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連載・コラム

国際経営研究の現場から 第12回

複数の文化を生きる「バイ/マルチカルチュラル」な人たち

  • 公開日:2017/03/06
  • 更新日:2025/04/15
複数の文化を生きる「バイ/マルチカルチュラル」な人たち
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国際経営研究の現場から 第3回(後編)
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国際経営研究の現場から 第2回
自分を何者と捉えるか?〜グローバル組織におけるアイデンティフィケーション〜
国際経営研究の現場から 第1回
なぜ、日本企業では“組織の国際化”が進まないのか
この人は何人か?
バイカルチュラル/マルチカルチュラル
「カルチュラル・スイッチング」という能力
バイ/マルチカルチュラルを生かすために

この人は何人か?

突然だが、以下の文章で表現されている人物を想像していただきたい。

「エマ・ニシモト ―金髪で、薄い緑の眼を持つ、リオデジャネイロを拠点とする石油企業のグローバルアライアンス担当ディレクター(中略)― は、日系ブラジル人の父と、デンマーク人の母から生まれ、幼少期をブラジルで過ごした。 両親と異なり、彼女は日本語もデンマーク語も話せないが、一方で、ポルトガル語と英語を流暢に操ることができる。ヨーロッパのトップクラスのビジネススクールでMBAを取得した彼女は、これまで、世界各国での交渉を成功裏に収めてきた実績を持つ(Brannen & Thomas,2010より引用。翻訳は筆者)」

さて、このエマ・ニシモト氏、何人だと捉えて接すると良いのだろうか?

頭をひねった読者の方が多いのではないだろうか。国籍はおそらくブラジルであり、ニシモトという名前からは日系人であることが分かるが、父が日系人である以外に、彼女の生い立ちと経験はほとんど日本とつながりがない。幼少期をブラジルで過ごしているものの、ヨーロッパでの経験も持つ。彼女は、明確にどこか1つの国に関連づけるのは難しい。

バイカルチュラル/マルチカルチュラル

このような人たちを、国際経営研究においてはBiculturals(バイカルチュラル) あるいはMulticulturals(マルチカルチュラル)と呼んでいる。一言で言えば、2つ、あるいはそれ以上の文化を経験してきた 人たち、という意味だ。その結果、 自分自身のことを2つ、あるいはそれ以上の文化に属する存在として捉えており、複数の文化における価値観、ものの考え方、信念を身につけている人たちだ(Brannen & Thomas, 2010)。

ちなみに、この議論では、「国」 という政治的な単位と「文化」という社会的な単位が曖昧に使われているのだが、その点についてはご容赦いただきたい。さまざまな考え方があり得るが、本稿では国際経営研究における一般的な用法を踏まえて、政治的な単位としての「国」が、同時に1つの文化圏を示している、というふうに扱っていく

グローバル化が進み、 国際的な人材の流動性が高まった結果、このようなバイ/マルチカルチュラルな人々は増加を続けている、といわれている。
考えてみれば、 筆者の周りにも、こうした人は数多く存在する。幼少期に複数の文化に触れた例としては、親がイギリスに赴任していたために現地の小学校で数年間を過ごした後に日本に帰国した友人夫妻の息子たちや、中国からカナダへの移民一世の子供として生まれ、中国系カナダ人として育った友人があてはまる。 また、大人になってから長い期間を複数の国で過ごした結果、複数の文化に属していると感じる、と語る友人もいる。例えばインド出身だが、社会人になってからのキャリアがほぼサウジアラビアやその他の中東諸国だった、と語る友人や、日本からイギリスに留学して、その後10年以上ロンドンで働いている友人などは、その例といえるだろう。

ここでポイントとなるのは、単に住んでいた、ということではバイ/マルチカルチュラルとはいわない、という点だ。あくまでも、自分のことを複数の文化に属していると感じていること、また、内面に複数の文化的な価値観やものの見方を取り込んでいることが特徴である。

「カルチュラル・スイッチング」という能力

こうした人々への注目が国際経営研究のなかでなされるようになってきたのは、比較的最近のことだ。伝統的に、国際経営研究においては、日本に拠点を持つアメリカ企業であれば、本社にはアメリカ人がいて、日本には日本人がいる、そして、本社からアメリカ人が日本に赴任したり、日本拠点から日本人がアメリカに逆赴任したりする、というふうに考えて、研究を行ってきた。
しかし、移民や留学、海外赴任が広まった今日においては、そうした枠組だけで物事を考えるのは現実的ではない。「日本で生まれ育ったアメリカ人」や、「アメリカに留学して現地の文化を経験した日本人」のことを、そうした国際経験のないアメリカ人、日本人とは区別して考える必要があるのではないか?という問題意識が、バイ/マルチカルチュラルに対する関心が高まった背景にある。

では、このような人たちにはどのような特徴があるのだろうか?

特徴的なのが、「カルチュラル・スイッチング」という能力だ。 自分のなかにある複数の文化の価値観やものの考え方を切り替えて(スイッチして)使うことができる、という意味だ(Hong, Morris, Chiu, & Benet-Martinez, 2000)。この能力があれば相手によって、あるいは状況によって対応を変えることができるため、国際的なビジネスの現場において有意に働く可能性があると考えられている。例えば、日本人と関わる場面では日本的に考え、振る舞い、アメリカ人と関わる場面ではアメリカ人のように考え、振る舞うことができる、というわけだ。

ただし、複数の文化を経験したからといって、必ずしもそのすべてとうまく折り合いがつけられる人たちばかりではない、ということも同時に分かっている。先ほどの例でいえば、日本人的であることと、アメリカ人的であることが、自分のなかでうまく統合・融合できている人と、それらを互いに相反する、両立し得ないものとして捉えている人が存在するのだ(Benet-Martinez, Leu, Lee, & Morris, 2002)。Cheng, Sanchez-Burks, & Lee(2008)らは、前者のタイプの人たちの方が、複数の文化の価値観やものの見方をうまく融合したクリエイティブな問題解決策を発想する力が強い、ということを明らかにしている。

バイ/マルチカルチュラルを生かすために

具体的に、こうした人たちが能力を発揮する場面についての研究としては、Liu, Gao, Lu, and Wei(2015)らの知識移転に関する研究が挙げられる。彼・彼女らは、イギリスにある製薬企業およびIT企業で、中国との取引がある企業をサンプルに、「イギリスで高等教育(大学院など)を受けた後、イギリスで働いている中国人従業員」の存在が、どのようにイギリス-中国間の知識の移転に寄与しているか、について調査を行った。結果、 これらの留学経験者は(1)より効果的に中国側のキーパーソンを見つけ、(2)彼・彼女らと関係性を築き、(3)中国側の立場や事情を考慮して知識の受け渡しを行う能力に長けている、ということが明らかになった。まさに、前回議論したようなBoundary spannerとしての役割を発揮している、というわけだ。この研究からは、イギリス側、中国側双方の、暗黙的な価値観やものの考え方を理解し、対応できる、ということが境界を超えたやり取りを促進することにつながる、ということが分かる。

このように考えると、バイ/マルチカルチュラル人材は多国籍企業にとって貴重な人的資源である、といえるだろう。ただし、そうした人材を実際に生かせているかというのは別問題である。この点について、大阪商業大学の古澤教授が、ブラジルの日系人コミュニティに注目した興味深い研究を行っている(Furusawa & Brewster, 2015)。

ブラジルの日系人は、日本の文化的なルーツを受け継ぎつつも、ブラジルで生まれ育ったという点で、Biculturalといえる。また、彼・彼女らのなかには日本への出稼ぎを通じて、日本での生活、勤務を経験した人も多い。この研究では、ブラジルに展開している日系多国籍企業および、日本への出稼ぎを経験した日系ブラジル人への調査から、以下の点を示している。
(1)日系企業は、日系ブラジル人を他のブラジル人と比べ、より勤勉、正直で、チーム志向があり、時間に正確な傾向があると評価している。また、(2)(一般的に親世代に比べて日本語能力が低い傾向がある)日系2世や3世などであっても、日本への出稼ぎを経験することで、日本語能力が大きく伸びると共に、日本への親しみが増すことを明らかにしている。ここから考えると、日本-ブラジル間のBiculturalである彼・彼女らは、日系企業から見ると価値のある人材のように見える。実際、(3)日系企業のブラジル拠点の多くで幹部ポジションを日本人が占めている、ということからは、日本語能力は貴重な資源だ、と考えられる。しかし一方で、(4)ごく少数の企業を除き、日本語能力を持つ人材に対する優遇措置(例えば給与面などで)は日系企業のブラジル拠点では取られておらず、なおかつ、(5)日系ブラジル人には、日系企業は「幹部ポジションを日本人が占めている=自分たちにはキャリア形成機会の少ない企業」というふうに見えており、魅力的な職場と映っていない、という現実も明らかになった。

過去数年で、海外から日本への留学生の採用や、 日本から海外に留学経験のある人材の採用への関心がかなり高まり、実際に採用数も増えていることを考えれば、バイ/マルチカルチュラルへの注目は、日本企業においてもすでに高まっていると考えられる。しかし、この研究から分かることは、彼・彼女らをどのようにして組織内で生かしていくのか、また、彼・彼女らから見た働く場としての魅力をどのように高めるのか、を考えていく必要がある、ということだ。日本人とそれ以外の人たちを分けて人事管理を行っている企業が多い(白木, 2006)ことを考えれば、特に日本人ではないバイ/マルチカルチュラル人材をどのように処遇していくのかということについて、真剣に考える必要があるように思われる。

参考文献

Benet-Martinez, V., Leu, J., Lee, F., & Morris, M. W. 2002. Negotiating biculturalism cultural frame switching in biculturals with oppositional versus compatible cultural identities. Journal of Cross-Cultural Psychology, 33(5): 492-516.
Brannen, M. Y. & Thomas, D. C. 2010. Bicultural individuals in organizations implications and opportunity. International Journal of Cross Cultural Management, 10(1): 5-16.
Cheng, C.-Y., Sanchez-Burks, J., & Lee, F. 2008. Connecting the dots within creative performance and identity integration. Psychological Science, 19(11): 1178-1184.
Furusawa, M. & Brewster, C. 2015. The bi-cultural option for global talent management: The Japanese/Brazilian Nikkeijin example. Journal of World Business, 50(1): 133-143.
Hong, Y.-y., Morris, M. W., Chiu, C.-y., & Benet-Martinez, V. 2000. Multicultural minds: A dynamic constructivist approach to culture and cognition. American psychologist, 55(7): 709.
Liu, X. H., Gao, L., Lu, J. Y., & Wei, Y. Q. 2015. The role of highly skilled migrants in the process of inter-firm knowledge transfer across borders. Journal of World Business, 50(1): 56-68.
白木三秀 2006. 国際人的資源管理の比較分析―「多国籍内部労働市場」の視点から. 東京:有斐閣.

PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

1998年リクルート入社。
コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。
英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。
現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

次回連載:『国際経営研究の現場から 第13回 国際経営における女性の活躍
~Women in International Business~』

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