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【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか

第3回 組織が越境人材と向き合ってはじめて、イノベーションが起こる

  • 公開日:2025/12/22
  • 更新日:2025/12/22
第3回 組織が越境人材と向き合ってはじめて、イノベーションが起こる

2026年に出版予定の『図解イノベーション入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。その著者である坪谷邦生氏(株式会社壺中天 代表取締役)と井上功(弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター)が、10人の多様なゲストと共に「人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか」をテーマに話し合っていきます。

第3回のゲストは、原田未来氏です。原田氏は2015年に株式会社ローンディールを起業し、大企業の次世代リーダー人材をベンチャー企業に越境させ、育成する「レンタル移籍」事業を世に広めた「越境の第一人者」です。今回は、その原田氏と共に「企業は越境人材をどのように活かしたらよいのか」をテーマに話し合いました。

図解イノベーション入門

●対談者紹介

原田氏の画像

原田未来氏
2001年、株式会社ラクーン(現株式会社ラクーンホールディングス、東証プライム)入社。部門長職を歴任し同社の上場に貢献。2014年、カカクコムに転職し、新規事業開発。自身の経験から「会社を辞めずに外を見る経験」の重要性に気づき、「レンタル移籍」事業を構想。2015年にローンディールを創業し、越境のプラットフォームを構築。NTTグループ、トヨタグループ各社、官公庁など、大企業のべ150社が活用。経団連スタートアップエコシステム変革タスクフォース、経済産業省の人材流動化促進政策等の委員を務める。2025年にローンディール代表を退任し、より広く「越境を社会に実装する」ために一般社団法人越境イニシアチブを設立。著書『越境人材---個人の葛藤、組織の揺らぎを変革の力に変える』(英治出版)を2025年9月に上梓。

坪谷邦生氏
株式会社壺中天 代表取締役

井上功
弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター

本シリーズ記事一覧
【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
第3回 組織が越境人材と向き合ってはじめて、イノベーションが起こる
【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
第4回 イントレプレナーは出世ではなく「辺境」へ向かおう
【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
第2回 イノベーションを増やしたいなら、企業は「天才」に活躍してもらう必要がある
【対談】人事はイノベーションを起こす組織をどうつくるのか
第1回 リーダーシップの本質はDoだが、Doを持続するにはBeが必要
冒険し、元の組織に帰還してはじめて「越境」になる。だから、転職や異動は越境ではない
大手自動車メーカーの越境人材・Bさんは、帰還後に社内ビジネスコンテストの企画を実現
越境人材に社内で活躍してもらうためには、「帰還後の配属」がキモになる
越境が当たり前になれば、日本の大企業は中長期的に大きく変わるかもしれない

冒険し、元の組織に帰還してはじめて「越境」になる。だから、転職や異動は越境ではない

井上:最初に、原田さんとローンディールの自己紹介をお願いします。

原田:「隣の芝生は青いのか」。私は社会人になって7~8年経った頃から、この問いについて考えるようになりました。今の会社は嫌いじゃないけど、このままここにいてよいのだろうか。その想いが大きくなって、最初の会社を辞めて転職しました。しかし転職後に、「会社を辞めずに外を見ることができたらよかったのに」と思ったのです。その想いが起点となって、2015年にローンディールという会社を起業し、大企業の次世代リーダー人材に6~12カ月程度ベンチャー企業に越境してもらい、育成する「レンタル移籍」事業を始めました。

当初、私は大企業に越境のニーズがあることを知りませんでした。ただ、2015年頃は大企業のなかに「ベンチャー企業との交流が大事ではないか」という空気感が生まれ始めていた時期で、若手社員が徐々にレンタル移籍にチャレンジしてくれるようになりました。結果的にレンタル移籍は日本全体に広まり、2025年現在、ローンディールは大企業のべ150社、累計1200名以上の大企業人材に越境を支援するまでになっています。

なお、私自身は2025年にローンディールの代表取締役を退任し、越境イニシアチブ、越境実験室という2つの一般社団法人を新たに立ち上げました。同時に、これまでの知見や経験を『越境人材』(英治出版)にまとめました。ローンディールの活動や越境についてより詳しく知りたい人は、ぜひ本書をお読みください。

井上:原田さんは「越境」をどのように定義していますか?

原田:簡単にいえば、越境とは「自分のホームから出て冒険し、アウェイにある異質な何かをホームに持って帰ってくること」です。越境の本質は、外に出ることではなく「戻ってくること」にあります。ですから、外に出たまま帰ってこない転職や異動は、越境ではありません。

越境とは「ホームとアウェイの往還」

井上:第1回の吉川克彦さんとの対談で、ジョーゼフ・キャンベルの「英雄の旅」の構造が話題になったのですが、英雄の旅も、旅に出て、試練を経て、帰還するまでがセットです。

原田:先日、私は野生ニホンザルや野生ゴリラの社会生態学的研究で知られる山極壽一先生(総合地球環境学研究所 所長)のお話を伺いましたが、山極先生も「冒険せよ、そして生還せよ」と呼び掛けていました。外を冒険した後、元の組織に帰還してはじめて、越境になるのです。

昔から、日本は外圧がかかってはじめて変わろうとする国民性があります。それは日本企業も一緒で、社外からの情報が変革やイノベーションの契機になります。社外を探索し、外部の情報を持ち帰って、社内に知らせたり社外とつないだりするのが、越境人材の役目です。社内の人たちは、越境人材が社内外のどちらも知っているからこそ、話に耳を傾けるのです。ですから、越境人材は企業にとって、イノベーションの発生確率を高める存在です。

大手自動車メーカーの越境人材・Bさんは、帰還後に社内ビジネスコンテストの企画を実現

井上:越境人材の具体例を教えてもらえませんか?

原田:先ほど触れた『越境人材』では、30人ほどの越境人材の具体的事例を紹介しました。ここでは、そのうちの1人、大手自動車メーカーA社の越境人材・Bさんの事例を紹介します。なお、『越境人材』には企業名も本人の名前も掲載しているのですが、こちらでは詳細を伏せます。

BさんはAI・自然言語処理の研究者としてA社に入社し、入社4年目のときにローンディールを利用して、6カ月間、ロボットビジネスを手がけるスタートアップにレンタル移籍しました。A社に帰還した後、Bさんは社内のビジネスコンテストや社外のアクセラレーションプログラムに次々に応募し、あるとき社内ビジネスコンテストで準優勝します。そして、2024年にその企画を自らの手で実現しました。

越境人材がこのようなイノベーションを実現するためには、「WILL(やりたいこと)の明確化」「行動の具体化」「組織の巻き込み」という3ステップを踏む必要があります。Bさんはもともと、「車って面白い、と多くの人に思ってほしい」というWILLを抱いていました。また、Bさんはレンタル移籍を経て、A社にはスタートアップと比べてたくさんのリソースがあるのだから、もっといろいろできるはずと考え、「考えるよりも行動すること」「自分が信じたものを勝手にやりまくる」という姿勢でいたといいます。この企画も、自ら四方八方にメリットを説明して、周囲を口説き回って形にしました。

ただ、Bさんは組織の巻き込みには苦労しました。社内を動かすために必要なストーリーや意思決定プロセスを理解するのに4年かかったそうです。しかし、最終的にはそれもクリアし、ビジネスコンテストの最終プレゼンの場で「GOと言ってくれれば今すぐできます」と宣言したことが評価の決め手になり、実現に至ったのです。

なお、これはBさんにとって本業以外の活動であり、業務時間の1割程度を使って動かしていたそうです。本業はAI研究者で、Bさんはそちらでも立派な成果を出しています。そのような人は周囲からの支援も得やすいものです。実際、Bさんはこの取り組みを誰からも止められることはなかったといいます。

越境人材に社内で活躍してもらうためには、「帰還後の配属」がキモになる

井上:Bさんはすばらしいと思います。ただ、実際はBさんのような成功を収めている越境人材ばかりではありません。むしろ反対に、元の組織に戻った後、外部での経験や知識を生かしきれず、イノベーションを起こせない越境人材の方がずっと多いのが現実です。私たちは、こうした「越境人材が帰還後に活躍できない問題」を越境の大問題の1つと考えているのですが、原田さんはどのように思いますか?

原田:私も、それこそが大問題だと思っています。実は『越境人材』の内容の7割は、「なぜ組織は越境を生かせないのか」「越境人材を起点に小さなイノベーションを生む」「越境の受け入れが組織を変える」といったテーマについて書きました。越境において何より難しいのは、個人と組織が「越境を生かす」ことなのです。

坪谷:個人と組織が「越境を生かす」際に大事なことは何ですか?

原田:大切なことが2つあって、1つ目は「越境人材自身の頑張り」です。もちろん、組織が変わらなくてはならない部分はあります。しかし一方で、越境して帰ってきた個人が主体的に行動を起こさなければ、イノベーションなど起きようがないこともまた確かなのです。現状、大半の日本企業は越境人材の生かし方を知りません。ですから、越境人材自身が周囲に積極的にアピールしたり、外部の言葉を社内用語に翻訳したりして、自分の生かし方を社内に宣伝する活動が欠かせないのです。

2つ目は、「帰還後の配属」です。人事の皆さんは、帰還した越境人材に社内で活躍してほしいなら、配属がキモになると考えた方がよいです。配属を考える際のポイントは「柔軟性」です。そもそも、誰かを越境に送り出す際には、何らかの目的があるはずです。しかし、越境の目的を最初からガチガチに固め、帰還後のポジションやミッションを明確に決めたうえで越境に送り出してしまうと、たいがい失敗します。なぜなら、越境人材は、越境先で未知の何かに出会い、想定外の変容が起きるものだからです。

ですから、人事の皆さんは、越境人材に柔軟に対応することをお薦めします。具体的には、まずおおまかな目的を決めたうえで越境に送り出し、越境人材が帰ってきたところで、あらためて本人と話し合い、何を持ち帰ったのか、どのようなWILLを抱いているかをヒアリングしましょう。そのうえで、最適の部署やポジションに配置するのが、人事ができる最善の対応です。

また、配属を考える際には、「越境人材と上司・職場の相性」も十分に考慮した方がよいでしょう。端的にいえば、越境人材を許容できる上司や職場に託すことをお薦めします。特に適任なのが、「越境経験のある上司」です。越境経験のある上司は、部下の越境経験を理解し、彼らを上手にサポートしてくれる可能性が高いのです。実際、ローンディールのレンタル移籍経験者は、上司になると、越境人材を積極的に送り出したり受け入れたりしてくれるようになります。

越境が当たり前になれば、日本の大企業は中長期的に大きく変わるかもしれない

坪谷:なぜ越境が組織内イノベーションを起こすエネルギーになるのでしょうか? 原田さんの考えを聞かせてください。

原田:あるとき、野中郁次郎先生にレンタル移籍事業について説明する機会があったのですが、その際、先生から「大事なのは知的コンバットだ」というメッセージをもらいました。知的コンバットとは、異質な人たちが向き合い、お互いの主観をぶつけ合って徹底的に対話することです。ごく簡単にいえば、知的コンバットによって二人称(私たち)で意味をつくっていき、「こうとしかいいようがない」ところにたどり着けば、イノベーションを生み出せるというのが野中先生の考えでした。

越境から戻った後、越境人材は必ずといっていいほど、社内の人たちとぶつかることになります。越境人材が社内で自由に行動できるなどということは絶対にありません。越境人材の前には、常に組織の論理が立ちはだかるのです。しかし、越境人材と組織側の両方に自分なりのWILLがあれば、そこに知的コンバットが発生します。越境人材が組織と知的コンバットを続けていけば、やがてそこにイノベーションが起こるかもしれないのです。

坪谷:その際、越境人材もその他の人たちも、自分なりの「貢献」について考えることが大事になるのでしょう。知的コンバットは、貢献のベクトルを合わせるための対話とみることもできると思います。

井上:しかし、イノベーションがそう簡単に起こるわけではありませんよね。

原田:そのとおりです。イノベーションは誰かが越境すれば必ず起こるなどという簡単なものではありません。むしろ、イノベーションへの挑戦は失敗することがほとんどです。その前提を忘れてはならないと思います。

ただ、組織のイノベーション発生確率を高めることはできます。そのためにはまず、越境人材が帰還後に「WILLに基づいたリーダーシップ」を発揮することが大切です。その結果、彼らは失敗を重ねながら、いくつかの「小さなイノベーション」を実現するはずです。その小さなイノベーションの成功体験が、越境とイノベーションを大事にする組織風土を育みます。そして、その風土のなかから次の越境人材が生まれるのです。このような「イノベーション発生確率の上昇サイクル」を回すことができれば、組織全体がイノベーティブに変わっていくはずです。

越境を活かす組織の全体像

井上:そうやって越境が当たり前になっていけば、日本の大企業は中長期的に大きく変わるかもしれませんね。

原田:私もそう思います。ただし、そのためには、組織側は「越境人材という面倒くさい存在と向き合う覚悟」をしなくてはなりません。越境もイノベーションも面倒なものだ、ということを忘れてはいけません。越境人材に託せば、イノベーションが起こるというような簡単なものではないのです。組織全員が、イノベーションに向けて試行錯誤する意識を持つことが大切です。そのような意識がなければ、越境人材は宝の持ち腐れになってしまうでしょう。

坪谷邦生氏
株式会社壺中天 代表取締役

20年以上、人事領域を専門分野としてきた実践経験を生かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、書籍、人事塾などによって、企業の人事を支援している。2020年、「人事の意志をカタチにする」ことを目的として壺中天を設立。主な著作『図解人材マネジメント入門』(2020)、『図解組織開発入門』(2022)、『図解目標管理入門』(2023)、『図解労務入門』(2024)、『図解採用入門』(2025)など。

井上功
弊社 サービス統括部 HRDサービス共創部 Jammin’チーム マスター

1986年株式会社リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。2001年、HCソリューショングループを立ち上げ、以来11年間、リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。
2012年よりリクルートマネジメントソリューションズに出向・転籍。2022年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材開発、組織開発、新規事業提案制度策定等に取り組む。近年は、異業種協働型の次世代リーダー開発基盤「Jammin’」を開発・運営し、フラッグシップ企業の人材開発とネットワーク化を行う。

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