「プロ経営者」の育ち方・育て方 第3回 自分を深く知ることによって、経営者としてぶれない軸をもつ 河田 卓氏

執筆者情報
組織行動研究所
所長
古野 庸一
執筆者情報
組織行動研究所
主任研究員
藤村 直子

このシリーズでは、「プロ経営者」の育ち方・育て方への示唆を得るために、複数企業で経営者としての実績をあげた社長へのインタビューを行っています。今回はその第3回として、ボストンコンサルティンググループ、GEを経て、外資系企業の社長職を2社経験した河田卓氏にお話を伺いました。


経営者になる覚悟
〜きっかけは社命でした

― 河田さんは、新卒で千代田化工建設に入社された後、ボストンコンサルティンググループ、GEを経て、スミスメディカル・ジャパン、現在のマイクロニック・マイデータ・ジャパンで社長に就任されていますが、経営者になるということを、いつどのように決められたのでしょうか?

思い返すと2つあります。1つは、GEにいた頃、1992年にGEが日本での最初の買収をやった時のことです。

ご紹介いただいたように、約10年間技術屋として仕事をして、留学後、ボストンコンサルティンググループに入社しました。家族の健康問題のために2年で退社し、GEにもパートタイムで入社したんです。1年くらい経ってから事業開発の部長に、というステップを踏みました。フルタイムで働くようになってから、当時事業開発の仕事をされていた前GE社長の伊藤伸彦さんに「河田くん一緒に仕事やろう」と言っていただいて買収の仕事を始めました。その後、伊藤さんがプロモーションして別の部署に行ってしまったので、私はその会社を、横河メディカルの製造本部長だった倉田聡さんと2人で切り盛りすることになったんですね。

自分はコンサルティングをやっていた時や買収前の時に、「こんなプランでやればこうなり得ます」というようなことをさんざん言ってきたのですが、さあやれという話になったら現実は全然違うと。そこでやっぱり、自分で言ったのだからやるしかないよね、と覚悟を決めたというのが、経営の仕事に踏み出したいちばん初めでした。

その前まではどちらかと言うと、大前研一さんが昔出した『企業参謀』の世界や分析などが面白くて、人が考えていないことや先を見通すこと、論理的にやればこうなるはずだということを言うようなことのほうが好きだったんですね。でも実際やってみると、いかに自分が知らなかったということがよくわかったし、そこで実践するという面白さもわかりました。

もう1つが、1998年に縁あってGEキャピタルが最初に買ったミネベア信販という会社のビジネスリーダーをやらないかという話があって、その時は覚悟を決めましたね。これはもうやるしかないんだなと。ただ、今の仕事とだいぶ違うのは、GEはマトリクス組織ががっちりできているので、ビジネスリーダーってちょっと浮いた存在なんですね。自分のディシジョンが必ずしも通らなくて、何か言うと横やりが入るので、ビジネスリーダーである一方で、ある意味調整役みたいなところもありましたし、なんかこう自分がなんでもかんでもかぶらなくてはいけないというところもありました。GEが会社を買った次の日からGEのようになるわけではないですから、それをなんとか盛り上げるという意味で言うと自分がやるしかないし、自分が足りないところはありながらも全力を尽くすということと、なんだかんだ言いながらチームを作っていくということを腹に決めました。

― 1つ目の会社の時にはタイトルとしては社長だったのですか?

タイトルはなかったです。むしろ黒子に近かったです。タイトルとしては倉田さんが社長になって、自分は倉田さんがやり易いように何でもやる、と。方針とかプランとかディシジョンメイキングの落とし所や実際のコミュニケーションについて決めることなどです。倉田さんとはすごく親しかったので、あとであの仕事は河田さんがやったんだって言っていただきましたけれど。倉田さんは横河メディカルなどいろんな形でリソースをとってくることや、経験的なものから製造を立て直すことなどを確実にやっていただいたので、本当にいいコンビネーションで動けたんです。

― ミネベア信販の時のタイトルは?

ビジネスリーダーですね。当時コンシューマーファイナンス部門には日本に3つのビジネスがあって、そのうちの1つが自分の担当したセールスファイナンスの部門でした。そこのビジネスユニットのリーダーで、タイトルとしては常務でした。

― 今で言うところのカンパニー長のようなものですか?

そうですね。

― GEにはインテグレーション・プログラムとして、いわゆる「90日プログラム」が有名ですが、その時もそのようなことをやったのですか?

初めのメディカルの時はそういうプロセスはなかったです。会社が小さくて80名くらいだったので、ほとんど手作りでやりました。

もう1つのセールスファイナンスの時は、そういったインテグレーション・プログラムは全て終わり2年近く経ったタイミングでした。当時何が起こっていたかというとミネベア信販、コーエークレジット、レイクの買収を立て続けにやった後、ビジネスリーダーがいなかったんですね。誰かいないかということで、私はショッピングクレジットもカードについても何も知らなかったけれど、そこに行ってビジネスリーダーをやることになりました。

当時の日本のGEキャピタルは、GEのコアのビジネスとして長期間やってきた事業ではなかったので、人材インフラなどベースとなるものがありませんでした。アメリカのファイナンス部門には自分たちで立ち上げたビジネスもあったのでリーダーはいましたが、商習慣の異なる日本での仕事は難しいものです。現実にそういう課題があって、誰かがやらなくてはいけないとなると、自分がやるしかなかったのです。私がその時本当に適任だったかはわからないですが、GEはそういう判断をしたんですね。

― 経営者になるのは大変なことですよね。あえて選ばれたというのは、面白いからとか、向いているからとか、どのような理由があったのでしょうか?

きっかけは社命としてアサインされて、「(参謀としてではなく)自分でやることになったんだな」という覚悟という意味合いが大きかったですが、やってみて面白いと思いました。やっぱり全体が見える。クロスファンクションのチームで共通の方向性に向かって何かを成し遂げようとするにはリーダーが必要で、その仕事は面白いです。悩みに悩んで答えを出して組織が動いたりすると、この仕事をやってよかったと思います。その時は苦しいけれど、会社の体質は上がるし、みんなで何かやったんだという感じになるし、達成感がある。何か違うことが起こる。

マネジメント理論から作る組織というのは枠をはめるというのがあって、そういった理屈は必要ではありますが、何か大きな変化が起きた時、その枠から出なくなってしまうということがあります。たとえば薬事法や消費者契約法の改正対応などの変化が起きた時には、どこか1つの部門がいくら騒いでもだめです。部門を越えてみんなで話をすると新しい力が生まれてくるものです。つながりが出てくるというのがすごくいい。経営者をやっていて面白い部分です。

― それでもやはり厳しい局面も迎えられますよね?

もちろん厳しい局面もたくさんあります。現在の外資系の共通課題と言えば、ほとんどのビジネスで日本から中国に本社の戦略上のフォーカスがシフトしているので、今までと同じビジネスのやり方はできなくて、日本の土壌の中で新しいものを生み出していかなくてはいけないということです。本社の話をいくら待っていても、「日本市場は大きいのでまた成長が期待できるから日本に投資しよう」ということにはならないですから。日々ビジネスのネタを考えながら流れを作らないとリストラの連続になるだけです。

チームビルディングも1つの課題です。ある会社で起こったことですが、リーダーになって最初のキックオフミーティングに出た時のことです。幹部社員にインタビューをまとめたものを用いて、こんなことを感じたとか、こういうように会社をやっていきたいということをお話しました。そこで司会の人が「誰か質問はありませんか」と言ったら営業の方が手を挙げて「今の話はすばらしいと思います。非常にわれわれは元気づけられました。ありがとうございます」と。聞いたとたんにやらせだろうなと思いました。1週間ぐらいで私の言うことに納得するわけがない。今までは外国人がリーダーだったから仕方ないから言うことを聞こう、でも、なんでこんな全然知らない日本人の言うことを聞かなくてはいけないんだ、と思うはずです。

次に起こったのは朝9時からのマネジメント・ミーティングで、開始時間になっても誰も来ないので、携帯に電話して集まってもらう。こんなスタートもあります。次の会社では、入社してしばらくは逆にすごく怖がられました。すぐリストラを始めるのではないかと。ミーティングで空気がはりつめているんです。

要は、「そこにどんな人がいて、今何が起こっていて、自分が何をできるか」について自分で答えを出していくしかないんですよ。会社は1つひとつ違いますし。よく「前の会社や今の会社でGEのプロセス(90日プログラム)を使ったのですか?」と聞かれます。それは使います。でもそのまま使うことはないです。今の会社ではほとんど使ってないです。まじめで優秀な人たちが多いので、返って自分たちの首をしめてしまうから。枠だけ決めてあとは好きにやってください、というのが合っている会社なので、そういうマネジメントをしています。

「経営者として何をするのか?」ともよく聞かれますが、その会社が抱えているいちばん重い問題が自分の課題だと思うんです。外資の場合、子会社で社長を替えるというようなケースには、本社との関係は必ずよくありません。様々な直面している問題も地雷のような問題もたくさんあります。でもそれが自分の仕事だと。昔のことは問わないからよくしようと。そういう形で立ち上げると立ち上がりは早いです。

先程お話した営業の人も1年くらい経ってから「あの時はすみませんでした」と言っていました。GEのプロセスも戦略も財務分析も大事だけれど、人間がわかる、組織というのが何で動いているかがわからないと、いくら上から落としても下が動かないですよ。人間賢いですから、数字だけ出すということはできるようになりますからね。このKPIだけやっていれば首にならない、ボーナスも上がるだろう・・・そういう考え方になってしまうんですよ。

日々の鍛錬
〜「自分を深く掘る」

― 1992年もしくは1998年、自分が経営者をやるんだと決めた時から、何か鍛錬のようなことはやられていたのですか?

もともとビジネス本を読むのは好きですし、GEはトレーニングがデラックスでそろっていたのでエンジョイしました。あたりまえかもしれないですけれど、自己啓発で言えば『7つの習慣』のようなものを実践したりしました。メンターについても、自分をサポートしてくれる人のところに相談に行くということはそれなりにやりました。これと言って人と違うことをやったかと言うと、なりたての頃はあまりやっていなかったですね。今はやっていますが。逆に言うと、すぐに経営者になれるわけでもないので、毎日の仕事が必死ですよ。知らないうちにすごい問題もあったりして。そこから学ぶものが多いですよね、真剣に取り組んでいると。

― 「7つの習慣」というのはどのようにやったのですか?

本はよくできているし、何回読んだかわからないですね。自分の部下にも推薦しました。だいたいストーリーとか覚えているので、こういうところがあるなという部下がいると、「ここを読んでみたら?」「どう思う?」というような話をします。今あらためて考えると、この本は自分のやりたいことやミッション、自分がこの仕事をしているのが好きなんだということがある程度はっきりした上で使うものなんです。この本が出された時代はそれでよかったのかもしれません。今の時代、ミッションを書けって言われるとなんとなく書けてしまうんですけれど、大きな変化の中にいる今の自分のことって案外自分ではわかっていないので、コヴィーさんは『第8の習慣』を書いたんですよね。あれはすごい重い本で、8割くらい読んだけれど、あれの意味がわかるようになるのにすごい時間がかかりましたね。結局、あなたの好きなことやあなたが本当にやりたいことがわからないと、どんなに効果的な人間になってもあなたは幸せになれません、ハッピーな仕事ができません、ハッピーな人生になりません、言いたいことはそういうことなんですね。それは今すごくよくわかるようになりました。

― 何が好きなのか、何がやりたいのか、何が自分のミッションなのか、それを見つけるのは大変ですよね?

大変ですよ。いろんな経営者に会って自分を見つめ直すと、自分はこういうことをやっていてもへこたれないというのがわかります。新しい組織に行って凍りついたような雰囲気でも平気だと思える。この人すごいなと思うような経営者からも「よくそんなことができるね」って言われることもある。その自分がもっている特性をわかることは強みになるし、リーダーの育成・選抜の中で自分のインナーボイスを見つけ出せれば、自分のもっている能力とか知識とかをいい形で出していくことができる。逆に言うと、いいものをたくさんもっていてすごく努力していても、自分が本当に何がやりたい人間なのか、何に喜びを感じるのかがわからないと、ドライブが強いほど曲がった形で周りに伝わってしまう。論語で言えば「子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」です。これを見つけるのが大事で、「自分をどれだけ深く掘れるか」というところで自分が伸びていくポテンシャルは決まっていくと思うんですよね。

― 「自分を深く掘る」と。それはどういうタイミングで掘るんですか?

もともと好きなほうですが、やっぱり失敗した時に反省することによって、学ぶものは多いですよね。それと最近思うのは、自然の摂理みたいなもの。人間ってこんなものなんだという生の姿とか、人間はこのへんまで動物でこのへんまで動物から離れていて、それが集まって動き出すとどうなるんだ、というようなことを見つめ直しています。自分も人間なんですが、そういったことによって気づきがあります。要は「何を鏡にして自分を観るか?」だと思うんですよね。

― 社長という仕事をすると、自分の悪いところはなかなか耳に入ってこないということはないですか? 厳しく言ってくれる人がいないなど。

そのとおりですね。だから、自分が失敗したのはそういうところが多いですよね。自分の耳に入らない、自分が気づかない、それを言ってくれない。「気がついたことがあったら教えてください」「やり方で意見があったら教えてください」と言えば、確かに教えてもらえます。でも部下からすれば、100言いたいことの2くらいしか言っていないでしょう。飲んだり仲良くなったりすれば耳に入ってくることもありますけれどね。

自分として違う鏡をどう持つか?他の経営者と話すといったことなどもありますが、人間だったらあたりまえにやってしまうことは何かということを自然から学ぶことも多いです。たとえばシロアリの生態とか、人間の行動そのものみたいな例がたくさんありますよ。怖いぐらいです。

今みたいにサステイナビリティということが言われている時は、自分の頭にあることが現実の流れとどれくらい違うのかわかっていることが大事だと思います。人間の欲望が大きくなって、流れの速さとか変化とか人間の生物的な時間を超えてきている。バーチャルの情報をもとに「自分は会社の全てのことをわかっている」「自分は経営者としていい仕事をしている」と思うのは全く傲慢でおかしいことです。動いているのは現実なんですから。経営者として、危機や方向性が見えている時は先に行く必要がある。上から落とすものもある。ただ、自分はメンバーよりちょっと高い丘の上にいればよい。何かやる時は自分のチームと現場レベルで一緒にやれることもあるかもしれないし、丘の上で先を見ていることもあるかもしれない。そういう距離感でやらないと難しいと思います。速いスピードで、形式的に仕事をこなし、ちょっと声をかければよいものを全部メールでやる人もいます。メールでするのは証拠が必要だからということも言われますが、昔のことをほじくりかえしても意味がないケースがたくさんあります。経営は未来を創らなくてはいけないのに、なぜ過去に誰が何を言ったというのをやらないといけないのか。コミットメントも業績も必要だし、過去の延長線上に現在はあるけれど、それはそれとして未来志向になっていかないとだめだし、未来志向は演繹的なロジックだけでは出てこないんですよ。そういうものをどう作っていくかというのが2007年、2008年ぐらいからの私の課題ですね。

― プロ経営者として企業の建て直しをされる方は多いですが、今のお話はそれをさらにクリエイティブに伸ばしていく、ということですよね。

その点は、もともとは得意ではありませんでした。企業変革には3つの段階があって、まず外科的な手術が初めにあります。瀕死の病人を蘇生させる、それが第1段階。リハビリをやって歩けるようになるのが第2段階。そこまではかなりロジックで押せるんです。では、ふつうの人間をイチローにできるか。これは全然違うんですよ。この3段階をわかってないといけません。それまで自分も第2段階中心で、医者だと思っていました。医者ばっかりやっているとなんだかむなしくて、病人が日本にたくさんいて少し治してもまた病人に戻ってしまうケースが多い。今はもっと元気な組織や元気な人を増やさないといけないと思っていて、自主的に動けるとか、サステイナブルなリーダーになれる人を増やしたいというのを強く思っているところです。

― いわば、「Good to Great」ですね?

そうです。前の会社で初めの3年間、自分のメールの最後に「Simple is beautiful.」と書いていました。あとの3年間は「Good to Great」でした。それは全然違うプロセスで、結構大変でしたね。「Good to Great」になるには、全然違うタイプの人を雇って何か事を起こすことがどうしても必要です。結構厳しいのは、外科手術で残して頑張ってくれた人がいて、そこに新しいビジネスニーズに応えられる新しい人を入れる時、その人が上のポジションに来てしまうという現象が生じます。それも採用ですから打率として6割がヒットしても、2割はふつう、2割は外れということもあります。そうすると、「なんであんな人を雇って私の上になるんですか、私はこんなに頑張ったのに」と辞めてしまうわけです。これは大変です。でもこういった難しい「人のマネジメント」を一気通貫でやって初めて会社って一人前になって浮上するのではないかと思います。

主観的な業績
〜場としての限界がある中でも、信じるものをやる

― ご自身として主観も客観も含めて自慢できる業績は何でしょうか?

あまり自慢できるものはないし、ずっとやっていると、業績として表われてくるものは、どんな“手”が回ってくるかによるということがわかるんですよ。だから、今の会社は2年前に入ってすぐに決算で、20億ぐらいの会社ですが、この2年で利益率が大きく改善しました。でもこれは自分もいろいろやったけれど、何よりも“手”がよかった。優秀な人が数多くいた。20年近く培ったものがあった。“場”として、自分が早くあがれるような回り方をしたんですよ。それを引き寄せるのも自分ですけれど。

でもやっぱり自慢は好きじゃない。それは、どんなに頑張っても“手”が悪い時もいっぱいあるから。経営ってそういうものだと思います。買収や違う戦略を出すというのは、そういうことができる環境とか支援とかが得られる会社であれば確かにできます。いい買収ができて、買収を基盤にインフラができたことによってビジネス領域を広げられることもあるし、そうはならない事業もある。長い目で見ると、そういったものが見えてきて、経営者は大きな流れに乗っているだけという気がすることがあります。逆に日本の市場が魅力的でなくなったとして本社が撤退を決めたケースでも、本質的にはマネジメントのやり方が悪いこともあります。

それが会社の限界だし、そこで経営者というのは運命の波に翻弄されるんですよ。でもその中でも自分の信じるものをやる、自分の得意なものをやる。自分がせっかく生まれてきてこういう立場になって、自分がこんなに足りない人間であるにもかかわらずやらせてくれるという会社や、自分と一緒に仕事をしてくれるメンバーやお客さんやサプライヤーさんに対し、よい仕事をすればそれだけ世の中がよくなるというような、時代を超えるミッションをもって楽しみながら仕事をする。それはある意味、職人的な考え方かもしれないけれど、私はそれでいいと思っています。

― 「信じるものをやる」というのはどこから出てきたことですか? 失敗からの開き直りもあって出てきたものですか?

それもあるし、やっぱり喜びもあります。業績がよくなると社員はいい顔をしています。それはうれしい。自分が生きていて存在しているということに対して何か価値があったんだとか、自分のやり方でやってこうなったんだという出来事があるのは、うれしいですよね。それを乗り越えていく中で、自分自身がぶれなくなる、ぶれるんですけれど、サステイナブルになるんですよ。

― 調子がいい時はいいですが、“場”が悪い、“手”が悪い、そして業績が悪くなる、そうすると雰囲気も悪くなる、そんな時に「ぶれない」というのは難しいですよね?

難しいですよ。それが自分がいちばん学んだことで、自分が変わってこういう仕事をやっていてありがたかったことでもあります。

やっぱり左脳で考えて論理的に物事をつめていくと手詰まりになるんですよ。論理的に考えると暗くなるじゃないですか、「こうだろ、ああだろ、だからこうなっちゃうじゃない」って。でもそこから脱却する。それって結局は自分たちが出した前提なんてあてにならないことも多いし、自分たちが気づいていないこともいっぱいある。何か違うことをやって自分自身や自分の会社がここから再生しましたとか、こんな大変なビジネスを伸ばしましたとか、そういう話がありますよね。要は「気づいていないだけだ」と思えばいいんです。

数字があがらないとイライラするしプレッシャーも感じるし、昔は短気だったので机をたたいたりして「あれやれ、これやれ」ってなっていたわけですよ。それで動くこともあります。短期的なプロジェクトマネジメントはそれでいいところもあります。でもそれではずっとは続かない。だんだん手詰まりになるし、みんな暗くなるし、みんな自分から動かなくなってしまう。

そうでなくて、何か大変なことが起きた時に、「この人はなぜ平気でいられるのだろう」と思われる人になったほうがいいです、リーダーというのは。今はいちばん大変な時の話はできるだけ早く教えてくれと言っていますが、聞いた時はまず大きい声で笑うようにしています。なぜ笑えるかと言うと、「人間ってやっぱりこうなんだ」と、「同じ失敗繰り返していて、やっぱりちょっと離れて見ると笑うしかないよな」というのがわかるようになるんですよ。たとえば、自分がこの会社に入って頑張ろうと思っているのに、みんな反感とか恐れとかをもって自分を見ていたとしても、「どうするんだ、俺・・・・・・」と思うのではなくて、「あ、またか!そのうちみんな笑わせてやるぞ!」と思うように。

― なるほど。そこから始まるわけですね。

ええ。それが楽しみになってくるんです。そういう人が増えればいいじゃないですか。私と同じキャラクターじゃなくてもいいんですよ。もっと静かな感じでもいいし。

もっとも成長した経験
〜ロジックだけではなくアートの世界を鍛える

― そういうお話も含めて、ご自身が最も成長されたと思える時期や経験はどんなことですか?

やっぱり危機的な状況を乗り越えたことでしょうか。成功から学ぶものはあまりないですね。前の会社で、他のどの会社がやってもうまくいかなかった携帯薬液ポンプのビジネスを伸ばしたんですけれど、それはある意味メンバーに恵まれて、非常に優秀なプロダクトマネジャーがいて、営業も優秀な人を集めて、作戦を立てて実行して、起こるべきものが起こったなと。当然実行するタイミングだって見計らっているわけですから追い風も吹いたし、メンバーもよかったのでうまくいきました。でも、そこから学ぶものってあまりなかったかなと。もちろん、お客様から学ぶとか、自分が気づかなかったことからいろんな形で学ぶというのはありましたけれど。

あとは、ドラッカーを読みましたとか、セミナーに出ましたとか、自己分析しましたとか、後から考えるとすごくよかったと思うものはあります。自己分析についても、当時は論理的に考え過ぎてしまっていて、自分では気づけないこともありました。苦労しなければわからないとか、失敗してわかるとか、後になってわかることがたくさんあります。

― 「失敗から学ぶ」という失敗には、どういうものがあてはまりますか?

限りなくありますよ。何を失敗と呼ぶかという話もありますけれど。大きなビジネスの穴があいてしまうというのは、たとえば自分が直接その原因を昔に作ったものでないとしても、気がつかなかった、それが大きな穴になるという可能性に対して自分がどう入っていっていいかわからなかった、というのは失敗なんですよね。畑村洋太郎先生の「失敗学」にもあるように、1つ失敗があったらその下に9つくらい小さな失敗があって、その下にもっと小さな失敗があると言われているじゃないですか。小さい失敗がたくさんあるのを放置すると、もっと大きい失敗が起こると。それを放置するともっと大きな失敗が起こると。それに対するセンシティビティというのが足りないということです。

気づかないと失敗する。失敗してもまだ本当に気づかなければならないことに気づかないことさえある。それは問題を他人事にしてしまう弱さから来ることがほとんどです。気づかないから自分を変えていける機会を見逃してしまう。人間の深層心理に自分が気づくと、「自分が傷つくことに対しては認知しようとしない」ことがあるという話を聞いたことがあります。一種の防衛本能ですかね。気づけるようになるには、自分の仕事と自分のチームメンバーの仕事、顧客・サプライヤーのビジネスのつながりや、果ては自分のビジネスと社会との関わりを違う視点から見つめ直す、捉え直すことが必要だと思います。大きな失敗をした時にこれをやるのは辛いですけれど。あー、やっぱり自分がこれを引き起こしちゃったんだと。

失敗に対するセンシティビティについて言えば、私みたいにいろんな業界を渡り歩いていると、私だから気づく部分もあるし、その業界に長くいないから気づかない、両方ありますね。法律が変わるなどそこから生じることは、セールスファイナンスでもメディカルでも、今の半導体製造装置でも似ていますから、そこからの失敗を拾うとか、逆に成功をどういう形で導いていくかということを考えるのは慣れています。でも、ある医療分野の疾患の治療薬でこういうことが起こっていて、それのインプリケーションは何かという話になると、弱いですよね。そして、必ずしも専門家がクリティカルな状況になると言えるわけではないんですね。今の怖いところはそこなんですよ。たとえば、日本以外でインフルエンザがたくさん流行していることがわかっていても、専門家の一部が「日本では起きない」と言うこともあるかもしれないし、そういう時にどういうビジネス上の結論を出すんですかと。いろんな選択肢がありますよね。どちらに行っても自分が非難されることもあります。でも、その中でも自分が信じることをやるしかないじゃないですか。「これに対してこういう準備をしておけば、よりよいビジネスになる」というのは、最後は自分が決めることです。そういったクリティカルな問題に対しては。それはやっぱりアートの世界です、ロジックではなくて。

― ロジカルなものは鍛えられそうな気がするのですが、アートなものの鍛え方はやっぱり経験ですか?

経験、それも直接体験と間接体験を行ったり来たりすることだと思います。また、人間の学び方や成長過程も知っておくべきだと思います。それは自分自身を見直せばわかることもあるし、座学でやれるところもあります。

人の成長をみる時に、表われているものと内的に起こっているものとの違いもわかっていないといけません。中でいろいろ変化が起こってから言動として表われてくる場合のほうが本当の成長ではないかと思います。たとえば、GEはものすごくカルチャーの強い会社ですから、リーダーはこのように行動しろと言われました。確かにそのとおり動く人がいますが、GEという看板がなくなるとモーターが止まった電動おもちゃみたいになってしまうケースを見ました。内の部分の成長と言うと、「守・破・離」のような話になってしまい論理的プロセス的思考で捉えにくくなりますが、それを学ぶことは大事だと思っています。特にぶれない自分を創っていくことを考えると、自分が人間としての根源的な欲求や本当に何を求めて生きているかというところまで戻らないと、ビジネスにこんなに大きな穴を開けてどうするんだとか、会社が明日つぶれるんだとか、そんな状況を渡っていけないですよね。

それとビジネススクールで学べることが加わって、アートとして表われてくるものがあるのだと思います。知識もなくてはいけないし、自分がやりたいこともわかっていないといけないし、それを自分で使うということをずっと実践しながら、力をつけていくということなのでしょう。

― ベースの知識としては、MBAのようなものが必要なのでしょうか?

MBAプラスαです。求められることはやっぱり結果を出すということで、結果しか見られないというのがビジネスなんです。大事なことは、机の上で勉強ができたとしても現実は違うところにあることで、現実的に直面する問題解決は頭の中に入っているだけの知識だけではやりきれないということです。

もちろんビジネススクールで学ぶことも大事だし、ビジネススクールも今いろんなことやっていますからね。現場に行ってケーススタディを企業と一緒にやることもあるんですけれど、それでもやっぱり自分が責任をもって自分の部下をもってやるのとは違うところはある。どうやればいいかと言えば、自分から積極的に動いてその知識やプロセスが本当に有効な形で使えるノウハウを体得することです。教わったものをそのまま役立たせようとするのではなく現実の中で身体で覚える、身体にしみこむまでやる。

江戸時代に寺子屋では、師と素読をやったそうですね。ずっと読んでいると身体の中にしみこむから、長い間論語をやった人は子供の頃には何もわからなくても、大人になっていろいろ経験して何か困った時に論語の言葉がぱっと浮かぶ。こんな感じに近いかもしれません。

― 著書『未来を創る経営者−20人のグローバル経営者からのメッセージ−』でも、「リーダーに求められるもの」(Leadership for sustainability)について言及されていますね。

ビジネス、そして社会の持続可能性が問われている中で、受容する力、人をつなげる力、先を作る力というのがリーダーシップの中で求められていると思っています。個々人の価値観が多様化して便利に甘えて周りを意識しなくてもお金さえあれば生活ができてしまう世の中です。自分の会社の中でリーダーシップがとれている人でも、その人がたとえばNGOやNPOに行って、ボランティアしかいないようなところで話をした時に、本当にその人たちをまとめさせ動かすことができるのか。国際経営者協会でも、そういうリーダーシップはもっと重要になるし、それをやらないと自分たちが気づかないことが増えるという話をしています。この流れに気づこうと思ったら、全然違う組織のリーダーシップバリューとか様々な世界観に対して自分がオープンでなければだめです。

この国の既存キャッシュフローの中でいいビジネスをしているドメスティックな大企業で、たくさん給料をもらっている経営者のうち、いったい何パーセントの人が今、そして将来の社会に求められている価値に向けて自分の会社をリードしているか、という結構大きな疑問があります。私がいるのは大きな会社でもないし、日本の会社にあまり縁がないのかもしれないけれど、そこに風穴を開けたいです。日本の人材は大きな会社の中で腐っていることが多々あります。その人たちがちょっとでも気づけば、この国は絶対変わると思います。でも、今流れているキャッシュフローで人間は「自分はこれだけ給料をもらっているからいいや」と、「あと3年とか5年とか我慢していれば副部長くらいにはなるかもしれない」とつい考えてしまいます。しがみつき続ければ、自分で気づかないうちにぶら下がりになります。そこから離れて新しいキャッシュフローを作ろうと思うと、結構優秀な人でも地べたをはうような仕事をしないと実現できないから、怖くなり自分の成長の機会を自分で摘んでしまいます。私には自縄自縛に映ります。会社の外を見れば、将来に希望をもって自分に健全な自信をもって生きている人たちが多数います。このような人たちが自分を解放していくのを何か手伝えないのか、そのために自分が少しでもできることはないかを考えています。

私自身、経営者として、会社そのものは面白いです。製品の面白さもビジネスの面白さもあります。でも、今いちばん面白いのは、社会との関わりなんです。何が今の社会に求められていて、自分がどう影響できるか、どうやったら自分のやりたいことを実現しながらこの国この社会にちょっとでもいいことが起こせるか。いいことが起きればどんな会社でもパァッとみんな顔が明るくなります。自信も湧いてきます。今の日本って自信がないんですよね。自信がないから裏でこそこそあいつが悪いって言うし、自分の意見も言えない。新しいよい未来を創れると思っていない。一人ひとりが過去の自分を超えられれば、いい流れはもっとずっと大きくなると思っています。ただ、ビジネスでも社会貢献活動でも、基礎的なものがわかってないとただの野良犬の遠吠えになってしまう。また内的にサステイナブルな部分っていうのができてないと、情報洪水と理屈で自分が苦しみます。

― これまで伺ってきたようなお考えというのはどのように培われてきたんですか?

論理的な思考というのをずっとやってきて、そこでどん詰まりになって、失敗もたくさんして、反省して、いろんな人たちと話をして、自分自身変わろう、変わらなきゃいけないという気持ちがありました。そこでいろんな人たちとの出会いがあって、自分はこんなに間違っていた、という気づきがあり、何と言うか、コーポレイトラダーの上にいるという傲慢さから解放され始めた時、自分に変化がありました。前の会社でもその前の会社でも秘書の人が何から何までやってくれる、かばんを持ってくれる人もいる、どんどん馬鹿になりますよ。自分の感覚とか感性どんどん落ちますよ、気をつけていないと。たとえばボランティアをやった時に、自分がもっているのはビジネスの世界しかないから、おばあちゃんと何を話していいかわからないことや、何か手伝いに行った時に何をしていいかわからないことがあって、それが自分の発見につながりました。

あとは、やっぱりリーマンショックも大きかったですよね。ちょうど会社を変わる時期だったんですけれど、自分の持っている株がさーっと下がりました。そうすると自分の持っているエネルギーがさーっとなくなっていくような気がしたんですね。自分はどこへ行ってしまうんだろう、自分の持っているものは何で、自分のしたことは何で、自分のエネルギーはどこから来ているのか、そんなことを考えたりしました。そこで、今まで全く関わったことのない人や昔の友人、国際経営者協会の会員で街作りをやっている人などと話をしました。こちらのハートが開いていると、「河田さんってまだわかってないのよ」と、自分が気づいていない世界を少しずつ教えてくれるようになりました。楽しいような自分にがっかりするような経験でしたが、とてもありがたかったと思っています。

― 失敗というのはいつの時のことですか?

ありとあらゆる失敗は成功と裏表ですから、失敗は成功もあるから失敗もあるわけで、自分がアウトプットしてきたものの限界をそこで知ったということですよね。「成功の復讐」とあるように、自分のパターンでやってしまうんですよ。同じように、ハンコで押したように。50も過ぎればだいたいそれで行ってしまいますが、私の場合運がよくて、会社を変わってそれなりに苦労しましたとか、リーマンショックでお金が減りましたとか、そういうことがありました。今から考えてみれば運がよくて、大きく違う人間になれたと言うか、すごい脱皮ができたんですね。口角があがって笑っている時間が長くなりました。それまではストレートに物は言うし、冗談も言うけれど理屈で押しますから、私と話すと「わかりました」と言っていても理屈で押された気になったと思いますね。「理屈はそうだけれど実際は違うんだ」って言い返せないじゃないですか、理屈が立った人間に対して。やっぱり押し過ぎてはだめです。言葉は人によって全然違うということに気がつき、マネジメントスタイルも変化しました。

― 3、4年前と比べるとかなり変わられたのですか?

全く別人かもしれません。当時から明るくよく笑うほうでした。ただ、人間ってロボットでもなければ機械でもないということ、もっと生きているものだってことが、自分自身も含めてわかったところが大きいでしょうか。

そう考えるに至った「つながり」というものに感謝しています。空間的に今この時つながっているもの、また過去のある時点の出会いや言動から現在につながっていること、それらを失敗を通して学び、自分の心の深いところで理解すると、自分がいかに穴ぼこだらけの人間かわかります。そうすると、今まで取るに足らないと思っていたことの大切さがわかったり、人に感謝するようになります。そんなことが自分の気づきを広げてくれるんだと思います。

経営者育成の要件
〜組織を変えるにはまず自分が変わる

― 南カルフォルニア大学のウォーレン・ベニス氏が書いている本の中で『リーダーになる』という本があるのですが、その中で、「リーダーになるのは自分自身だ」という言い方をしているんですね。今日のお話はまさにそういうことだと思っていまして、自分自身にならなければ根源的なところにたどりつけないし、根源的なところにたどりつかなければ、先程言われたようにぶれるわけですよね。

そうですね、だから、ぶれないというか、ぶれても立っていられる、ということでしょうか。卒論の時にコンピュータの制御で棒を立てるというのをやったんですね。自分の人生はあれだなって思うんですよ。動き続けなければ棒が倒れるのと同じように、要は放っておけば倒れるんです、人間って。だから、アクティブに動いているということがすごく大事で、止まってしまったらパタンとどっちかに倒れてしまうんです。理屈の上に倒れるか、もしくは情の上に流されるか。だからずっと動きながら理屈で押す部分と、受け入れる部分やつながる部分とかを両方もちながら、片方に行っている時は「こっちに行っているんだな」と思いながらも、別のほうに違う世界があるということを意識することが必要です。そんな話をしているとだんだん密教とか能とかそんな世界になってしまうんですけれど、ものすごく深いです。暇があればそんな本を読みながら、能って深いなとか面白いなって。

リーダーの資質などはもちろんありますが、組織が変化する、それも外科的な変化でなく化学組成的に違うものになるような変化を起こそうと思ったら、リーダーはその中に入って自分自身がものすごく変わらなくてはならないんですね。自分が変わらなければ組織は変わらないんです。今まで縁のあった会社が変わってくれたのは、自分自身が変わったからなんです。ここ3年ぐらいでどう変わったかというと、今までとは全然違う言い方が自然にできる、今までだったら押していたところをあえて引く、引いていたところをあえて押すというか「リードしながら一体化した」という感じでしょうか。

それこそ禅問答のような話になってしまいますが、2つの相反する要素を止揚するとか、1つの方向に進みながら反対方向もしっかり感じている、流れの中で泳いでいる自分が流れをマネージすることで、組織とか会社とかビジネスそのもの、質的なものが変わっていく、というのが、新しいビジネスを創っていくものなんじゃないかなって今思っているんです。

― 「経営者の育ち方・育て方」として、そういうところを伸ばすには何をやればいいのでしょうか?

たとえば新卒のような若い人材を入れて、育ててもらう。そういう、まだ何もやりたいことが見えていない人間と向き合う。企業がエリート教育するような経営幹部候補生にボランティアの仕事をやらせてみる。全然違うロジックで動いている場を経験する。エリートと言うと海外留学が思い浮かびます。それも確かにいいです。でも、異質の世界、違う文化、違う価値観の中で、「自分のやっていることが全く通用しない時に、何が起こるか」ということに気づくようになるには、今の時代なら田舎で農家の手伝いをやってみるのがいい、介護で老人と向き合ったほうがいい、そんな気がしてなりません。みんな課題を抱え込んで、過去の延長上の考え方で解決を図ろうとして、元気のない金太郎飴みたいな人がいっぱいできて、業績が上がらなくて「給与はこれしか払えません、辞めてください」となってしまうと、どんどん元気がなくなるではないですか。

こういう話を僕らの年代の人にすると、「やっぱり若い人たちに頑張ってもらわなきゃね」って言うんですけれど、間違っている。僕らの世代がやらなくてはいけないんですよ。54でやりたいって人はあまりいないかもしれないけど、でも、60代でも頑張っている人もいるし。自分の世代からまず始めるのと、クロスジェネレーションでやるべきです。学びが多いですよ、若い人とやると。ハートが開いていないとだめですけれど。昔の自慢話やあるべき論を言う前に、彼らの素直さ、単純さをしっかり感じ取って全身全霊を若返らせるほうが、前向きで楽しい人生になるんじゃないですか。

今まである人材開発やキャリアパスの仕組みの中にこれらを組み込んで、サステイナブルなリーダーを増やす、そんな仕組みで僕らの世代の人たちに対してもサポートできるとすごくいいですよね。たとえばトレーニングをやるにしても、少しでも先に行っている人や少しでも気づいているとか違うものをもっている人が集まればいいんですよ。そういうのを作ることで過去からのしがらみや今悩んでいる短期成果志向とかが解毒ができて、新しいものを創れる、線の太い人が増えていくといいと思います。

「新しいもの」はたくさんあるし、どんどん創れる時代になったけれど、「意味のある新しいもの」は少ない。そこに時間を投資する価値は大きいと思います。あまり立派なことは言えませんが、何かいいものを生み出すには、意味の薄い新しいものに振り回されるより、時代を超えた普遍的価値を基盤にして、ぶれずに自分をいい方向に変えていくというか、過去の自分を超えていけるようになっていくことが大切だと思います。

もっと深い本質的なものの中に入っていくリーダーを育てる、ということを意識しながらやっていくことが、最終的にはサステイナブルな人材・組織を育てるのではないでしょうか。

インタビューを終えて

リーダーの成長における「内省」の重要性については多くの研究者・実務家に指摘されていますが、河田さんの「自分を深く掘る」というのはまさにそのプロセスで、この3、4年の間にご自身も大きく変化されたとおっしゃっています。ベースとなる経営知識を学び身体で覚える、社会との関わりという視点でビジネスを捉え直す、失敗からの気づきから目を背けない、自身の根源的な欲求に向き合う、そんな一連の行動の積み重ねが、「ぶれない」意思決定を生み出すのだと思います。内省と実践の重なりがあるからこそ、お話に深みを感じました。

河田さんのお話の中では、「サステイナブル」という言葉が多く用いられていました。短期志向や一過性のものではなく、将来の利益を損なわない範囲での持続成長。リーダーシップにおいても、表層的ではない内面と深くつながった行動・思考様式を追求し続けることが、再現性のある「プロ経営者」が育つ道筋の1つなのかもしれません。

インタビュー:組織行動研究所所長 古野庸一 /文:主任研究員 藤村直子
協力:株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO 井上 和幸 氏
※本インタビューは2010年12月16日に実施したものです。

PROFILE

河田 卓(かわだ たく)氏 マイクロニック・マイデータ・ジャパン株式会社 代表取締役社長

1956年生まれ。1979年東京大学工学部産業機械工学科卒業。同年千代田化工建設株式会社に入社。1985年プリンストン大学機械宇宙工学科修士課程修了。1988年ボストンコンサルティンググループに入社。1990年にGEに入社。メディカルシステム、コンシューマーファイナンスのビジネスでマーケティング、企業買収、買収後の企業統合の業務に関わる。2002年英国のコングロマリットスミスグループに入社しスミスメディカル・ジャパンの代表取締役に就任。2008年12月より現職のマイクロニック・マイデータ・ジャパン株式会社代表取締役を務める。
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