連載・コラム
【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
第8回 「聴く人」がイノベーションを生み出す力になる
- 公開日:2026/01/26
- 更新日:2026/01/26
2026年に出版予定の『図解イノベーション入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。その著者である坪谷邦生氏(株式会社壺中天 代表取締役)と井上功(弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター)が、10人の多様なゲストと共に「人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか」をテーマに話し合っていきます。
第8回のゲストは、篠田真貴子氏(エール株式会社 取締役、元・ほぼ日取締役CFO)です。篠田氏は、組織内イノベーションを増やすには、組織文化や環境の変革、社員の「聴く力」、傾聴を通した「重ね合わせ」や「練り上げ」が大切だと言います。それはいったいなぜでしょうか。詳しく語り合いました。
●対談者紹介

篠田真貴子氏
エール株式会社 取締役
2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008〜2018年ほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルベニア大学ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大学国際関係論修士。メルカリ社外取締役。経済産業省 人的資本経営の実現に向けた検討会 委員。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。監訳に『LISTEN―知性豊かで 創造力がある人になれる』(日経BP)、『ALLIANCE アライアンス―人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(ダイヤモンド社)がある。
坪谷邦生氏
株式会社壺中天 代表取締役
井上功
弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
- 第8回 「聴く人」がイノベーションを生み出す力になる
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
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- 第2回 イノベーションを増やしたいなら、企業は「天才」に活躍してもらう必要がある
- 【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
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- 目次
- 組織を「システム」として捉える
- 自社の事業観・人間観・組織観を理解したうえで、制度を変革すると、文化や環境を変える力になる
- 「優れた聴き手」に話を聞いてもらうことからイノベーションが始まることが実に多い
- 傾聴を通した「重ね合わせ」や「練り上げ」からイノベーションが生まれる
組織を「システム」として捉える
坪谷:今日は「人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか」をテーマに話し合いたいと思います。篠田さんは、組織内イノベーションについてどう考えていますか?
篠田:私が、企業の経営陣の皆さんに向けてよく話すのは、組織内の「文化や環境」の大切さです。組織構造や制度などの「組織のハードウェア」は、経営陣や人事の皆さんがトップダウンで変革することができます。しかし、社内の文化や環境のような「組織のソフトウェア」は、トップダウンによる統制ではなかなかコントロールできません。ところが、本当に変革する必要があるのは、文化や環境の方なのです。なぜなら、文化や環境とは、組織が無意識に持っている事業観や人間観や組織観のことであり、それが組織の挙動を大きく左右するからです。
組織内イノベーションに関しても、まったく同じことがいえます。社員の皆さんがイノベーティブなアイディアを思いつきやすい文化や環境があれば、組織は自然とイノベーティブになっていくのです。ただ、そうした文化や環境をつくるのは簡単ではありません。単に組織構造や制度を変えるだけでは、文化や環境を変えることはできないからです。
坪谷:私もこれまで、「経営陣が組織のハードを変革しても、ソフトをなかなかコントロールできない」という事例を数多く見てきました。ですから、本当にそのとおりだと思います。では、どうしたら、文化や環境などのソフトを変えられるのでしょうか。
篠田:組織の文化や環境を変える第一歩として、私たちは組織を「システム」として捉える必要があります。システムとは、多様な要素がさまざまに絡み合い、関係し合い、影響し合いながら成り立っているものです。システムのなかでは想定外のことが常に起こり得ます。「交通システム」を例に考えてみましょう。交通システムは、道路、自動車、歩行者、信号といった直接的な要素のほか、天気、近隣の人口動態、さらには道路の傾斜や人々の交通安全知識などの多様な要素で成り立っていて、それらが複雑に関係し合っているために、どこで渋滞や事故が起こるか予想をすることは簡単ではありません。その点では、組織もまったく同じです。まずは、組織をそのようなシステムだと考える「システム思考」が大切です。
自社の事業観・人間観・組織観を理解したうえで、制度を変革すると、文化や環境を変える力になる
坪谷:ピーター・カーニックが提唱した「ソース原理」という考え方があります。ソースとは、アイディアを実現するためにリスクを負って最初の一歩を踏み出した個人のことです。このソースが最初の一歩を踏み出した瞬間に「クリエイティブ・フィールド」(創造の場)が生まれ、そこに惹きつけられた人々が集まり、さまざまな役割を担いながらビジョンの実現に向けて共にイニシアチブ(創造活動)に取り組む。これがソース原理の基本的な考え方です。
私は、強烈な創業者(ソース)のいる会社が、さまざまな問題を抱えながらも、イノベーションを起こして成功する例をいくつも見てきました。ソースの存在が、組織内イノベーションの鍵の1つではないかと思うのですが、その点はどう思いますか?
篠田:ソースがいると、組織内の不確実性や不確定性がある程度下がるのだと思います。なぜなら、組織というシステムで最も予測が難しいのは、社員の挙動だからです。社員は一人ひとりが複雑な人間関係と利害関係のなかにあり、誰がいつどのように動くかを予測しにくいのです。組織システム内で不確実性、不確定性が最も高いのは、人間なのです。ところが、ソースが優れたアイディアやビジョンを打ち出し、強いリーダーシップを発揮すると、「クリエイティブ・フィールド」の内と外の境界が強く明示されるので、不確実性が減ります。さらに、社員はクリエイティブ・フィールドに惹きつけられた皆さんなので、基本的な前提が揃っており、効率的に動きやすくなるのです。結果的に、システムの不確実性や不確定性が下がり、成功確率が高まるのだと思います。
井上:イノベーションの話に戻りますが、人事は、組織内にイノベーティブな文化や環境をつくるために何をしたらよいと思いますか?
篠田:自分たちの会社の体質をよく知ったうえで、その体質に合った処方箋を出すことが大切だと思います。先ほども少し触れましたが、組織の体質、つまり文化OSを構成するのは「事業観・人間観・組織観」です。ですから、自社の事業観・人間観・組織観をよく理解したうえで、人事制度などを変革すると、ある程度は文化や環境を変える力になるでしょう。
ただ一方で、人事の皆さんは、社会全体の変化に敏感になることも大切です。なぜなら、会社組織は、そのときどきの社会通念に影響を受けながら、アップデートを続ける存在でもあるからです。例えば、従来型の企業組織は、トップダウンで統制する「ブロック塀型」で、高い品質、高い再現性、高いスキル、均一性、秩序などを重視してきました。これまではこの方法で成功できたのです。しかしこれからの企業は、次々に多様性を組織の力に換えてイノベーションを生み出す「石垣型」になる必要があります。石垣は、一つひとつの石の形が異なります。その多様な石を上手に積み上げて、画期的なイノベーションや大きな成果につなげることが求められているのです。
日本には、石垣型の事業観・人間観・組織観を深く理解し、実践できている人はまだ決して多くありません。人事の皆さんは、石垣型組織の理解を深めることが急務だと思います。
「優れた聴き手」に話を聞いてもらうことからイノベーションが始まることが実に多い
井上:石垣型の組織とは、具体的にどのような組織ですか? 石垣型の組織では、どのようなことが大事になるのでしょうか?
篠田:石垣型の組織とは、多様性、別の言い方をすると一人ひとりの持ち味を重視し、その結果として少数者のアイディアやパッションも組織全体の創造性に生かせる組織です。現代は、そうした石垣型の組織のなかで、少数者が価値の高いアイディアを生み出し、新たなビジネスを創造する時代になっています。
石垣型の組織で最も大事なことの1つは、「聴く」ことです。例えば、『THINK AGAIN―発想を変える、思い込みを手放す』(アダム・グラント著/三笠書房)に紹介されていた「動機づけ面談」というカウンセリング・アプローチは、誰もが身につけるとよいスキルだと思います。これは、カウンセラーが親身に、公平な態度でじっと耳を傾けるだけのカウンセリング手法です。ただ聴くだけで、人々の不安は軽減され、自己防衛が緩和されて、思ったことを率直に述べられるようになるのです。さらにいえば、動機づけ面談は、異なる考え方を受け入れるきっかけにもなり得ます。『THINK AGAIN』には、医師が反ワクチン派のお母さんの話を傾聴した結果、お母さんが息子に予防接種を受けさせたという事例が載っています。聴くことは、時に相手の思想や行動を変える力にもなるのです。
聴く人が、イノベーションを起こすきっかけになることもよくあります。『THE CULTURE CODE ―最強チームをつくる方法』(ダニエル・コイル著/かんき出版)には、ハリー・ナイキストの事例が取り上げられています。シリコンバレーが生まれる以前、世界のイノベーションの中心はベル研究所でした。ベル研究所の黄金時代、ある職員が自分たちの成功の要因を解き明かそうとしました。彼は、飛びぬけて優れた成果を上げている10人の研究者を選び出し、10人の共通点を探しました。その結果、全員がハリー・ナイキストという物静かなエンジニアとよく一緒に昼食を取っていたことが分かりました。ナイキストは温かい人柄で、質問好きでした。ナイキストは相手を安心させながら、傾聴していたのです。それが、10人のイノベーティブな研究成果の一因になっていたというわけです。
私たちは、ハリー・ナイキストのような優れた聴き手に話を聞いてもらうと、これまでとは違う角度から物事を捉えたり、これまでよりも広い視野で物事を眺めたり、自分とは異なる価値観を受け入れたりできるようになります。それがイノベーションの始まりになることが実に多いのです。
坪谷:篠田さんは、いつ聴くことに興味を持ったのですか?
篠田:ほぼ日の取締役CFOを辞めた後、私は1年間のジョブレス期間を取りました。そのとき、さまざまな人が、大きな意思決定の話や今まさに抱えている問題などを私にどんどん話してくれたのです。きっと、利害関係がなく、何者でもなかった私には、大事なことも話しやすかったのでしょう。このとき、聴くことの面白さと大切さに目覚めました。
坪谷:リクルートグループには、つい最近まで「のりおさん」という伝説的な人がいました。別名を「あいさつおじさん」といいます。のりおさんは最初、ただただ皆にあいさつをしていたのです。そうしたら、経営陣から若手まであらゆる人がのりおさんに相談するようになり、誰からも一目置かれる存在になったのです。
篠田:まさに聴く人ですね。
傾聴を通した「重ね合わせ」や「練り上げ」からイノベーションが生まれる
井上:聴くことが大事なのはよく分かりました。ただ、新結合を起こすためには、単に傾聴するだけではなく、もう一歩踏み込む必要があるのではないでしょうか?
篠田:それはそのとおりです。実際にイノベーションを起こすためには、イノベーションを考える側が相手の意見を傾聴し、両者の考えや見方の「重ね合わせ」や「練り上げ」をするプロセスが欠かせません。
例えば、自分のアイディアを同僚に話したとき、相手が違う考えを言ってくれたとしましょう。その際に「それは違う」と否定するのではなく、「その考えの背景や意図を教えて」などと深掘りし、傾聴するとよいのです。そうすると、両者の共通点と相違点が明確になり、お互いに解釈の枠組が広がったり、物事の理解度が深まったりします。このような重ね合わせや練り上げから、イノベーションが生まれるのです。科学者たちとハリー・ナイキストは、まさにそのような対話をしていたのだと思います。
イノベーションの経路の1つは、自分の視座とは違う見方に触れることです。自分とは異質な側に立って、その側から自分がどう見えるかを知ったとき、イノベーティブなアイディアが生まれやすくなるのです。先日、ある本を読んだら、「顧客理解とは、お客様から見た自分の姿を理解することだ」と書いてありましたが、まさにそのとおりです。傾聴を経て相手の見方に立つことが、優れた営業の始まりにも、イノベーションの始まりにもなるのです。
井上:私たちは今、イノベーションを生み出すプロセスを、アイディエーションとエフェクチュエーションとコーゼーションの概念でまとめようと考えているのですが、この考えをどう思いますか?
篠田:よく分かります。私の感覚では、エフェクチュエーションとアイディエーションを行ったり来たりした結果、アイディアが生まれるイメージがあります。アイディアを引き出すというよりも、「アイディアが自然と出てきちゃう」のが理想的で、出てきちゃうアイディアを的確にキャッチすることが大切なのだと思います。
なぜなら、素晴らしいイノベーションとは、「それ以前は誰も知らなかったのに、形にしてみたら、皆が欲しいと感じるもの」だからです。あるとき、誰かから「こういうものがあったらいいのになあ」とつい出てきちゃったアイディアに皆が賛同して、イノベーションになっていく、というのが、理想的で自然なイノベーション創造の形ではないかと思うのです。
坪谷邦生氏
株式会社壺中天 代表取締役
20年以上、人事領域を専門分野としてきた実践経験を生かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、書籍、人事塾などによって、企業の人事を支援している。2020年、「人事の意志をカタチにする」ことを目的として壺中天を設立。主な著作『図解人材マネジメント入門』(2020)、『図解組織開発入門』(2022)、『図解目標管理入門』(2023)、『図解労務入門』(2024)、『図解採用入門』(2025)など。
井上功
弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター
1986年株式会社リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。2001年、HCソリューショングループを立ち上げ、以来11年間、リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。
2012年よりリクルートマネジメントソリューションズに出向・転籍。2022年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材開発、組織開発、新規事業提案制度策定等に取り組む。近年は、異業種協働型の次世代リーダー開発基盤「Jammin’」を開発・運営し、フラッグシップ企業の人材開発とネットワーク化を行う。
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