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インタビュー

順天堂大学 道谷里英氏

思いやりをもつことが「尊厳」を守る

  • 公開日:2025/12/15
  • 更新日:2025/12/15
思いやりをもつことが「尊厳」を守る

ワーキング心理学を提唱するD. L. ブルスティン氏は、『人間の仕事』(白桃書房)のなかで「尊厳をもち、機会を得て働けること」の大切さを説いている。そのブルスティン氏のもとで研究する道谷里英氏に、職場の尊厳とは何か、職場の尊厳をどのように守ればよいのかを伺った。

援助要請研究のなかで「職場の尊厳」の研究に出合う
尊厳には「固有の尊厳」と「獲得された尊厳」がある
職場は昔から固有の尊厳が傷つけられやすい場所である
アメリカのdignityは生きていくための手段でもある
職場内の尊厳を守るには言葉にすること、耳を傾けること

援助要請研究のなかで「職場の尊厳」の研究に出合う

私は、いわゆる就職氷河期の1期生でした。人と組織に関するビジネスを行う会社に入社し、働くことにまつわる課題に取り組んでいました。働きながら大学院に通い、カウンセリング科学の博士号を取得しました。研究テーマは、若年就業者のキャリア支援です。その原点には、私自身が就職活動や若手時代に苦労した経験があります。

その後、企業と大学のキャリアセンターでカウンセリングを行うなかで、周囲に相談するのが苦手な人に多く出会い、「援助要請」という研究テーマに興味をもつようになりました。援助要請プロセスのモデル化を進めるなかで、周囲から人として認められる経験があると、周囲に相談できるようになっていくことが見えてきました。

この援助要請研究のなかで、D. L. ブルスティン先生の「職場の尊厳」をテーマとした研究に出合いました。2024年、ブルスティン先生が来日した際にチャンスを得て、2025年9月現在、ボストンカレッジ大学院のブルスティン先生のもとで半年ほど研究している最中です。ここでは、その私の視点から、職場の尊厳についてお話しします。

尊厳には「固有の尊厳」と「獲得された尊厳」がある

前提として、尊厳には「固有の尊厳」と「獲得された尊厳」の2種類があります。

固有の尊厳とは、すべての人が生まれながらにもっている根本的な価値や権利のことで、世界人権宣言などで使われている尊厳はこちらです。

一方で、獲得された尊厳とは、条件付きで周囲から認められる尊厳のことです。例えば、職場で頑張った人や成果を残した人は、このタイプの尊厳を得ることができます。読者の皆さんがイメージする尊厳はどちらでしょうか。

では、尊厳とは、そもそもどのような意味なのでしょうか。

日本語の「尊厳」には、日常的に使う言葉ではない印象があります。尊も厳も、漢字の印象が硬すぎるのです。あるとき、ブルスティン先生にこのことを話したら、「それは問題です。英語のdignityは日常に近い言葉です。dignityには敬意が含まれますが、それほど重くはありません。dignityを守るとは、日々思いやりをもって相手に接すること/相手から思いやりをもって接してもらうこと、人を大切にすること/人から大切にされることを意味します。尊厳を守るというのは、何も難しいことではありません。私たちが日々、周囲の人たちを大切にしながら生きることです」と言っていました。

つまり、固有の尊厳とは、私たち全員が周囲から大切にされる権利があり、同時に私たちは周囲を大切にすべきだということです。獲得された尊厳とは、誰かがポジティブなことをしたりして、周囲から認められ、大切にされることを指します。

職場は昔から固有の尊厳が傷つけられやすい場所である

職場は、獲得された尊厳が重視される一方で、固有の尊厳が傷つけられやすい場所です。なぜなら、現代の職場には、能力で相手を判断する「能力主義」が浸透しきっているからです。

象徴的なのが、「使える(役に立つ)」「使えない(役に立たない)」という言葉です。相手を能力だけで判断する言葉で、「君は使えないね」などと言うだけで、相手の固有の尊厳を容易に傷つけることができます。本当にひどい言い方です。

こうした言葉の延長線上に「パワハラ」があります。パワハラ上司は、心のどこかで「能力の低い部下は厳しく叱ってもよい」「能力の低い部下は自分が鍛えなくてはならない」と思っていないでしょうか。その考えが進みすぎると、能力の低い部下は人間として大切に扱わなくてもよいと勘違いしてしまいます。そうしてパワハラが起こるのです。

職場は昔から、このように日常の人間関係以上に固有の尊厳が傷つけられやすい場所です。ハラスメントの概念が広まって多少変わったかもしれませんが、今も本質は同じでしょう。だからこそ、固有の尊厳を保護する必要があるのです。

もちろん、企業は経済的利益を追求する存在ですから、尊厳を強調しすぎるのは現実的ではありません。成果を出すことや頑張って働くことは大切です。その結果、獲得された尊厳を得ることにもポジティブな意味があります。私はこうしたことを否定しているのではありません。

私が伝えたいのは、だからといって固有の尊厳を軽視してよいわけではない、ということです。組織が人の集まりである以上、全員が人間として大切にされる必要があります。従業員の固有の尊厳を保護することは、経営陣や人事の重要な役割の1つです。最近はカスハラも注目されていますが、カスハラ対策などは、まさに従業員の尊厳を守るために必要な施策の1つです。

アメリカのdignityは生きていくための手段でもある

アメリカに来る前は、「アメリカは尊厳を重視する国だ。ダイバーシティ&インクルージョンがきっと根付いているはずだ」と漠然と考えていました。実際に生活してみて、その背景を少し理解できました。

移民社会のアメリカには、本当に多様な人種や文化的背景をもつ人々が共に暮らしています。違うことが当たり前です。その一方で、長い人種差別の歴史があります。だからこそ、相手を受け入れていることを言葉や態度で具体的に示すことが、社会の安定に不可欠なのです。アメリカのdignityは、日々生きていくために必要な手段でもあるのです。

また、アメリカの職場は、日本以上に尊厳が傷つけられやすいところです。能力主義がきわめて進んでおり、能力や成果がより厳しくジャッジされます。ある日突然、解雇されることも決して珍しくありません。だからこそ、自分や相手の固有の尊厳を守る意識が強い、という側面もあるのです。

アメリカと比べると、日本は解雇されにくかったり、国民皆保険制度が整っていたりして、国民がさまざまな制度で守られています。しかも、多様性に配慮すべき場面はさほど多くありませんでした。日本では、尊厳が脅かされる可能性がアメリカより低いのです。その半面、日常のコミュニケーションのなかで固有の尊厳を守る意識が低くなりやすいのかもしれません。

しかし、最近では日本も、外国人労働者が増えたり、貧富の差が広がったりして、多様性が高まってきています。組織内の多様性も増してきているはずです。私たちは皆、固有の尊厳を守る意識をもっと高めた方がよいと思います。

職場内の尊厳を守るには言葉にすること、耳を傾けること

では、職場内の固有の尊厳を守るにはどうしたらよいのでしょうか。私が皆さんに勧めたいのは、「言葉にすること」と「耳を傾けること」です。

例えば、固有の尊厳が損なわれやすいケースの1つが、「自分の存在が無視されるような扱いを受けること」です。

具体的な事例を紹介します。Aさんにはぜひ参加したいと思っていたプロジェクトがありましたが、そのメンバーに選ばれませんでした。自分が入る確率はかなり高いと思っていたのですが、実は知らないうちに中途採用が行われていて、新たに採用された人が中心メンバーに選ばれたのです。このような状況で、Aさんは「どうして私に何も言ってくれなかったのか」と上司に裏切られたような気持ちが残ってしまいました。人事は思い通りにならないと頭では分かっていても、自分が無視されたように感じたのです。つまり、固有の尊厳が傷ついてしまったのです。もし、上司から一言でも背景の説明があれば、Aさんの尊厳は守られたのではないでしょうか。Aさんも何も言わずに我慢するだけでなく、このことでショックを受けたのであれば、それを伝えることも大切です。

アメリカに来て感じたことは、言葉にすることの大切さです。日本人は、自分の考えや思いをもっと言語化して、相手によく伝えた方がよいと思います。それが自分の尊厳を守ることにつながるのですから。

この事例のような「伝えられていない」だけでなく、「見ていない」や「話を聞いていない」も尊厳が傷つくことにつながりやすいです。ハラスメント未満の言動だけれど、何かモヤモヤするとき、そこには尊厳の傷つきがあるのです。組織人なのだからそれくらいのことを我慢するのは当たり前だと思う方がいるかもしれません。しかし、そのような我慢を強いていては、人を大切にしているとはいえません。こうした経験が蓄積していくと、組織に対する信頼やエンゲージメントが失われていきます。感謝を伝える、ポジティブなフィードバックを行うという尊厳を認めることにつながる関わりも重要ですが、尊厳の傷つきにも目を向ける必要があるのです。

もちろん一方で、声の小さい人、声を上げられない人、弱い立場の人も少なくありません。こうした人たちの声に耳を傾け、上層部や人事などに伝えて職場全体の尊厳を守るのは、私たちカウンセラーの大事な役目の1つです。

最近、上司と部下との1on1がかなり浸透してきましたが、人事の皆さんには、ぜひその対話の質に目を向けてもらえたらと思います。せっかく対話の仕組みを作っても、すれ違いが多ければ尊厳の傷つきを増やしてしまいかねません。上司の負担が大きくなっていますので、カウンセラーを上手に活用してもらえたら幸いです。

【text:米川青馬 photo:平山 諭】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.80 特集1「尊厳ある職場を考える」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
道谷里英(みちたにりえ)氏
順天堂大学 国際教養学部 先任准教授

筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程修了。企業において人事コンサルティング、人事、キャリアカウンセラーに従事した後、筑波大学キャリア支援室准教授などを経て、2021年より現職。『キャリアを支えるカウンセリング』(ナカニシヤ出版)など著書・共著書多数。

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