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EVA導入による価値創造経営の意義

企業経営のための指標としてどの点でEVAは優位性があるのか

  • 公開日:2005/02/01
  • 更新日:2024/04/11
企業経営のための指標としてどの点でEVAは優位性があるのか

今回の特集では、なぜ経営指標EVA(Economic Value Added、経済付加価値)と企業価値が結びついているのか、企業経営のための指標としてどのような点でEVAは優位性があるのか、そしてEVAに基づく価値創造経営が今日においてどのような意義を持つのか、についてご紹介していきたいと思います。

変化する自社の経営指標
企業価値プレミアムとしてのMVA
EVAの特長
経営におけるEVAの役割
日本企業におけるEVA導入の意義と今後の展望

変化する自社の経営指標

企業価値、価値創造経営という言葉はこの数年で我が国産業界に一気に普及してきました。そしてこれらの言葉は資本コストを加味した経営指標EVAとセットで語られることが極めて多いようです。1998年に花王が日本企業で初めてEVAを経営指標として導入することを検討して以来、様々な業種の企業がEVA、もしくはそれに類似する指標を自社の経営指標として取り入れています。

企業価値プレミアムとしてのMVA

まず、企業価値を説明するために、MVA(Market Value Added、市場付加価値)を紹介します。企業は銀行や資本市場から資金を調達し、事業活動を行うために資本として投下します。この資金調達額が投下資本であり、負債および株式資本の帳簿上の価値つまり簿価の合計額です。それに対し、企業全体の市場価値は通常簿価と乖離しています。MVAはこの差の部分を表します。

企業価値プレミアムとしてのMVA

企業の株式時価総額、市場価値に注目が集まることはよくありますが、企業が創造した価値は市場価値のみならず、その元手としての資本の調達額(投下資本)との比較で考える必要があります。MVAがプラスの企業であれば、その企業の市場価値は調達額以上の価値になっており、マイナスの企業であれば、調達額以下の価値になっているということを意味します。リクルートマネジメントソリューションズが行ったランキング分析 では、2004年3月時点において日本企業の約7割はプラスのMVAとなっているのに対し、残りの3割の企業はマイナスのMVAとなっています。このMVAの大小、プラス・マイナスは、企業の将来的な業績に対する投資家の期待に基づいて形成されます。投資家が企業に対し「将来的に経済的利益を生み出してくれる」と期待すれば、MVAはプラスになり、その期待が大きいほどMVAは大きくなります。逆に投資家が「将来的に経済的利益を生み出せない」と考えれば、その企業のMVAはマイナスになります。ここでいう、「経済的利益」がEVAです。MVAは将来にわたる期待EVAに基づく企業価値プレミアムなのです。

企業の市場価値  = MVA          + 投下資本
         = 将来のEVAの現在価値合計 + 投下資本

企業価値とEVAの間には、「企業に投下されている資本(投下資本)と、将来の期待EVAの現在価値の合計が、企業の市場価値に等しくなる」という密接な関係が存在します。MVAがある一時点での価値創造の状況を表すストック指標であるのに対して、各期にどれだけの価値が創造されたのかを表すフローの指標として考案されたのがEVAなのです。したがって、各期のEVAを高めることが、MVAの増大をもたらし、中長期的に企業の価値創造や株価の上昇につながるのです。

EVAの特長

EVAとは、利益からその利益を生み出すために使用した資本の使用料を差し引いたものであり、「EVA=NOPAT-資本費用」と表されます。
NOPAT(Net Operating Profit After Tax)とは、事業活動によって生み出された税引後の利益です。資本費用は資本を使用する際にかかるコストであり、「投下資本×資本コスト(%)」で計算されます。投下資本は銀行・投資家から調達した資本を表すと同時に、売掛金や在庫などの流動資産や土地・設備などの固定資産といった事業の用に供されている資産の額です。資本コストは、企業がその資本を使用することで最低限稼ぐべきリターン、つまり資本を提供してくれた投資家に対して、企業が提供しなければならないリターンの率であり、企業の側から見れば、資本を使用するコストの率ということになります。(図1)

EVAの特長

1. 資本コストを加味
EVAが会計上の利益概念と際立って異なる点は、資本コストを加味しているということです。資本コストの概念は、企業価値を考える上で必要不可欠なファクターですが、これまで企業においては、設備投資や企業買収の判断基準として用いられるDCF法(割引キャッシュフロー・アプローチ)などにその活用が限定されていました。しかし、EVAでは、企業が調達した資金はいかなるものもただではないという至極当然の前提を、計算の中に組み込んでいます。

特に、我が国においては最近まで「株主資本」を「自己資本」と呼んでおり、ただであるかのように扱ってきました。また、会計上の利益も株主資本はただであるという前提にたち、株主資本に対するコストを無視しています 。しかし「株主資本」はあくまでも「株主」から提供を受けている資本です。内部留保(剰余金)にしても本来株主に帰属するものであり、単に株主への返還を待ってもらっているにすぎません。資本は投資家からもらったものではなく、あくまで「託されている」ものにすぎず、企業は投資家から託されている資本を使って、投資家が満足するようなリターンを生み出すことを要求されているのです。したがって、負債に対して金利が発生するのと同様に、株主資本に対してもコストを認識する必要があります。金利を目に見える形で毎期負担している負債に加え、株主資本についてもコストがかかるという概念は、EVAが我が国の企業経営にもたらした大きな貢献といえます。

2. 損益計算書と貸借対照表の統合
EVAの構成要素のうちNOPATは損益計算書(PL)を表し、投下資本では貸借対照表(BS)を捉えた上で資本の使用料を資本費用として認識します。すなわち、EVAはPL項目とBS項目を統合した指標ということができ、利益だけではなく、どの程度の資本を使用してその利益を生み出したのかという資本効率の点も考慮しています。同じ100という営業利益を生み出しているとしても、利益を生み出すために使用している資本が1,000の場合と10,000の場合とでは、資本効率の点で大きく異なります。PLのみならずBSの情報も一つの数値として捉えるEVAにおいては、このような違いが明確に業績に反映されるのです。

EVAにおいては企業の中で日常行われる様々な取り組みの結果が一つの数値に統合されます。売上高の増加やコスト削減等のPL項目に関する取り組みのみならず、売掛金の早期回収、在庫削減、設備の有効活用等といった資産効率向上に目を向けたBS上の取り組みの結果も 、EVAの増加となって表れるのです。ある日本のEVA導入企業の役員は、「これまで営業は在庫を金額ベースで考えたこともなかった。日常業務の中でEVAを意識することで血が通い、サプライチェーン・マネジメントも回りだした」と、大きな効果を語っています。

経営におけるEVAの役割

1. 共通言語としてのEVA
最近ではEVAの指標としての有効性が認識されつつあり、EVAを経営指標として導入する企業もかなりの数に上ります。しかし、EVAを経営指標に使用することと、価値創造につながるような仕組みをつくりあげることは別の問題です。一般的によく見受けられるのは、EVAの財務指標としての側面のみに注目し、自社や部門のEVAを計算することだけで満足しているという状況です。もちろん、各期の業績を把握するという意味において、企業価値に結びついたEVAを算出するというのはそれなりに意味があることですが、EVAを計算するだけで価値創造につながるというわけではありません。EVAを経営指標として活用し、企業の実際の価値創造につなげるためには、単にその企業のEVAを計算するだけではなく、経営の中に正しい方法で組み込んでいくことが必要です。

EVAによる価値創造経営(EVA経営)においては、目標設定、計画策定、投資評価、報酬制度など、経営の各プロセスにおいて、損益計算書や貸借対照表の数値をすべて内包し、企業価値に結びついたEVAを使用します。EVAを経営上の「共通言語」として位置づけることによって、全員参加型の価値創造運動を目指すのです 。

EVAを共通言語に

2. 改善の重要性
EVAを意思決定に使用していく際に、認識しておくべきことは、EVAの水準は実はそれほど重要ではなく、その「改善額」こそが重要だということです。一般的によくいわれているのは、EVAがプラスであることは「良い」ことであり、EVAがマイナスであることは「悪い」ことであるという考え方です。典型的な例を挙げれば、EVAがマイナスの事業からは撤退すべきであるというような議論です。

しかし、実はEVA経営において重要なのは、このようなEVAの「絶対額」に注目することではありません。現在のEVAの水準・絶対額は、過去に行われた価値創造の状況を表しているだけであり、今後の価値創造とは関係がないからです。企業経営において重要なのは、過去の業績がどうであったのかということよりも、今後その企業がどのように発展していくのかということです。意思決定の観点から言えば、現在の業績はすべてサンクです。現在までの業績はもう起きてしまったことであり、意思決定の余地はありません。意思決定を行うということは、現在の状況に何か変化を起こすことです。その意思決定の結果は今後のEVAの改善(あるいは悪化)となって表れるのです。言い換えると、「追加的な(経済学的に言えば、限界的に)」EVAをプラスにすることこそが重要なのです。

価値創造の結果はEVAの改善額となって表れますから、価値の創造を目的とするEVA経営のすべてのプロセスにおいて活用・重視していくべきことは、EVAの「絶対額」ではなく、EVAの「改善額」ということになるのです。EVAの改善額を重視することは、現在従事する事業のEVAが黒字であろうと赤字であろうと、等しく報酬(ボーナス)を得る機会が与えられることを意味します。EVAのプラスの部分を改善することだけが改善ではありません。EVAのマイナス幅を縮小した場合も、プラスのEVAを改善した際と同等の報酬を得るべきなのです。この枠組みは、業績が著しく異なる複数の事業を有する企業においても、公正・公平な動機づけのツールとして確立できます。有能な社員が大きなEVAの改善が見込める困難なプロジェクトに取り組むための動機づけともなるでしょう。EVA経営が目指すのは、全社的なEVAの改善運動を通じた価値創造なのです。

日本企業におけるEVA導入の意義と今後の展望

EVAの導入において中心的な役割を果たすのは、米国の場合は経営トップもしくはトップに近いポジションであり、いわゆる「トップダウン」の形をとります。一方日本の場合は経営企画部、財務部、経理部などの部長・課長クラスが中心となり、経営トップにEVAの導入を推薦するという「ミドルアップ」の形をとることが多いようです。

米国においては80年代のLBO(注1)ブームなど、企業の敵対的買収も含め、株式市場からのプレッシャーが古くから極めて強力でした。株価・市場価値が低ければ企業は買収され、あるいは経営者は株主からその職を追われることが日常的に行われています。そのため、米国における経営トップの最大の関心事は当然のごとく株価・企業価値であり、EVAは株価および企業の市場価値を高めるための経営ツールと位置づけられているのです。いわば、株主の要求に応えるために、その要求リターンである資本コストを組み込んだ経営指標の導入が必要だったのです。EVAと企業価値・株価との理論的・実証的な関係も広く理解されています。

これに対し、日本の場合は銀行によるガバナンスシステムに代表されるように、歴史的に株主を意識する必要のない時代が長く続きました。そのため、株価や企業の市場価値がEVAの導入にあたって前面に出てくることは比較的少ないようです。むしろ、効率化経営を目指す高い志を持った経営者あるいは一部の中間層による企業内部、すなわち顧客、社員、取引業者などのための自発的なEVA導入という意味合いが強いのです。一例をあげれば、「バブル時代の過剰投資を省みて、投資に対する企業グループ内の規律を強化・共有し、グループ価値を高める」ための経営ツールとしてEVAを導入する、といったようなことです。我が国においては、経営資源の有効活用という健全な意識に基づき、EVAが導入されるケースがこれまでは多かった、といえるのです。

しかし、今日、持ち合い株式の解消、機関投資家・外国人投資家の存在感の高まりによって、日本においても株主のプレッシャーは増大してきています。これまであまりなじみのなかった株主の議決権行使や敵対的買収も現実のものとなってきており、株主・株主価値といった言葉にアレルギーを感じていた企業・経営陣も待った無しの状況に直面しています。したがって、今後はより市場を意識した経営が求められる中で、これまでのような自発的な価値創造への取り組みだけではなく、ある程度市場を意識した価値創造経営への舵取りが進むでしょう。企業価値の創造は株価の上昇を通じて敵対的買収に対する強力な防御策ともなります。だからといって、これは企業経営と株主や株式市場との対立を意味しているわけではありません。投資家の期待を意識し、適切な業績をあげ、企業の付加価値を増大していくことは、企業にかかわるその他のステークホルダー(利害関係者)にとっても利益となります。

国内外で発生した不祥事を契機に、国際的にコーポレート・ガバナンスに関する議論も活発化していますが、社外取締役の増員や監査役の強化、透明性を高める会計制度などの枠組みの整備よりも、適切なパフォーマンスをあげることこそが最高のガバナンスであることを忘れてはなりません。そして、企業経営者と投資家の双方が合意する「適切なパフォーマンス」は資本コストを加味した価値に基づく指標EVAで測定されます。双方が協力して社会全体に価値を創造していくためにも、我が国におけるEVAの役割はさらに増大していくものと思われます。

注1:LBO(Leveraged Buy-out)
買収先企業の生み出す将来のキャッシュフローを担保に資金を借り入れて買収すること。

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