連続小説 真のリーダーへの道 第3回 「こんなこと日本ではありえない!」

リーダーの成長には、「仕事経験から学ぶこと」が最も重要であるといわれています。
企業は自社のリーダー育成のために、リーダーの成長に必要な経験を明らかにし、そしてその経験を網羅的に積めるよう、ポジションや仕事・役割を、意図的にローテーションさせていくことが有効です。私たちはこれを「成長経験デザイン」と呼んでいます。
リーダーに必要な経験は各社さまざまで、特定するのは至難の業です。そこで弊社では、先行研究やインタビュー、これまでの支援事例などから、リーダーの成長を促す8つの経験を抽出しました(下図参照)。

この連載小説では、架空のリーダー佐々木の成長ストーリーをたどりながら、それぞれが具体的にどのような経験で、それによって何を学び、どのようにリーダーシップを形成していくのか、1つずつ紹介していきます。
第3回は、「多様な価値観の人と仕事をする経験」です。


 

※「成長経験デザイン」について詳しく知りたい方は、特設ページをご覧ください

まさか自分が海外に赴任することになるなんて

「それにしても、暑い……」
佐々木は、5月の夜とは思えない陽気に汗をぬぐった。暑いのは当然だ。なぜなら、ここはシンガポールだからだ。
出向になって、1カ月。佐々木は気候にも食事にも職場にも一向に慣れなかった。そもそも、まさか自分が海外に赴任することになるなんて、思ってもみなかった。シンガポール訛りの英語・シングリッシュが英語初心者にも割と分かりやすいことと、日本にいる恋人とのメッセージのやり取りだけが救いだった。

2008年9月のリーマンショック前の何年か、日本は全般的に景気が良かった。グローバル化が進み、海外に積極進出する日本企業が本格的に増えた頃でもある。特に、日系メーカーが中国や東南アジアに生産拠点を設けることが珍しくなくなった。それに合わせて、金融機関なども海外支店を強化していたのだ。

一方で、2005年、銀行系システムから証券系システムへと担当が変わった佐々木は、ある大手証券会社・鶴亀証券のプロジェクトに参加した。佐々木が所属する帝都システムは、鶴亀証券のシステムをこれまでいくつも構築しており、そのなかには海外支店向けシステムもあった。鶴亀証券から、海外支店強化の一環として、帝都システムのエンジニアに各海外支店のシステム・サポートに入ってほしいと依頼を受け、佐々木に白羽の矢が立った。
そうして、2006年4月から、最終的にはリーマンショック後の2008年末までの3年弱、佐々木は鶴亀証券のシンガポール支店に常駐し、帝都システムの代表として、たった1人でシステム・サポートを一手に担うことになったのである。

シンガポール・チャンギ国際空港に降り立ったその日から、佐々木の日本語コミュニケーションの量は急減した。もちろん、システム課長の松本さんをはじめとする、鶴亀証券の日本人駐在員と話すこともよくあったが、佐々木が業務上接することが多かったのは、現地社員のシステム担当者たちだったからだ。

誰もいないオフィスにこっそり休日出勤した

「ササキサン、カエリマショウ」。親切にも、つたない日本語で話しかけてくれたのは、マレーシア出身のシステム担当者・ディンだった。時計はまだ17時を回ったばかり。佐々木は困った顔をした。仕事が全然終わっていなかったからだ。しかし、辺りを見回してみると、他には誰もいない。基本的に残業代が出ないこともあって、シンガポール人の残業嫌いは徹底しており、勤務時間が終わったら、皆さっさと会社を出て行く。佐々木は仕方なく仕事を終え、ディンと夕食を食べることにした。

佐々木は、中国系、マレー系、インド系、その他外国籍のさまざまな人種が入り乱れるマルチカルチャーにも戸惑っていた。彼・彼女らは、話をまとめることよりも、自分の意見をはっきりと伝えることを重視しており、思ったように仕事が進まない。苦労してやっと軌道に乗ってきても、皆が実にあっけらかんと会社を辞めていくこともざらにある。
また、佐々木が常駐する鶴亀証券も含めて、日系企業は経営の意思決定のスピードが遅い、現地社員がなかなかチャレンジさせてもらえないといったことを揶揄されることもしばしばで、その度に佐々木は肩身の狭い思いをした。

更に佐々木を悩ませたのは、「オフショア開発(海外の開発会社や海外子会社にシステム開発などをアウトソースすること)」だった。鶴亀証券の海外支店システムは、帝都システムが中国・大連にあるパートナー企業の協力を得て構築したもので、今回のシステムの改修でも、改めて大連側のプロジェクトリーダー・ホアンに発注する必要があったのだ。
佐々木はこれまでオフショア開発に関わったことがなかった。ひとまず、自分のいつものやり方でプログラムを依頼したが、完成度の低いものしか上がってこない。結局、赴任当初、佐々木は誰もいないオフィスに毎週こっそり休日出勤して、自らプログラムを直し続けていた。

私たちと仕事する気がありますか?

そんなときだった。ディンが帰り際、佐々木に声をかけた。2人で小さな会議室に入るやいなや、彼は強い口調のシングリッシュで語った。
「佐々木さんは、私に仕事を任せてくれませんね。それに、思ったことをはっきり伝えてくれない。佐々木さんは、一時的に日本から派遣されてきただけだから、私たちを信頼していないのではないですか? 私たちと一緒に仕事をする気がありますか?」

佐々木は、冷や水を浴びせられた気分だった。彼・彼女らの仕事の進め方にも、コミュニケーションスタイルにも、自分なりには必死に合わせようとしてきたつもりだ。思わず「それは違う」と言いかけたが、佐々木は思いとどまった。正直、強い自己主張やその裏にある成長意欲も、自分とは違う……と疎ましかった。説明に時間をかけるより、自分で手を動かした方が早いし、気が楽だった。ディンは、そんな自分の及び腰と諦めを見抜いたのだろう、と恥ずかしくなった。
「ディンさん、申し訳ない。いいチームになるために、どうかもう一度チャンスをくれませんか」。佐々木はディンに頭を下げた。

その日の帰り道、佐々木は大連のホアンのことも思い出していた。業務品質について膝を突き合わせて対話することなく、「どうせ、この程度だろうな」と、諦めている自分が確かにいた。

翌日、佐々木は、ディンやホアンをはじめとした、プロジェクト関係者たちと、仕事を更に高い品質にしていくために、どんな改善をすべきかを腹を割って話し合う場を持った。ともすると自分中心で、チームに対しては淡泊にすら思えた現地のプロジェクト関係者たちが、真剣に意見を出してくれた。国籍や立場に関係なく、ビジネスパーソン同士、プロとして向き合うことが重要だったのだ。

ダイバーシティは怖くない

シンガポールに赴任して半年が経つ頃には、佐々木は少しずつではあるが、着実に変貌を遂げていた。
まず何よりも、確実に効率よく仕事をするようになっていた。シンガポールの職場で働くなら、残業をせず、効率を高めて働くのがスタンダード。ムダな会議や業務を思い切って減らした。

鶴亀証券のメンバーとのコミュニケーションも、ひきつづき重視した。夜は積極的に飲み会に参加したし、シングリッシュも意欲的に学んだ。仕事上は、はっきりと要望を伝えるようになった。その方が互いの絆も深まり、コミュニケーションもスムーズになったし、困ったときはすぐに声をかけてもらえるようにもなった。

オフショア開発の方は、日本側のプロジェクトマネジャー・泉に対応策を詳しく教わった。「あ・うん」の常識を捨て、明確に指示することがポイントだという泉のアドバイスを参考にすると、ホアンのプログラムの完成度がみるみる高まっていった。ホアンに力がないのではなく、自分の伝え方に非があったのだ、と佐々木は反省した。

赴任から9カ月が経った翌年1月。佐々木は、日本から観光旅行で来た恋人とシンガポールを歩いていた。心配してくれる彼女に対し、「シンガポールはいい国だよ。仕事も大変だけど、充実してる」と話せるようになっている自分に驚いた。


この2年弱の経験があったから、佐々木は帰国後、ダイバーシティという言葉に悩むことはほとんどなかった。対等な立場でコミュニケーションを尽くしていけば、多様性の問題の多くは乗り越えられることを覚えたからだ。

連載第3回の経験は「多様な価値観の人と仕事をする経験」です。
ここでいう多様な価値観は必ずしも外国人との仕事の経験でなく、協力会社や他社、異業種の方と一つの課題にともに取り組むことも指します。
本連載の主人公である佐々木は、システムサポートのリーダーとして、シンガポールの現地法人にたった1人で出向します。ここで佐々木は、日本人とは異なる仕事の価値観、進め方に戸惑い、更に未経験のオフショア開発でのシステム改修を進めるために、中国との連携も求められました。当初佐々木は、孤軍奮闘しますが、半年経つ頃には現地での仕事を進めるためのコツをつかみ、また一皮向けて頼もしくなりました。

さて、このような海外赴任経験は、グローバル化が進展していくなかで決して珍しいものではなくなってきていますが、人材育成の観点でこの「多様な価値観の人と仕事をする経験」はなぜ重要なのでしょうか。前回同様、経験と学びに関する弊社の調査結果を見てみましょう。
最も関連性が深いのは、当然ですが「多様性を理解する力」です。
2番目、3番目は、「組織・チームを運営する力」「他者の協力を得る力」となっています。
これは一つの解釈となりますが、この代表例が海外赴任経験である場合、日本にいるときよりも1〜2段上の役割を担うことが多いため、中堅社員であれば、現地法人で管理職級の職務を担うことになり、チーム運営を経験することになります。また、多くの場合、リソースが潤沢にあるわけではないので、日本本社をはじめとした各部門の協力を仰がなければ仕事が進みません。これらのことから、「組織・チームを運営する力」「他者の協力を得る力」が鍛えられると考えることができます。

実際に調査でインタビューを行うと、
・「現地法人には社長と自分だけ日本人であとは現地採用のスタッフが3名だけで、与えられたミッションを全うするにはどうにもリソースが足らない」
・「とにかく他部門の協力を得られるかが生命線。そのためにはどんな工夫でもした」
といったコメントが多く寄せられました。

組織体制や階層別の役割が整備されている日本では、なかなか担うことのできない仕事が任され、やりきることが求められることで成長が促されることこそ、この経験の人材育成上の意味といえるでしょう。
しかし、現在グローバル化が進展するなかで、現地法人の体制も強化され、現地採用のプロパー社員のリーダー育成に取り組む企業が増えています。そのため、以前のように若手・中堅社員を派遣し、経験を積ませる機会が減ってきており、それに加えて赴任するタイミングが以前より遅くなっている傾向もみられます。
このような状況で経験をデザインしていくには、海外赴任以外の機会を検討することが重要になります。冒頭で、国籍の多様性以外にも多様な価値観は存在することを申し上げました。海外赴任は多様性の極地ですが、他社や協力会社、グループ会社などの間にも多くの違いはあります。そのような環境でミッションを遂行する経験を積ませることも一つの大切な成長経験となり、リーダー育成には有効だと考えます。

次回は、「権限が及ばない人を動かす経験」です。シンガポールにいる佐々木に大問題が降りかかります。

【イラスト:ノグチタロウ】


※「成長経験デザインコンサルティング」について詳しく知りたい方は、特設ページをご覧ください

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