調査レポート
非IT職のデジタルリスキリングに関する実態調査
非IT職のデジタルリスキリングの実態と学びを促進する支援とは
- 公開日:2023/06/12
- 更新日:2024/05/16
企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みは、IT企業以外においても年々増加しており、その実現手段として、企業における従業員のリスキリングの重要性も、ますます高まっている。DXは企業の価値創造の全プロセスにかかわるため、特定の高度専門人材やデジタル・IT職人材を育成・獲得するだけでなく、全従業員が、それぞれに必要なデジタルリテラシーを新たに身につけていくことが重要な課題であるとされている。そのため、非IT職に対しても、デジタル・IT知識に関するリスキリング(以降デジタルリスキリング)を推進する企業が少なくない。
しかし、非IT職には、デジタル・IT分野のスキルを獲得することや、それを使って働くことを志向してこなかった人も多く、自社にとっての必要性を理解したとしても、主体的に学習に取り組み学習効果をあげていく人を増やすのは簡単ではない。実際に、企業側の積極的な働きかけにもかかわらず、思ったように取り組みが進まないという声が、人事担当者からしばしば聞かれる。
そこで、今回、非IT職のデジタルリスキリング推進のヒントを得るべく、DXに関する取り組みを行っている企業で働く非IT職で、最近デジタルリスキリングの経験がある人に調査を実施した。取り組みのきっかけはどのようなものか、どのような内容を学んだか、どのような学習機会を活用したか、企業や上司の働きかけはどうだったか、などを尋ねた。分析では、業種や職種ごとの学習状況がどのように異なるか、何が学習効果を促進するか、を明らかにしている。
調査対象
デジタルリスキリングの実態は、業種によっても大きく状況が異なると想定されるため、DXの取り組みが比較的進んでおり調査対象者が多い業種として、機械、電機、化学、エネルギー(以下、製造)と金融、保険(以下、非製造)に対象を絞った。結果の集計は、主に製造と非製造ごとに行った。調査対象者の属性分布は図表1のとおりである。
<図表1>調査概要「非IT職のデジタルリスキリングに関する実態調査」
1.業種や職種ごとの学習状況がどのように異なるか
学習のきっかけ
まず、最近2~3年で新しくデジタル・ITの知識・スキルを学んだきっかけについて、9つの選択肢から複数選択形式で尋ねた(図表2)。
・学習をはじめたきっかけとして最も多いのは、製造では「現在の仕事に役立つから」、非製造では「経営層や上司からの要請があったから」と異なる傾向が見られた。
・また、「経営層や上司からの要請があったから」「昇給や昇進に役立つから」は、製造に比べ非製造で割合が高く、有意な差が見られた。
<図表2>学習のきっかけ
学習内容
次に学習内容について、想定される11の内容を提示し、複数選択で回答を得た(図表3)。
・最も多く選択されたのは、製造では「Excelなどによるデータ管理、データ可視化」、非製造では「社会の変化とデータ・AI活用の意義」と、異なる傾向が見られた。
・また、「Excelなどによるデータ管理、データ可視化」は製造が非製造に対して、「社会の変化とデータ・AI活用の意義」は非製造が製造に対して、有意に選択率が高かった。
<図表3>学習内容
特徴的な学習内容
学習内容について具体的に把握するために、学習内容についての自由記述を用いたテキストマイニングによる分析を行った。学習内容については担っている業務の影響をうけると考えたため、業種2群(製造・非製造)、職種3群(事務系・営業系・生産系)から作成した5群において、他群に比べ統計的に多く出現する語をリストアップし、各群に特徴的な学習内容を探索的に確認した(図表4)。各群のn数がやや少ないが、その点を踏まえたうえで、業種だけでなく職種も加味した、学習内容の傾向を理解する参考としたい。
・製造_事務では、デスクワークの自動化に関連する「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」「プログラミング」、製造_営業では、営業業務の効率化に関連する「Excel」「クラウド」、製造_生産では、生産管理の効率化やデータ活用に関する「自動」「統計」など、業務上のニーズに直接関係するものが特徴的に見られた。
・非製造では両群とも、資格の取得に関する「ITパスポート」「試験」「資格取得」が特徴的に見られ、製造とは異なる傾向が確認された。
<図表4>業種・職種別の学習内容の特徴語分析
図表5では、具体的な学習内容とその理由について、代表的なものを抜粋した。業種・職種の特徴を背景に、業務上の課題、経営層や上司からの要請、個人の興味関心に応じて、それぞれ異なる学習内容を選択していることが確認できる。
<図表5>具体的な学習内容とその理由 <自由記述結果を抜粋して分類>
学習機会
どのような学習機会を活用したかについても、8つの選択肢から複数回答で回答を得た(図表6)。
・製造・非製造とも、最も選択率が高いのは「仕事として取り組んだ」で、次いで「書籍やWEBで独自に学んだ」だった。
・いずれの選択肢においても、製造・非製造の選択率に有意な差は見られなかった。選択率に最も差が見られたのは「勤務先が提供・費用補助する学習プログラム(全社員必修)」で、非製造が製造より高かった。
<図表6>学習機会
2.何が学習効果を促進するか
企業のリスキリング支援と上司のDXリーダーシップ
リスキリングを促進する要因については、経営者の本気度、専門の推進チームの有無、明確な企業方針の提示といった企業要因や、職場や職務の変革の必要性の度合い、本人のDXへの賛同、リスキリングに対する有用感や自信など、さまざまな要素が考えられる。
本調査では、なかでも現場の従業員にとってより直接的に影響を与えると考えられる、企業のリスキリング支援(スキル開発に力をいれているか、学んだスキルが生きる機会や処遇を提供しているか)と、上司のDXリーダーシップ(職場でどんな課題を解决したいか、どんなスキルが業務に必要かを示しているか、スキルの獲得や活用を支援しているかなど)について、どの程度行われているかを尋ねた。図表7は、製造・非製造ごとに、企業のリスキリング支援と、上司のDXリーダーシップの値を示したものである。
・企業のリスキリング支援(2項目4件法)は、製造が2.51、非製造が2.71と非製造の方が高かったが、統計的に有意な差は見られなかった。
・また、上司のDXリーダーシップ(6項目6件法)も、製造が3.81、非製造が3.78と、有意な差は認められなかった。
<図表7> 企業のリスキリング支援と上司のDXリーダーシップ(製造・非製造別)
一方で、図表8のとおり、企業のリスキリング支援と上司のDXリーダーシップは、学習効果と関係が見られた。学習効果は、「新しい知識やスキルを身につけられた」「今後の仕事に役立てられそうだと思った」など7項目6件法で尋ねたものから構成して活用した(α=.90)。
・学習効果の高・低群別に見ると、企業のリスキリング支援では高群が2.74、低群が2.44で、上司のDXリーダーシップでは高群が4.11、低群が3.48と、両者とも統計的に明確な差が見られた。
<図表8>企業のリスキリング支援と上司のDXリーダーシップ(学習効果高・低群別)
図表9は、学習効果を目的変数、「企業のリスキリング支援」と「上司のDXリーダーシップ」を説明変数として、年齢、役職、本人のデジタル関心を統制して行った重回帰分析の結果である。デジタル関心は、「デジタル・IT関連の仕事や技術に興味がある」など2項目6件法から構成した(α=.79)。
・「上司のDXリーダーシップ」は、製造、非製造いずれにおいても、学習効果に対し有意に影響することが示された。
・「企業のリスキリング支援」は、非製造において、同じく学習効果に対し有意に影響することが示されたが、製造においては明確な影響は確認されなかった。
<図表9> 学習効果に影響を与える要因(学習効果に対する重回帰分析)
まとめ
本レポートでは、非IT職のデジタルリスキリングの取り組みにおいて、製造・非製造や職種によって学習のきっかけや内容、活用する機会がどのように異なっているかを確認した。また、学習を促進する要因として検証した「企業のリスキリング支援」は、非製造においては有効性が確認できたが、製造においては、かならずしもそうではない結果となった。支援のあり方も、業種・職種などの個別性に応じて検討する必要があることが示唆された。
一方、「上司のDXリーダーシップ」については、製造・非製造の両群において、学習効果に強い影響を与えるという結果が得られたことは、重要なポイントである。成人学習理論では、職業人の学習は仕事上の課題解決を目的とした場合に促進されるとしている。業種・職種を問わず、自職場においてデジタル・ITを活用しどのような課題を解決したいか、そのためにどのようなスキルが必要かを示し、学習や活用の機会を提供していくリーダーの働きかけが、非IT職のデジタルリスキリング促進のカギだと考えられる。
図表10は、学習を進めるのに重要だと思うことを尋ねた結果である。選択率には差が見られるものの、製造・非製造とも「学んだことがどのような課題解決に役立つかイメージできる」が最も多く選択されている。まさに、この点について、上司の効果的な働きかけが求められるところであろう。
<図表10> 学習を進めるのに重要だと思うこと
リスキリングが企業の人事戦略として行われる以上、上司には組織の要請を明確に提示する役割が期待される。とはいえ、DXの推進は、上司にとっても未経験のことであり、簡単に道筋を示すことは難しい。であれば、デジタル・ITに興味関心をもっている部下の主体的で探索的な学習を支援し、どのように職場の課題解決につなげていけるかを一緒に検討する、部下が受講する企業提供の学習プログラムも、単に個人が受講するに終わらせず職場の業務に生かせる方法を一緒に考えていく、部下と上司の一対一でなく職場ぐるみでDXやリスキリングをどう進めるのが効果的か考えるなど、職場全体で話し合い、学び合える風土をつくっていく上司の働きかけが、それぞれのデジタルリスキリングへの興味や意欲を高め、学習を促進するのではないだろうか。
執筆者
技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
研究員
佐藤 裕子
リクルートにて、法人向けのアセスメント系研修の企画・開発、Webラーニングコンテンツの企画・開発などに携わる。その後、公開型セミナー事業の企画・開発などを経て、2014年より現職。研修での学びを職場で活用すること(転移)、社会人の自律的な学び/リスキリング、経験学習と持論形成、などに関する研究や、機関誌RMS Messageの企画・編集などに携わる。
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