STEP

連載・コラム

人事データ活用入門 第2回

人事データに潜む2つの罠

  • 公開日:2016/10/17
  • 更新日:2024/04/11
人事データに潜む2つの罠

最近では、表計算ソフト、統計解析ソフト、BI(ビジネスインテリジェンス)ツール、そして機械学習プラットフォームなどさまざまなツールが普及し、「分かりやすい図表でデータを整理すること」「統計解析を行うこと」が以前よりも手軽に実現できるようになりました。

しかし、人事データ、特に評価データには、さまざまな癖があります。それを理解せずに集計・分析し、その結果に基づいて改善施策などを検討しても、そもそもの前提がずれている可能性があるため、せっかくの結果が無駄になってしまうかもしれません。そこで今回は、評価データを分析する前に、知っておくべきポイントをご紹介します。

本シリーズ記事一覧
人事データ活用入門 第10回
複雑なメカニズムを解きほぐす「共分散構造分析」
人事データ活用入門 第9回
「因子分析」でアンケート項目のまとまりを発見する
人事データ活用入門 第8回
「二要因の分散分析」で職種別・業績別の仕事満足度を比較する
人事データ活用入門 第7回
「分散分析」で職種別の仕事満足度を比較する
人事データ活用入門 第6回
「t検定」で平均の差を比較する
人事データ活用入門 第5回
「重回帰分析」とは?活躍予測の例で理解する、予測力向上の方法
人事データ活用入門 第4回
因果関係を分析する一手法「回帰分析」とは
人事データ活用入門 第3回
データの関係性を表せる「相関係数」と2つの落とし穴
人事データ活用入門 第2回
人事データに潜む2つの罠
人事データ活用入門 第1回
人事ビッグデータとは何モノなのか?
実は人事データの質はバラバラ
自己評価と他者評価に潜む、「甘辛バイアス」の罠
評価結果に影響を与える「反応スタイル」の罠
2つの罠が分析結果に及ぼす影響とは?
評価データとはどのように付き合えばいいのか?

実は人事データの質はバラバラ

一口に人事データといっても、さまざまな質のデータがあります(図表01)。

図表1 さまざまな人事データ

「(1)行動履歴データ」と「(2)個人属性データ」は、客観的な事象を示すデータです。よって、「記録ミス」「申告漏れ」「虚偽申告」などがなく、正しく保管されていれば、実態を忠実に示すデータといえます。

では、「(3)自己回答/自己評価データ」と「(4)他者評価データ」はどうでしょうか。ご自身の経験を振り返ると、本当に実態を表しているのか、疑問や不安を抱かれるかもしれません。今回は、自己評価と他者評価に潜む「甘辛バイアス」と「反応スタイル」の2つの罠をご紹介します。

自己評価と他者評価に潜む、「甘辛バイアス」の罠

まず、「自己評価」について考えてみましょう。
日々、全く同じ行動をしているAさんとBさんがいるとします。その2人が、日頃の自分の行動を振り返って何らかの設問に回答する場合、結果は図表02のようになりました。

図表2 自己評価の甘辛

ご覧のとおり、Aさんは自己評価が甘く、Bさんは辛い結果になっています。意図的であるかどうかにかかわらず、まず、このような「自己評価の甘辛」というバイアスがあります。

では、仮にこの自己評価の結果が、管理職登用の参考情報に使われるとしたらどうでしょうか。図表02で示された質問項目が、管理職に求められる要件と一致していれば、管理職に昇進したい人はすべてに「あてはまる」と回答することでしょう。このように、「自分を他者に示したいように表現しよう」という、ある種、意図的な印象操作のためのバイアスもあります。

続いて、他者評価の場合はどうでしょうか。例えば、以下のようにさまざまなバイアスがあることが知られています。

・全体的に評価が甘くなる「寛大化傾向」、厳しくなる「厳格化傾向」 
・評価対象に関する一部の印象が全体の評価に影響を及ぼす「ハロー効果」
・評価に自信がないなどの理由で、中心的な評価に偏る「中心化傾向」
・自分に似た相手を高く評価する、あるいは低く評価するなどの「対比誤差」

上記のとおり、自己評価と他者評価の結果は、意図的であるかどうかにかかわらず、さまざまな「バイアス」の影響を受けています。これらには、改めて注意を払う必要があります。

評価結果に影響を与える「反応スタイル」の罠

「反応スタイル」という言葉はあまり耳にしたことがないかもしれません。ここでは、極端な選択肢を選ぶ「C.極端反応傾向(ERS: Extreme Response Style)」、中間の選択肢を選ぶ「D.中間反応傾向(MRS: Midpoint Response Style)」、質問内容に関係なく肯定的な選択肢を選ぶ「E.黙従反応傾向(ARS: Acquiescence Response Style)」という3つの反応スタイルを紹介します(図表03)。

図表3 評価に見られるさまざまな反応スタイル

例えば今度は、全く同じ行動をしているCさん、Dさん、Eさんがいたとします。1人の他者が3人の行動に対して客観的に評価する場合、その行動が「どちらかといえばあてはまらない」だったとします。
しかし、「極端反応傾向(ERS)」であるCさんは「あてはまらない」と自己評価し、「中間反応傾向(MRS)」であるDさんは「どちらともいえない」、「黙従反応傾向(ARS)」であるEさんは「あてはまる」と自己評価することになりました。つまり客観的には同じ行動でも、本人回答結果は全く異なったものになる可能性があるのです。
これは1人を対象に、3人が他者評価する場合にも、同じことがいえます。

このように、自己評価と他者評価の結果は、「反応スタイル」の影響も受けていることに、改めて注意を払う必要があります。

2つの罠が分析結果に及ぼす影響とは?

このような「甘辛バイアス」や「反応スタイル」は、評価データそのものの質だけでなく、それを用いた分析結果にも影響を及ぼします。

例えば、「面倒見がよい」ということと「論理的である」ことは、本来はそれほど強い関係性はないかもしれません。しかし、「自己評価が甘い人は、両方に『あてはまる』」と回答し、「自己評価が辛い人は、両方に『あてはまらない』」と回答した場合、統計的に関係性の指標を算出すると「両者は、完全に関係する」という結果になってしまいます。

また、同じような「企画力」をもつ2つの集団を比較した際、「黙従反応傾向の集団Fは、全員が『あてはまる』」と回答し、「中間反応傾向の集団Gは、全員が『どちらともいえない』」と回答した場合、集団Fの方が「企画力が高い」という結果になってしまいます。

以上は極端な例ですが、「甘辛バイアス」「反応スタイル」によって、本来の姿とは異なった結果が得られることは少なくありません。このような結果を元にした解釈は、私たちを誤った意思決定へと導くことになります。

評価データとはどのように付き合えばいいのか?

では、私たちはこのような問題をはらむ「評価データ」を用いることをやめるべきなのでしょうか。
「行動ログなど、より客観的なデータのみを用いる」というのも1つの手段かもしれませんが、私たちが把握したいさまざまな人の特性をつかむためには、自己評価、他者評価とこれからも付き合っていく必要があると思います。そのためには、もちろん、「バイアス/反応傾向の影響を受けにくい測定方法を用いる」ことができればよいのですが、それ以外にも以下のような工夫があります。

(1)率直な回答を促すためのしかけをする
例えば360度評価であれば、「査定」の目的で行うより、「能力開発」の目的で行った方が、個人特性を的確に把握できるといわれています

(2)評価のためのトレーニングをする
一般的に「評価者研修」などがこれに該当します。回答者のバイアスに対する意識を高め、なるべくそれに陥らないようにする方法です。単にバイアスに対する知識をインプットするだけではなく、模擬トレーニングなどをした方が、高い効果が得られるといわれています

(3)複数時点のデータの差分を採る
個人のバイアスや反応傾向の変化があまりない場合は、複数時点のデータの差分を採り、この差分を分析に用いることによって、バイアスや反応傾向の影響を取り除くことができます

このように、「測定の工夫」「収集の工夫」をした上で「分析の工夫」を行い、評価データの癖を頭の片隅に入れておいて注意深く結果を吟味することで、人事データはより豊かな発見ができるものになるでしょう。

今回はせっかくの分析結果が無駄なものにならないように、改めて着目していただきたい人事データの質について紹介しました。
次回は、より実践的な「人事データ分析」についてご紹介したいと思います。

執筆者

https://www.recruit-ms.co.jp/assets/images/cms/authors/upload/3f67c0f783214d71a03078023e73bb1b/aa971a0abbc34eecafbad58e4385c2c6/2107272146_5861.webp

技術開発統括部
研究本部
HR Analytics & Technology Lab
所長

入江 崇介

2002年HRR入社。アセスメント、トレーニング、組織開発の商品開発・研究に携わり、現在は人事データ活用や、そのための測定・解析技術の研究に従事する。
日本学術会議協力学術研究団体人材育成学会常任理事。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会上席研究員。昭和女子大学非常勤講師。新たな公務員人事管理に関する勉強会委員。

この執筆者の記事を見る

本シリーズ記事一覧
人事データ活用入門 第10回
複雑なメカニズムを解きほぐす「共分散構造分析」
人事データ活用入門 第9回
「因子分析」でアンケート項目のまとまりを発見する
人事データ活用入門 第8回
「二要因の分散分析」で職種別・業績別の仕事満足度を比較する
人事データ活用入門 第7回
「分散分析」で職種別の仕事満足度を比較する
人事データ活用入門 第6回
「t検定」で平均の差を比較する
人事データ活用入門 第5回
「重回帰分析」とは?活躍予測の例で理解する、予測力向上の方法
人事データ活用入門 第4回
因果関係を分析する一手法「回帰分析」とは
人事データ活用入門 第3回
データの関係性を表せる「相関係数」と2つの落とし穴
人事データ活用入門 第2回
人事データに潜む2つの罠
人事データ活用入門 第1回
人事ビッグデータとは何モノなのか?
SHARE

コラム一覧へ戻る

おすすめコラム

Column

関連する
無料オンラインセミナー

Online seminar

サービスを
ご検討中のお客様へ

電話でのお問い合わせ
0120-878-300

受付/8:30~18:00/月~金(祝祭日を除く)
※お急ぎでなければWEBからお問い合わせください
※フリーダイヤルをご利用できない場合は
03-6331-6000へおかけください

SPI・NMAT・JMATの
お問い合わせ
0120-314-855

受付/10:00~17:00/月~金(祝祭日を除く)

facebook
x