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インタビュー

東洋大学 中西善信氏

組織はなぜ落とし穴を知りながら外部圧力に従ってしまうのか

  • 公開日:2024/07/08
  • 更新日:2024/07/08
組織はなぜ落とし穴を知りながら外部圧力に従ってしまうのか

組織内に、成果や効率を犠牲にするようなルールが増えるのはなぜだろうか。東洋大学 経営学部 教授の中西善信氏は『公共調達の組織論』(千倉書房)で、その理由を「正統性」と「アカウンタビリティ」の2つの概念を使って論じている。その内容や解決方法などについて、詳しく伺った。

一般競争入札に変えた結果成果物のレベルが下がった事例
組織はリソースを得るために正統と認められようとする
ルールが厳しすぎるとかえって正しさを失うことがある
手続きアカウンタビリティばかりがフォーカスされている
厳しすぎるルールや過剰管理を「緩めること」も大切だ

一般競争入札に変えた結果成果物のレベルが下がった事例

私は研究者になる前に長年、実務家として技術職と事務職の接点のような仕事に携わり、民間企業とも行政機関とも深く関わってきました。『公共調達の組織論』は、実務家時代の問題意識を学術研究へと昇華させたものです。

例えば、私は実務家時代に、官庁が公共調達の際、「改革」の方針に従って「公正性(公平性と透明性)」を重視する調達方式(一般競争入札)を採用した結果、調達した成果物が要求水準を満たさないケースをしばしば見かけました。

これらの官庁は以前、特定の事業者を相手にした指名競争入札や随意契約を行っていました。そのときは優れた技術や能力をもった、質の高い成果物を出す会社が受注していました。ところが、癒着の恐れがあると外部から指摘されて発注のハードルを下げ、一般競争入札に変えた結果、価格の安さばかりが評価されるようになり、技術や能力の要件を満たさない会社が受注して、成果物のレベルが下がってしまったのです。もちろん「改革」にも一定の意義があります。しかしこれらの官庁は、公正性のために損をした側面があるわけです。しかも彼らは、このような状況になることを認識していながら、立ち止まれなかったのです。

一方で、それまで案件を継続的に受注していた事業者のなかには、ライバルが真似できない「オンリーワン」を目指して切磋琢磨し、真っ当なビジネスを展開してきたにもかかわらず、「オンリーワン」であることを「公正でない」と断じられ、泣く泣く事業継続を断念する者もいました。

本当にこのようなことでよいのでしょうか。組織はなぜ、さらなる問題の落とし穴に陥ると分かっていながら、外部からの圧力に従ってしまうのでしょうか。この問いが本書の問題意識です。

組織はリソースを得るために正統と認められようとする

私はこの問いを、正統性とアカウンタビリティをキーワードに探究しました。

「正統性」とは、その対象が「真っ当だと受け入れられること」です。例えば、現代では多くの企業が何らかの形でSDGsに取り組んでいますが、その理由の一部は、自分たちが真っ当な会社であると思われたいからだということは否定できないでしょう。正統性を獲得するためにSDGsに取り組んでいる側面があるわけです。

「アカウンタビリティ」とは、組織が外部者に対して自らの行為の妥当性などについて説明し、自らの行為を正当化して外部者の理解を得る責務のことです。「説明責任」と訳されます。

結論を先取りすると、組織は活動に必要なリソースを獲得するために外部から正統と認められようとして、アカウンタビリティを果たそうとします。組織が外部からの圧力に従うのは、アカウンタビリティを果たして正統性を示すことが自分たちの得になると考えているからなのです。しかしその結果、とにかくルールを遵守することだけにこだわり、成果物のレベルが下がるような問題の落とし穴に陥ることがしばしばあるのです。

ルールが厳しすぎるとかえって正しさを失うことがある

行政機関は、アカウンタビリティを特に重視する傾向があります。なぜなら、彼らは野党やメディアなどから頻繁にアカウンタビリティの追及を受けるからです。行政機関が税金を正しく使っているのかどうかを追及することで、野党やメディアは自らの存在価値を示そうとしているわけです。さらに最近は、SNSの存在が外部監視の目を一層強化しています。そのため、行政機関の職員はアカウンタビリティを強く意識しています。事実、私の面接調査では、行政機関職員が「これでは説明できない」などの表現をよく用いていました。説明できないとは、まさにアカウンタビリティを果たせないという意味です。

アカウンタビリティを果たすには、形式的であってもルールに従っておく方が確実です。そのため、一般競争入札に限らず、行政のルールは厳しくなる一方です。しかし、ルールを厳しくしすぎると2種類のネガティブな作用が働きます。

1つ目に、厳しいルールのもとでは、効率性が下がることがよくあります。この例は枚挙に暇がありません。例えば、何を買うにも事前決裁が必要な会社が、コロナ禍のマスクが品薄な時期にマスクをリアルタイムに購入できずに何度も買いそびれ、遂にはマスク不足に陥ってしまったという話を聞いたことがあります。ルールを厳しくすればするほど、こうして機会を失ったり、無駄が増えたりすることが起きがちです。

2つ目に、ルールが厳しすぎると、かえって正しさを失ってしまうことがあります。先の一般競争入札の事例では、実は受注業者が成果物を納品できなかったケースもあると聞きます。本来なら、契約不履行で翌年度から入札できなくすべきですが、それではその業者に発注した行政側の非も問われてしまいます。そのため、発注者が納品されたように取り繕うことすらあるというのです。

公正性のために導入された一般競争入札が、かえって正しくない事態を引き起こしているわけです。これでは本末転倒ではないでしょうか。実は守れないほど厳しいルールは、こうして違反を生み出すことが多いのです。

手続きアカウンタビリティばかりがフォーカスされている

このように日本の行政機関のルールが厳しくなってしまう背景には、「手続きアカウンタビリティ」が重視されがちな実態があります。

実は、アカウンタビリティには、「手続きアカウンタビリティ」「成果アカウンタビリティ」「財政アカウンタビリティ」の3種類があります。このうち財政アカウンタビリティは、会計担当者以外は関係しないのでここでは触れません。

私が取材した範囲では、日本では成果アカウンタビリティの追及は全般的に弱いことが分かっています。例えば国会でも、野党が行政の成果を追及することはあまりありません。野党やメディアは、行政の手続きの正しさにばかりフォーカスを当てているのです。これには仕方がない部分もあります。行政は企業と違い、福祉のように成果を数値で測りにくい取り組みが多いからです。

ただ、それを加味しても、日本の行政機関は成果アカウンタビリティを軽視し、手続きアカウンタビリティに偏っているのが実態です。その大きな要因は、第1に、成果が出るまで関心をもち続ける有権者や視聴者が多くないからです。第2に、行政は間違ってはならず、最初から100%達成しなければならないという「無謬(むびゅう)性神話」があるからです。無謬性神話との相性が良くないために、成果アカウンタビリティが行政機関に根づかなかった側面もあるのです。

結果として、手続きアカウンタビリティばかりがフォーカスされ、行政機関内で手続きルールを作る管理部門が、成果を出したい現場よりも優位に立つ現状があります。そして冒頭の一般競争入札の事例のような事態が起きているわけです。

厳しすぎるルールや過剰管理を「緩めること」も大切だ

以上を踏まえ、私が行政機関や企業に提案したいのは「緩めること」そして「任せること」です。厳しすぎるルールや過剰な管理を緩めたり、権限を現場に委譲したりするのです。航空会社は、航空機が着陸するかどうかを機長の判断に任せています。多くの企業がこのように権限委譲できるはずです。その際、手続きアカウンタビリティよりも成果アカウンタビリティで正統性を得る方法を模索すべきです。

例えば、3Mの「15%カルチャー(総勤務時間の15%は、会社から与えられたテーマ以外に使ってもよいという文化)」は、緩める方法として優れています。このような緩める文化が、中長期的にイノベーションを生み出し、成果を高める源泉となるのです。過剰な管理は、短期的な効率を高める一方で、イノベーションを抑圧します。

最近は日本の行政でも「アジャイル型政策形成」の試みが始まっています。私は本当にできるのか懐疑的ですが、実行できるのなら素晴らしいことです。どちらの事例も、手続きアカウンタビリティに割く時間や労力を減らし、成果を確認しながら計画を修正していく成果アカウンタビリティにウェイトを移しているのが特徴的です。

より根本的なことをいえば、ルールは環境が変化すると、役に立たなくなることがよくあります。しかし、時代が変わっても昔のルールは残ったままになりがちです。そうやってルールが積み重ねられたために、環境が大きく変わったときに組織が対応できなくなることがよくあります。時代の要請に合わせて、ルールを緩めたり減らしたりすることは、組織が変化に適応して生き残るために大切ではないでしょうか。さまざまな面でルールや管理を緩め、任せることが大事な時代になってきています。そして私たち自身も、「緩めること」に寛容であるべきなのです。

【text:米川 青馬 photo:伊藤 誠】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.74 特集1「オーバーマネジメント─管理しすぎを考える」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
中西 善信(なかにし よしのぶ)氏
東洋大学 経営学部 経営学科 教授

1992年京都大学理学部卒業。全日本空輸などで勤務後、2014年神戸大学大学院経営学研究科修了。長崎大学准教授、東洋大学准教授を経て2024年より現職。専門は経営組織論。著書に『公共調達の組織論』(千倉書房)、『知識移転のダイナミズム』(白桃書房)などがある。

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