- 公開日:2025/01/06
- 更新日:2025/01/06

新卒採用は企業と学生の相互行為であり、企業が学生を選ぶ一方で、学生も企業を選んでいる。井口尚樹氏は学生の企業選択プロセスを研究し、その成果を『選ぶ就活生、選ばれる企業』(晃洋書房)にまとめた。学生は企業の何をどう見ているのか。企業はどうしたらよりよいマッチングを実現できるのか。詳しく伺った。
- 目次
- 新卒採用の実際は企業と学生の相互選択であるという気づき
- 日本の新卒採用は結局それほど変化していない
- 日本の新卒採用は5つのサブ・ゲームからなる「複合ゲーム」だ
- 選考の「正当性と妥当性」を重視すると良い採用につながる
- 振り切った選考基準で差別化を図るとよいのでは
- 大学側は「社会の見取り図」を学生に教える役割を果たそう
新卒採用の実際は企業と学生の相互選択であるという気づき
私は元々、差別やいじめなど、他者からの否定的評価に対する抵抗に関心を抱いていました。その一種として、就職活動で企業から不採用と伝えられたとき、人格否定のように感じられてしまう理由を研究し始めました。ところが、学生にインタビューすると、私の思考の枠組が狭すぎたことが分かりました。例えば、「あんな面接で私を不採用にした会社は、こちらから願い下げです」といったコメントをする学生が何人もいました。企業が一方的に学生を選んでいると考えていましたが、実際は学生が企業を選択している面もあったのです。この経験から、私は学生と企業の相互選択プロセスに興味をもったのです。
日本の新卒採用は結局それほど変化していない
まず日本の新卒採用の現状ですが、結局はそれほど変化していません。もちろん多少は変わっています。労働人口減少で学生の就職が決まりやすくなったり、新たな採用手法を試す企業が出てきたり、個人のキャリアを重視する企業が増えたりしていることは確かです。しかし、新卒採用の根本的な構造は長らく変わっていないのです。
学生側を見ると、依然として大手有名企業を希望する学生が多く、そうした企業の採用競争率は変わらず高いままです。起業を志向したり、新卒でNPOに入り社会課題解決に取り組んだりする学生が増える様子もありません。多くの学生が、昔と同じような就職活動のプロセスをたどっています。
一方の企業側は、やはり昔と同じようにテストや面接の選考基準が不透明です。毎年相当数を採用しており、学生に職務経験がなく、潜在能力を測りにくいために、スキル要件などを明確にできないからです。結果的に多くの学生が「自分がなぜ選考を通ったのか、なぜ落ちたのかがよく分からないことが多かった」と不満を感じています。
日本の新卒採用は5つのサブ・ゲームからなる「複合ゲーム」だ
「就職ゲーム」という概念で、新卒採用の採用基準の不透明さをもう少し詳しく説明します。
就職ゲームとは、求職者が就職活動をする際に用いる言説、実践、戦略のことです。この概念を提唱したシャロンは、アメリカのホワイト・カラー失業者はケミストリー・ゲーム、イスラエルのホワイト・カラー失業者はスペック・ゲーム、アメリカのブルー・カラー失業者は勤勉ゲームという就職ゲームを行っていると分析しました。
私が日本の新卒採用を分析したところ、学生たちは選考プロセスを通じ、「5つのサブ・ゲーム」が組み合わさった「複合ゲーム」として就職活動を捉えていることが分かりました。
5つを紹介します。「スペック・ゲーム」は、学校歴や専攻など履歴書上の情報に基づいて学生を選抜するゲームです。「ケミストリー・ゲーム」は、面接などを通じて採用担当者との心理的なつながりを築くことが重視されるゲームです。「従順ゲーム」は、垂直的関係での従順さを測るゲームです。「コミットメント・ゲーム」は、応募企業に対するコミットメントの強さを評価するゲームです。最後の「スキル・ゲーム」は、業務に必要な能力・技能を直接的に測るゲームです。
学生や企業・専攻ごとに組み合わせは異なります。学生たちは、各企業のテストや面接を受ける際、どの就職ゲームの組み合わせが行われているかをそのつど自分なりに推測しながら参加しているのです。これでは学生たちが「選考基準がよく分からない」と感じて当然です。先ほど触れたとおり、アメリカやイスラエルではもっとシンプルな就職ゲームが行われています。日本の新卒採用は、極めて複雑で曖昧で難易度の高い就職ゲームなのです。
選考の「正当性と妥当性」を重視すると良い採用につながる
以上を踏まえて、私が企業に勧めたいのは、選考の「正当性と妥当性」を重視することです。正当性とは、合理的な理由に基づき、正当な採用プロセスで選考することです。妥当性とは、能力を正確に測定できる手法を使うことです。
私のインタビューでは、学生は選考の正当性と妥当性を吟味しており、正当性と妥当性のある選考をする企業では気持ちよく働けるはずだと感じていました。学生たちは複雑な就職ゲームを通して、しっかりと企業選びをしていたのです。
そこで、自社の選考基準や正当性を学生に理解してもらいたい企業は、面接のなかで質問後に質問意図を伝えると効果があるでしょう。例えば、「この会社はこういうことを大事にしているから、今の質問をしたのです」と言うのです。そうすると学生は選考基準を具体的に理解でき、自分がその会社にフィットしそうかどうかも判断しやすくなります。質問意図をこまめに伝えておくと、合格でも不合格でも学生の納得度が高まり、企業の印象の改善や内定後の不安による辞退を減らす効果が期待できるでしょう。
振り切った選考基準で差別化を図るとよいのでは
もう1つ提案したいのは、選考基準(就職ゲーム)を明示することです。その際、振り切った選考基準で差別化を図る戦略も有効と考えます。
例えば、「私たちはスキル・ゲームに特化した採用しか行いません」という企業があってよいと思うのです。反対に、「私たちは徹底的に人柄重視の採用を行っており、ケミストリー・ゲーム一辺倒の選考をします」という企業があってもよいでしょう。採用は人事全体のあり方と結びついていますから、選考基準には各社の特徴が反映されるとよいでしょう。もちろん、どの就職ゲームの組み合わせを選ぶのかは各企業の自由です。そうやって各企業の就職ゲームの違いがもっと明確になれば、学生も自身に合った就職先を選びやすくなるはずです。
大学側は「社会の見取り図」を学生に教える役割を果たそう
最後に、新卒採用における大学の役割について触れます。私は、キャリア教育などで大学側は「社会の見取り図」を学生に教える必要があると考えています。社会の見取り図とは、日本や世界にどのような社会課題があり、各課題をどの業種・職種が解決しているのかという知識マップです。
実は、いくら自己分析をしたところで、この見取り図をもっていなければ、学生は満足のいく企業選びができません。自分が社会で何をしたいのか、どのような社会課題解決に携わりたいのかが明確にならないからです。
社会の見取り図に関する知識は、多くの授業で学ぶことができ、地域課題に触れる実習授業などを通して学ぶこともできます。地域の現場に触れるなかで、解決したい社会課題や気になる業種・職種が見つかることは珍しくありません。これまでの「自己」にばかりフォーカスさせるのではなく、大学は社会の見取り図を伝え、新しい自己の可能性を開く機会を提供することも大切なのです。
【text:米川 青馬 photo:森田 公司】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.76 特集「『選び・選ばれる』時代の新卒採用」より抜粋・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
井口 尚樹(いぐち なおき)氏
九州工業大学 教養教育院 人文社会系 准教授
2018年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。目白大学社会学部専任講師などを経て、2024年より現職。著書に『選ぶ就活生、選ばれる企業』(単著・晃洋書房)、『社会的企業の日韓比較』(共著・明石書店)、『再犯防止から社会参加へ』(共著・日本評論社)などがある。
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