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【連載】「個をあるがままに生かす」探究シリーズ 第1回 舘野 泰一氏×桑原正義【前編】

「個を生かす」は理想論ではない経営のリアリズム

読了時間:10

  • 公開日:2026/06/15
  • 更新日:2026/06/15
「個を生かす」は理想ではなく経営のリアリズム
はじめに
「個を生かす」は理想論ではなく経営のリアリズムそのもの
表に見えていない本当の価値観を理解する
役割が脱げる雑談で個が見えてくる

はじめに

VUCAやAIという新たな時代を迎え、人材育成や組織マネジメントにおいて「一人ひとりの個を生かす」重要性が高まっています。そのなかでリクルートマネジメントソリューションズは、1989年の設立時より「個を生かす」を経営理念に掲げ、現在は「個と組織を生かす」をブランドスローガンとし、事業や経営においてこのテーマに向き合い続けてきました。

いっぽう、企業をはじめとするさまざまな組織現場からは、個性や多様性を生かす難しさや、理想と現実に悩む声が多く届いています。そこでこの対談では、企業の枠を超えて、さまざまなセクターで「個を生かす」ことに取り組まれている方々と本テーマを掘り下げながら、この時代における実践のヒントを探っていきたいと思います。

第1回のゲストは、立教大学経営学部で大学生のビジネスリーダーシップ開発に取り組まれている舘野泰一さんです。立教型リーダーシップは「全員発揮のリーダーシップ」であり、学生一人ひとりが自分らしいリーダーシップを見つけ育てながらビジネス成果につなげる取り組みをされています。

「個を生かす」は理想論ではなく経営のリアリズムそのもの

桑原さんの画像

桑原:私は1992年に弊社前身の人事測定研究所に入社したのですが、当時の経営理念だった「個を生かす」に共鳴し、以来このテーマの探究と実践に取り組み続けてきました。実は正確には「個をあるがままに生かす」といい、創業者である大沢武志の著『個をあるがままに生かす 心理学的経営』(※)に、その理念や実践が記されています。

ただ、当時はまだ個よりも組織最優先の価値観が強く、「個を生かす」といっても理想論と捉えられることも多くありました。舘野さんは日々、学生という多くの“個”に関わっているお立場ですが、個を生かすことについてどうお考えでしょうか? 

舘野:「個を生かす」とは一見ロマンティックな話に取られがちですが、実はとてもリアリスティックな発想だと思っています。むしろ今ある組織の多くは、個を生かすことを多かれ少なかれやっているからこそ、存続しているのではないかと感じているんです。

組織には往々にして合理性や効率性が求められます。ただ、『個をあるがままに生かす 心理学的経営』(※)にも書かれているように、組織を形づくる人間には、本来不合理や矛盾があるものです。ホンネもあればタテマエもあり、理性的な面もあれば、感情的な面もあります。それが人間なのだからこそ、“個”をまるっと受け入れて組織を運営する方が自然なのではないかと思っています。

舘野教授の画像

もちろん、個と向き合うのは良いことばかりではありません。人間の不合理や矛盾とは本来面倒なものですし、相手と正面から向き合うために、学ばなければならないことも多いでしょう。ただ最近は、そういった面倒も受け入れながら、「どうすれば個を組織に生かせるのか」と耳を傾けてくださる方も増えた印象です。「個を生かすなんて理想論だよ」と一概に言われなくなったのは、意欲ある学生たちを社会へ送り出している立場としても嬉しく思います。

桑原:たしかに、最近は企業でも“個を生かす”に対する温度感が上がってきていると感じます。正解がなく予測もつかない時代だからこそ、いよいよ本気で一人ひとりの個性や多様性を組織に生かし、イノベーションやエンゲージメントにつなげていきたい。そんな熱量を、最近のご相談内容から感じます。

企業に限らず、多くの組織において、一人ひとりの個と向き合い生かそうとする、新たな個と組織の関係をつくっていく、そんな時代への転換点にあるのだと感じています。

※『心理学的経営 個をあるがままに生かす』…株式会社リクルート専務取締役を経て、株式会社人事測定研究所を創業した大沢武志氏の著書。心理学的経営は、リクルートの創業・成長期の発展を支え、リクルートマネジメントソリューションズでは経営の原点として、今もその理念が流れ続けている。

表に見えていない本当の価値観を理解する

桑原さんの画像

桑原:「個を生かす」ことへの関心が高まる一方で、実践的な課題は今も残っている印象です。特に現場のマネジャー層からは、「個と向き合うって結局どうすればいい?」「個を尊重しながら、チームとしてどうまとめていけばいいの?」という葛藤も伺っています。実際難しいことだと思うのですが、舘野さんは学生という多くの“個”と向き合うにあたって、どこから着手されているのでしょうか。

舘野:「まず相手をよく知ること」を意識しています。観察から始めることが多いですね。何をしている人なのか、本人の言う強みが何なのか、本人のやりたいことが何なのか。特に意識しているのは、相手の発言や表情といった表面上の反応ではなく、口にしていない背景や価値観まで理解することです。

なぜかというと、人は意外と自分の本当の気持ちに気づいていないことがあるからです。「私はリーダーをやりたくありません」と言っていた人が、後から「実はあの時、背中を押してほしかった」と告白してくることもあります。だからこそ本当に個を生かすためには、その人が実は大事にしていることや秘めたポテンシャルにまで踏み込まないといけません。

難しくはあるのですが、相手の見えている部分を基に、本当は大切にしていることや価値観の仮説を立て、合っているかどうかを試していく過程が大事なのだと思います。

お二人の画像

相手を深く理解するには「この人はこういう性格だ」という先入観との付き合い方も大切です。例えば、「この人は明るい人だ」と思うと、「明るい」と思う証拠ばかりを探してしまい、それとは反対の証拠は記憶に残りにくいのですよね。自分の仮説に都合の良い情報ばかり集めてしまう心理作用は「確証バイアス」と呼ばれます。

だからこそ、先入観という仮説は頭に置きつつも、「別の可能性はないのか?」と常に問い続けるようにしています。明るく見える人が実は繊細な側面を持っている、というような「別の側面」を見つけることで、その人の個をより深く捉えられると思います。

桑原:個を尊重しつつ、チームとしてのまとまりを生むためにはどうされていますか? 一人ひとりの個を大事にしていると、全体がバラバラになるのではという悩みが現場にはあります。

舘野:それはよく聞きますね。立教の授業は学生と教員混合の運営チームを形成し取り組んでいます。最初に学生の希望を聞いたうえで仕事を割り振るのですが、昔と比べて「なぜ第一志望の仕事ではないのですか?」と聞かれることが随分増えました。そんな時に私が意識しているのは、「チームとしての意図も含めて相手に納得してもらうこと」でしょうか。学生の適性や、任せたい仕事の特徴を伝えたうえで、「だからこそ君にやってほしい」と説明しています。背景に納得すると、相手もやる気を出してくれるのです。

桑原:たしかにチームのなかでの貢献ポイントに意味を感じられると、個の納得が組織のまとまりにつながっていきますね。一方でこうした対応への「マネジャーの負担が多すぎる」という声も聞こえてきます。

舘野教授の画像

舘野:マネジャーに求められることは多いですよね。「個を生かす」という観点から言うと、マネジャーは「部下のことをしっかり理解して、やりたい仕事をアサインしていく」という立場になるかと思います。部下自身が自分のことをよく分かっていなければ、自己理解を促すサポートもしなければなりません。プレイヤーとして、上司やお客様の要望にも応えないといけないでしょう。

すると、個を生かすはずのマネジャーが自分のことを後回しにせざるを得なくなり、自己犠牲的に見えてしまうこともあるわけです。こうなると、「マネジャーこそ個を生かせていないじゃないか」と、後に続く人も出てこなくなります。

桑原:「個を生かす」の議論では、マネジャーが誰かの個を生かす側として語られることがほとんどで、マネジャー自身の個に目が向くことはあまりないように思います。でも本当は、マネジャーの個が生かされてこそ、メンバーの個も生かされていく。そこに、もっと光を当てていきたいですね。

舘野:メンバーとマネジャー、どちらかの個が犠牲になるのではなく、「マネジャーの個が生きるからこそ、メンバーの個も生きる」という両立のストーリーを描きたいですよね。マネジャーも一人で頑張らざるを得ない状態で、つらいと思います。

そんな時に支えになるのが、組織のカルチャーであったり、マネジャー自身が一人で抱え込まずにすむしくみだったりするのではないでしょうか。現場の個の理解はマネジャーが担うとしても、「個を生かす仕組み」を組織的に考えていくことが、やはり大切なのだと思います。

役割が脱げる雑談で個が見えてくる

お二人の画像

桑原:組織的にどうやって、「個を生かす」を持続させていけばいいのか――具体的なカルチャーの育て方や仕掛けについては、後編でじっくりお伺いできればと思います。その前に、まずは目の前のメンバー一人ひとりと向き合う場面が多いなかで、舘野さんはどんなことをされていますか?

舘野:お薦めしたいアプローチは3つあります。1つ目は「何も問題が起こっていない時にする雑談」ですね。1on1のように話す機会を仕組み化することも大切ですが、「何でもない時にいかに喋っておけるか」が、とても大事なのではないかと思います。

私たちは日々「問題・課題ベース」で話をする機会があまりに多いと思うのですよね。「あの人が話しに来るのは問題が起こった時だけ」といった関係になっていることも多いのではないでしょうか。「頼みごと」が起きてからコミュニケーションを取るのでは少し遅いのです。「問題や頼みごと」が起こる前に、どれだけお互いが自然なコミュニケーションを取っているかが信頼関係を築くうえで非常に重要です。

こうした関係を築くうえで、何気ない雑談は役に立ちます。問題解決から離れてコミュニケーションを取る時には、上司と部下、先生と生徒といった役割を素直に脱ぎやすいからです。例えば、移動の合間の何気ない雑談や、ランチなどを食べながらちょこちょこと話すことが、相互理解や信頼へつながっていきます。

2つ目は「感情を大切にすること」ですね。社会人って、「最近あった喜怒哀楽について話してください」とお願いしても、パッと思いつかないことが多いんですよ。「最近何があったかな?」という顔をしながら、だいたいスケジュール帳を見始めたりします。感情を抑制していると、だんだん自分がどう感じているのかが分からなくなり、自己犠牲的になりがちです。これでは「個を生かす」という理想から徐々に遠のいてしまいます。

舘野教授の画像

だからまずは自分の感情を大切にしてもらい、仲間と感情の共有をする機会を増やすようにしています。私のゼミでは社会人と学生が、自分自身の感情の葛藤をアート作品のように表現して対話をしてもらう機会があります。そういった機会を増やしていくと、「学生」とか「社会人」といった役割を超えて、お互いを一人の人間として尊重することができ、すごく仲良くなることも多いんですよ。(舘野ゼミの活動や、アート展の「た展」の詳細はこちら

1つ目の雑談とも通じる部分がありますが、「課題」「目標」「役割」から一時的に離れて、人間同士としてのコミュニケーションを取ることが、結果的に成果につながる部分も大きいと思います。「個を生かす」とは急がば回れな発想が必要だと感じています。

最後の3つ目の方法は、「個を生かす」といっても「個人の要望のすべてを聞くわけではないこと」です。私はなるべく多くのメンバーに、感じていることや要望を聞くようにしていますが、「必ずしも要望通りにはならないこと」も同時に伝えるようにしています。「この人と同じチームになりたくない」とか、聞いていたらきりがないこともありますから。

「個を生かす」というのはわがままを聞くということではなく、「個と組織の両方が輝く場所」を探究し続けることです。そのためにはマネジャーが、理由とともにNOということもとても大切です。

桑原さんの画像

桑原:非常に同感です。生かすというのは、要望を何でも聞くというわけではないということですよね。私も若い人たちと話す機会が多いのですが、相手の考えを受け止めることは大事にしていますが、受け入れるまではしなくてもいいと思っています。

お互い生きてきた世界が違えば価値観の違いも当然で、共感できない点があるのがあたりまえですよね。違いは違いで無理に共感したりせずに、「違うんだね」とそのまま捉えて、「でもそれは尊重するよ」というスタンスで関わっています。そのうえで、自分が思うことや感じていることは、相手にも伝えていく。お互い無理せず、自然な反応をそのまま受け止め合う方が、むしろ安心感は高まっていく感じがすごくあります。

心理学的経営では、「個をあるがままに生かす」ことを大切にしているのですが、この「あるがまま」という状態をお互いに尊重し、共有できるようになると、距離感や関わり方もぐっと良い方向になるんですよね。

個は生かすけど、個の望むすべてが叶うわけではない――そのあたりも人間の矛盾ではあるのですが、リアリティでもあります。それもひっくるめて、お互いに共有できる関係性になれるといいですよね。


前編では、「個を生かす」ことが理想論ではなくリアリスティックである理由や、1対1での個との向き合い方についてお聞きしました。後編では、個での対応の限界もあるなかで、組織として「個を生かす」しくみについて、舘野さんが立教経営で取り組んでいる「個と組織の循環モデル」を取り上げます。さらに心理学的経営の核心である人間の「不合理」「ムダな情緒」との向き合い方を掘り下げていきます。

<PROFILE>

舘野 泰一(たての よしかず)
立教大学経営学部准教授。博士(学際情報学)。若手人材の育成やリーダーシップ開発を専門とし、大学から企業への移行期における学習や成長プロセスを研究している。特に「全員が発揮するリーダーシップ」に着目し、教育現場と組織実践をつなぐプログラム設計や効果検証に多数携わる。2019年日本教育工学会研究奨励賞、2020年同学会論文賞を受賞。企業研修や産学連携プロジェクトへの知見提供、執筆・講演活動も行う。株式会社MIMIGURIリサーチャー。

桑原 正義(くわはら まさよし)
1992年当社入社。営業、商品開発、マーケティングマネジャー、コンサルタント職を経て2015年より現職。入社以来「個をあるがままに生かす」を探究し、現在は新人若手育成領域での研究と実践に取り組む。NPO法人青春基地(プロボノ)。立教大学経営学部BLP兼任講師。早稲田大学グローバル・エデュケーション・センターLDP(リーダーシップ開発プログラム)非常勤講師。

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

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