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連載・コラム

連続小説 真のリーダーへの道 第8回

「火元」

  • 公開日:2017/12/25
  • 更新日:2024/03/27
「火元」

リーダーの成長には、「仕事経験から学ぶこと」が最も重要であるといわれています。
企業は自社のリーダー育成のために、リーダーの成長に必要な経験を明らかにし、そしてその経験を網羅的に積めるよう、ポジションや仕事・役割を、意図的にローテーションさせていくことが有効です。私たちはこれを「成長経験デザイン」と呼んでいます。
リーダーに必要な経験は各社さまざまで、特定するのは至難の業です。そこで弊社では、先行研究やインタビュー、これまでの支援事例などから、リーダーの成長を促す8つの経験を抽出しました(下図参照)。

この連載小説では、架空のリーダー佐々木の成長ストーリーを辿りながら、それぞれが具体的にどのような経験で、それによって何を学び、どのようにリーダーシップを形成していくのか、1つずつご紹介しています。
最終回の第8回は、「責任者としての覚悟や主体性を問われる経験」です。

※「成長経験デザイン」について詳しく知りたい方は、>>>特設ページ<<<をご覧ください

「火元を断つ」抜本的な組織変革
「お前に何が分かるっていうんだ!」
コーヒールームの窓から青い空を見上げた
リーダーに必要な8つの経験
登場人物プロフィール

「火元を断つ」抜本的な組織変革

金融系システム開発プロジェクトの「火消し」に入った佐々木は、ひとまずプロジェクトを立て直し、メンバーとパートナー企業を2倍以上に増やすとともに、メンバーの士気を通常のプロジェクト程度にまで回復させた(第7回参照)。しかし、佐々木はそこで満足したわけではなかった。火消しはまだ済んでいなかったのだ。火を消すためには、出火原因を突き止め、その問題を完全に解決する必要があった。

佐々木はこれまで、多くのトラブルを乗り越えてきたが、実は、これほどまでに事業の存続にクリティカルな「炎上プロジェクト」を経験するのは初めてだった。しかし、佐々木はプロジェクトの「存在価値」を一人ひとりに粘り強く説明していくことで、炎上プロジェクトのチームの雰囲気を改善していくことができることは知っていた(第5回参照)。その上で、彼は次のチャレンジを始めたのだ。それは、思いきった「組織改革」である。

「お前に何が分かるっていうんだ!」

佐々木には、これまでの数々の「リーダー体験」から得た教訓に照らして、今回のプロジェクトの失敗のポイント、つまり「火元」が見えてきた。そのうち、最も問題だと感じていたのが、「組織体制」、特に、要となるはずのリーダークラスのメンバーの機能不全だった。今回、多くのチームが存在し、かつ役割が複雑に絡み合う難しい案件だった。そこで、鍵になるのがそのチームを率いるリーダーたちだったが、残念ながら、リーダーによるチーム間の調整や連携が機能していなかったのである。しかし、佐々木は急に抜本的な改革に取り組むのは避けていた。メンバーのモチベーションが低いうちに体制をガラリと変えると、より一層混乱すると思ったからだ。佐々木はプロジェクトの雰囲気が安定するのを待っていた。

2017年5月、プロジェクトの状況が安定したと見て取った佐々木は、リーダークラスのメンバーを一気に刷新した。機能不全に陥っていたリーダーポストに、スピード感をもって動くことのできる人材を多数配備。彼らにはプロジェクト内のコミュニケーションの齟齬や混乱を減らすよう促した。しかし、それらの改革は、当然ながらそれまで踏ん張ってきたリーダーたちのポストオフを断行する必要をも生じさせた。しかも、そのなかには、佐々木より一回りも年上のベテラン社員、更にはかつて若い頃に自分を育ててくれた先輩社員もいた。
「佐々木! お前、俺がここまで尽くしてきたことを、知っての対応か!」
「後から来たお前なんかに、何が分かるというんだ!」
「これでもし失敗したら、ただでは済まないんだぞ、分かっているのか!?」
彼らは、厳しい言葉を佐々木にぶつけた。これだけ尽くしてくれた人たちに対して、自分はなんてことをしているのか……と、佐々木は打ちのめされた。しかし、そんなときには決まって脳裏に水越の顔と言葉が浮かんだ。自分には、背負っている責任がある。このプロジェクトをなんとしても完遂するのだ。社会、顧客、社員の信頼のために。佐々木は、腹を括って彼らと向き合い続けた。
「……おっしゃることは、重々、分かっています」。佐々木は、毅然と胸を張って言い切った。「しかし、この状況を乗り切るためには、この体制変更が必要なんです」
何度も対話を繰り返した挙句、最終的に佐々木を悪く言う人はいなくなった。

他にも、各メンバーの権限をより明確にして、プロジェクトマネジャーの佐々木のもとに日々の現状報告がしっかりとリアルタイムで届くような仕組みをつくった。また、ミッションクリティカルシステムの開発に携わってきた経験を生かして、お客様やメンバーとのコミュニケーションを増やし、品質マネジメントとリスクマネジメントを強化していった。

コーヒールームの窓から青い空を見上げた

これらの組織変革から数週間も経つと、プロジェクトチームの変化が劇的に見えてきた。まず残業が確実に減った。チーム内の調整を行うメンバーが活躍することで、ムダな作業がどんどん少なくなっていったからだ。もちろん、それでも残業は多かったのだが、モチベーションが下がるような業務量を抱えるメンバーはいなくなった。また、佐々木が現状をしっかり把握できるようになったことで、多少のトラブルがあってもすぐに対応できるようになった。佐々木のノウハウを投入することで、開発するプログラムの品質も向上していった。

「佐々木くん、あのプロジェクト、うまく危機を脱したそうだな。さすがは佐々木くんだ」
3カ月後、コーヒールームで水越が佐々木に声をかけた。
「いえ、水越常務のおかげです。常務に声をかけていただいて、自分のやるべきことが見えました」
「別に僕の言葉がプロジェクトを変えたわけじゃないだろう。プロジェクトを変えたのは君だ。佐々木くんが覚悟を持ち、腹を括って行動したから、メンバーの皆が変わったんだよ」
そう言うと、水越は残りのコーヒーを飲み切った後、やはりポンと佐々木の肩を叩いて去って行った。佐々木は、その背中に「ありがとうございました!」と声をかけた。コーヒールームの窓から見上げた空は、青く晴れていた。

コーヒールームの窓から青い空を見上げた
コーヒールームの窓から青い空を見上げた

連載第8回目の経験は「責任者としての覚悟や主体性を問われる経験」です。
この経験は自身が意思決定をする責任者でその覚悟が問われる経験です。
佐々木は水越や現場の協力を得ながら、プロジェクトの立て直しに取り組み、抜本策を講じます。しかし、その策は不利益を被る関係者が発生するものであり反発は必至のものでした。
それでも佐々木は誠実に向き合い、丁寧な説明を重ね推進していきます。結果的にそのことが奏功しプロジェクトの抜本的な立て直しに成功します。
佐々木にとってこの経験はこれまでの7つの経験の集大成ともいうべき経験となります。
リーダー育成にとってこの経験の重要性は言わずもがなかと思います。

実はこの「責任者としての覚悟や主体性を問われる経験」は 、大手企業の人事部長の皆さんが口を揃えて、非常に重要だが経験してもらうことが難しいと言われる経験です。このごくごく当たり前といえば当たり前の経験が、なぜ難しいのでしょうか。それは、多くの大手企業が成長期の後の成熟期であるということが大きく影響していると考えています。
成長期の企業は、人が足らないのが常です。よって未熟な新人・若手社員であっても仕事を任せざるを得ませんので、意図せずとも機会が提供され、そのなかで試行錯誤を繰り返し成長することができました。しかし、組織体制も整いオペレーションが磨かれると、決まったことを決められたとおりに実行し拡大再生産することに企業全体がシフトしていくので、効率性や安定性が重視されます。そのなかでは、経営の方向性を左右するような抜本的な変革は起こしにくく、試行錯誤しながら成長する機会も少なくなってしまうのです。企業の成長において、新規事業をはじめとしたフロンティアを経営層が意思決定し、開拓していくことは重要ですが、経営人材育成上も試行錯誤ができる・許容されるフィールドを用意できるか否かは、きわめて重要な意味を持ちます。

主人公佐々木は、本人の努力もありますが、幸運にもさまざまな機会を通じてリーダーに必要な8つの経験を積み、今まさに真のリーダーとして羽ばたこうとしています。ここであらためて考えておきたいのは、佐々木のこれら一連の経験は中長期的視点で意図を持って行われたか、ということです。実は、本連載の小説の内容は、業界はシステム系としていますが、これまでインタビューをさせていただいた事業リーダー50数名のエピソードを集約し、典型的なパターンに分類した上で再構成をしたものです。インタビューの最後、皆さんがおっしゃるのは「自分はこのような経験ができて幸運だった」ということです。厳しいけれども自分に目をかけてくれ、チャレンジをたくさんさせてくれた上司、人事異動を働きかけた役員などなど人を見る目に長けた育成名人によってリーダー人材育成は行われてきました。勿論、現在も組織にはそのような人物はいますが、激しい環境変化、厳しい競争環境のなかでそれだけではこれからの人材育成は立ち行かなくなってきました。だからこそ組織的に意図的に成長経験をデザインしていくことが求められると私たちは考えます。そのために必要な仕組みやツールの整備も重要です。しかし、一番大事なのは、人の成長が事業の成長につながることを信じて地道に、愚直に人の可能性をみつめ、機会と人を結びつけ成長を支援するという信念・姿勢なのだと思います。

全8回にわたっての連載は今回で終了です。皆様の人材育成施策の検討に少しでも参考になれば幸いです。このたびはお付き合いいただきありがとうございました。

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