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国際経営研究の現場から 第3回(後編)

AIB(国際ビジネス学会) 2014 Conference 参加報告

  • 公開日:2014/07/23
  • 更新日:2024/03/25
AIB(国際ビジネス学会) 2014 Conference 参加報告

後編では、AIB (Academy of International Business/国際ビジネス学会)のレポートをお届けする。本学会は、International Business(国際経営)に関する研究を行う学者が集まる学会であり、年に一度、6月下旬に年次大会を開催している。1000人を超える研究者が一堂に会する、かなり大規模なものだ。国際経営とひとことで言ってもその研究分野は競争戦略、国際投資、イノベーション、人事・組織、文化論、制度論等、多岐にわたる。本稿では、筆者が出席した、主に人事・組織、文化論、制度論に関わるプレゼンテーションのなかから、興味深いものをご紹介したい。

※前編「AJBS(Association of Japanese Business Studies/日本ビジネス研究学会) 2014 Conference 学会レポート」はこちら

国際経営における言語
新興国出身の多国籍企業の台頭
「世界共通化」vs.「現地適応」
最後に

国際経営における言語

AJBS(日本ビジネス研究学会)と並んで、AIB(国際ビジネス学会)においても、言語に関するさまざまな研究が発表されると共に、言語に関する研究を行う研究者を集めてのパネルディスカッションも開催された。まず、パネルディスカッションで議論されたポイントをいくつかご紹介したい。

多国籍企業の母国と進出先国で使われる言語は、多くの場合異なる。そのため、組織内では、複数の言語が使われることになる。そして、多国籍企業で働いているからといって従業員が(一般的に社内標準言語になりやすい)英語に堪能な訳ではない。そのため、従業員間に「言語の壁」が生じることとなる。こうした言語の壁は、組織内の様々な現象に影響するようだ。

国際経営における言語

まず指摘されたのが、企業で標準とされる言語に堪能でない人材は、堪能な人と比べて「頼りになる」「能力がある」と評価されにくい、という点である。その結果、同僚から信頼されにくくなり、組織内で能力の発揮が阻害される。加えて、そうした信頼の欠如は、チームワークも阻害してしまう。「言語の壁」が協同の壁にもなる、ということである。

このことは、私たちが海外現地法人の現地従業員や、本社で採用した海外出身の従業員に対する評価について、改めて考える必要があることを示唆している。さまざまな企業で、外国人従業員の能力についての問題意識を伺うことがある。しかし、そうした認識には、言語の壁が影響しているかもしれない。現地の人材同士で、現地の言語で仕事をしていれば力を発揮できる人材なのに、日本語、あるいは英語でのコミュニケーションでしか接していない日本人からすると、信頼に足る人材に見えない、ということが起きてはいないだろうか?

また、次に、「特定の言語を流暢に話せるかどうか」ということと、「特定の言語を使うことに自信があるかどうか」ということは異なっており、組織での行動や人間関係構築にはどちらかというと後者が強く関わっているのではないか、といった議論が行われた。ある程度は英語を話せるのに、自分の英語力に自信がもてないために、積極的にミーティングや電話会議で会議に参加できない、といった事象に関わる話である。そうした態度をとると、本来よりも能力が低く、頼りなく見えてしまいそうである。これは、確かに日本人の英語力に関して、非常に納得感のある話である。日本人の多くは、英語をある程度読み書きできるし、聞くこともできる。しかし、話すとなると、きちんと間違わずに話したい、と思うばかりに言葉が出てこない人が多いようだ。実力以上に自信がコミュニケーションを妨げている、ということかもしれない。

最後に、この点に関連する話として、Tuebingen大学のTenzer氏およびPudelko氏から発表されたのが、語学力と、拠点間でのコミュニケーションで使われるメディアの関連性についての研究である。地理的に離れた拠点間でのコミュニケーションの手段としては、eメールやテキストチャット、電話、(多数が同時に参加できる)電話会議、テレビ会議等、さまざまなメディアが用いられる。

こうしたメディアの選択に関する従来の研究では、文字よりも音声、音声よりも画像の方がより豊富な情報を伝えることができる、また、eメールのような単発的にどちらかが情報を発信するようなメディアよりも、テレビ会議やチャットのように同時に双方向で情報発信ができるメディアの方が、より曖昧な事象を扱うのに向いている、といった指摘がなされてきた。

しかし、彼らの研究からは、コミュニケーションの参加者の一方が、そこで使われる言語を流暢に使いこなせない場合には、全く違う現象が起きる、ということが明らかになった。例えば、英語がそれほど得意ではない人が、英語のテレビ会議に参加すると、何が起きるだろうか? 1人の発言を理解しようとしている間に、次の人が話し始めてしまう。そして、そこで展開する話についていくだけで脳の処理能力の多くを使い果たしてしまうのだ。結果として、効果的に自分の考えを述べたり、会話に参加したりすることができなくなってしまう。

彼らが発見したのは、言語が流暢ではない人ほど、むしろ情報量が限られ、一つひとつのメッセージを落ち着いて処理できる、eメールのような手段を選ぶ傾向がある、ということである。その方が、相手のメッセージを自分が正しく理解できているか確認する余裕もあるし、自分の意見を落ち着いて考えることができるのだ。逆説的になるが、情報量が豊富で、同時双方向的なメディアを使えば使うほど、語学力がない人にとっては効果的なコミュニケーションが難しくなる、という風に考えられる。

彼らはこのことから、必ずしも皆が企業としての標準言語に堪能ではない場合は、できるだけ多様なコミュニケーションメディアを提供し、状況に応じて従業員が選択できるようにすることが、おそらくコミュニケーションの質を高める上で有効だろう、と述べていた。また、eメールと電話会議の折衷的な特徴をもつテキストチャット(参加者が互いに文字で会話する)は、同時双方向のコミュニケーションが可能な一方、音声に比べ、文字という形で情報が残り、内容を確認しながらコミュニケーションがとれるため、語学に堪能ではないメンバーがいる場合には、有効かもしれない、と指摘していた。

技術の進展に伴い、さまざまなコミュニケーション手段が企業に導入されている。日本人従業員が必ずしも英語に堪能ではない、ということを踏まえると、このような多様なコミュニケーション手段を使いこなせるよう、従業員を支援していくこともまた、国際的な組織パフォーマンスを高めていく上で、人事の重要な役割になるかもしれない。

新興国出身の多国籍企業の台頭

Fortune Global 500というランキングをご存じだろうか? 世界中の企業の売上に注目し、売上の大きな企業500社をランキングしたものだ。このリストは、長らくアメリカ企業と日本企業が多くを占めてきたが、昨今は中国企業の数が大きく増えてきており、近年では、中国企業の数は、日本企業を上回るに至っている。一方で、アメリカやヨーロッパ出身の企業が占める比率は低下傾向にある。

1つのセッションでは、この変化に着目し、Fortune Global 500に代表される世界的な大企業の中心を占めるのは、おそらく新興国出身の企業になるだろう、ということと、では、彼らの強みはどこにあるのか? という議論が行われた。

議論のスタートでは、そもそもアメリカ企業がFortune Global 500の多くを占めてきた理由は何なのか、という振り返りが行われたが、そこでは研究者の多くが「巨大な人口」とそれに伴う「大きなGDP」、そして、「イノベーション」を起こし続けてきたこと、という3点が間違いなく主要な原因であろう、と述べている。

大きな母国市場があることは、規模・範囲の生産性に直結するため、コスト優位性につながりやすい。そして、イノベーションが活発に行われる環境があることは、技術やノウハウといった点での独自性を生み、価値優位につながる。結果として、この両者を兼ね備えた国からの出身企業は世界的な競争においても優位に立ちやすくなる、というロジックである。

日本においても同様のロジックが当てはまるだろう。日本は、国土は狭いとはいえ、大きな国内市場を有しており、そのなかでのカイゼンを中心とした継続的なイノベーションが行われたことで、国際的に強い競争力をもつに至ったと考えられるからだ。

ただし、ここで注意が必要なのは、Fortune Global 500にランクインしているからといって、グローバルに活動している企業だとは限らないという点である。Rugman氏とVerbeke氏による2004年の研究によれば、Fortune Global 500の企業の売上の約50%が母国からのものであり、そこに周辺地域(例えばアメリカ出身の企業であればNAFTAに加盟しているカナダやメキシコ)を加えると、実に70%になってしまう、ということが指摘されている。つまり、世界の巨大企業の殆どは、母国および周辺地域を主要な売上源とする「リージョナル企業」である、ということなのだ。このことは、意外と見落とされがちな事実ではないだろうか? それだけ、母国の市場の大きさには意味がある、ということでもある。

さて、話を新興国企業に戻そう。皆さんもご存じのとおり、新興国としてよく名前が挙がる国である中国やインド、さらにはインドネシア等は、人口がかなり多く、相対的に若い層が多くて人口ボーナスが続くことが見込まれ(中国は高齢化に突入する点でかなり例外的だが)、そして、経済的にも成長を続けていることから大きな国内市場という点で、優位にあることは間違いない。また、新興国特有のコスト優位性(人件費が安い等)も議論の余地がない。他にはどのような強みがあるのだろうか?

参加者からは、新興国発の多国籍企業の強みとして、「スピード」と「フレキシビリティ」を指摘する声がいくつか聞かれた。彼らは市場の状況の変化を見てフレキシブルに事業ポートフォリオを組み替えている。また、不確実性の高い環境下で、スピーディな意思決定を行うことにも長けているように見える。ただし、そうした能力がどこから来ているのかは「まだ明らかになっていない」というのもまた、多くの研究者が同意するところであった。

欧米発の多国籍企業と異なり、新興国発の多国籍企業には、企業グループ(資本関係でつながったさまざまな産業の企業からなるグループ。日本の系列や、韓国のチェボルもこれに分類される。インドのタタグループ等は典型例)や、家族経営の企業が多いことは、もしかしたら、こうしたスピードやフレキシビリティに関係があるのかもしれない。しかし、そこに対する研究はこれからである。少なからず、これまでの欧米企業、日本企業を対象にした研究から作られた経営理論では説明がつかないようなことが起きているようだが、これらの事象の解明は、今後の研究を待つしかないようだ。

では、この議論の日本企業への示唆は何だろうか? 何といっても、日本の市場が縮むことは自動的に日本企業の不利につながる、ということだろう。それだけでも、規模の生産性が損なわれる。その一方で、地域市場という点で考えれば、日本の近隣には、今後の人口増加と経済成長が見込まれる新興国が多く存在する。多くの日本企業がアジア圏での市場拡大と組織能力の向上に取り組んでいるが、マクロ的な視点から見れば、殆ど他に選択肢がないように思える。

また、欧米企業だけではなく、新興国企業との競争にもさらされており、彼らのスピードとフレキシビリティに立ち向かう必要がある、というのも大きな競争上のポイントだといえそうだ。日本国内だけでなく、現地法人も含めて意思決定や活動のスピードを速めていくことの競争上の重要性が、今まで以上に高まっていくことが想像される。こうしたチャレンジを、人と組織の面でどう支えていくかというのが、私たち、人事組織に関わる者の貢献のしどころであろう。

「世界共通化」vs.「現地適応」

最後に、国際人事施策に関する研究をいくつかご紹介したい。国際人事に関する研究の焦点の1つは、「世界標準化」vs.「地域への適応」という議論である。理屈から考えると世界で共通化すること、地域に適応すること、どちらにもメリットとデメリットがある。では、実際に企業はどうしているのか? そして、その結果はどのように表れているのか? ということが研究のポイントとなる。

まず、1つ目の研究は、University of NewcastleのZhu氏による、中国企業の進出先での労使関係管理に関する研究である。海外拠点における労使問題は、対応次第では労働争議に発展したり、賃金の高騰につながったりと、経営上のインパクトが大きなテーマである。本研究は、特に、現地法人の従業員から組合を形成する動きが出たときの対応に注目したものであった。

対応のパターンは大きく2つに分けられ、「中国本土での労使対応の経験をそのまま現地法人に適用しようとする」という対応と、「現地の一般的な労使関係のあり方に注目し、現地に適応しようとする」という対応がある。ここまでは、上記の「世界標準化」vs.「地域への適応」というロジックどおりであり、あまり新しいことはない。本研究で興味深かったのは中国発の多国籍企業の内外で「学習」が行われていた、という発見である。

彼女の研究によれば、ある拠点での対応方法を検討する際に、その多国籍企業内での他の国での直近の経験を基に、対応がとられるといったことが起きていることが明らかになった。具体的にいえば、「最近、労組結成の動きがあったA国の拠点では、結成に反対する動きをとり、上手くいった。それを踏まえ、B国でも、それと同じ対応をとる」といったような対応である。これは、多国籍企業内、地域間学習といえるだろう。

もう一つの学習のパターンは、同じ地域に進出している他の中国系多国籍企業の経験を見習う、という方法である。「最近、労組形成の動きがあった、近隣のC社では労組に協力的な姿勢をとり、それが上手くいったらしい。我が社でもそうしよう」というような対応方法だ。これは、企業間、地域内学習といえるだろう。

特に興味深いのは前者のパターンで、中国企業の場合は、人事に限らず、海外拠点で経験をもつ人材を国際的にローテーションすることが一般的に行われており、こうした異動が上記の国を越えた学習を促進している、ということであった。具体的にいえば、A国の人材がB国に配置転換されていた、ということである。

この研究は、人事領域において単純に「本国」と「現地」という二項対立だけでなく、時間軸での学習が行われていることを明らかにした点で、非常に興味深い研究であった。ちなみに、結果としてどのような対応を行った拠点が良い展開につながったか、という点では、本国の慣行を持ち込むよりも、現地に合わせる方が上手くいったケースが多かったようである。しかし、あくまでも傾向であるため、やはり学習を通じて知見を貯め、企業としての対応の熟達度をあげていくことが重要なように思われる。

もう1つの研究は、King’s College LondonのEdwards氏らによる、ヨーロッパ圏の企業間の制度面での共通化の度合いについての研究であった。本研究はさまざまな国で共通の枠組みで同時に調査を行い、国間比較を行う、かなり大規模な研究である。

結果からいうと、「同じ企業内で、ヨーロッパ内の異なる国の拠点間で人事施策を比較すると、一部に共通の要素は見られるものの、依然としてかなりの違いが見られる」ということであった。つまり、上記の二項対立における「現地適応」の方が強く見られるというのが結論である。加えて、アメリカ系の多国籍企業とそれ以外の多国籍企業を比較すると、アメリカ企業では明らかに共通化が進んでおり、各国の適応については、あくまでも最低限、法制度上、求められる範囲にとどめていた、ということであった。この点は、アメリカ企業に対する一般的に語られるイメージと合致する結果といえそうだ。

また、本研究ではマネジャー層向けの人事施策と、一般従業員(のなかで最も人数の多い職種の人々)向けの人事施策をそれぞれ調査しており、両者の間で傾向の違いが見られたということだった。ただし、通年的に考えれば、マネジャー層の方が、より共通化が進んでいるのでは? と思うが、必ずしもそうではなかった、ということである。時間の制約からあまり詳しい共有はなかったが、出身国によってはマネジャー向けと一般従業員向けの制度が殆ど共通である一方、他国出身の多国籍企業では総じて両者に違いがある等、国による違いがかなりあった、とのことであった。

今後の研究としては、こうした違いが拠点の業績や人材のリテンションといった結果指標にどういう影響が出てくるのか、といったところが興味深いポイントである。まず、本研究からいえることは、共通化はあくまでもアメリカ系の多国籍企業中心の傾向であり、世界的に一般的な事象ではない、ということであろう。筆者が知る限り、国際経営研究のなかでは、共通化が業績に貢献することを明確に示した研究成果は得られていない。今後の研究の発展が興味深い。

最後に

国際経営における言語、新興国出身の多国籍企業の台頭、世界共通化vs.地域適応、という3つのテーマで共有をさせていただいた。3つ目のテーマを除いては、比較的、国際経営研究のなかでも新しいトピックである。世界の経済情勢が変化し続けていることを受けて、国際経営研究にも次々に新しいトピックや分析の視点が登場し続けている。そういう意味で、国際経営研究は非常に変化にとんだ研究ジャンルである。今後も、そうした新しい研究に注目しつつ、日本で人事に携わる皆さんに役立つ知見をお届けしていきたい。

PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

1998年リクルート入社。
コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。
英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。
現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

次回連載:『国際経営研究の現場から 第4回 海外赴任における適応』

バックナンバー

国際経営研究の現場から 第3回(前編)
AJBS(日本ビジネス研究学会) 2014 Conference 参加報告

国際経営研究の現場から 第2回
自分を何者と捉えるか?~グローバル組織におけるアイデンティフィケーション~

国際経営研究の現場から 第1回
なぜ、日本企業では“組織の国際化”が進まないのか

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