「プロ経営者」の育ち方・育て方 第1回 32歳のときに45歳で社長になるという目標を 新 将命 氏

執筆者情報
組織行動研究所
所長
古野 庸一
執筆者情報
組織行動研究所
主任研究員
藤村 直子

「プロ経営者」の育ち方・育て方への示唆を得るために、複数企業で経営者としての実績をあげた社長へのインタビューを行っています。今回はその第1回として、シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップスを含むグローバル・エクセレント・カンパニー6社で40数年にわたり社長職を3社、副社長職を1社経験した新将命氏にお話を伺いました。


経営者になる覚悟
〜32歳のときに45歳で社長になる目標を

― 経営者になる覚悟については、日本コカ・コーラに転職した32歳のときに「45歳で社長になろう」と思った、と以前お話されていましたが、それを決めたきっかけは何かありましたか?

まず一般論で言うと、当時は日本のビジネスマンで外資系を志向する人は上昇志向が強かったんですよ。特にアメリカ企業に入る人は。私も上昇志向は結構あって、どうせ企業で働くからには、ゆくゆくはトップになりたいと。中学生の頃から、父が「鶏口となるも牛後となるなかれ」とよく言っていました。ビジネスの世界で過ごすようになったら、牛後になるよりは鶏口となれ、となんとなく思っていました。聞かないようなふりをしながら、やっぱり子供っていうのは親の言うことを聞いているんですよね。

なぜ32歳かというと、生まれて初めて転職したのがこの歳で、10年勤めたシェル石油を辞めてコカ・コーラに入ったと。同時にその頃次男が産まれたんです。当時は転職というのは裏切りとまでは行かなくても一種の罪悪感が伴ったものだったんですね。かなり大胆で思い切ったものでした。シェル石油というのは雰囲気や給与の面では何の文句もない本当に良い会社で、自分の成長機会のためにそれを捨ててコカ・コーラに入るというのは、かなり勇気が要りました。でもあえて踏み切ったのであれば、しかるべきポジションに就こうと。必ずしもコカ・コーラでなくてもいいから、外資系を自分の意思で選んだからには、ゆくゆくはトップの座を務めてみたいと。転職と次男が産まれたことによって責任感が生まれたんでしょう。

そのためには、何をやっていこうかと考えました。32歳のときに立てた「45歳までに社長になる」という目標はたまたま(ゴルフで言えば)パー・プレイができて、そうなったんですよね。あとはその道の延長線上です。

日々の鍛錬
〜「短期と長期の納得目標」づくり、人脈づくり、読書の習慣

― その計画を作られたときに、日々やることは決めたのでしょうか?

日々というより年度です。毎年正月に今年やることをいくつか、本を何十冊読むとか、最近では本を何冊書くとか妻とヨーロッパ旅行に行くとか、そういったものを決めます。私は「短期と長期の納得目標」という言葉をよく使います。短期は約1年、長期はそれ以上で、強制ではなく自分がやってみたいと納得している目標のことですが、これを紙に書いて、1つずつアクションに落とし込んでつぶしていく、終わったら新しいものを加えるというように、年に1回削除・追加を含む改定をして、毎年やってきたんです。今思うと、達成率は8割から8割5分でした。

人間には2種類いて、「なりゆき人間」というのは、朝目が覚めて会社に行く、一生懸命働く、夜残業して家に帰る、子供はもう眠っている、奥さんは不機嫌な顔をして待っていると、お風呂に入って食事して寝る、翌朝目が覚めると会社に……と同じパターンをやっている。こういう人を非難するにはあたらないんです。給料分の仕事をしているのだから。ただ、こういう人が1つやっていないことがある。それは自分の人生や生き方に“意識的な”付加価値づくりをやっていないんですよ。流れに流されているだけで。

かたや「目標人間」というのがいて、「短期と長期の納得目標」をつくって、それをアクションに落とし込んで達成するプロセスを経ている人です。32歳で私が作った目標は、「45歳までには(この会社かどうかは別にして)社長になろう」、コカ・コーラでは「3年以内にマーケティングに関してはナンバーワンのベテランになろう」というものでした。マーケティングに強い会社だったので、この会社でマーケティングのナンバーワンになれれば、もしかしたら日本一のマーケティングマンになれるのではないかと。そのためにはどういう人と会ったらよいか、どういう本を読んだらよいか、どういうセミナーに行ったらよいかを考えました。評価は人がするものなので実際にはわかりませんが、3年の間にかなり力がついたなという実感はあります。3年は中期、45歳までというのは長期、そんな目標を立てました。いつも手帳の最後に「今年の7大目標」とか書いてね。目標の数としては5か7かその間です。

― お話を伺っていると、新さんは計画をずいぶんしっかり立てられるのですね。

そうですね。ただ、精緻な計画に情熱を燃やすのはナンセンス。アバウトでよいです。何もないというのは困ります。

計画は立てますが、日記は過去のことなのでつけません。本当に大切なことは日記に書かなくても覚えていますから。過去やったことでまずいと思ったことは排除していると思います。

― 32歳の時点で、「45歳までに社長になるにはこれは足りないな」と思ったことは何でしたか?

「経営とは何か」ということについて知りませんでしたよね。人材育成が重要だということは概念的には知っているけれど、どうやったらよいかと。経営力を身につける必要はあるけれど具体的に何をやったらよいかわからなかった。そもそも経営力とは何だということもよくわかっていませんでした。45歳までにトップなんていう生意気な目標はあるけれど、そこに行くロードマップが描けていないんですよね。そこで、何をやったらよいかというのを人の意見を聞いたり、本を読んだり、月に2回くらい朝・夜の勉強会に行って考え方や知識を吸収したりして、経営者になるには何が必要かの勉強をまず始めました。どうなったらよいかがわからなければ、何をやったらよいかわからないので。なりたい姿と現在の自分とのギャップを埋める作業が自己啓発です。自己啓発には効率が高いものと、時間がかかるわりにはあまり役に立たないものがあるので、効率が高いものにするにはシャープに自分がなりたい姿を概念規定する必要があります。そこから始めました。

― 経営者になるには、知識的に学ぶこととともに、スキル的なものも必要ですよね?

それで言うと、経営者になるために必要なのは「知識とスキル」だと錯覚していたんですよ。32歳でコカ・コーラに入って、1、2年くらい販売促進と北日本営業部次長をやって、34歳の後半くらいに日本人としては初めてコカ・コーラのブランド・マネジャーになりました。飛び上がるくらいうれしかったですね。そこで、部下が12人くらいいたんですが、なんかしっくりこない、よそよそしいんですよね。あからさまに反抗はしない、ただ機能的についてくる、という感じでした。

なぜかとよく考えたら、仕事をするときにマーケティングの「知識とスキル」をベースにやりあっていたんです。致命的に足りなかったのは、「マインド・人間力」の部分なんですよ。彼らが私を見て、時々知らないこともあるし、言っていることは理屈に合わないこともあるけれど、基本的には「信用・信頼・尊敬できる」というようなある種の人間的な魅力を培わないと、人は義理ではついてくるけれど、喜んではついてこないと。だから、「スキル+マインド」だと、という1つの発見でした。

人間力の重要な要素は、「信頼」「尊敬」「意欲」だと思っています。その考え方を支える言葉として、「人は論理により説得され、感情により動く動物だ」というのがあります。ところが34歳まで私は論理だけで人を説得して動かすことができると思っていたんです。人は意思決定を感情ベースでして、後から論理の裏付けをするというところがあります。論理に関するスキルも必要ですが、あの人なら安心してついていける、自分たちのことを本当に考えていてくれる、勉強にもなると、そういった部分をつくらないと本物のリーダーにはなれないと気付いたのが34歳でした。そこでドラッカーを読み、安岡正篤を読み、スキルの勉強を続けながら、マインド・人間力の勉強もやりました。半年から1年するうちに、部下12人の私を見る目が柔らかくなって、やさしくなって、笑い声が出るようになりました。

「経営学とは所詮人間学である」という言葉があります。私は極めて中途半端な発展途上人であると認めながらの話ですから、いまでも人間力は努力目標です。

― 34歳のときに人間力が足りないと気付いたのはすごいですよね。

やっぱりよそよそしいのは悲しいですからね。

― 皆さん年下の方だったのですか?

12人中4人くらい年上の人もいました。しかも私が落下傘で入社してきて、それに対するジェラシーや恨みもありますよね。それをどう克己するかというときに、スキルで勝負していたと。それではだめです。

― 半年くらいの期間で人間力を高めるというのはできるものなのですか?

できる部分とできない部分がありますが、たとえば、朝、会ったらこちらから挨拶するとか、帰る時もこちらから失礼しますと言うとか、良いことを言ったりやったりしたら一言必ず褒めるとか、そんなことの積み重ねです。感謝するとか、評価するとか、名前を覚えて呼ぶとか。人というのは、自分の現在・将来について真面目な関心を示してくれる人に対しては好感をもつものです。それを今の言葉で言うと“キャリア・カウンセリング”のように、将来何をやりたいか、とか、今日の仕事とは関係のない部分の話を1対1でする機会をつくるとか、あの手この手でやる。これも広い意味でのマインドの一部です。その積み重ねで職場の雰囲気がずいぶん変わりました。

学歴とか社歴とかステイタス・地位・身分を笠に着ていばる、というのは最悪です。トップリーダーというのは人気は要りません。人望が要るんです。人気には入っていないけれど人望にはある要素、それは、「信頼」と「尊敬」です。信頼と尊敬は強要するものではなく、こちらに資格があれば黙っていても人がくれるもの。信頼や尊敬を集めることができる人はどういう人かというと、仕事のスキルがあって、人間的に立派で、これらの能力を発揮して仕事の面で成果をあげている人です。正しいプロセス含みの成果です。法令遵守といった最低限のことだけでなく、社会常識・道徳・道義の面からもいかがなものか、ということはやってはいけません。

― 勉強会などに出て人脈を広げるというようなこともしてきたのですか?

歳をとると、人生は人脈だなと思います。「人間とはその人が今までの人生で会ったことのあるすべての人の総和である。」という大好きな言葉があります。ドン・キホーテの一節にも、「おまえが誰とつきあっているか言ってごらん。おまえが誰だかあててやる。」というのがあります。人はつきあう人間によって影響を受けるんです。「友人は自分の鏡である」ということです。知的レベルも高いし、情熱も醸し出す、自分よりワンステップ上くらいの人とつきあうと、一銭もお金を払わないでも自分をグレードアップできるんです。

― それは若いころから心がけていろんな人に会おうとしてきたのですか?

そうですね。34歳くらいのときから、意識的に社外の人とつきあう場をつくっていました。会社の仕事をきちんとやっていれば月2回くらいがちょうどよいかもしれません。

― 本もよく読まれるのですか?

“読書宝くじ論”というのを唱えています。宝くじは買わないと絶対に当たらないのと同じように、本は買ったら読むという保証はないけれど買わない本は読まない。将来読むかもしれないという可能性にかけて、基本的に(月)から(金)まで平均1日1冊買うというのを習慣にしています。土日は買いません。だいたい週5冊買います。30代の半ばくらいからです。必ずしも読むわけでもないので、読書家ではないけれど、買書家です。投資です。本を読まない人はだめですが、本ばっかり読んで仕事をやらないのはもっとだめですけれどね。

― 習慣として本を読む時間は決まっているのですか?

起きているときは時間を問わず、場所を問わず、新聞・雑誌・本、何か読んでいます。読む時間の割合としては日本語が50%、英語が50%くらい、経営的な本が60%、小説的なものが40%くらいです。よく若い人に言うのは、「1日4回飯を食え」と。3回までは米の飯。パンでも麺でもいいです。4回目の飯は活字の飯を食えと。1日に最低30分は活字の飯を食えと言います。なぜ1時間と言わないかというと、1時間の最低目標を作ってできない日が続くとフラストレーションがたまってやめてしまうからです。

― 語学を集中的にやるといった経験はいかがですか?

幸か不幸か学生時代貧乏だったので、大学の学費は親に出してもらったけれど、それ以外は自分で出さないと申し訳ないと思ったんです。そのため、通訳ガイドをやりました。1日の日当が2500円から3000円くらい。初任給が大卒で1万5千円の時代なので、今で言うと2万円くらいのお値打ち感がありました。ガイドをやって知ったのは、アメリカ人にはチップというものがあって、箱根、鎌倉、日光などいろいろな所へ行って、一流ホテルに泊まっておいしいものを食べてチップをもらって、と。あとでサラリーマンになったときよりはるかに豊かでした。その過程で仕事上の道具として英語を使うので、やっているうちに磨きがかかりました。外資系で基幹職として出世しようと思ったら英語ができないことはかなりのハンデになります。英語ができなかったらジョンソン・エンド・ジョンソンで社長になる可能性はゼロだったと思います。もちろん英語だけでなる可能性もゼロですが。

― 身体を鍛えるとか、身体の管理はどのようにしていましたか?

62歳くらいまでは筋肉ムキムキ志向でした。大学でもボディビルをやっていましたし。62歳以降それは卒業して、1日40分歩いています。あと、腕立て伏せを200回(40回×5)やっています。

― 経営者の方で身体を鍛えている方は多いですよね。自分を律すると言いますか。

自律できない人は自立できないんですよ。

― 自分で課してそれを実行できるんですよね。

そうですね、しかも継続が大事です。40分歩くときは、CDで英語の勉強をしながら、一石二鳥でやっています。見ていると経営者は時間とのつきあいがうまい。ネガティブに言えば時間に対してケチです。無駄な時間は使わないと。

― 自分を律するということは若いころからやられていたんですよね。

34歳で12人の部下をもった、あの日が初めでしょう。その前は本を読んで、勉強会に行って、漠然とした努力をしていました。具体的な目標を立てたので、社長になるための条件が14あったんです。先見性、洞察力、決断力、人間関係能力、コミュニケーション能力、グローバル思考など。14を紙に書いてセルフアセスメントを32歳のときにやったら、合格しているのは2つ、英語力と体力のみ。それ以外については努力しました。自分で納得して立てた目標だったのでいやではなかったですね。人生でいちばん重要な英単語を1つ選ぶとしたら「Purpose(目的)」。Purposeがあると、もう1つのP、「Passion(情熱)」が生まれます。PurposeとPassionは経営者になるための十分条件ではないけれど、必要条件ではあります。スキルという車体を動かすエンジンのようなものです。

― 32歳までは先ほど新さんがおっしゃった「なりゆき人間」だったのですか?

そうですね。こうなりたいという具体的なものはなかったので。ただ、同期の中では常にナンバーワンでありたいという漠然とした気持ちはありました。

主観的な業績
〜短期目標の追求だけでなく方向性を示す

― 客観的な業績というのはジョンソン・エンド・ジョンソンで8年間社長をやられた間のものとして存じ上げていますが、ご自身として主観的に、自慢できる業績は何でしょうか?

きわめて主観的ですけれど、部課長を中心とした幹部社員の目に光が出てきたと思うんですよ。4期8年の社長の間、最初の2年くらいで。私がよく使う言葉で、逆説的に言いますと、いま多くのサラリーマンが「疲労感・疲弊感・閉塞感」にさいなまれながら生きているんですよ。これを“平成の3H”と呼んでいるんですけれど。なんでそう感じるかというと、上司が短期目標の追求だけで、やれ売って来い、やれ稼いで来い、やれ新規顧客の開拓をして来いと言うと。経営というのは短期目標の達成は絶対重要だと思いますよ。イギリスのことわざにも「走ることができる前には歩けなければいけない」とありますから。「歩く」というのは比ゆ的に言えば「短期」で目標の達成。ただ短期だけで追い立てられると多くのサラリーマンは精神的な制度疲労を起こしてしまう。一種の心の病です。

ジョンソン・エンド・ジョンソンに入って2年くらい常務と専務をやって、45歳で日本人として初めて社長職に就いたんですけれど、いまひとつ元気がない。業績はそこそこだが社員に張りがないと。何が足りないか考えたら、短期の目標は経営者が言うけれど、社員に対して“トンネルの先の光”を示していなかったんですよ。人間は眼の下に心配とか懸念とか不満・不安の材料があっても、トンネルの先に希望・期待・楽しみ・喜びの光が見えると、目先の不平・不満は相当おさまるものです。短期目標に明け暮れているからそうなってしまうんで、キーワードは「方向性」なんです。方向性を示そう、ということで、経営の原点に戻りました。

方向性の中身は3つあって、これは私の経営哲学でもあるのですが、1つ目は「理念」。ビジョン、使命感、価値観と言い換えてもよいです。理念には重要な中身が3つあって、「ビジョン」「ミッション・使命感」「価値観・バリュー」だろうと。ただ、理念だけでは人間はやる気が出ても銭儲けができないので、理念に数字を加えると2つ目の条件の「目標」が生まれます。理念は哲学的・抽象的で概念的。対するに目標は具体的で計数的。そして、3つ目として、目標を達成するための大枠のやり方である「戦略」があります。戦略を現場に具体的に落とし込むと戦術となります。戦術は経営者の仕事ではなく、課長以下の仕事です。経営者は戦術を理解する必要はありますが、自分でやることではないということです。

社長職に初めて就いたのはジョンソン・エンド・ジョンソンですが、理念と目標と戦略、これを数人の価値観を共有できる社員を関与させて、みんなでわが社の絵柄をつくろう、と理念・目標・戦略の構築と発信をやり始めました。幸いにしてジョンソン・エンド・ジョンソンは世界に誇れるクレドー(「我が信条(Our Credo)」)があったけれど、必ずしも十分に使われていなかった。平均的な会社よりは使っていたけれど、期待するほど使えていなかったので、クレドーをお飾りでなくワーキング・ツール(仕事上の道具)として使おうと、理念の徹底的な浸透を図ることを始めました。その礎を作りながら目標を作って、その目標を達成するための戦略をできるだけ社員にも関与させながら作っていきました。

何を自慢できるかというと、短期の数字追求のみならず、トンネルの先の光、坂の上の雲を示したことです。これをやらない経営者は経営者でないと常務時代から思っていました。それを実行できる格好の場ということでやりました。そうしたら社員が明るくなりました。今は結構しんどいけれど、こういう先の姿が見えているということで、かなりやる気が高まって、今でも昔の部下に会うと、社長のときは楽しかったと言われます。結果として、在任中、売上が1年あたり平均11%成長となりました。目標としてはGDPの3倍が目途だったのでそれを達成できました。

― 経営者が先を示さなくてはいけないということはなぜそう思ったのですか?誰かから教わったのですか?

人間は眼下にネガティブな要素があっても先の希望があると目先の不安はおさまるものだという信念が私にはあります。昔からそう思っていました。ドラッカーが言った有名な言葉の1つに、「誰でも短期だけをマネージすることはできる。誰でも長期だけを語ることはできる。重要なのは2つの間でバランスをとることだ」とあります。一流の経営者というのは、一見対立する2つの概念をトレードオフでなくトレードオンができる人です。短期と長期、品質とコストなどの整合性をなるべくもたせることができるということです。理念・目標・戦略について、取締役から始めて、くどいくらいに全社員に説明しました。戦術はつくってくれ、口は出さない、できたものは教えてくれ、というスタイルをとりました。

これは、社長職3回、副社長1回やりましたけれど、どの会社も同じでした。経営には国籍・国境もないし、業種・業界の違いもなくて、8割以上はトランスファーできて、ポータビリティがあるんです。ジョンソン・エンド・ジョンソンはヘルスケアの会社で、フィリップスは電機の会社で、ホールマークは紙製品・グリーティングカードの会社で、作っているもの、売っているもの、顧客、流通は違います。ただし経営の基本はどの会社も同じです。それが、理念・目標・戦略と人材育成です。8割を身につけておけば、別に勉強しなくてはいけないのは会社によって違う2割だけです。勘のいい人・要領のいい人で6カ月、そうでなくても1年間勉強すればキャッチアップできます。ガースナーがナビスコからIBMに行ったというのもこういうことです。業種・業界を超えてトランスファーできるような経営能力を身につけている人がプロフェッショナルです。

― 理念・目標・戦略を、というように、どこの会社でも同じようにやられたのですね。

まったく同じです。ホールマークは理念がなかったので社員を巻き込みながら作りました。フィリップスには理念はあったのでその徹底です。理念がある場合は継続的に徹底する、ない場合は作った上で徹底させる、それだけのことです。

― 理念に即した行動をすればその会社は繁栄するものなのですね。

そうです。今の世界を覆っている4大潮流があるとすれば、グローバル化、多様化、IT化、変化の4つの“化”だと思います。多様化ということは、同じ会社の中にいろんな国籍の人もいて、宗教・文化・理念など異にする違ったバックグラウンドの人間が1つの会社でまとまって仕事をやる場合、放っておくとバラバラの烏合の衆になってしまいます。多様な人間を1つにまとめて同じ方向に導くときの求心力としての働きをするのが企業理念です。これはみな同じです。古い日本語でいえば“錦の御旗”、こういうものがあって、それが徹底的に社員にコミュニケートされて、ワーキング・ツールとして使われていると、経営上の判断で、あまり大きなぶれがなくなります。経営上の判断のブレがなくなると業務効率・生産性が高まるのです。戦術の部分では色々な考え方があってもよいですが、理念の部分では一枚岩でないと、多様化が進めば進むほど会社は空中分解してしまう。そういう意味においては多様化が進む現在の世界では企業理念がもつ重要性は増していくでしょう。

― それには、社員が理念に共感していないとだめですよね。

私は踏み絵的に、中途採用でインタビューするときに必ず理念の話をしていました。この考え方が合わないのであればこの話はなしにしましょう、と。ほとんどの人はこれが気に入ったからジョンソン・エンド・ジョンソンに入りたいと言っていましたけれど。一部初めて見る人でも、賛成できなくても反対とは言いません。要は経営者の意思が伝わるわけです。どんどん道具として使えばよいのです。これが経営者としてやったことなので、いまどこかの社長をやれと言われれば、理念作りから始めると思います。

― ご自身が得意とする企業のフェーズ(発展段階)というのはあるのか、ないのか、そのあたりはいかがですか?それぞれのフェーズで経営の要諦というのは変わるのでしょうか?

後者からお答えすると、フェーズによって要諦は変わります。創業期はそれ行けどんどんで、マイウェイで自分の意思を強く主張して、クリエイティビティとドライブを働かせながらやる。ないものから何かを創るので相当力仕事になるわけです。ドライブがない人はだめです。建て直し期はビジネスモデルの見直し、変化に対してフレキシブルな考え方を持っていて、何はやめる、何は捨てる、何はやる、と取捨選択をシャープにできる、そういう能力が必要だと思います。成長期・成熟期は、おそらく創業期の個人の色が出るのに対して、制度やシステムで特別なアクシデントがなければ一定の巡航速度で動く、という時期なので、制度・システムが重要になってきます。

と言いながら、会社というのは、創業期は確かにあるけれど、そのあとはいつでも建て直し期であると思います。建て直し期でないということは、うちは万全・盤石です、改革は必要ないです、という意味になるのではないでしょうか。どんなに儲かって伸びていても、会社というのは未来永劫建て直し期だというメンタリティをもつ経営者でないと、経営者の資格はないと思います。

― 先ほど、GDPの3倍の成長目標を自ら設定されたというお話をされていましたが、放っておけばGDPと同じでいいんじゃないかと思ってしまいそうなので、これもそういうことなのですか。

若干のチャレンジでしょうね。

― 3倍というのはどなたからか教えてもらったものなのですか?

10倍では多過ぎるしGDPと同じだと伸びてないな、そうすると2、3倍かな、と。2より3のほうが数字としてはいいな、それくらいの感じです。当時は日本経済の成長が3%くらいだったので、3%の3倍強は10%で、切りのいい数字になると。

企業の成長に関して重要なこととして、経営者が腹をくくるべきポイントがあります。それは、「そもそも経営者として経営の責任をもっているこの会社を“ビッグカンパニー”にしたいのか、“グッドカンパニー”にしたいのか」という基本的な意思決定に迫られるということです。最近の優良企業の不祥事をみると、グッドであることへの執念を瞬間忘れてビッグになろうと焦ったんだと思います。グッドの犠牲においてビッグを狙うことは極めて危険である。本質的にスモールよりビッグがよいです。思い切ったことができるし、社会に対する影響力も大きくなりますから。ただビッグを焦るあまりにグッドを忘れてしまうと会社自体がつぶれてしまう危険性が出てきます。正解は何かと言うと、グッド&ビッグでしょう。どちらが先かと言うと、グッドです。グッドの後はビッグが続きます。

― そうすると、ご自身の中では、いつも建て直し期である中で、赤字から黒字にしていくことや、今まで細々伸びているものをもう一段成長させるというようなことについて、そのようなお考えでやられていたのですね。

そうですね、バッドならグッド、グッドならベター、ベターならベストと。ホールマークのアメリカのCEOに教わった面白い英語があって、「If you think you are good enough, you are finished.」というものです。もしあなたが自分を結構できあがった立派な人間だと思ったら、その瞬間あなたは過去の人間だ、と。経営者も自分の会社を“伸びています、儲かっています、社員も育っています、お客様の評判も良いです”など、“うちの会社は「good enough」で、もうそれほど手直しはいらない”と思った瞬間が危険で、会社は滅亡への道を歩き始める。いつでも健全な不満をもたないといけないということなのでしょう。私はこれを「現状否定対策肯定」というスローガンを作りまして、この仕事のやり方・プロセスで良いのだろうか、わが社の人材教育のあり方はこれで良いのだろうか、顧客満足は重要だと言っているけれど本当にそれをやっているのだろうか、企業理念が重要だと叫んでいるけれど実際それは社内に十分浸透しているのだろうか、このようなことについて、いつでもネガティブに考えるということです。マイナスに否定的に疑問をもつことです。ただ、不満だけで終わらずに、どうやったらさらにベターになるか対策を考える、これを忘れてはいけないという思いでいます。

強み・弱み
〜もともとはシャイでした

― 失礼な質問かもしれませんが、そもそも新さんはどんな方だったのですか?

1回しかない一生なので、死ぬときに悔いのない死に方をしたいというのは若いときから思っていました。人間の最高の幸せは自己実現だと思うんです。人によってその内容は違います。自分にとっての自己実現は何か、というのはよく考えました。そもそもシェル石油という外資に入ったのは、この会社のほうが他の会社より自己実現がやりやすいだろうという判断があったからです。それではなぜ10年で辞めたのかというのもよく聞かれますが、できれば転職はしないほうがよいとも思っています。ただ、この会社より他の会社のほうが自己実現が図れるとか、この会社でも自己実現できるが他の会社のほうがはるかに大きな自己実現が図れるといったようなときに、転職するという判断になります。シェルに10年、コカ・コーラに10年、ジョンソン・エンド・ジョンソンは12年いましたけれど、その都度自分にとって自己実現を果たせるチャンスが大きいだろうという判断がありました。いま振り返って悔いはありません。

― 圧倒的に自分に対する信頼があったのでしょうね。自分はできる、とか。

できるかできないかはわからないけれど、やってみなければわからないという感じですかね。自信はどちらかというとないほうです。学生時代もシャイでしたし。人前で話すのは苦手でした。ある意味見かけ上のパーソナリティを変えたのは、デール・カーネギーの講習でした。先輩に勧められて、人間関係と話し方教室に行きました。14週間、夜3時間通うと、最初自己紹介で震えていたような人も5週目くらいになると堂々と胸をはって話をするようになっていました。私も卒業するころには人前で話をするのがむしろ楽しみになりました。あの投資はよかったです。いろんなだめもとでもいいなと思うチャンスがあったらまずトライしてみる、ということかもしれません。はじめから食わず嫌いが一番だめです。

自分の強みを最大限に発揮すると弱みが目立たなくなると言います。伸びる人は相手の弱みを探すよりは強い点をみて機会を与えるという特徴があります。そして、自分にもそれを適用して、強みを活かす目標設定をする、ということでしょうか。

― ご自身としては何が強みだと思われますか?

わりと明るいほうです。人に必要以上に警戒されません。率直モードで楽しく人とつきあうような自分づくりをしてきました。敵はあまり多くはいないと思っています。経営者として成功するには、敵が多すぎる人はだめです。人間関係能力を何も考えずに自然体でできる人も一部にはいますが、多くの場合は意識をもってインターパーソナル・スキルを磨く必要があります。

― そのために意識されていることはありますか?

人間関係の究極の落とし所として「てい・しょう・かん・び・めい」という言葉を使っています。丁寧に接する、褒める、感謝する、微笑する、名前を覚える、の5つです。人にとっていちばん心地よい音は自分の名前だという説があります。会話に名前を添えるというようなことは、平均的にはアメリカ人のほうが日本人より10倍うまいと思います。会社・肩書きを見て、そのあとに名前があるというのは日本の文化でしょう。アメリカは逆です。

経営者育成の要件
〜座学1割・上司2割・修羅場7割

― 経営者について、日頃お考えのことがあればお話しいただけますか?

人には「利口」と「馬鹿」がいます。「利口」というのは自分の何か強みであるか、何が苦手であるかを客観視して知っている人。「馬鹿」は自分の強み・弱みをわかっていない、自分自身をよく知っていない人。その違いです。そして、「利口」の一枚上をいく「大利口」というのがあって、それは、自分の強み・弱みを知っていて、その弱みを補ってくれるような自分とは異質の能力をもっている人を周りに配して、バランスのとれたチーム作りをできる人です。経営者はこういう人です。

また、人間危険なのは、“お山の大将われ一人”という思い上がりです。経営者の仕事をやって業績が良いとまわりがちやほやし始めます。外部・内部の人間がすりよってきます。自分に魅力があって寄ってくるのか、代表取締役という肩書きに魅力を感じているのかだんだんわからなくなってきました。それで肩書きをとって辞めたんですけどね。経営者は歳をとって実績を出すほど、人が本当のことを言わなくなります。経営者として大きく身を誤らないためには、直言・苦言・諫言してくれる人をできれば複数もちたいものです。まず社内では無理です。メンター・師も2、3人もちたいです。社長がまわりにもちたいものは、優秀な部下は当然ですが、直言・苦言・諫言できる人と、人生の知恵や勇気を与えてくれる人・メンター・困ったときの相談相手、これを2、3人もてると、大きな判断ミスはなくなります。

― ジョンソン・エンド・ジョンソンのときはそういうメンターのような方はいらっしゃったのですか?

3人いました。2人はもう他界されてしまいましたが。若いうちからメンターをもつのは非常によいです。

経営者を育てるには、「座学1割・上司2割・修羅場7割」です。座学は講演会やセミナーに行く、本を読む、勉強会に行くなど。座学がもたらすメリットは、日常忙しいと物事の原理原則を忘れがちになるところを、物事を体系づけた原理原則に立ち戻る場として使えばよい。ある人の言葉で、「経営学は本を読んで学べるが、経営力はやってみなければ身につかない」というのがあります。したがって修羅場8割です。いちばん難しいテリトリーの担当をする、いちばんややこしい顧客の担当をする、新商品を導入する、困っている子会社の建て直しをやる、海外の拠点をオープンする、クロス・ファンクショナル・チームのリーダーをやるなど、難しい仕事を30代から40代の前半までに複数やる。これがリーダーや経営者を育てるいちばんよい方法です。修羅場は50過ぎたら遅いです。20代から30代までは座学によって基礎を学んで、そのあとは修羅場です。アメリカの会社のほうが若手に大胆なチャレンジをさせています。日本はまだ年功序列というよりは年齢序列が多いですね。年齢に関係なくスキル・実力を発揮すれば評価されるのが概して外資でした。上司2割というのは、サラリーマンは30代までにその下で上司により大きな影響を受けるので、優れた上司を持つことが重要だと言うことです。

― 経営者を育てるということを考えたときに、ご自身ではどういう人を後継者候補として選ばれますか?

マトリクスで、横軸はスキル・仕事の能力を駆使して結果を出す度合い、縦軸は人間力・信頼・尊敬・意欲・価値観を共有している度合い、とすると、真っ先に後継者としてプライオリティが高いのは右上ですね。すぐ外すのは左下です。右下(仕事の能力・スキルはあって結果も出しているが、人間的に信頼できないし価値観を共有できない)は、会社に多大な貢献をしているけれど、いつ会社に造反するかわからない危険分子であると、左上(スキルは高くないが人間力あり価値観を共有している)はスキルのトレーニングさえ十分に与えれば右上に入る可能性があると思います。右下はそれまでに辞めてしまう可能性があります。このマトリクスに関しては、GEのジャック・ウェルチも同様のことを言っています。サウスウエスト航空の採用の話を聞いたら「Hire for character」と言うんです。採用するときは人間性で採用しろ、と。後半があって、「Train for skills」。入った後の訓練はトレーニングでできると。私が自分に課している人材鑑定法の基本です。ケミストリー・相性が合わないとだめですね。

インタビューを終えて

長い期間にわたって、目標を立て、その実行に向けて日々継続して鍛錬を続けていくことは、そう簡単なことではありません。新さんは、32歳のときに「45歳で社長になる」と自らに課しました。経営者の要件を考え、仮説を立てて、足りない部分を自己研鑽されました。結果として45歳でジョンソン・エンド・ジョンソンという世界的な優良企業において、初めての日本人社長となりました。そして、単に社長になったというだけではなく、長年に渡って業績を上げ続けました。現在でも毎年の目標設定、週5冊の読書、毎日40分英語の勉強をしながらのウォーキングと腕立て伏せ200回を続けているそのエネルギーレベルの高さには驚かされました。

インタビューでは、経営・歴史・文学問わない幅広い引き出しからの名言も引用いただきながら、経験に裏打ちされた数々の自論を語っていただきました。穏やかな語り口ながら、とても重みと説得力がありました。経営というのは業種に関係なく8割が共通項であることや社長にと頼まれれば明日からでもできますという言葉が、「プロ経営者」ならではのもので、とても印象的でした。

インタビュー:組織行動研究所所長 古野庸一 /文:主任研究員 藤村直子
協力:株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO 井上 和幸 氏
※本インタビューは2010年7月8日に実施したものです。

PROFILE

新 将命(あたらし まさみ)氏 株式会社国際ビジネスブレイン 代表取締役

略歴:1936年東京生まれ。早稲田大学卒業後、シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップスを含むグローバル・エクセレント・カンパニー6社で40数年にわたり社長職を3社、副社長職を1社経験。2003年より住友商事を含む数社のアドバイザリー・ボードメンバーを務める。長年の経験と実績をベースに経営者、経営幹部を対象に経営とリーダーシップに関する講演・セミナーを通じて国内外で「リーダー人財開発」の使命に取り組んでいる。『決断の作法』(インフォトップ出版)、『経営の教科書―社長が押さえておくべき30の基礎科目』(ダイヤモンド社)、『伝説の外資トップが説く リーダーの教科書』(ランダムハウス講談社)をはじめ、著書・CD教材多数。

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