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国際経営研究の現場から 第8回

「遠くの親類より近くの他人」は正しいか?〜国際経営における距離〜

  • 公開日:2015/10/28
  • 更新日:2024/03/26
「遠くの親類より近くの他人」は正しいか?~国際経営における距離~

「遠くの親類より近くの他人」という諺がある。デジタル大辞泉によれば、意味は以下のとおりである。

【遠くの親類より近くの他人】
遠方にいる親類よりも近隣にいる他人の方が頼りになる。また、疎遠な親類よりも親密な他人のほうが助けになる。

血縁関係にある親類よりも、物理的な距離が近い他人の方が頼りになる、ということだから、この諺は「距離」の重要性を示唆したものといえるだろう。実際、ビジネスパーソンにとって、付き合いの深さで考えれば遠方に住んでいる親類よりも、日々職場で顔を合わせている同じ職場の先輩後輩、同僚や、住居の近隣のコミュニティで関わる人たちの方が、よほどお互いのことを知っていて、いざという時には助けになる、ということはあるのかもしれない。

では、ビジネスにおいては距離というのはどのような意味をもつのだろうか? 例えば、スペインと韓国は、市場の大きさ(GDP、通貨ベース)で考えればほぼ同じだが、韓国は日本のすぐ隣の国であり、スペインははるかユーラシア大陸の反対側である。距離が近い国の方が、ビジネス上頼りになる、つまり、よりビジネスの成果が得られやすいのだろうか? それとも、「フラット化する世界」(フリードマン、 2006)が主張するように、国際ビジネスにおいては、距離はもはや関係ないのだろうか?

国際的な経済活動における距離のインパクト
ビジネスの行いやすさに影響するさまざまな「距離」
人材マネジメントに関係の深い「距離」とは
「距離」は問題なのか?

国際的な経済活動における距離のインパクト

企業が国際進出する方法はさまざまである。製造業であれば、商品を輸出する、あるいは海外市場に投資を行って生産拠点を設け現地生産をする、といった方法が一般的な選択肢といえるだろう。また、ライセンス生産のように契約を結んだ上で第三者に生産、販売を委託する、といったやり方もあるだろう。サービス業に関しては、業態によってさまざまだろう。サービス輸出も最近は増えているが、現地で直接ユーザーにサービスを提供する場合は、直接投資をして、拠点を構えることが必要となる。これら、さまざまな国際進出の方法のなかでも、中心的な役割を果たしているのが「貿易(輸出入)」と「対外直接投資(Foreign direct investment, FDI)」である。ここでは、まずは貿易とFDIに距離がどのような影響を及ぼしているかに関する研究をご紹介したい。

ここで重要になるのが「重力モデル(Gravity model)」という理論モデルである。これは、ニュートン力学における「重力の計算式」を、貿易や投資といった経済活動に当てはめた、という非常にユニークな理論モデルである。まずニュートン力学における重力の計算式を確認しよう。地球と月を例にとると、両者の間にかかる重力の強さは、「地球の質量 × 月の質量」に比例し、「距離の二乗」に反比例する。簡単にいえば、両者が重いほど重力は強く、両者の間の距離が離れるほど重力は弱くなる、ということである。この考え方を「質量 → 国の経済規模」と置き換えることで、貿易やFDIに当てはめたのが、国際ビジネスにおける重力モデルである。つまり、重力モデルにおいては、「貿易・投資元の国」と「貿易・投資先の国」の経済規模が大きくなるほど、二国間の貿易・投資の規模は大きくなり、両者の物理的な距離が離れているほど、貿易・投資の規模は小さくなる、と想定する。

こうした重力モデルの活用は、1960年代から経済学者を中心にまず貿易の研究への適用が提唱され、データを用いた実証研究や、理論的な背景についての検討が行われてきた(詳しくはDeardorff, 1995を参照)。そして、1990年代の後半以降、このモデルがFDIの研究にも活用されるようになった(Bevan & Estrin, 2004; Buch, Kokta, & Piazolo, 2001; Meyer, Estrin, Bhaumik, & Peng, 2009)。筆者の知る限り、さまざまな実証研究において、総じてこのモデルは支持されており、距離が離れているほど、貿易も、投資も相対的に行われにくくなることが示唆されているのが現状である。

では、なぜ距離が離れるとビジネスがやりにくくなるのだろうか? まず、貿易に関して考えてみると、距離が離れるとコストが上がる、ということは明確である。特に、価値に対して重量が大きいもの(例えば、紙パルプなどを考えていただくと分かりやすい)は距離が離れることで、輸送コストが大きく膨らんでしまう。また、現在においてはあまり大きな問題ではないが、通信のコストや手間も、インターネット以前の時代であれば、大きかったと考えられる。さらにいえば、直接取引先を訪問しようにも、移動時間、費用共に大きくかかるため、そうそう頻繁に訪問するのも難しい。しかし、それでは現地の市場の情報も入りにくいし、輸出先の取引先に対する交渉もままならない。結果として、取引に伴うリスクは高まってしまう。このように、距離にまつわるコスト、リスクはさまざまに存在するのである。一方、投資の場合であれば、現地に拠点を置くため、物理的にものを送ったり、人が移動したりすることに関わるコストの問題は貿易と比べれば、相対的には軽減される。しかし、依然として本社と現地法人の間にコミュニケーションが必要なことには変わりない。戦略をすり合わせ、業務を調整し、成果を報告するなど、さまざまなレベルでコミュニケーションは必要である。時差が存在することがここでは大きな負担となる。直接、人が訪問する必要がある場面では、依然として物理的な距離が妨げとなってしまう。

重力モデルを用いた研究の多くは国をひと括りにした分析だが、Ghemawat (2007)はウォルマートのデータを用いて、同様の傾向を示している。彼の分析によれば、アメリカを中心に海外にも店舗を展開している世界最大の小売企業ウォルマートの利益率は、メキシコ、プエルトリコ、カナダ、イギリスが高く、ブラジルやドイツ、韓国、中国では低迷していることが示されている(残念ながらこの分析には日本は記載されていない)。メキシコ、カナダとはアメリカは国境を共有している隣国であり、プエルトリコはカリブ海と間近である。イギリスは、物理的な距離という点ではドイツと同じくらいアメリカからは離れており、例外といえるが、これまでの連載でもご紹介してきた制度や文化という点で考えれば、アメリカとかなり類似性が高い国である。そう考えると、この分析は、物理的な距離だけでなく、それ以外の「距離」も考慮に入れることが必要なことを示唆している。

ビジネスの行いやすさに影響するさまざまな「距離」

Ghemawat (2007)はさらに、「共通の言語が使われている」「共通の地域経済圏に属している」「旧宗主国‐植民地関係にある」「国境を接している」「共通の通貨を採用している」といった関係が、国際貿易にプラスの影響を与えることを示している。このことを言い換えれば、言語的距離、文化的距離、制度的距離、経済的距離、といったさまざまな「距離」の概念が考えられ、それらがどうやらビジネスの行いやすさに影響しているようだ、ということである。

共通の地域経済圏、ということで考えればEUやNAFTAが例に挙げられる。これらの国の間では、さまざまな規制が共通化されることで、ある国で売れる商品は、そのまま他の国で売ることができる、といった形で、貿易が促進されやすい。また、投資に関する規制も経済圏内では緩和されていることが多いため、投資もしやすいといったメリットが企業にある。EUについていえば、労働者の移動も自由でありビザなどの手間やコストも一切必要ない。このように、制度が共通化される(=制度的な距離が短くなる)ことが、ビジネスのコストやリスクを下げ、貿易と投資を促進する、という訳である。

日本では馴染みがあまりないが、旧宗主国‐植民地関係も同様に、制度面で類似性が高い、というメリットが往々にして見られる。例えば、旧英連邦を起源にもつコモンウェルスの国々は英国型のコモン・ローを採用しているケースが多いなど、法律面での共通性が高い。また、旧植民地の国民には、往々にして、旧宗主国の言語を話す人が多い。南米におけるスペイン語、ポルトガル語の国語化はまさにこの例といえるだろう。

こう考えると、国際ビジネスに関しては、必ずしも「遠くの親類より近くの他人」とはいえないようである。仮に物理的に距離が遠くても、ウォルマートがイギリスで効果的にビジネスを展開できているように、旧宗主国‐植民地関係にあり、英語が共通の言語として存在する、さらにいえば文化的にも自由と平等の概念はイギリスに遡る、といった形で密接な歴史的なつながりがある国の間では、ビジネスが促進されやすいのである。

人材マネジメントに関係の深い「距離」とは

では、距離は国際的に人材マネジメントを行っていく上ではどのように関わってくるだろうか? この分野で代表的に用いられている距離の概念としては、「文化的距離」と「制度的距離」が挙げられる。例えば、Gong (2003)は、文化的距離を「赴任者を送るか、現地人材を登用するか」というテーマに当てはめて分析を行っている。彼は以前の連載でもご紹介したHofstede (1984)の研究をもとに、二国間の文化にどれくらい差があるかを定量的に計算し(この計算手法についてはKogut & Singh, 1988も参照されたい)、文化的距離が離れているほど「本国から赴任者を送る」選択が行われる傾向が、拠点トップ、幹部社員、従業員全体のすべてのレベルで見られることを、日本企業のデータをもとに明らかにしている。制度的な距離という点では、Gaur, Delios, and Singh (2007)が同様の研究を行っている。彼らは、国の諸制度(法律や規制など)の整備度合いに関する国際的なデータベースをもとに、制度の整備度合いにどれくらい差があるかを定量化し、文化的距離と合わせて分析を行った。この分析から、文化的距離よりもむしろ、制度的な距離が重要である、と彼らは主張している。

文化的にせよ、制度的にせよ、距離が離れる、つまり、違いが大きいほど赴任者を送る傾向が見られるのはなぜだろうか? これを理解するためには、赴任者の「現地法人のコントロール」という面に着目することが重要である。赴任者は、本社の価値観や戦略、ビジネス手法を理解、体現した上で、本社を代表して現地のビジネス運営に携わる。赴任者を送っておけば、本社は直接、細かな指示を出す必要が(あまり)ない。一方で、赴任者を送る代わりとなるコントロールの手法としては、ルールやスタンダードがある。標準的な手続きや考え方、指標を明確に定めておき、それに沿って現地の人に経営してもらう、という考え方だ(これに加え、第三のアプローチとして理念や価値観を共有して、具体的なルールやスタンダードの代わりにする、という手法もあるが、ここでは省略する)。ルール・スタンダードによるコントロールは効率的に見えるが、その実、文化や制度が異なると、本社で考えたものが現地で上手くフィットせず、空回りするということが起こりうる。本社では、文化や制度が異なる現地で起こりうる事態を想定しきれないからだ。こうした場合には、コントロールのために、現地である程度判断し柔軟に対応できる赴任者を送る、というのがより魅力的な選択肢になると考えられる。

ただし、これらの研究に関しては、距離の計算の方法など、さまざまな批判がある点も指摘しておきたい。特に、A国からB国への進出の場合と、B国からA国への進出を、距離という点で同じように扱っていいのか? という指摘は非常に重要である(Shenkar, 2001)。実際に、さまざまな国の人々に「この国に心理的にどれくらい親近感があるか」というデータをとってみると、A国→B国と、B国→A国の間でかなり値に違いがある例は多く見られる(Hakanson & Ambos, 2010)。例えば、韓国の人から見るとアメリカは身近な国に見えているが、アメリカ人からはそうは見えていない、といった形である。このような「距離の非対称性」については、これからさらなる研究が必要な分野といえるだろう。

もう1つの、人事に関わる研究としては本連載の第4回で議論した「現地への適応」という分野がある。先の連載のなかでも述べたが、総じて研究者は「文化的距離が近い」ほど適応がしやすく、「遠い」ほど適応が困難になる、という立場をとっている。しかし、文化的に似ている方がむしろ微妙な差異を見逃しがちである、という立場もあり、決定的な結論はこの分野については出ていない。

「距離」は問題なのか?

最後に、これまでの議論とは全く逆の観点の議論をご紹介しておきたい。これまでの議論では、総じて、物理的な距離にせよ、文化や制度の距離にせよ、「近い=障害が少ない」「遠い=障害が多い」という見方をご紹介してきた。実際、学会においてもこの見方が支配的であった(Stahl & Tung, 2015)。しかしながら、「近い=新たな発見がない」「遠い=違うからこそ、新たな組み合わせの機会がある」といった、むしろ距離を価値の源泉として捉える研究も行う必要性がある、という指摘がさまざまな分野で行われつつある。例えば、Stahl, Makela, Zander, and Maznevski (2010)は、チームにおける文化的多様性がもたらしうるポジティブな面に着目し、どのような研究の可能性があるかを議論している。

冒頭で述べたとおり、日本においては、「遠くの親類よりも近くの他人」に代表されるように距離が近いことが重視されやすい。このことは必ずしも諺だけに限った話ではなく、企業活動においても、本連載の第1回で議論したとおり、自社内の「あうん」の呼吸でコミュニケーションが通じることを重視し、身内びいきをする傾向が文化的に起こりやすいのもまた事実である。最近、筆者はWorld Values Surveyという世界の多くの国を横断して行われている調査のデータをもとに、各国で「身近な人たち」と「あまり知らない人たち」に対する信頼感の差を分析したのだが、日本人は中国人などと並び、世界的に見てもかなり「身近な人たち」偏重で、「あまり知らない人たち」を信頼しない国民だ、という結果であった(ちなみに、アメリカやスウェーデンは逆に、相対的に身近な人たちとあまり知らない人たちへの見方の差が小さかった)。

こうした日本の特徴を考えると、「離れている」ことをネガティブに捉えがちなのは自然なことだと思われる。しかし、敢えて、「本当に離れている(=違っている)ことは問題なのか? ポジティブに見るべき点はないのか?」ということもまた、同時に考えていく必要があるのではないだろうか。

REFERENCES
Bevan, A. A., & Estrin, S. 2004. The determinants of foreign direct investment into European transition economies. Journal of Comparative Economics, 32(4): 775-787. doi:10.1016/j.jce.2004.08.006
Buch, C. M., Kokta, R. M., & Piazolo, D. 2001. Does the East get what would otherwise flow to the South? FDI diversion in Europe.
Deardorff, A. V. 1995. Determinants of bilateral trade: does gravity work in a neoclassical world? Nov, 7:7-28.
Gaur, A. S., Delios, A., & Singh, K. 2007. Institutional environments, staffing strategies, and subsidiary performance. Journal of Management, 33(4): 611-636. doi:10.1177/0149206307302551
Ghemawat, P. 2007. Redefining global strategy: Crossing borders in a world where differences still matter. Boston, MA: Harvard Business Press.
Gong, Y. P. 2003. Subsidiary staffing in multinational enterprises: Agency, resources, and performance. Academy of Management Journal, 46(6): 728-739. Retrieved from ://WOS:000188085000005
Hakanson, L., & Ambos, B. 2010. The antecedents of psychic distance. Journal of International Management, 16(3): 195-210. doi:10.1016/j.intman.2010.06.001
Hofstede, G. 1984. Culture's consequences: International differences in work-related values: Sage.
Kogut, B., & Singh, H. 1988. The effect of national culture on the choice of entry mode. Journal of International Management, 19(3): 4110432.
Meyer, K. E., Estrin, S., Bhaumik, S. K., & Peng, M. W. 2009. Institutions, resources, and entry strategies in emerging economies. Strategic Management Journal, 30(1), 61-80. doi:10.1002/smj.720
Shenkar, O. 2001. Cultural Distance Revisited: Towards a More Rigorous Conceptualization and Measurement of Cultural Differences. Journal of International Business Studies, 32(3): 519-535. Retrieved from http://search.ebscohost.com/login.aspx?direct=true&db=bth&AN=5322010&site=ehost-live Stahl, G. K., Makela, K., Zander, L., & Maznevski, M. L. 2010. A look at the bright side of multicultural team diversity. Scandinavian Journal of Management, 26(4): 439-447.
Stahl, G. K., & Tung, R. L. 2015. Towards a more balanced treatment of culture in international business studies: The need for positive cross-cultural scholarship. J Int Bus Stud, 46(4): 391-414. doi:10.1057/jibs.2014.68
デジタル大辞泉. 小学館.
フリードマン, T. 2006. フラット化する世界. 日本経済新聞社.

PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

1998年リクルート入社。
コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。
英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。
現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

次回連載:『国際経営研究の現場から 第9回 テロリズム、紛争と国際ビジネス ~危険にどう対処するか~』

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