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連載・コラム

国際経営研究の現場から 第9回

テロリズム、紛争と国際ビジネス 〜危険にどう対処するか〜

  • 公開日:2016/01/27
  • 更新日:2025/04/15
テロリズム、紛争と国際ビジネス ~危険にどう対処するか~

四半期サイクルで掲載させていただいている本連載も、早いもので2年目が終了し、3年目が始まった。2015年はいろいろなことがあったが、やはりパリにおけるテロは非常にショッキングな出来事だった。 筆者はロンドンに居住して いるので、テロの脅威を間近に感じた出来事であった。

2015年だけでも、その前年から続いていたウクライナでの紛争や、イラク、シリアにおける自称イスラム国の活動、イエメンにおける戦争、ナイジェリアにおけるボコ・ハラムの活動など、枚挙にいとまがない。タイのバンコクでも自爆テロがあった。

そこで、今回はこうしたテロや紛争が国際ビジネスや従業員に及ぼす影響について考えてみたい。日本は比較的安全な国だが、海外に事業を展開していくなかでは、海外で活動する従業員のなかにはリスクの高い環境で働く人も出てくるだろう。また、パリでの事件の教訓は、先進国だからといって安全だとは言えない、ということだ。

とはいえ、この分野はかなり研究が希薄な分野である。主要な国際ビジネス研究の学会誌を「テロリズム」「バイオレンス」などの単語で検索してみても、数えるほどしか検索結果は出てこない。危機対応や、事業継続計画(Business Continuity Planning)といった概念自体がビジネス界で議論されるようになったのも比較的最近だということを考えれば、自然なことかもしれないが。そうしたなかから、いくつか興味深い研究をご紹介したい。

本シリーズ記事一覧
国際経営研究の現場から 第15回
言葉の違いへの対処 ~ Language Barriers in International Business ~
国際経営研究の現場から 第14回
企業公用語としての英語 ~English as a corporate language ~
国際経営研究の現場から 第13回
国際経営における女性の活躍 ~Women in International Business~
国際経営研究の現場から 第12回
複数の文化を生きる「バイ/マルチカルチュラル」な人たち
国際経営研究の現場から 第11回
自ら海外に飛び出し、現地で就職する人々
国際経営研究の現場から 第10回
「境界を超える」個人とその効用
国際経営研究の現場から 第9回
テロリズム、紛争と国際ビジネス 〜危険にどう対処するか〜
国際経営研究の現場から 第8回
「遠くの親類より近くの他人」は正しいか?〜国際経営における距離〜
国際経営研究の現場から 第7回
人事施策を統合するのか、それとも現地化するのか
国際経営研究の現場から 第6回
文化・制度の違いとリーダーシップ
国際経営研究の現場から 第5回
制度の多様性〜「ゲームのルール」の国際的な違い〜
国際経営研究の現場から 第4回
海外赴任における適応
国際経営研究の現場から 第3回(前編)
AJBS(日本ビジネス研究学会) 2014 Conference 参加報告
国際経営研究の現場から 第3回(後編)
AIB(国際ビジネス学会) 2014 Conference 参加報告
国際経営研究の現場から 第2回
自分を何者と捉えるか?〜グローバル組織におけるアイデンティフィケーション〜
国際経営研究の現場から 第1回
なぜ、日本企業では“組織の国際化”が進まないのか
企業による対策
テロリズムや紛争がビジネスに与える影響
テロリズムや紛争と海外赴任者

企業による対策

この分野の早期の研究としては、Harvey (1993)によるアメリカに本社を置く多国籍企業のテロリスト対策についての調査がある。彼の調査に回答した企業のうち、テロリストに対する対応策が存在する、と回答したのは58%であった。これらの企業の対策の内容としては、テロリストの攻撃に備えるための物理的な設備や装備への投資が主なものだったということである。一方、幹部社員やその家族に対する教育についてはあまり投資が行われていないことを筆者は指摘している。企業によっては、誘拐のリスクを避けるための考慮点や、誘拐されそうになった際の対処法(例えば、発展途上国で車を運転している際にそうしたリスクにさらされた場合にどうするか)といった内容のトレーニングを行っているケースもある。しかし、そうした企業は少数派であった。このことをもとに、Harveyは、「ハード」と「ソフト」でいえば、ハード面の対応に注目が集まっていることに警鐘を鳴らしている。

ちなみに、現在の日本ではどうだろうか。厳密にテロリズムに焦点を当てた調査ではないが、一般社団法人 日本在外企業協会 (2013)が行った調査から、様子が見てとれる。調査対象企業の29%に海外安全対策の専門チームが存在し、52%に担当者が置かれている。また、29%が本社および海外拠点に海外安全対策マニュアルが整備されており、36%が本社で整備されている、と回答している。2009年から2年ごとに調査が行われており、両設問ともに年を追って対策を行っている企業の比率が増えていることが見てとれる。また、赴任者およびその家族に対する研修に関しても、「派遣者本人 」に安全対策に関する研修を行っている企業が44%、「派遣者本人および夫人」に行っている企業が35%ある(余談だが、 この選択肢からは、「赴任者は男性である」「女性の赴任者に男性伴侶が同行することはない」と調査設計者が想定していることが読み取れる。そのこと自体が興味深いが、ここではこれ以上触れるのは本題から外れるので避けることにする)。

調査の実施国はアメリカと日本で異なるが、1993年の調査当時から考えれば、グローバルにリスクが高まっていることを受けて、対策が広く行われるようになった、そして、海外赴任者本人および家族に対してもソフト面での対策が行われるようになっている、ということがここからは読み取れる。

テロリズムや紛争がビジネスに与える影響

さて、Harveyによる研究ののち、実はほとんどこの分野での研究は主要学会誌に発表されておらず、2010年代に入って、徐々に研究が増えつつある。これはまさに、リスクの高まりを反映したものだ、といえるだろう。

Czinkota, Knight, Liesch, and Steen (2010)は、テロリズムによってビジネスが受ける影響として、大きく、(1)需要の低下、(2)国際取引コストの増大、(3)国際サプライチェーンの分断、(4)政府による政策や規制の変更、(5)対外直接投資の減少、の5つがある、と指摘する。1つ目は、テロリズムのショックから、消費マインドが低下し、企業が支出に慎重になる、ということだ。9・11の直後にもそうした傾向が見られたようだし、現在、パリにおいても旅行客が減るなど、経済が冷え込んでいる、という報道がなされている。また、取引コストとしては、貿易にかかる保険料やセキュリティ対策、通関にかかる日数が増えることなど、が挙げられる。サプライチェーンの分断としては、自然災害の事例が日本では思い当たるが (例えば 2011年の東日本大震災や、同年のタイの洪水など)、大規模なテロが起きた地域にサプライヤーや物流経路が存在した場合には、サプライチェーンの下流にまで影響が及ぶことは想像に難くない。そして、政府によるさまざまな政策、規制の変更は、ビジネス環境を変化させる。 最後に、テロリズムのリスクがある地域に対しては、そもそもビジネスをそこで行おうという意欲が低下するし、また、直接投資をして現地に拠点を構えるよりも、現地パートナーに対して輸出をする形にすることで、リスクを抑制するといったことも考えられる。
ここまでの議論はテロリズムが起きたときにどうするか、という枠組みの議論だが、一方で、ビジネスの活動がテロリズムにどう影響するか、という文脈で考えることもできる。テロリズムは、 貧困や経済的な停滞、政府の統治が行き届いていない、といったことが遠因にあると時に指摘される 。こうした状況に対して、多国籍企業の活動を通じて、地元の経済が活性化し、その結果としてテロリズムの温床となりうる社会問題を解決していく、といったポジティブな流れが考えられる、とCzinkotaらは指摘している。 多国籍企業による投資の波及効果(spillover effect)として、 現地のインフラや制度が整備され、人的資本の開発が進むといった影響があることを踏まえると、興味深い議論である (多国籍企業による進出の現地への波及効果は必ずしもポジティブなものばかりではないが、ここでは詳しい議論は省略する)。

こうした、ビジネス側からの関与という点で興味深いのが、Oetzel and Getz (2012)による研究である。この論文では、正当性(legitimacy)という観点から、企業が、進出先国における暴力的紛争の解決に対して直接的、間接的に関与する理由、方法について検討している。多国籍企業が進出先でうまく活動していくためには、現地のステークホルダー(政府や取引先、顧客、従業員など)から「真っ当な企業だ」と認められることが不可欠である。もちろん、これは現地企業にも当てはまるのだが、多国籍企業は外国から来ているだけに、「よそ者」扱いされがちであり、そのため、より正当性の確保に気を使う必要があると見なされている。主体的に紛争解決に直接関与する(当事者同士の交渉を取り持つなど)、あるいは、その間接的に関わる(紛争の現地社会への影響を緩和する、あるいは紛争からの復興を支援していく)といったことによって、現地における正当性を確保することにつながる、という訳である。 山梨日立建機(現、日建)によるカンボジアでの地雷除去などは、まさに後者の事例だと考えられる。

もちろん、そうした関与にはリスクやコストが関わってくるため、それなりの理由がなければ企業としては動かないはずである。Oetzelらは、 現地ステークホルダー(従業員や現地政府、現地コミュニティなど)と、国際的ステークホルダー(国際機関や国際NGO、自国の政府など)からのプレッシャーがあることが、企業が紛争に直接、間接に関わる要因になっていることを明らかにしている。さらに、現地ステークホルダーからのプレッシャーがある場合は、直接介入することにつながりやすいのに対して、国際的ステークホルダーからのプレッシャーは、間接的な介入につながりやすい、ということである。

多国籍企業は、技術やノウハウ、資金など、時に現地政府やコミュニティに欠けている 資源をもっている 。特に、発展途上国においてはそうである。そうしたリソースを用いて現地にポジティブな影響を及ぼすことで、自分たちの正当性を確保し、ビジネスを行いやすい環境を作っていく、という活動を企業が行いうる、というのは非常に興味深い視点である。

テロリズムや紛争と海外赴任者

では、こうしたテロリズムや紛争の前線でリスクにさらされる赴任者については、何が分かっているのだろうか?

Bader (2015)は、テロリズムなどのリスクレベルが高い国で働く欧米系多国籍企業の海外赴任者に対する調査データを用いて分析を行い、「企業としてのテロ発生時の対応策をしっかりやってくれている」「周囲に頼れる人がいる」と赴任者が感じることが、赴任者の勤務姿勢にポジティブな影響があることを明らかにしている。給与への満足度などその他の要因を考慮しても、相対的に見れば、企業としての支援を実感できるかどうかが、かなり強い 影響をもつことが明らかになった

さらにBaderは、赴任者本人のテロリズムに対する感受性が、こうした関係に与える影響を分析している。そこからは、(1)テロリズムに対する感受性が高い人にとっては、給与の満足度は勤務姿勢にあまり影響がないこと、(2)逆に、そうした感受性が低い人にとっては、周囲に何人頼れる人がいるかの影響が限られること、を示している。リスクに敏感な人にとってみれば、給与をいくらもらっても埋め合わせにはならず、逆に、鈍感な人にとっては、周囲からの支援はあまり関係ない、ということだろう。

また、Bader and Schuster (2015)は、リスクの高い国における現地の人脈が赴任者の心理状態に与える影響について分析している。多くの(現地人も含む)多様な人々との人脈をもっている赴任者ほど、 心理的に健康な状態にあり、逆に、身近な人たちとだけ付き合っている赴任者ほど、心理的に不健康な状態になっていることが明らかになっている。現地の人々も含めて多様な人脈をもっていれば、現地のリスク状況について、ローカルの人々だからこそ知りうる情報も含めて把握し、適切に評価することが可能になる。例えば同じ国からの赴任者同士の狭いサークルのなかだけで付き合っていると、情報が限られ不安が高まりやすいだろう。

また、興味深いことに、現地におけるテロリズムの激しさ は、精神的健康状態に直接の影響はない。しかし、テロリズムの水準が高いほど、多様で多くの人との人脈をもっていることの心理的健康への効果が大きくなる、ということを、Baderたちは示している。すなわち、よりリスクの高い環境でこそ、現地の人々も含めた多様な関係性を構築することが重要になるということだ。

これらの研究は、リスク環境に従業員を送り出すにあたって、人事がどのようなことを考えるべきかを示唆してくれる。1つ目の研究から分かることは、組織的な対応をしっかりとること、それを本人にきちんとコミュニケートすることの重要性である。これについては、比較的分かりやすい対策が可能だろう。2つ目の研究からは、赴任者同士での付き合いを超えて、現地の人々と多様な人脈を作ることの重要性が示唆される。この部分について、人事が直接何かをすることは難しい。考えうることとしては、赴任前の教育などで、リスク対策の一環として、赴任者同士のネットワークに加えて、現地の人材を含めた情報収集のネットワークを作ることの重要性を伝えておく、といったことはできるかもしれない。

もちろん、テロリズムや紛争といったリスクへの対応は、人事だけでできるものではない。上述のとおり、そもそも、そうした土地でビジネスを継続するのかどうか、現地に拠点を置き、従業員を自ら抱える必要があるのかといった点から考えることが必要になる場面もあるだろう。一方で、リスクに現場でさらされるのは、赴任者にせよ現地の人材にせよ、現地で働く従業員である。そう考えれば、人事としてこうした問題に関わることは必要だろう。いずれにせよ、世界の現状を考えれば、問題が差し迫ってから考え始めるのではなく、いざ、ことが起きたらどうするのか、という点から考え、備えておく必要がある。パリの事例に見るように、どこにでもテロリズムの問題は起こりうる。また、発展途上国におけるビジネスを拡大するほどに、紛争にさらされるリスクも高まりやすい。御社では、どのような準備をされているだろうか。また、リスクが高い地域に派遣する従業員に対して、どのような支援と、コミュニケーションを行っているだろうか。

REFERENCES
Bader, B. 2015. The Power of Support in High-Risk Countries: Compensation and Social Support as Antecedents of Expatriate Work Attitudes. The International Journal of Human Resource Management, 26(13): 1712-1736.
Bader, B. & Schuster, T. 2015. Expatriate Social Networks in Terrorism-Endangered Countries: An Empirical Analysis in Afghanistan, India, Pakistan, and Saudi Arabia. Journal of International Management, 21(1): 63-77.
Czinkota, M. R., Knight, G., Liesch, P. W., & Steen, J. 2010. Terrorism and International Business: A Research Agenda. Journal of International Business Studies, 41(5): 826-843.
Harvey, M. G. 1993. A Survey of Corporate Programs for Managing Terrorist Threats. Journal of International Business Studies, 24(3): 465-478.
Oetzel, J. & Getz, K. 2012. Why and How Might Firms Respond Strategically to Violent Conflict? Journal of International Business Studies, 43(2): 166-186.
一般社団法人 日本在外企業協会. 2013. 「海外安全対策」に関するアンケート調査結果について.

PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

1998年リクルート入社。
コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。
英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。
現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

次回連載:『国際経営研究の現場から 第10回 「境界を超える」個人とその効用』

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