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タグライン/世界を変える、「人間関係」の科学へ。連載 第5回

コミュニケーションの格差を生み出すテレワーク下の「物理的距離」と「心理的距離」

  • 公開日:2021/03/22
  • 更新日:2024/04/06
コミュニケーションの格差を生み出すテレワーク下の「物理的距離」と「心理的距離」

時代の急速な変化にともない、働く個人と組織の関係が大きく変わり、注目されています。当社は2019年7月、タグライン〈世界を変える、「人間関係」の科学へ。〉を策定しました。“空気”だとか、“縁”だといわれ、捉えどころのないものだと思われてきた「人間関係」を、人々が生み出す場のエネルギーや相乗効果まで含めた豊かな概念として捉えています。 本連載では、「人間関係」の側面から、多様な人との協働や、マネジメントのやりがいなどに光を当て、働く個人の一人ひとりをあるがままに生かすことを大事にしながらも、共通の目的に向かって社会に価値を発揮するために、組織に所属することの大切さにも触れていきます。 第5回目の連載は、多対多の関係性について触れます。リモートでつながるのが上手な人とそうではない人の格差が広がる組織をどう運営していくかについて語ります。

目次
テレワークで生じる物理的距離と心理的距離
量の課題:物理的な距離がコミュニケーションの範囲を狭める
質の課題:関係構築の難しさがコミュニケーションの密度を下げる
量の課題への対応:ちょっとした相談ができるコミュニケーションの場をデザインする
質の課題への対応:オンラインでも円滑にコミュニケーションできる工夫をする
2つの距離を克服するには組織としての取り組みが鍵となる

テレワークで生じる物理的距離と心理的距離

新型コロナウイルス感染症の流行は、我々の働き方に大きな影響を与えた。テレワークが急速に浸透し、コミュニケーション手段は対面からリモートへと大きく転換した。当初、慣れない在宅勤務を余儀なくされ、悪戦苦闘していたビジネスパーソンも、少しずつビデオ会議などのツールを使いこなすようになった。年代・性別にかかわらず、テレワークの継続を希望する割合が多いという調査※1もある(図表1)。物理的な移動がなくなることで、子育て、介護もしくは自己啓発などプライベートでの選択肢拡大が期待できる。

<図表1>テレワーク継続の希望(年代・性別)

【設問】テレワークの継続を希望するか(単一回答形式)

他方、遠隔でのコミュニケーションが「物理的距離」のみならず、「心理的距離」を生んでいる。「ソーシャルディスタンス」は心理学的には、背景の異なる他者をどの程度受け入れているかといった「心理的距離」を意味し※2、感染症対策で物理的距離を取る「ソーシャルディスタンシング」と区別して使われる。

当社の「テレワーク緊急実態調査」※3によれば、さびしさや疎外感を感じる人、または仕事のプロセスや成果が適正に評価されないのではという不安を抱える人が3割前後いる(図表2)。また、月刊総務の調査によれば、新型コロナウイルスの感染拡大以降、従業員のメンタル不調の要因で最も多いのは「テレワークによるコミュニケーション不足・孤独感」(60.0%)※4となっている。

政府が「新しい生活様式」※5でテレワークやオンライン会議を推奨しているように、ニューノーマルを迎える上で、この心理的距離の克服は不可避である。筆者がコンサルタントとして多くの企業組織の支援や取材をしたなかで直面した、コミュニケーションの量・質それぞれの課題について事例を交えて解説したい。


<図表2>テレワーク緊急実態調査「テレワーク環境における心理的変化」(2020)

<図表2>テレワーク緊急実態調査「テレワーク環境における心理的変化」(2020)

量の課題:物理的な距離がコミュニケーションの範囲を狭める

「テレワークになり、周囲で仕事をしているメンバーとランチをしたり、廊下やトイレで偶然会ったついでに相談したりする機会が減っている」(IT業界)という声があるように、物理的距離が発生することで、所属組織やプロジェクトの協働メンバー以外との偶発的なコミュニケーション機会が失われる。このような環境下では、個々人が、オフィシャルな協働者に限定せずネットワークを広げ、主体的に働きかけをするフットワークが重要となる。米国の社会学者であるグラノベッター(1973)は接触頻度の低い疎遠な人との関係「弱い紐帯」の強さ※6を理論化し(図表3)、さまざまな背景を持つ人とのネットワークが、親密な関係者とのネットワーク以上に強い情報収集力を持つ※7としている。リモート会議が普及すると、部門や地域を超えて組織間の橋渡しをし、情報連携を行える人材はビジネスで活躍の場を大きく広げることになる。

<図表3>強い紐帯と弱い紐帯

<図表3>強い紐帯と弱い紐帯

質の課題:関係構築の難しさがコミュニケーションの密度を下げる

コミュニケーションの質が業績に直接影響する営業組織を例に挙げる。図表4は、ある企業の法人営業の実態を調査※8したものである。対面と比較したオンライン面談での「顧客とのコミュニケーションのしやすさ」について営業担当にアンケート調査を行ったところ、「関係構築」にやりづらさを感じる一方、「商品・サービスの紹介」はむしろオンライン面談の方がやりやすいとする回答が多い。視点を変えれば、関係構築の難しさを克服できればオンライン・コミュニケーションの効能はさらに増す可能性がある。「オンラインでは緊張感があり、かしこまった場になりやすい」(製薬業界)などの声があるなか、対面よりも、フランクにお互いの意見・要望をやり取りできる場を醸成する必要がある。言うまでもなく、社内でのコミュニケーションにおいても、創造的な議論や複雑な課題に取り組むには、このような場づくりが不可欠である。

ここまで、コミュニケーションの量と質の課題が業務効率にも影響を与えることを述べた。「ニューノーマル」を迎える上で、これらの課題を解決する必要がある。ただし、オンラインならではの特殊スキルや大規模なシステム投資が必要とは限らず、むしろ個々の意識変革と組織としてのサポートが重要であると筆者は考えている。具体的課題と対応例について以下に述べる。

<図表4>対面と比較した場合のオンラインでのコミュニケーションのしやすさ

<図表4>対面と比較した場合のオンラインでのコミュニケーションのしやすさ

量の課題への対応:ちょっとした相談ができるコミュニケーションの場をデザインする

コミュニケーションの範囲が狭まると、複雑な業務上の課題も自力で解決せざるを得ず、特に、社内のネットワークが弱い新人が課題を抱え込むケースが増えている。「いつでも相談してよい」と上司や先輩からは言われているものの、相手の忙しさといった様子が見えないなか、声をかけるタイミングを計れず、対応が遅れてしまうようだ。オフィスに出社していれば、周囲を見回して相談できそうな相手を探すことができたが、テレワークでは、相手を決め、具体的な質問をメールやチャットで送信しなければならない。この作業が思いのほか時間と労力を要する。

そこで、不特定の相手に気軽に相談できる手段をつくるため、グループチャットなど社内SNSを利用する企業が増えている。グループ全体に対する投げかけをすることで、迅速な情報収集ができると共に、ナレッジとして蓄積できる。また、上司部下の間で「1on1」と呼ばれる定期的な1対1のミーティングをセットするケースもある。悩みなどを相談できる機会をあらかじめ設定しておくことで、上司が関係者との橋渡しをする。このような組織としてのコミュニケーションの場をデザインすることが有効である。

質の課題への対応:オンラインでも円滑にコミュニケーションできる工夫をする

オンライン会議の場を観察すると、積極的に発言する人としない人の差が対面以上に大きいことに気づく。いつも最初に発言し、積極的に参加するメンバーは存在感が増す一方、じっくり思考し周囲の様子を見てから発言をするメンバーは、存在感が薄く埋もれやすい。特に、相手の反応が分かりづらいなか、緊張感や不安がメンバーを委縮させ、率直な議論を阻害してしまう。

そこで、慎重なメンバーでも意見を出しやすい雰囲気をつくることが必要である。例えば、事前にアジェンダを伝えておいて考える時間を与える、ミーティングの冒頭に近況交換などをする「チェックイン」を入れるなどの工夫も有効である。また、普段、発言の多いメンバーが意識的に他のメンバーへ発言機会を譲り、大人数の会議にはチャットを併用するなど、少しの気遣いと工夫でも、組織のコミュニケーションの質を高めることができる。

2つの距離を克服するには組織としての取り組みが鍵となる

今後、新型コロナウイルス感染症の収束にかかわらず、時間・交通費などが効率化できるテレワーク化への動きはさらに加速する可能性が高い。その際、個人の意識やスキルを高めるだけでは限界があり、組織としてのサポートが必要になる。小牧・田中(1993)はソーシャルサポートを「情緒的サポート(同情・共感など)」「手段的サポート(仕事の支援など)」「情報的サポート(知識の提供等)」および「評価的サポート(賛同や承認)」の4つに区分している※9。

テレワークで物理的距離「ソーシャルディスタンシング」を取らなければならない場合であっても、心理的距離「ソーシャルディスタンス」を縮めるために現在の環境下でもできることが多くある。チャットでの相談に対する自発的な情報の提供、会議冒頭での雑談など、オンライン・コミュニケーションの改善策は必ずしも大掛かりな投資を必要としない。大坊(2006)が「親密な感情の促進、多様な葛藤の解決、生産性(目標)達成のいずれもコミュニケーションの効率を高めることによって実現できる」※10と論じているように、本人の少しの積極性と周囲のちょっとした気遣いによって、2つの距離を克服できれば、我々の働き方に大きな変容をもたらすに違いない。


※1 日本労働組合総連合会(2020)テレワークに関する調査, 2020年6月30日
※2 ファンデンボス監修(2013)APA心理学大辞典, 培風館
※3 リクルートマネジメントソリューションズ(2020)テレワーク緊急実態調査, 2020年4月28日
※4 月刊総務(2020メンタルヘルスケアに関する調査, 2020年9月30日
※5 厚生労働省(2020)「新しい生活様式」の実践例, 2020年6月19日更新
※6 Granovetter, M.(1973). The Strength of Weak Ties, American Journal of Sociology, 78(6), pp.1360-1380
※7 安田雪(2011). パーソナルネットワーク―人のつながりがもたらすもの,新曜社, pp.133-140
※8 リクルートマネジメントソリューションズが支援企業での調査結果の一部を同企業の同意を得て掲載
※9 小牧一裕・田中國夫(1993)職場におけるソーシャルサポートの効果, 関西学院大学社会学部紀要67, pp.57-67
※10 大坊郁夫(2006).コミュニケーション・スキルの重要性, 日本労働研究雑誌 48(1), pp.13-22

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