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インタビュー

東京大学大学院 村本由紀子氏

周りと違う発想や行動をしてもよいと思える職場を目指そう

  • 公開日:2020/10/19
  • 更新日:2024/03/22
周りと違う発想や行動をしてもよいと思える職場を目指そう

「自律的に働く」について考えるとき、見過ごせないことの1つが「職場の空気」だ。どうすれば、職場の空気を変えていけるのか、どう変えていけば、社員はより自律的に働きやすくなるのか。集団の文化や規範と個人の心理や行動の関係を研究する村本由紀子氏に伺った。

職場特有の空気、暗黙のルールに縛られてしまう
暗黙の規範を変えるのは決して容易なことではない
2種類の誤った推測が「不人気な規範」の命を延ばす
小さな行動変容が重なるとあるとき一気に空気が変わる

職場特有の空気、暗黙のルールに縛られてしまう

私は、国や地域の文化の違いが、人の心理や行動にどのように関係するかについて研究しており、そのなかで、同じコミュニティに属する人たちがどういうメカニズムで、ある慣習に携わるようになるのか、いったん出来上がった暗黙のルールが、どのように心理や行動を方向づけるのかについても探るようになりました。

どの職場にも、例えば「上司が帰るまで、部下は帰ってはいけない」などの、職場特有の空気があるはずです。こうした暗黙のルールは私たち自身が作り出すものですが、それにもかかわらず、私たちはたびたびそれに縛られてしまいます。ついつい「空気を読む」わけです。だからこそ、いつまで経っても、上司が帰るまで部下が帰れない職場が存在するのです。

既存の規範を打ち破り、そこから脱するのは容易ではありませんが、不可能というわけでもありません。社会心理学の研究成果から、役に立たなくなった規範を打ち破るヒントをご紹介します。

暗黙の規範を変えるのは決して容易なことではない

規範をすべてなくせば、自律的に働く社員が増える、というわけではありません。もし規範がゼロになったら、社員は行動の基準を失って戸惑い、目標の共有も困難になるでしょう。それは、自律的に働くこととは違うはずです。

元来、規範は社会生活を円滑に行うためのものです。例えば、エスカレーターで片側に寄るルールは、急ぐ人・急がない人が混雑のなかでスムーズに移動するのを助けます。大切なのは、必要な規範を取り入れて、不必要な規範をなくすことです。

「自律的に働く」とは、組織のビジョンやミッションを踏まえた上で、その達成のために、自分なりに発想・行動することです。「周囲と同じ行動をとらなくてはならない」という暗黙の規範(同調圧力)をなくし、その代わりに「周りと違う発想や行動をしてよい」という規範を作ることができれば、社員は自ずと変わってくるはずです。

私たちが実施した、創造的な集団討議に関する国際比較実験では、「他のメンバーが多くのアイディアを出した」と知らされた場合、日本では同調傾向の高い人ほど自分もアイディアを出そうとしたのに対して、欧州では逆に同調傾向の低い(独自性の強い)人ほど、自分もアイディアを出そうとすることが分かりました。興味深いのは、独自性の強い欧州の人々も周囲を見ていないわけではなく、周囲に注意を向けた上で、他者を上回る独自性を発揮しようとしたことです。この結果から、自律的な行動は他者と無関係に生まれるのではないことが示唆されます。他のチームメンバーが自分なりの発想・行動をしていることを可視化し、「周りと違っても大丈夫、むしろその方が望ましい」と思える空気を作っていくことが肝要です。

しかし、「言うは易し、行うは難し」で、暗黙の規範を変えるのは容易ではありません。特に、組織アイデンティティがしっかりした会社は、ビジネス環境が安定しているときには一致団結して1つの目標に向かえる強さがある一方、変化が激しいときは「組織慣性」が強く働いてしまい、従来の規範からなかなか脱却できない傾向があります。

また、私たちの研究では、流動性が低い集団では、メンバーが自分の評判の低下を過剰に気にするがゆえに規範からの逸脱を避けることが示されています。簡単に集団を離脱できない分、評判を落としたときのダメージを大きく見積もるのです。そのため、転職や異動が少ない組織では、組織慣性がより強く働いてしまう可能性があります。

以上を踏まえると、日本企業の多くが組織内の暗黙の規範を変えることに苦労しているはずです。解決のヒントとして、以下に述べる「多元的無知」の仕組みを知っていただきたいと思います。

2種類の誤った推測が「不人気な規範」の命を延ばす

世の中には、数多くの「不人気な規範」が存在します。多くの人が本当は要らないと思っているにもかかわらず、いつまでも形骸的に生き残り、規定力を強く発揮する暗黙の規範のことです。

社会心理学の世界で有名な例に、アメリカ南部の白人を縛る「名誉の文化」があります。名誉の文化とは、個人の名誉が侵害されることを嫌い、そうした辱めに暴力で応じることを是とする暗黙の規範です。もともと牧畜民特有の共有信念だったといわれますが、多くが牧畜から離れた現代でも、アメリカ南部には根強く残っています。

調査によれば、彼らは必ずしも暴力を好んでいないそうです。にもかかわらずなぜ名誉の文化がなくならないかというと、他者が攻撃的な行動をとっている以上、自分も同様に攻撃的であり続けなければ、臆病者とみなされてしまうからです。他者の行動が変わらない限り、現在の行動をとり続けることが誰にとっても有利なので、名誉の文化は容易に消え去りません。

このように、集団のメンバーの多くが、自分は規範を受け入れていないにもかかわらず、他のメンバーの大半がその規範を受け入れていると信じている状況のことを、社会心理学では「多元的無知」と呼びます。企業にも、多元的無知で維持されている不人気な規範があるはずです。冒頭で触れた「上司が帰るまで、部下は帰ってはいけない」という暗黙の規範も、その1つかもしれません。

多元的無知は、他者の選好の誤推測と他者からの評判の誤推測によって起こります。「他者の選好の誤推測」とは、周囲のメンバーがその暗黙の規範を好んでいる、と勘違いすることです。他者の考えは目に見えず、見えるのは行動だけなので、メンバーが(たとえ嫌々でも)規範を守り続けている限り、勘違いを修正することは困難です。「他者からの評判の誤推測」とは、その暗黙の規範を破ると周囲から嫌われてしまう、と思い込むことです。実際にはそんなことはなくても、規範を破ってみない限り、確かめる術はありません。

この2種類の誤った推測に基づく行動が集合的に連鎖することで、本当は誰も望んでいない空気が作られ、みんながその空気を読み合うのです。

小さな行動変容が重なるとあるとき一気に空気が変わる

では、その空気を打ち破り、新たな規範を作るにはどうしたらよいのでしょうか。

最も簡潔な方法は、暗黙の規範を破る人が現れて、推測の誤りが可視化されることです。『裸の王様』という童話では、最後に1人の子どもが「王様は裸だ!」と叫ぶことで、周囲の全員が誤推測に気づき、空気が一変します。これと同じように、たった1人の発言や行動で誤推測が打ち破られ、暗黙の規範が消えることはありえます。例えば、男性社員が1人育休をとったら、他の男性も次々にとり出したという職場もあるでしょう。

しかし、1人では変えられないケースが多いのが現実です。社会学者グラノヴェッターが指摘するように、人は各々、ある行動をする他者が集団内にどの程度いれば自分もその行動を起こせるかについて、特有の「閾値」をもっています。先行する他者がゼロでも1番に行動を起こせるという人もいれば、過半数がその行動を採用するまで追随できないと考える人もいます。異なった閾値をもつメンバーが集団内に分布している状況では、行動を起こす者がある人数以下なら全体に大きな変化が生じないものの、それを超えると一気に情勢が変わります。賛同者があと1人増えるか否かが集団行動を大きく左右するわけです。

ですから、組織内の空気を本気で変えたいと思ったら、諦めずに小さな行動変容の事例を増やしていくことが大事です。その際、同じタスクに携わっている少人数の当事者だけで、即応的なコミュニケーションと意思決定を行える仕組みがあれば、あちこちで小さな変化を起こしやすくなると思います。組織全体の地位や役割関係に縛られない当事者間のコミュニケーションは、お互いの考え方に対する誤推測を減らす上でも有効です。

また、単に賛同者の数を気にするより、上長やベテラン社員を動かすことです。組織に大きな影響力をもつメンバーの行動が変われば、やはり重みが違いますから。

【text:米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.59 特集1「自律的に働く」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
村本 由紀子(むらもと ゆきこ)氏
東京大学大学院 人文社会系研究科 教授

1999年東京大学大学院人文社会系研究科社会文化研究専攻博士課程修了。専門は社会心理学。著書に『社会心理学』(共著・有斐閣)、『人文知3境界と交流』(共著・東京大学出版会)など、翻訳書に『木を見る西洋人森を見る東洋人』(ダイヤモンド社)など。

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