- 公開日:2026/01/19
- 更新日:2026/01/19
2026年に出版予定の『図解イノベーション入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。その著者である坪谷邦生氏(株式会社壺中天 代表取締役)と井上功(弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター)が、10人の多様なゲストと共に「人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか」をテーマに話し合っていきます。
第7回のゲストは、能楽師の林喜右衛門氏です。林氏は、京都で「謡」をつないできた京観世五軒家のうち唯一残る林喜右衛門家の十四代当主です。今回は、単に伝統を継承するだけでなく、解説も含めて能を90分間で楽しめる「KYOTO de petit 能(京都でプチ能)」など、新たなチャレンジにも積極的に取り組んでいる林氏と、「能の世界で新価値を創造するとはどのようなことか」を巡って対話しました。
●対談者紹介

林喜右衛門氏
能楽師シテ方観世流職分、林能楽会代表
京都で「謡」をつないできた京観世五軒家のうち唯一残る林喜右衛門家の十四世当主。京都・東京・岡山・鳥取に稽古場を持ち、謡と仕舞の指南にあたる。1979年京都生まれ。父・故十三世林喜右衛門、及び二十六世観世宗家 観世清和に師事。「鞍馬天狗」にて初舞台。これまでに乱・石橋・道成寺・翁・望月・安宅・求塚・砧・卒都婆小町・恋重荷を披く。2013年より能楽自主企画公演「宗一郎の会」を開催。2014年平成26年度「京都市芸術文化特別奨励者」の認定を受ける。2017年マレーシア国交樹立60周年記念公演にて「船弁慶」上演、岡山では幻の能「吉備津宮」を復曲上演。2020年「重要無形文化財総合認定」を受ける。また林家同門と開催してきた「林定期能」が創立100周年を迎える。2024年「京都府文化賞奨励賞」の認定を受ける。 2025年には林家創始400年を迎え、家名を襲名する。
坪谷邦生氏
株式会社壺中天 代表取締役
井上功
弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第7回 「能が現代社会にどのような価値を提供できるのか」をいつも考えている
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第6回 人事は「ファシリーダー」となり、組織をイノベーション体質に導いてほしい
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第5回 こどもたちのため、雄勝のため、未来のためにMORIUMIUSをやっている
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第4回 イントレプレナーは出世ではなく「辺境」へ向かおう
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第3回 組織が越境人材と向き合ってはじめて、イノベーションが起こる
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第2回 イノベーションを増やしたいなら、企業は「天才」に活躍してもらう必要がある
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第1回 リーダーシップの本質はDoだが、Doを持続するにはBeが必要
- 目次
- 能の型は途切れなく継承するが、その時代における能の価値は一人ひとりが考える
- 時の流れを意識しながら、自分が今この時に何をすべきなのかを考える
- 「KYOTO de petit 能」は能楽界のイノベーションである
- 日本各地に伝わる伝説を、新作能に仕立てたら面白いのではないか
能の型は途切れなく継承するが、その時代における能の価値は一人ひとりが考える
井上:林さんは、林喜右衛門家という由緒ある能の家に生まれ育ったわけですが、能楽師になると決めたのはいつ頃ですか?
林:小学校に入る頃には、将来は能楽師になるのだろうなと漠然とは思っていました。能が生活の一部にありましたが、正直そこまで熱意を持って稽古に取り組んではいませんでした。20歳を過ぎた頃でしょうか、はじめて父親以外で憧れを抱いた役者が出てきました。それが現在の師匠である観世清和先生です。その頃から自分は能が好きなのだと気づき、「うまくなりたい」と欲が出始めました。もちろんそれはこの道一本で生きてゆこうという覚悟だったようにも憶えています。世阿弥は「上手は下手の手本、下手は上手の手本」と言っています。私もそれに倣って、熟練の方も初心の方もよく観察して分析し、手本として学んできました。それはいまだに続けていることです。
また、私はこれまでに歌舞伎やオペラなど、さまざまなジャンルの方と舞台をご一緒させていただきましたが、そのような体験からも学ぶことはたくさんありました。
井上:他ジャンルの方と一緒に公演する時には、どのような学びが得られるのですか?
林:まずは「能のどのような要素を注ぎ込めば、その時の作品にうまく融合し価値あるものとして共演する意義があるのか」をよくよく考えます。するとあらためて能の特性や演劇として優れているところ、あるいは表現が難しいところなど、いろいろなことに気づくことができます。同時に、能の古典作品の価値を見直す機会にもなります。人としての普遍性をテーマにしているともいえる能が、現代社会においては如何なる価値とメッセージを与えてくれるのか、常に問いかけ見出す必要があると思います。
井上:そのような能との向き合い方も、師匠から教えてもらうものですか?
林:いえ、少なくとも私は、師匠であった父や家元から、そのような向き合い方を教わったことはありません。教わったことといえば、能の型の基本と礼儀です。基本を繰り返し、あとは見習うのみです。そのようななかで、10代後半で考え始めたことは、どうすれば伝統芸能を必要としてもらえるのか、ということでした。必要とされなければ継承が途絶える恐れもあり、また生活もままならないと思ったからです。
そして、宗家のもとでの修行を終え、京都に帰ってきてから、絶えず揺れ動く価値観や社会情勢に、現代社会における能の価値はどこにあるのか、昔の考えが通じるのかを考え始めました。そして実際に、伝統芸能を継承するための行動もしてはいますが、今もなお試行錯誤を繰り返しているところです。
井上:林さんのやり方は後進の方にも真似してほしいものですか?
林:私は、後進の方々や子どもたちに自分のやり方を強要いたしません。ただ、多岐にわたる活動を通じて感じたことや自分の考え、価値観も、今後彼らが尋ねてくれるのならば伝えるでしょう。しかし、押しつけることだけはしないと決めています。
それは、能の型は親から子へ、前の世代から次の世代へと途切れることなく継承するものですが、時代時代における日本文化の意味するものは、その時を生きる一人ひとりが考えなければならないからです。
時の流れを意識しながら、自分が今この時に何をすべきなのかを考える

井上:そもそも能は成立から現代にかけてどのような変化をとげてきましたか?
林:徳川幕府の政策もあり、能楽が全国の大名に親しまれることになった武家社会に属していた時代は、ある種の安定期ということもあり多くの優れた美術品ともいえる衣装や能面が作られました。
それよりも以前、つまり能楽が確立し始めた創成期は、権力者に認められるべく、ほかの座(グループ)よりも面白い作品や演出、またはアイドル的存在の役者を世に出すことに心血を注いでいました。
そして近代日本においては、「読み、書き、そろばんに、お謡」といわれていたように教養の1つになりました。謡の文句を誰もが知っていた時代の能は、雰囲気を中心とした演じ方なのです。それを聞いて育った方は後になり「あれは謡だった」ことに気づかれます。「どんな印象でしたか」と尋ねると、「まったく言葉が聞き取れない」と。つまり雰囲気中心なので言葉が聞き取れなくてもよかったのです。
昭和に入り、高度経済成長の波にのまれ、日本文化が日常生活から遠いものとなりつつある時、能はリアリティーを求める方向に切り替わり、謡もはっきりと聞き取れる謡い方になりました。生きる苦悩、死の恐怖、別れの悲しさなど、どこか人ごとになってしまっていることを舞台上で表現しようとする傾向にあると思います。
井上:「現代社会における能の価値を考える」とは、具体的にはどのようなことを考えるのでしょうか?
林:これはあくまでも私の推測と考えです。
私は、能に興味をお持ちの方が同じ現代社会に生きるなかで、能に対してどのような価値を求めてくださっているのかを常に考えています。この演目が好きだから、この能楽師が出演するから。そのような理由でもありがたいと思います。そして現在、能だけではないのですが、茶道や華道など、日本文化は「自分自身を見つめ、日本人のルーツを見つめ直すもの」と受け止めてくださっているように感じています。一昔前の教養としての位置付けではなく、豊かに生きるための手本のようなものが、現在、文化に求められているように思います。しかし時が経てばまた変わると思いますので、その時はあらためて考え直します。
井上:そうした考えや想いは、受け取る側がそれぞれ感じたらよいのでしょうか?
林:そのとおりです。私は今話したようなことをいつもいろいろと考えているのですが、その考えや想いを言語化して伝えることはしていません。また、演じる際にも、必ず余白を残すようにしています。なぜなら、どのように感じ、受け取っていただくかはお客様の自由だからです。
能はもともと神事であって、神様に楽しんでもらうための芸能の1つでしたが、時が経てばエンターテインメント化するものです。謡い方の速さやメリハリ、演出などは、変えようとせずとも自然と時代に合わせて変化していくわけです。
若かりし頃の私がまさにそうでしたが、「オレを見ろ」と言わんばかりに表に出す力が強くなり、上っ面ばかり美しく魅せようとしがちでした。しかしそれは師匠の一言で間違いと気づくことができたおかげで、真っ直ぐな道に戻ることができました。いわゆる若気の至り、とでもいうのでしょうか。ただある程度好きにやらせることも必要です。なので私は若手を頭ごなしに否定することはいたしません。彼らなりの経験を積み、自分なりに能とは何かを学び、能における新たな価値を見出してもらいたいと願います。
「KYOTO de petit 能」は能楽界のイノベーションである
井上:ところで、林さんは2022年から「KYOTO de petit 能(京都でプチ能)」という新たな試みを行っています。なぜ始めたのですか?
林:「KYOTO de petit 能」は、役者による解説も含めて90分で能を楽しんでもらう企画です。普段の能公演は、1公演につき能を2つご覧いただくことが多く、結果公演時間が4~5時間に達しますが、petit能では1演目にしています。これを始めたのは、やはりもっと多くの人に能を見てほしい、能に触れてほしいという想いからです。90分であれば、映画や演劇などと同じ感覚で気軽に見に来てもらえるだろう、と考えたわけです。また、私自身が演目を解説するのですが、そうやって役者が語ることで、能面の下の素顔を見てもらうこと、人となりを知ってもらうことが大事だと最近分かってきた、ということもあります。
井上:イノベーションの観点からいえば、そのアイディアを行動に移した点がすばらしいと思います。林さんはなぜそうやって実行できるのでしょうか?
林:それは、私が林喜右衛門家という「実行しやすい家柄」の当主であるからです。ただし、それだけではなく、師匠をはじめとする多くの方の信頼をいただけているからこそ活動できているのだと思います。先陣を切り、あとに続きやすいよう活動の幅を広げたいですね。見方によっては、「400年の林家の歴史が私を動かしている」といえるのかもしれません。
井上:「KYOTO de petit 能」を行ううえで気をつけていることはありますか?
林:「KYOTO de petit 能」は、ある意味では能の「バラ売り」ですから、それですべてを分かってもらうとか、メッセージを深く感じてもらうというのは難しいと思っています。大事なのは、90分を通じて、能が楽しいと感じてもらうこと、何か1つでも気づきを得てもらうこと、能を楽しく見るためのルールを知ってもらうことです。そして、また見に来てもらえたら成功だと考えています。
井上:バラ売りは、ビジネスの世界では「アンバンドリング」といって、イノベーションを起こす方法の1つです。「KYOTO de petit 能」は、まさに能の世界のイノベーションといってよいと思います。
林:最初からそのように考えていたわけではありません。やっていくうちにそうなったのです。バラ売りという言葉も、今こうやって話していて思いつきました。
井上:まさに「エフェクチュエーション(現時点でコントロール可能な活動に集中し、そのプロセスを回し続けることでイノベーションを起こす方法)」ですね。
日本各地に伝わる伝説を、新作能に仕立てたら面白いのではないか

井上:これから先は、何か新しい展開を考えているのですか?
林:日本各地に伝わる伝説を、新作能に仕立てたら面白いのではないかと思っています。それぞれの土地の能楽師が、地元を巻き込んでつくっていくのです。例えば、各地の子どもたちと一緒に謡ったり舞ったりするのもよいでしょうし、地域ごとの伝統産業、例えば地元の面や織物を使うのもよいでしょう。そうすれば、参加した子どもたちは、自分の土地の物語を学び、地域産業を知り、能についても分かるようになるはずです。能を通して、日本人が「間」を大切にするのはなぜか、といったことに気づくかもしれません。このような取り組みを日本全国に起こしていくことを構想しています。
坪谷:今日、林さんのお話を伺って、松尾芭蕉の「不易流行」という言葉を思い出しました。いつの世も変わらない本質的な「不易」を大切にしながら、時代ごとの「流行」も取り入れていくことが、やはり大事なのですね。
林:そのとおりです。能を途絶えさせないようにするためには、伝統的な技術を大事にするだけでなく、どうしたら現代の人たちに受け入れてもらえるのかを考えることも大切なのです。どちらかではなく、両方が必要です。
文化と経済の関係も一緒だと思います。もちろん経済発展は大事ですが、どれだけ経済が伸びても、その土地に文化がなければ人は集まってきません。文化と経済は、両輪が回ってはじめて前に進むのです。私は文化の方を受け持つ立場として、これからも経済の皆さんと一緒になって進んでいけたらと思っています。
坪谷邦生氏
株式会社壺中天 代表取締役
20年以上、人事領域を専門分野としてきた実践経験を生かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、書籍、人事塾などによって、企業の人事を支援している。2020年、「人事の意志をカタチにする」ことを目的として壺中天を設立。主な著作『図解人材マネジメント入門』(2020)、『図解組織開発入門』(2022)、『図解目標管理入門』(2023)、『図解労務入門』(2024)、『図解採用入門』(2025)など。
井上功
弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター
1986年株式会社リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。2001年、HCソリューショングループを立ち上げ、以来11年間、リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。
2012年よりリクルートマネジメントソリューションズに出向・転籍。2022年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材開発、組織開発、新規事業提案制度策定等に取り組む。近年は、異業種協働型の次世代リーダー開発基盤「Jammin’」を開発・運営し、フラッグシップ企業の人材開発とネットワーク化を行う。
最新記事はメールマガジンにてご案内しています。
この機会にぜひご登録ください。
メールマガジン登録
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第7回 「能が現代社会にどのような価値を提供できるのか」をいつも考えている
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第6回 人事は「ファシリーダー」となり、組織をイノベーション体質に導いてほしい
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第5回 こどもたちのため、雄勝のため、未来のためにMORIUMIUSをやっている
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第4回 イントレプレナーは出世ではなく「辺境」へ向かおう
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第3回 組織が越境人材と向き合ってはじめて、イノベーションが起こる
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第2回 イノベーションを増やしたいなら、企業は「天才」に活躍してもらう必要がある
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第1回 リーダーシップの本質はDoだが、Doを持続するにはBeが必要
おすすめコラム
Column
関連する
無料セミナー
Online seminar
サービスを
ご検討中のお客様へ
- お役立ち情報
- メールマガジンのご登録をいただくことで、人事ご担当者さまにとって役立つ資料を無料でダウンロードいただけます。
- お問い合わせ・資料請求
- 貴社の課題を気軽にご相談ください。最適なソリューションをご提案いたします。
- 無料オンラインセミナー
- 人事領域のプロが最新テーマ・情報をお伝えします。質疑応答では、皆さまの課題推進に向けた疑問にもお答えします。
- 無料動画セミナー
- さまざまなテーマの無料動画セミナーがお好きなタイミングで全てご視聴いただけます。
- 電話でのお問い合わせ
-
0120-878-300
受付/8:30~18:00/月~金(祝祭日を除く)
※お急ぎでなければWEBからお問い合わせください
※フリーダイヤルをご利用できない場合は
03-6331-6000へおかけください
- SPI・NMAT・JMATの
お問い合わせ -
0120-314-855
受付/10:00~17:00/月~金(祝祭日を除く)








動画セミナーだからいつでもどこでも視聴可能
メルマガ会員登録で