために合理的失敗を犯した、と説明できます。

企業がこの種の失敗を犯してしまう根本的な原因は、経営リーダーが「損得計算」だけを徹底的に行ってしまうことにあります。企業が自己変容しようとすると、必ず反対勢力が出現します。そして彼らを説得するには、コストがかかりますが、頭の良い人ほど、そのコストを高く見積もる傾向があります。こうして、変化しない方が合理的となるのです。つまり損得計算だけだと、どうしてもオーディナリー・ケイパビリティ一辺倒になってしまうのです。その結果、ダイナミック・ケイパビリティを発揮できずに失敗を犯すわけです。すなわち、不条理に陥るのです。

企業の変化適応には理念・パーパスおよび損得計算と気品が必要

では、企業がダイナミック・ケイパビリティを発揮するにはどうしたらよいのでしょうか。私は3つの要素が欠かせないと考えています。

1つ目は、「理念・パーパス」などの価値判断基準です。2つ目は、先ほどの話と一見矛盾するようですが、「損得計算」です。

私は損得計算を否定しているわけではありません。むしろ企業が意思決定をする際には、第一に経営リーダーが徹底的に損得計算をすべきだと考えています。その上で理念やパーパスに基づいて価値判断をすることが大切なのです。損得計算と理念・パーパスの両方が必要というわけです。

先ほど、経営リーダーが損得計算だけを徹底すると、必ず合理的失敗を犯して不条理に直面する、という話をしました。その不条理を乗り越え、ダイナミック・ケイパビリティを発揮するためには、理念・パーパスが欠かせないのです。

なぜなら、企業が新たなイノベーションを起こそうとするときは、勇気をもって「儲からないかもしれないが、社会的に正しいビジネス」に一歩を踏み出す他にないからです。チャンスはそのような領域にしかないわけですから。新しいプロジェクトなどを進める際には、示せる前例やデータがないので、損得計算だけで攻めていくと行き詰まります。そのときに、企業の理念やパーパスに照らして判断ができる経営リーダーが必要となるのです。

そこで3つ目の要素が必要になります。それは「気品」です。気品とは、自らが信じる理念やパーパスに基づき、責任をもって意思決定する品格のことです。福澤諭吉は、この気品を重視しました。ある演説では、「慶應義塾で学ぶ者たちには気品をもって、全社会の先導者として立ち上がってほしい」という内容を語っています。私は経営リーダーには気品が必要だと考えます。理念やパーパス、会社の歴史、人権やSDGsなど、さまざまな「数値にならないもの」を踏まえた上で価値判断し、その判断に責任をもつのが、経営リーダーの役割だからです。

なお、ダイナミック・ケイパビリティ論では、企業の理念・パーパスなどは時代に合わせて変えていくのが自然だと考えます。例えば、数十年前はオフィス内で煙草を吸うのは珍しくないことでしたが、今では問題となります。そのように社会の通念や価値観は徐々に変わっていくわけですから、企業も歩みを合わせて当然でしょう。

カニバリゼーションを気にせず大胆にチャレンジした方がよい

ダイナミック・ケイパビリティ論では、「オーケストレーション」という概念も重視します。これは、企業が自己変容を目指して既存資源を再構成する際に、個の総和よりも大きな利益や成果を生み出そうとすることを指します。

例えば、ダイナミック・ケイパビリティ論ではカニバリゼーションを忌避しません。なぜなら、ある企業グループのなかで2つ以上の組織が同じビジネスを行い、時にぶつかり合うことが、むしろ製品・サービスの質を高めたり、顧客を増やして売上を高めたりするケースが珍しくないからです。ユニクロとGUや、ビールと発泡酒などはオーケストレーションの端的な例です。

日本企業では、カニバリゼーションを意識して新たな挑戦を止めるケースが散見されますが、ダイナミック・ケイパビリティ論では、カニバリゼーションを気にせずに大胆にチャレンジした方がよいと考えるのです。この激動の時代に生き残るには、カニバリゼーションなど気にしている場合ではなく、むしろチャンスと捉えることをお勧めします。他にも、より良いオーケストレーションを生み出すために多様な工夫ができるはずです。

過去の遺産を再活用しながら変化適応するのがよい

ダイナミック・ケイパビリティ論を語る上で大事な観点の1つは、ダイナミック・ケイパビリティは「保守主義」であるということです。

保守主義を初めて唱えたのは、18世紀のイギリスの政治家、エドマンド・バークです。彼はフランス革命を批判しました。フランス革命のように理想に従ってすべてを破壊し、一から作り直す革命は危険だと考えたからです。その代わりに、彼は過去を継承しながら、一部を変革して前に進む方法を主張しました。自分たちにとって大切なものを見極め、それを守るために必要なことは積極的に変革していく、というあり方を提唱したのです。この考え方が現代保守主義の始まりです。

ダイナミック・ケイパビリティは、まさにバークの保守主義のマネジメントです。「創造的保守」と呼んでもよいかもしれません。環境に合わせて自己変容する際に過去の知識やノウハウ、技術などを再利用することをむしろ奨励します。過去の遺産を再活用しながら変化適応するのがよいのです。

ちなみに、保守などというと、新たなテクノロジーを避けるかのように思われるかもしれませんが、もちろんそうではありません。例えば、AIやデジタルツールを活用し、感知力を高めるような取り組みは極めて重要だと考えています。

異動を「自分を豊かにする機会」と考えることを勧めたい

ここまで組織の話をしてきましたが、ダイナミック・ケイパビリティは、実は個人にも必要です。ダイナミック・ケイパビリティ論は、感知力、捕捉力、変容力を高めて環境の変化に適応しなければ生き残れない、という話をしているのであり、それは企業も個人もまったく一緒だからです。

つまり、組織も個人も、めまぐるしく変わり続ける社会経済やテクノロジーや国際情勢などに合わせて柔らかく変化し、成長しようとする姿勢が大切なのです。冒頭で述べたとおり、このような激動の時代には、何か1つにこだわるのは非常に危険で、自滅の道(合理的失敗)に進む可能性が高くなります。働く個人の皆さんも、自らの感知力、捕捉力、変容力を磨き、過去の知識やノウハウ、技術などを再利用しながら、しなやかに変わり続けていくことが求められていると考えるべきです。

ですから例えば、企業で働く皆さんは、異動を「自分を豊かにする新しい機会」と考えることをお勧めします。たとえまったく別の職種に就いたとしても、これまでの経験や知識は必ず役に立ちます。過去の蓄積はどこかで再利用できるのです。これがダイナミック・ケイパビリティの考え方です。

【text:米川青馬 photo:平山 諭】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.82 特集1「企業の変化適応とキャリア自律の接点」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
菊澤研宗(きくざわけんしゅう)
慶應義塾大学 商学部 名誉教授
城西大学大学院経営学研究科長

1986年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。防衛大学校教授、中央大学大学院教授、慶應義塾大学商学部教授などを歴任した後、2023年より現職。『組織の不条理を超えて』(単著・中央公論新社)、『組織の不条理』(単著・中央公論新社)など著書多数。

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