連載・コラム
【連載】「個をあるがままに生かす」探究シリーズ 第1回 舘野 泰一氏×桑原正義【後編】
個と組織を生かす矛盾を乗り越える~人間は面倒くさいけど愛らしい~
読了時間:10分
- 公開日:2026/06/22
- 更新日:2026/06/22
はじめに
「『個を生かす』は理想論ではなく、組織を動かすリアリズムだ」。前編ではそんな視点から、一人ひとりの個と深く向き合うための実践ヒントをお届けしました。後編では、1対1の対応の限界を超えて、個と組織が共に成長する「循環のしくみ」づくりへと踏み込みます。そして心理学的経営の核心として、人間の「不合理」や「情緒」こそが個をあるがままに生かす鍵であるというテーマに迫ります。
個と組織の循環を生む8割の土台と2割の余白

桑原:前編では、個を生かすうえで、一人ひとりの個にどう向き合うかについてお聞きしました。もう1つ大事だと思うのは、個を生かしやすい組織の土壌や風土だと思います。
組織の風土は一朝一夕で築けるものではありませんし、継続的に育てないと消えてしまう難しさもあります。舘野さんは毎年学生が入れ替わる環境のなかで、立教型の全員発揮のリーダーシップが育まれるカルチャーをどのように醸成されているのでしょうか?
舘野:カルチャーを育てるにあたって大切なことは、2つあると思っています。1つは組織を設計する際に、「良い循環」を生むように人と人の関わりをデザインすることです。
例えば、毎年新入生向けにウェルカムキャンプという大規模な受け入れイベントを実施しているのですが、その設計では新入生だけでなく先輩たちも活躍できる舞台を同時につくるようにしています。新入生向けのプログラムがより良くなるために先輩たちが頑張る、という考えで設計しているんです。つまり、メンバーに対してセグメントをつくって個別にアプローチするのではなく、常にそれぞれが循環する仕組みをデザインできないかを考えているのです。

【図表作成:舘野 泰一(2026)】
もちろん、新入生と先輩に対して個別にアプローチすることもできます。ただ、組織はやはり一時的かつ局所的にテコ入れしても、持続するしくみがなければうまくいきません。問題に対して「1対1」の対応をしていると、無限に必要なリソース(ヒト・モノ・カネ)が増えてしまうので、いかにそれらが循環する仕組みになるかを考えるのです。
だからこそ「先輩が体現する姿を見せ、後輩が憧れ、また先輩になっていく」という自律的な循環を起こすことで持続性が生まれる――そんな毎年成長していくイベントに設計することが大切なんです。それが結果的に組織文化のコアとなっていきます。
桑原:組織のなかで、ある取り組みが別の取り組みを育てる。そういう循環を最初から意図して設計しているということですね。もう1つ意識されていることとは何でしょうか?
舘野:何事もルーティンにしすぎないことです。新入生のウェルカムキャンプでも、基本的な流れは例年同じですが、個別のプログラム内容は、先輩たちに一からつくってもらっているんです。割合としては、これまでの型を利用する部分が8割、新たに考えてもらう余白が2割ほどでしょうか。
なぜ既存の型8割、余白2割にしているのかというと、その割合が個々人の個性を無理なく生かせるバランスだからです。去年と完全に同じことをやり続けると運営としても飽きますし、学生の熱量も落ちていきます。

かといって、毎年完全新規のイベントをつくっていたら、現場は破綻してしまうでしょう。「組織が育てた8割のノウハウを土台に、その人たちなりのコンテンツを2割乗せてもらう」という形が、新たな個性も生かせてカルチャーもアップデートできる、良い塩梅なのではないかと思います。
桑原:個を生かすマネジメントにもつながる示唆ですね。「個を生かしましょう」というと、今までのやり方ではダメで、メンバー個別の特徴に応じた個別対応をしなければと思いがちです。ただ、それでは現場が回りませんし、マネジャーの負担も大きくなってしまいます。今までの土台は生かしつつ、可能な範囲の余白のなかで個を生かすイメージを持っていただいた方が現実的で、持続性もありますね。
舘野:そうなんです。それと「個を生かす」というと、マネジャーと本人の1対1の関係で完結しがちですが、その人の個性や強みをチーム全体に共有することも、とても重要だと思っています。
私は毎年、学生スタッフを採用した理由を合宿の場で、他の学生も聞くことができる環境で話すようにしているのですが、そうすると本人だけでなく、周りのメンバーもその人への理解が深まるんです。「なぜあの人がその仕事をしているのか」がお互いに分かると、横の納得感も生まれ、チームとして動きやすくなります。個の理解を1対1に閉じず、チーム全体に開いていくことが、組織として個を生かすための大切な一歩だと思います。
桑原:個の理解をチームで共有することで、横の納得感も生まれる。それが組織全体で「個を生かす」土台になっていくのですね。
「個を生かすか、組織を優先するか」という二項対立を超える

桑原:私たちの会社は「個と組織を生かす」という理念を掲げていることもあり、周囲からかなり自由な社風と見られることが多いんです。ただ、組織として業績を追うことや、やるべきことへの意識もすごく高いものがありまして、まさに8割のMustの上に2割のFreeな個の部分を乗せている感じがあります。そういう個と組織をうまく両立させていくしくみの試行錯誤をずっとやってきている感じです。
舘野:分かります。「個を生かす」って、極端に判断されやすいところがありますから。「個を生かすのか、組織を大事にするのか」という二項対立的な問いが生まれがちですが、そもそもその問い自体がずれていると思っています。
個を生かす組織とは、もともと「組織がより良くなるために個を生かし、個が生きるために組織をアップデートしていく」というような、互いの成長を引き出し合えるしくみのことだと思っています。『パラドックス思考』という本でも書いているのですが、どちらかを選ぶものではなく、両方が循環することで初めてうまくいく。そのイメージを持てるかどうかが、大きな分岐点になると思います。
桑原:「個を生かす」にあたって、まずはその前提から組織内で共有すると良いのかもしれませんね。個と組織のどちらかと考えるのではなく、一見パラドックスに見えるものを循環させていくしくみだと。
舘野:そうですね。「これだけしていたらうまくいきます」と言えるものがあれば楽ですが、現実はそうではありません。
少し意外なたとえかもしれませんが、一発屋芸人を思い浮かべてみてください。一発屋芸人って要は自分の得意技があって、周りからも求められるからこそ、ずっと同じ芸をやるわけじゃないですか。すると一時期は受けがいいのですが、だんだん「あの人って一発屋だよね」と、飽きられやすくなっていきます。短期的には合理的なことをしているはずなのに、長期的には不合理なことを続けていることになってしまうんです。

こういった事態を防ぐには、今この瞬間で最も合理的なことと、不合理に見えることを、同時に走らせるしかありません。個と組織にも、同じことがいえます。「個と組織、どちらを優先させるのか?」と思わずに、組織というベースに2割の新しい個性を混ぜてアップデートしていくイメージで、互いの成長を考えていきたいですね。
桑原:短期的な合理性だけを追い続けると、長期的には不合理になってしまう。だからこそ、一見遠回りに見えても、ムダな情緒や不純物を持つ個を生かすという視点を組織のなかに意図的に組み込んでいく必要があるのですね。それが、個と組織の循環モデルにつながっていくと。
舘野:まさにそうなんです。また「個を生かす」というと、自己理解だけに注目が集まりがちですが、自己理解・他者理解・組織理解の3つはセットで深めていく必要があります。自分のことだけ分かっていても、相手を理解しなければ独りよがりになります。
また、自分が属している組織がどんなゴールを目指していて、そこと自分がどうつながっているかを意識することも大事だと、結構強調して伝えています。どれかだけになると、いびつになってしまいますよね。
桑原:自己・他者・組織は、一見相反するようでいて、実はお互いに生かし生かされる、なくてはならない存在。放っておくと相反する力学が働きやすいところを、好循環させるしくみをつくれれば、大きな相乗効果が生まれていくということですね。
「不合理やムダな情緒」は排除すべきノイズではなく、個を生かす源泉

桑原:最後に、本日一番深めたかったテーマについて話せればと思います。心理学的経営のなかで、個をあるがままに生かすために特に大事とされている、人間の「不合理」や「情緒」との向き合い方についてです。
一人ひとりの多様性や個性を組織に生かそうとすると、人間の少し面倒な部分にも向き合う場面が出てきます。心理学的経営では、「人や組織が持つ不合理やムダな情緒・不純物は人間の真実の姿」であるとして、こうした綺麗事ではない人間のありのままの現実に目を向けることが個を生かすことにつながり、結果として組織もより生かされると語られています。
私は幸いこのことを実感できる経験をたくさんさせてもらったのですが、普通に見れば、個人の好き嫌い・怠惰・甘えみたいなものは、「組織では出すものじゃない」「組織にとってはノイズだ」と捉えてもおかしくないと思います。このあたり、舘野さんはどう考えていますか?
舘野:人間の不合理や情緒的側面は、確かに面倒なものだと思います。ただ、私がずっと学生に言い続けていることなのですが、「人間は面倒くさいけど愛らしい」存在なんです。たとえこちらが面倒くさいと思っても、人間の在り方がそうなんだから仕方ない。「個を生かすことは理想論ではなく、リアリスティックだ」という前編のお話にもつながりますが、難しい現実を排除するのではなく、「付き合っていくにはどうするか」を考えることがリアルな取り組みなのではないかと思っています。
桑原:「面倒くさいけど愛らしい」。すごく共感できる言葉です。その面倒くささと実際にどう向き合えばいいのか、もう少し具体的に教えていただけますか?

舘野:一番大切なことは、「人間は面倒だけど愛らしいんだ」ということを、まず自分に対するメッセージとして捉えることなのかもしれません。「自分にも不純物があるよね」ということを、まず受容するのです。
自分のやりたい仕事に同僚がアサインされていて嫉妬したり、「仕事をメンバーに任せたい」と思っても、自分がいる意味がなくなりそうで任せられなかったり。そういった自分のなかにある矛盾や面倒な部分を見つめて、受け入れてみてほしいです。そうすれば周りの面倒さも少しずつ受容できるようになり、それが他人の個を生かす土台になっていきます。
もちろん、これが一番難しいと言われるのですが……自分だけでなく、人間とはそういうものなんだという「ポジティブな諦め」の先に、「では、そのなかでどうするのか?」という希望が見えてくるのではと思います。
桑原:自分自身の不合理や矛盾を認めることが、他者を受け止め個を生かすことへの出発点になる。心理学的経営にもある、「自己理解が得られなければ他者理解は望めず、自己受容ができなければ他者受容も望めないだろう」に、まさに重なりますね。
舘野:ただ気をつけてほしいのですが、自己受容することと、それを周囲にぶつけて思い通りにしようとすることは、まったくの別物です。人間の不合理や矛盾を受け入れることは大切ですが、だからといって「今日はテンションが上がらないから仕事しません」とか、「同僚に嫉妬したから悪口を言います」とかは、自己受容のラインを超えています。あくまで自分のなかで受け止めて、他人のなかにも矛盾や不合理があることを認めることが大切です。

桑原:なるほど。とはいえ、他人の矛盾や不合理を受け止めるのは簡単ではないですよね。私自身も日々そこには葛藤がありますが、先にもお話しした、受け入れるというより受け止めるスタンスが役立っています。
舘野:そうですね。そしてこの自己受容のプロセスが最も必要なのは、先にも話題に出たとおり実はマネジャー自身なのかもしれません。マネジャーは部下・上司・お客様など、さまざまな人の欲求にさらされています。そのなかで「自分はどうしたいか」を後回しにしがちで、気づけば自分自身の個が生かされていない状態になってしまう。マネジャーこそが自己理解・自己受容のプロセスを経て、「生かされる存在」として自分自身と向き合う時間を持つことが大切だと思います。
桑原:相手を生かす前に、まず自分自身が「生かされる存在」であることを実感できる環境をつくっていく。それも1つの個と組織の循環であり、見過ごされがちですがとても大事なことですね。
ここまで、個と組織の循環モデルづくりや、個を生かすうえでのムダな情緒や不合理に向き合うことなどを話してきました。実際、簡単ではない道のりですが、そのぶん返ってくるものも大きいですよね。ちなみに舘野さんの実感として、大変でめんどうなことだけれども、個を生かす風土や循環するしくみをつくることの良さやうれしさを伝えるとしたら、どう伝えたいですか?
舘野:その時代、そのメンバーだからこそできる、スペシャル感のあるものを毎年つくり出せる感覚がとても好きですね。毎年同じ時期に、同じイベントや授業をするというのは一見ルーティンの繰り返しに思えますが、「個を生かす」を意識していると、1回ごとが“そのメンバーだからこそできた”という特別な仕事の思い出になるんです。

タスクとしてこなすのではなく、関わったメンバーの心を動かし「記憶に残る体験」をつくることは、メンバー個人にとっても、組織文化をつくるうえでも非常に大きなインパクトがあります。さらに、“個”の頑張りによって組織にオペレーションが蓄積されていくので、翌年はさらにアウトプットを高めることができます。
アウトプットのレベルが高ければ“個”にとっても大きな刺激になり、素晴らしい成長を見せてくれるのです。組織も個も成長すれば、次に続く人も「もっと頑張ろう」「ああなりたい」と思い、次の良い循環を生んでくれるでしょう。
循環を設計することは、短期的な成果だけでなく、長期的な視点においても、組織がさまざまな貯金を重ねながら成長し続けられることを可能にします。
個を生かす組織には、「面倒で愛らしい人間」と向き合う大変さが、たしかにあります。ただし我々人間にとっては、その面倒くさい部分が、頑張る原動力でもあるんです。例えば、同僚に嫉妬はしたくないけれど、そういう感情が自分の思わぬ成長の機会をつくることもあります。こうした人間のリアリティを「見ないこと」にすることは、短期的にはできても、長期的にはさまざまな歪みが生まれてしまいます。
「人間は面倒くさいけど、愛らしい」と受け止めることは、理想論ではなく、リアリティを受け止めるから見える希望だと思います。そして、それを受け止めた先のリターンの大きさを考えると、挑戦する価値は大いにあるのではないでしょうか。

桑原:面倒くさいことに向き合うからこそ、組織も個人も本当の意味で成長できる。そしてその成長の循環こそが、「個を生かす」ことの本質なのかもしれませんね。今日は本当に多くの気づきをいただきました。ありがとうございました。
舘野:いやぁ、まだまだ話し尽くせないテーマですね。また続きをやっていきたいと思いました。今日は、ありがとうございました。
おわりに
今回特に印象に残ったのは、「個を生かす」をリアリズムと捉えながら、個と組織が循環するしくみをつくることで、双方の成長につなげていることでした。お互いにプラスになるからこそ、持続していくエネルギーも生まれています。
今日、マネジャーの多忙さや世代間の価値観の違いなど、メンバーとの1対1の対応に難しさが増すなかで、個を生かす取り組みをチーム全体に広げ、メンバー同士が互いを生かし成長し合うしくみへと広げていくアプローチは、多くの職場にとってヒントになるのではないでしょうか。
また、実践の根底にある「人間は面倒くさいけど愛らしい」という人間観が、取り組み全体を包み込み、大きなエネルギーになっていると感じました。人間の不合理やムダな情緒などの面倒くささこそが人のリアルであり、だからこそ、組織のなかで起きる摩擦や葛藤も「あって当たり前のもの」として受け止め、そこから前に進む力が生まれてくるのだと思います。
「個を生かす」の実践は正解もなく簡単な道のりではないと思いますが、この連載が、その旅の小さな道標になればうれしいです。共に探究していきましょう。
<PROFILE>
舘野 泰一(たての よしかず)
立教大学経営学部准教授。博士(学際情報学)。若手人材の育成やリーダーシップ開発を専門とし、大学から企業への移行期における学習や成長プロセスを研究している。特に「全員が発揮するリーダーシップ」に着目し、教育現場と組織実践をつなぐプログラム設計や効果検証に多数携わる。2019年日本教育工学会研究奨励賞、2020年同学会論文賞を受賞。企業研修や産学連携プロジェクトへの知見提供、執筆・講演活動も行う。株式会社MIMIGURIリサーチャー。
桑原 正義(くわはら まさよし)
1992年当社入社。営業、商品開発、マーケティングマネジャー、コンサルタント職を経て2015年より現職。入社以来「個をあるがままに生かす」を探究し、現在は新人若手育成領域での研究と実践に取り組む。NPO法人青春基地(プロボノ)。立教大学経営学部BLP兼任講師。早稲田大学グローバル・エデュケーション・センターLDP(リーダーシップ開発プログラム)非常勤講師。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
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