- 公開日:2025/06/23
- 更新日:2025/06/23

「男性性」とは、具体的には何を意味しているのか。日々の生活や職場において、男性性はどのように問題となっているのか。その問題を解決すると、何がどのように変わるのか。私たちは今後、男性性をどのように捉えればよいのか。男性・男性性の研究を行ってきた渡邊寛氏に伺った。
男性性の規範に沿ってふるまう男性たち
「男性性」とは、一般的には社会・文化的に形作られ期待される男性的な特徴全般を指します。一方で、ジェンダー論や男性性研究では、「男性とは○○である」という男性についての理解をつくる(それによって現状の性差別構造を維持・再生産する)実践が男性性であるとも指摘されています。まずは前者の視点から、「男性性の規範(男性役割、いわゆる男らしさ)」に沿ってふるまう男性像に関する研究を紹介します。
国内外の研究で指摘されてきた典型的・古典的な男性性の規範には、大きく5つの側面があります。「社会的地位の高さ(稼ぎ手として社会的な成功を収めていること)」「精神的・肉体的な強さ(心身共に強靭であること)」「作動性の高さ(他者に依存せず、目標達成のために邁進すること)」「女性的言動の回避(女々しい言動を避けること)」「女性への優位性(女性に対して積極的で、女性を従わせること)」です。これらの規範が、子育て・学校教育・メディアなどさまざまな場面に現れ、それに接してきた男性は男性性に沿った考えやふるまいをしやすくなると考えられてきました。
日本のさまざまな研究をまとめると、男性性の規範に沿った考えをもつ男性ほど仕事中心の生活を送り、家事や育児の責任を果たしていません。加えてそうした男性は情緒的サポート源として妻に依存している一方で、妻に対して共感的なコミュニケーションを行うことは少ないという研究もあります。男性性の規範に肯定的な男性ほど、DVやセクシュアルハラスメントなどを行いやすいことも分かっています。
一方で男性性の規範は、男性自身にも負の影響をもたらします。欧米の研究では、男性性の規範に肯定的な男性ほど、心理的なサポートを求めず、「男らしくなければならない」という葛藤やストレスが高く、心身共に不健康でした。
また日本の職場に関する研究では、マッチョイズムや男性優位が強い風土、または包摂性(多様な人々を受け入れる姿勢)のない風土で働く男性は、上司から男らしさを求められる傾向がありました。そして、上司から男らしさを求められると、男性部下の職務肯定感が下がること、上司への不信感が高まること、職場の居心地が悪くなること、精神的に不健康になることが確認されています。
より複合的かつ重層的に事象を捉えていく必要がある
今述べた研究知見には一定の意義がありますが、多くの人を対象にアンケートで尋ねた経験や実験を行った際の行動についての平均値の話であるため、男性一人ひとりが個別の場面や状況でどのように感じどのようにふるまうかということは、これらの研究からはいえません。また、単発の研究が多く、扱っているのは個人間のデータになります。Aの考えの人とBの考えの人、あるいはAの風土で働く人とBの風土で働く人を比べるとこうなっているとはいえますが、ある個人の考えがAからBに変化したり、働く組織の風土がAからBに変わるとこうなる、とはいえません。加えて、これらの男性性研究にはさまざまな批判も投げかけられています。
例えば、「長時間労働だから家事や育児に関われない」とされることがありますが、「男は仕事」という男性性の規範が弱いと考えられる共働き世帯でも男性の家事や育児への関与は増えていません。つまり、「『男は仕事』に縛られているから」というのは男性の言い訳、現状の正当化となっている可能性があります。こうした点を踏まえ、「男性性に縛られている男性」という側面に焦点を当てることで、性差別構造が維持されるのではないか、という批判があります。
また、男性を画一的に語ることへの批判もあります。人種・階級・年齢・障害・セクシュアリティなどによって置かれている社会的位置は異なります。先の「長時間労働だから家事や育児に関われない」というイメージは、妻子のいる男性の労働を問題とすることで、そうした男性像や家庭像を「標準」とし、それ以外の形で生活している人々を例外としたり「問題にされなくても仕方ない」と捉えたりすることで成り立っているかもしれません。男性を(もちろん女性など他の人のことも)画一的に捉えることで、男性のなかの格差や社会の階層構造も見逃されやすくなります。このため、最初に述べた後者の視点「男性についての理解をつくる実践」としての男性性という視点が生まれたのです。
こうした議論から、男性や男性性の問題について、心理や組織風土といった特定の視点のみから検討するのではなく、より複合的かつ重層的に事象を捉えていく必要があると考えられます。
権力構造や、不平等、格差などの問題が置き去りにされていないか
現在では男性の家庭参加が増えているようにいわれていますが、生活時間の調査を確認すると、男性の家事・育児時間にはほとんど変化が見られません。つまり、女性が男性よりも多く家事や育児をしている構造自体は、結局変わっていません。「男性が変わってきた」と喧伝することで、男性が実際には変わっていないということが見えにくくなっている(隠されている)のかもしれません。
同じように考えてみたときに、組織の風土や構造に関して危惧されるのは、「企業内のマッチョイズムを問題視していても、男性優位な構造は残ったまま」という状態になることです。例えば、「仕事だけでなく子育ても家事もすること」や「強いリーダーシップだけではなく他者に気遣いできること」が称揚されることで、一部の人や組織の評価が高くなる一方で、企業での男女の賃金や職階などの格差は変わらず、家事や育児の大半も相変わらず女性が行っている。あるいは「マッチョイズムさえなければ男性だけでなくすべての人が働きやすくなる」と言うことで、社会のさまざまな制度の問題や女性・女性性に対する差別的なまなざしが見えにくくなったり放置されたりする。そのようなことも容易に想像できます。
つまり、「○○が問題だ、○○を解決すれば良くなる」と言うことで見えなくなったり隠されたりする事柄があり、特定の問題をなくせば企業や社会が良くなるとはいえないのです。私たちはマッチョイズムの解消に気をとられるあまり、いかに権力構造が維持・再生産され、不平等や格差の解消に目が向けられないかという、より本質的な問題を忘れてはなりません。包摂性という言葉は美しいですが、私たちは今後、企業が本当に包摂性を実現できているかどうか、企業・組織に都合の良い論理のなかでの包摂ではないのか、よく見極める必要があると思います。
【text:米川青馬 photo:伊藤 誠】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.78 特集1「職場におけるマッチョイズムの功罪」より抜粋・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
渡邊 寛(わたなべゆたか)氏
昭和女子大学 人間社会学部心理学科 助教(取材時)
筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程修了。2020年4月~2025年3月、昭和女子大学人間社会学部助教。専門はジェンダー・セクシュアリティ論。著書に『ジェンダーの発達科学』(責任編集・共著・新曜社)、『恋の悩みの科学』(共著・福村出版)などがある。
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