- 公開日:2024/02/09
- 更新日:2024/05/16
障害者の働き方といえば、法定雇用率に配慮する企業で働くか、全国に約1万5000カ所ある就労継続支援事業所で働くか、主に2通りしかなかった。もちろん、企業と就労継続支援事業所は薄いつながりしかない。そこに現れたのがVALT JAPAN(ヴァルトジャパン)だ。両者の仲介者として、企業から自ら仕事を受注し、それを就労継続支援事業所で働く障害者に担ってもらう。その革命的ビジネスモデルはどうやって生まれたのか。
シンプルな発想で社会課題の解決に取り組む人
企業では、働き手が足りない。一方で社会には、働く意思があり、就労継続支援事業所に通いながらも、働く機会に恵まれない障害がある人たちが大勢いる。さて、どうするか。企業が、就労継続支援事業所に所属する障害がある人たちの活用を考えるようにしてはどうだろう。このようなシンプルな発想で、社会の重要問題の解決に取り組む人がいる。VALT JAPANの代表取締役CEOである小野貴也氏である。
障害や難病のある就労困難者は日本に1500万人いる。日本の人口は減り続け、20年後の労働人口はそれと同じレベルだけ減少する。民間の研究機関の調査でも、2040年の時点で、労働需要と労働供給の間に1100万人のギャップが発生すると予測している。
企業と就労継続支援事業所にどんな“架け橋”を作り、障害者を活用しているのか。ビジネスの詳細に立ち入る前に、まず小野氏の経歴を振り返っておきたい。
典型的な野球少年だった。高校では強豪校でキャプテンまで務め、野球の強い大学に進学するものの、実力の差を思い知る。どうやっても1軍では活躍できない。卒業時にはマスコミを志望し、各社受けまくるが、どこも通らない。同級生は次々に就職先が決まっていき、気持ちは焦るばかり。自分が本当に取り組みたい仕事は何か。改めて振り返ると、医療業界だった。小野氏が話す。「10歳くらいのときに急性腹膜炎になり、救急車で運ばれたんです。6時間遅れていたら、命を落としていたかもしれない、と後から聞かされました。その経験があったものですから、自分の命を救ってくれた医療業界で働きたいと思ったんです」
薬でも治らないことがあるんだ!
就職先は塩野義製薬で、生活習慣病と精神疾患系の薬品を扱うMR(医療情報担当者)となる。実は小野氏自身、大学時代から過食症に悩んでいた。毎食、大量に食べては吐いてしまう。1カ月の食費は30万円を超えるほどだった。
そんなこともあり、ある日、精神疾患の患者が集まる会に出席してみた。各自がさまざまな悩みを打ち明けるなか、全員に共通しているものが1つだけあった。仕事がうまくいっていないのだ。「服薬すると、症状が緩和し、『仕事頑張ろう』となるんですが、いざ出勤すると思うように働けない。就職もうまくいかない。僕は当初、薬さえあればすべて解決すると思っていました。でも現実はそうではなかったのです。薬で解決できることには限界がある。この事実に衝撃を受けました。そこで思ったのです。こういう悩みをもった人たちが活躍できるような仕組みづくりをやりたいと」
小野氏の行動はすばやかった。3カ月後には、会社を辞め、起業していた。2014年8月のことだ。
ところが社長といっても何をしたらいいか分からない。肝心のビジネスモデルもない。パワーポイントにアイディアを記しては、知人に相談に行く毎日。その枚数は300にもなっていた。
数多くの失敗を重ねながらも、いけそうなものが1つだけあった。リモートコンシェルジュである。大勢のなかで働くことが難しい精神障害者が、インターネット回線を利用するIP電話を使い、例えば中小企業の社長のデータ収集や資料作成、スケジュール調整といった秘書的な用件に専任で応えるというもの。やりたいという働き手も5、6名確保でき、IP電話も父親からお金を借りて購入した。パソコンも設置した。あとは顧客だけだ。
ところが、電話はついぞ鳴らなかった。いくら営業をかけても、「いいね」という反応はあるものの、価格面で折り合わない。そのまま突き進んでも赤字の山になるのは明らかで、早々に撤退を余儀なくされた。
ただ、そんなことでめげる小野氏ではない。そのうち、厚生労働省が設置している就労継続支援事業所の存在を知る。企業に就職していない障害者が就労や訓練を通じ社会参画ができる障害者福祉サービスの一環だ。
ある就労継続支援事業所の経営者と話をするとこう言われた。「君の思いにはすごく共感する。私の事業所にも障害者が20~30名いるが、圧倒的に仕事が足りないんだ。小野さん、そこまで考えているなら営業してくれないか」と。
NEXT HERO。自分の人生、自分が主役
小野氏も思わぬ話の展開に驚いたが、やるしかなかった。リモートコンシェルジュの仕事で営業をかけた社長らに再び連絡し、「データ入力でもパワーポイントの作成でも何でもしますから、何か仕事はないでしょうか」と問うと、「俺が作ったパワーポイントの資料、格好悪いからきれいに整えて」と頼まれた。
数日後、就労継続支援事業所から返ってきた資料は、予想を遥かに超え、美しく洗練されていた。依頼した社長も感激していた。
この経験から生まれたのが、現在の看板事業である「NEXT HERO」である。HEROとは主役のこと。誰もが、仕事を通じて「自分の人生、自分が主役だ」と本気で思える社会を作る、という決意が込められている。
具体的には、企業や官公庁から、運送、清掃、IT運用といった彼らにとってのノンコア業務を請け負い、それを就労継続支援事業所で働く人たちに担ってもらい、VALT JAPANが納期と品質を担保するというプラットフォームを作った。就労継続支援事業所を利用する人たちについて、得意な仕事領域とチャレンジしたい領域、就労可能な時間といった能力の具体的な中身を集積した上で、それらのケイパビリティデータに基づき、各就労継続支援事業所に最適な仕事を分配する。
「障害者を直接的に支援するわけではなく、企業などの経済セクターと就労困難セクターの双方が協働し、仕事を通じて障害者が活躍する仕組みを作ることが僕らのミッションです。ポイントはわれわれが受注者であること。受注した仕事を先ほどのデータに基づいて彼らに再委託し、今までになかった新しい活躍の機会を創出するのがNEXT HEROです。このモデルだからこそ、就労困難者は現時点では実力がなくても、新しい仕事に挑戦しやすい。逆に顧客側も、われわれが100%の品質を担保するので安心、という構造なのです」
障害者が得意な仕事にはどんなものがあるのか。「AIアノテーション含め、デジタル系にはとても強いですし、モノをピッキングしてラッピングするといった流通加工の現場でも戦力を発揮しています。他にも、ビジネスホテルの客室清掃があります。これは品質が高く、清掃というよりルームメイキングという言葉がぴったりです」
NEXT HEROにはこれまで、就労継続支援事業所が2000(全国の総事業所数は1万5000)、ワーカーは4万人超が関わっている(日本全国の就労継続支援事業所に通う障害者は50万人)。顧客先は累計で約350。大企業からベンチャー企業、官公庁、財団法人までさまざまだ。「僕らの顧客は3つの特徴をもっています。1つは就労困難者の特性を最大化できること、もう1つが自分たちのマーケットが成長していること。最後がロボティクス化が困難で人の手を要する仕事があることです」
理想を掲げる現実主義者たれ
このモデルで一番好影響を受けるのはワーカーの人たちかもしれない。就労継続支援B型事業所で働く場合、平均工賃は現在、月1万6000円である。この12年間で、増えたのはたった4000円ほどだ。それに対し、NEXT HEROに参画すると、3万2000円も増える。つまり工賃は4万8000円になる。
日本には法定雇用率という制度がある。1976年から始まった制度で、その割合だけの障害者雇用率を達成できていない企業は国に対し納付金を納めなければならない。このNEXT HEROは法定雇用率とは無関係の仕組みだが、多くの企業が活用しているのは、NEXT HEROで働くワーカーのなかから自分たちが「いい」と思った人を直接雇用に切り替えていく意図があるからだという。「法定雇用率を満たすためだけではなく、実際の仕事を通じて、能力や人柄も見極め、ふさわしい人なら自社で雇用しようという動きが始まっているのです」
小野氏は続ける。「日本にこれまで存在しなかった協働市場を創りたい。障害者雇用市場はある。法定雇用率があるからです。でも、障害者を雇用する前に一緒に働く協働機会はないんです。地域社会の就労困難者がその市場に取り込まれることで、賃金が上がり、自己実現が加速する。僕はこれを、社会に大きな影響をもたらす『インパクトサプライチェーン』と呼んでいます。その積み重ねが日本社会を元気にするでしょうし、同じモデルを世界に輸出できるかもしれない」
実は社名のVALTはZur Welt(世界へ)という意味を示すドイツ語からの造語だ。その背景にはこのモデルを世界のインフラにしたいという小野氏の思いが存在する。
座右の銘は「理想を掲げる現実主義者たれ」。まずは日本の足場をしっかり固めるつもりだ。
【text:荻野 進介 photo:山崎 祥和】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.72 連載「Message from TOP 社会を変えるリーダー」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
小野 貴也(おの たかなり)氏
VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO
1988年生まれ、大分県出身。富士大学卒業。塩野義製薬に入社後、障害や難病のある人の活躍機会の喪失に衝撃を受け、同社を退社、VALT JAPANを立ち上げた。著書『社会を変えるスタートアップ「就労困難者ゼロ社会」の実現』(光文社新書)。
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