インタビュー
東京成徳大学 関谷大輝氏
感情労働レベルの線引きやケアの充実が必要ではないか
- 公開日:2026/01/05
- 更新日:2026/01/05
働く個人の尊厳が毀損されがちな仕事の一種が「感情労働」だ。感情労働では、個人の尊厳はどのように損なわれる可能性があるのか。企業や人事は、感情労働をどのように捉え、どう扱えばよいのか。日本で感情労働研究に取り組む数少ない研究者の1人、関谷大輝氏に伺った。
- 目次
- 感情労働とはどんなものか
- せっかくなら感情労働も上手に楽しくできた方がよい
- どうしたら感情労働が上手にできるようになるのか
- 「組織的な感情の管理」ができている企業は少ないのでは
- テクノロジーの影響を受け定型的な感情労働は減るだろう
感情労働とはどんなものか
感情労働とは、一言でいえば「感情をコントロールしないと成立しない仕事」のことです。自分の感情をコントロールし、顧客に喜んでもらったり満足感を高めたりして、商品販売やサービス提供などに結びつける仕事を指します。
1983年に感情労働という概念を初めて提唱したアーリー・ホックシールドは、その典型例として航空会社のキャビンアテンダントを挙げました。他にも営業職、看護師、小売店や飲食店の店員、学校の先生などが感情労働にあてはまります。
しかし現在では、感情労働はこれらの職業にとどまりません。実に多くの仕事のなかに、感情労働の要素が見られるようになっています。例えば、企業の「管理職」は、今や間違いなく高度感情労働の担い手です。現代の管理職は、上層部の意図を汲み、部下の想いを受け取り、ハラスメントに注意し、多方面のステークホルダーと良い関係を築くことが求められています。いつの間にか、管理職はあらゆる局面で高度な感情コントロールが必要な仕事になったのです。
せっかくなら感情労働も上手に楽しくできた方がよい
感情労働の大きな特徴は、「相手に本音を言えない」「偽の感情を装う必要がある」ということです。腹の立つ客に対して、率直に「ひどいですね」「帰ってください」などと言うことはできません。そうした感情を抑え込み、作り笑いをして、心にもないことを言わなくてはならないのです。
そうやって本音と建て前を使い分けると、自分の内面で葛藤が起き、ストレスがたまります。これを「感情的不協和」といいます。ホックシールド以来、感情労働ではこの感情的不協和が問題とされてきました。個人の感情を売り物として提供する仕事を良くないものとして捉える研究者もいます。
しかし、私の考えは少々異なります。確かに、感情労働をせず、素の自分のままで働けるのなら、それに越したことはありません。しかし現実的には、多くの職業が感情労働的であり、感情労働を避けるのはかなり難しくなっています。そうであるなら、せっかくなら感情労働も上手に楽しくできた方がよいのではないか、というのが私の研究スタンスです。
では、どうしたら感情労働が上手に楽しくできるようになるのか。ポイントを紹介します。
どうしたら感情労働が上手にできるようになるのか
1つ目に大切なのは、「感情労働への理解」を深めることです。一口に感情労働といっても、職業によって感情労働のレベルや特徴はそれぞれ異なります。例えば、コンビニの店員は、多くの来店客に向けて短時間で定型的な感情労働を繰り返す仕事です。一方で、看護師は患者一人ひとりに向けて、深く個別的な感情的コミュニケーションを丁寧に行う必要があります。さらに、コンビニ店員とカフェ店員を比べてみても、感情労働の性質や頻度は似ているかもしれませんが、細かく見ていくと求められる接客は異なるはずです。このように感情労働の質や内容をよく理解した上で、自分の向き不向きを考えてみることが肝要です。
2つ目に、「深層演技」を目指すことをお薦めします。感情労働論のベースには、社会学者アーヴィング・ゴッフマンの「ドラマツルギー」という概念があります。ドラマツルギーとは、簡単にいえば、人々はその場その場で各自にふさわしい役割を演じており、社会はその演技的コミュニケーションで成り立っている、という考え方です。
感情労働の演技には、表層演技と深層演技の2種類があります。表層演技とは、本心とは異なる感情表現を表面的に作ることです。作り笑いやお世辞などは表層演技です。対する深層演技とは、自分の職業にふさわしい感情を本心から抱こうとすることです。例えば、カフェ店員が客にコーヒーを渡すとき、作り笑いをするのが表層演技、本当においしいコーヒーを味わってもらいたいという気持ちで笑顔を見せるのが深層演技です。
両者を比較すると、深層演技の方がストレスに結びつきにくく、心理的にはむしろポジティブな効果が生まれやすいという研究結果があります。もちろん、深層演技にもエネルギーは必要なので疲れることもありますが、一般的には深層演技の方が望ましいケースが多いです。深層演技がうまくできると表層演技のように感情を偽ったり隠したりせずに済むため、ストレスが減る可能性があります。
「組織的な感情の管理」ができている企業は少ないのでは
3つ目に、練習や実践を通して感情労働に「習熟する」という視点を提案したいと思います。スポーツでも芸術でも何でもそうですが、初心者は基本的にあまり楽しめません。習熟するにつれて本当の楽しさを味わえる機会が増え、ストレスの質も変わってくるものです。その点は感情労働もまったく同じです。深層演技に関しても、学んだり、経験を積んだりすることで、上達していける可能性があります。
しかし、私が知る限りでは、このような視点から業務を捉えて、従業員の感情労働を育成する企業はかなり少ないと思われます。
感情労働の成立要件の1つに、「組織的な感情の管理」があります。これは、企業が感情労働に関する研修教育体系を用意したり、従業員がどのレベルまで感情労働をするかを線引きしたり、感情労働の何をどのように評価するかを定めたり、感情労働のメンタルヘルスケアの仕組みを用意したりすることを指します。この組織的な感情管理が充実している企業が少ないのです。
例えば、「カスハラ」という言葉が生まれたことは、感情労働者にとって間違いなくプラスになっています。なぜなら、感情労働をしすぎなくてよい流れができたからです。しかし、それだけでは不十分です。今後は、企業が従業員の感情労働レベルを線引きし、どこまですべきか、どこからはしなくてよいかを明確にすることが肝要です。
また、これからは感情労働の研修やメンタルヘルスケアの充実もポイントになるでしょう。従業員が研修を通じて感情労働スキルを高めることは、企業業績アップにつながるだけでなく、従業員のストレス減少やエンゲージメント向上にもつながるはずです。従業員の尊厳の毀損を防ぐことにもなるでしょう。さらにメンタルヘルスケアを通じて、従業員の感情を守ることも大切です。
冒頭で説明したとおり、管理職も高度感情労働の1つです。管理職向けの感情労働研修やメンタルヘルスケアなどもあってよいと思います。
テクノロジーの影響を受け定型的な感情労働は減るだろう
今後の感情労働は、AIやロボット、ICTなどのテクノロジーの影響を受けて、どんどん変わっていくと思います。
その兆候はすでにあります。例えば、スーパーや小売店では、セルフレジが増えています。セルフレジでは、客が自ら商品のバーコードを読み取り、自ら精算をしなくてはなりませんが、多くの人は文句を言うことなく使っています。結果的に、感情労働を求められる人員は減っています。
同様に、レストランの配膳ロボットやホテルの自動チェックインシステムなども増えています。またコールセンターでは、簡単な問い合わせ対応をAIが行うようになってきています。これらのテクノロジーの進歩によって、さまざまな人が定型的な感情労働から解放されてきているのです。この流れは、今後さらに本格化するでしょう。
同時に、顧客側の意識も変化しています。コンビニなどでセルフレジを使う人たちは、店員から「ありがとうございました」と言われなくても、あまり気にしなくなりました。これからは、こうした定型的な感情労働はなくてもかまわない、という人が多くなっていくかもしれません。
ただ一方で、高級なサービスや、深い人間関係が必要な業種では、相変わらず高度な感情労働が求められるでしょう。おそらく今後の感情労働は二極化が進み、高度な感情労働が残り続ける一方で、定型的な感情労働は減っていくだろうと思います。
【text:米川青馬 photo:平山 諭】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.80 特集1「尊厳ある職場を考える」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
関谷大輝(せきやだいき)氏
東京成徳大学 応用心理学部 健康・スポーツ心理学科 准教授
早稲田大学卒業後、横浜市役所入庁。公務員の傍ら、2011年筑波大学大学院博士後期課程修了。2013年より現職。専門は産業心理学、感情心理学、観光心理学。主な研究テーマは感情労働、感情の働き、温泉心理学。著書に『あなたの仕事、感情労働ですよね?』(花伝社)など。
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