連載・コラム
「コミュニケーション」への投資
「フェア・プロセス」のすすめ
- 公開日:2006/02/01
- 更新日:2024/03/25
もみ消された「噂」
もう5年ほど前のことになる。ある産業機器メーカーから、「営業部門と製造部門との連携が悪く、多大なチャンスロスを生み出しているので何とかならないものか」という相談を受けたことがある。実際に、その企業は、公開されているIR情報からも、減収減益が数年続き、長期低落傾向であることは簡単に読みとれた。しかし、実際に企業の内部に入り、調査を進めていくと、事態はもっと深刻であることが分かった。
このメーカーはそれまでの間、全く無策に時を費やしていたわけではない。具体的には、経営幹部によって精緻に練られた事業戦略があり、その事業戦略を具現化すべく、IT技術を駆使した情報システムが既に導入されていた。この情報システムは営業部門と製造部門との連携を革新し、顧客対応力において競争優位に立つための切り札として、1年前に投入されたものだ。しかし、既にその時点で、情報システムは「負の遺産」の烙印をおされ、事業戦略は経営企画室のキャビネットの中で埃をかぶっていた。
ところが調査の過程で、事業戦略にしても情報システムにしても、致命的な欠陥を見出すことはなかなかできなかった。むしろ、他企業と比較しても遜色が無いどころか、一歩先を行くものであるようにさえ感じられた。その謎を紐解く鍵は、現場でシステムを使う立場の営業担当者へのインタビューの言葉の中にあった。それは、「情報システムはリストラ、つまり人員削減を断行する布石として導入するという噂が現場では囁かれていたのですよ・・・」というものであった。同じような言葉は、他の社員のインタビューを通しても確認することができた。その「噂」の存在を、システム開発の関係者は知らないか、知っていたとしても「くだらない噂が立つものだ」と軽視をし、もみ消してしまっていたのだ。
フェア・プロセスの原則
この企業の失敗のメカニズムは極めてシンプルなものであった。本来の目的とは全く別の目的が「噂」として伝わり、現場の社員は正式に発表された「方針」よりも「噂」の方を、信憑性が高いものと認識してしまったのだ。その結果、本来の目的である「顧客対応力革新」といった至上命題に必要なエネルギーが現場においては醸成されず、システムはリリースされた。社員の一部はシステムを無視し活用しようとさえしなかった。そうした状況は必然的に情報の混乱を生み、それが顧客対応の遅れやクレームにつながった。リリースから1年を経て、システムが生み出したものは「情報の混乱による多大なチャンスロス」というのが事の顛末である。
こうした「噂」は立てた側よりも、立たせる側に問題があると考える必要がある。さもないと、「噂」のメカニズムは解明されず、根本的な問題解決に至らないからだ。そうした状況を回避するための警笛ともいえる、ひとつの原則がある。それは「フェア・プロセスの原則」という。簡単にそのエッセンスを紹介すると、何か新たなことを組織で推進しようとする際には、結果だけを社員に伝えるのではなく、可能な限りそのプロセスに社員を参加させて、発言の機会を持たせることが重要であると説いている。正しい目的が伝えられ、目的達成のプロセスに参加した社員は、自らの強い意志に従い行動するという、極めてシンプルかつ効果的な原則である。
この産業機器メーカーでは、事業戦略立案と情報システム開発の両方とも、実際には極めて少数の人間が主導する形で進められた。現場の社員については「立案や開発に当たっての情報収集源」としては認識されていたが、「意思と感情を有する実行の担い手」としての認識は希薄であった。そのプロセスに主体的に関与する場は与えられず、完成形として姿を現すまで、全てはブラックボックスの状態であった。業績悪化の中、ブラックボックスの状態で開発されているシステムに対して好意的な期待を抱く社員が果たしているのだろうか・・・。経営層が「救世主」として多額の資金を投入して開発したシステムも、現場の社員から見ると「引導を渡す使者」にしか見えなかったとして、そのように考えた社員を責めることができるだろうか?
この会社の立て直しは、経営層が社員に非を認めるところから始まった。会社の状況について悪いニュースも含めてきちんと説明し、その上で、情報システム導入の真の目的を伝えた。また、どうすれば情報システムが本来の目的に沿うような効果が発揮できるのかを職場単位で考えアイディアが欲しいということも伝えた。単純なこと、当たり前のことであるが、極めて効果的なターニングポイントとなった。
コミュニケーションは投資
新しい戦略や制度、あるいはシステムを導入したが、思ったような効果が表われないことに悩んだ経験をお持ちの人も多いと思う。その原因は、システムそのものの瑕疵ではなく、導入プロセスの拙さに起因するケースが意外と多い。導入プロセスの良し悪しの第一の判断基準は「コミュニケーション」の量と質に他ならない。フェア・プロセスは新たな取り組みを始める際の「コミュニケーション」の重要性を示すものでもある。
数年前と比べるとコミュニケーションの重要性の認識は高まりつつあり、「コミュニケーション・コスト」という言葉も、さまざまなビジネスシーンで触れられている。「十分にコミュニケーションをとっていますよ」という肯定的な意味で使われているのであるが、私はいささかその言葉には違和感を覚える。「コスト」という響きには「代償」とか「削減」の香りがつきまとうからだ。
ではどういう言葉が適切かといえば、「コミュニケーション・インベストメント」という表現が好ましいと考える。「コミュニケーション」は、企業が何か事をなす場合に、現場で働く社員に対してなされる必須かつ重要な時間資源の投資であり、一定の期間の中でリターンを得るためのものであるからだ。「コミュニケーション」への投資を戦略的かつ意図的に行うことができる会社は、自ずと社員の巻き込みがうまくいき、結果として戦略実行力が高まる。また、そうした投資は、積み重ねることで組織風土として根付き、その組織の中に長く受け継がれていくものである。
参考文献
フェア・プロセス:信頼を積み上げるマネジメント(W.チャン・キム、レネ・モボルニュ)
『Diamond Harvard Business Review』 April 2003
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