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タグライン/世界を変える、「人間関係」の科学へ。連載 第8回

職場の意味と価値

  • 公開日:2021/04/19
  • 更新日:2024/05/20
職場の意味と価値

時代の急速な変化にともない、働く個人と組織の関係が大きく変わり、注目されています。当社は2019年7月、タグライン〈世界を変える、「人間関係」の科学へ。〉を策定しました。 “空気”だとか、“縁”だといわれ、捉えどころのないものだと思われてきた「人間関係」を、人々が生み出す場のエネルギーや相乗効果まで含めた豊かな概念として捉えています。 本連載では、「人間関係」の側面から、多様な人との協働や、マネジメントのやりがいなどに光を当て、働く個人の一人ひとりをあるがままに生かすことを大事にしながらも、共通の目的に向かって社会に価値を発揮するために、組織に所属することの大切さにも触れていきます。 最終回となる第8回目は、心理学の観点から「職場」について考えていきたいと思います。

個人を取り巻く環境としての職場
自律と協調
心理的安全性の効果
心理的安全性とソーシャルサポート
日本の職場における心理的安全性の今後の活用に向けて

個人を取り巻く環境としての職場

私の専門は心理学ですが、一般の心理学のイメージである、個々人のユニークな心理を、深く探求するアプローチは採りません。人は社会的な環境との交互作用のなかで生きていること、そして交互作用の様相は、個々人でユニークである一方、多くの共通した特徴を持っていることに着目して研究を行っています。

「人間関係を科学する」というテーマについて、これまでもさまざまな視点で考えてきましたが、ここでは、あえて個人を取り巻く社会環境の特徴について考えてみたいと思います。働く個人にとっての社会環境といえば、「職場」が挙げられます。どのような特徴を持つ職場であれば、私たちは安心して仕事に取り組んだり、自分の力を十分に発揮できたりするのか。そしてその結果、幸福感を感じられるようになるのでしょうか。仕事に関する社会環境の影響については、時にはチームという言葉を用いながら、これまでさまざまな心理学の研究が行われてきています。そのなかから、「自律と協調」「心理的安全性」「ソーシャルサポート」の3つのテーマを取り上げて考えてみたいと思います。併せて、自分が今いる職場にあてはめて、研究から得られた知見を活用する際のヒントをいくつか提示したいと思います。

研究では、規模や性質などさまざまな職場集団が想定されていますが、読み進めていただく際の目安に、ここでの職場集団のイメージを示しておきます。

7、8名からなり、企業組織に所属する。チームとよばれることも、職場とよばれることもある。メンバーは皆で協力して、組織全体の目標への一部責任を負ったり、そこに貢献したりするために働いている。各メンバーは、分担した役割を担っている。

自律と協調

人が社会的動物であることには、おそらく異論はないでしょう。私たちの社会性については、まだ十分に解明されているとはいえませんが、私たちは、自分だけでなく、他者の利益のためにも行動します。多くの人にとって、仕事は生活の糧を得る以上の意味があり、組織や同僚、上司、顧客や社会などに対して、役立っていると思えることは大切でしょう。下記の調査は、2020年に日本企業に勤めるホワイトカラー603名を対象に行われたものです。図表1は、ソーシャルサポートの必要性とそれをどの程度得ているかを評定した結果です。必要としている程度と比べて、十分に得ているとする程度は低いものの、それでも6割を超える人が十分なサポートを得ていると回答しています。図表2は、自らサポートを求めにいっているかを尋ねた結果ですが、4分の3の人は、サポートを求める行動を行っていると回答しています。日本の職場では、多くの人が他者からの支援を必要とし、支援を要請し、助け合っている自覚があるようです。

<図表1>ソーシャルサポートの必要度、十分度(n=603)  <図表2>サポート要請行動(n=603)

<図表1>ソーシャルサポートの必要度、十分度(n=603)  <図表2>サポート要請行動(n=603)

他方で、近年組織メンバーに対して、自律的なキャリア構築を求める企業が増えています。またジョブ型雇用という、しばしばメンバーシップ型雇用と対比して語られる、組織への所属ではなく、仕事の遂行責任を通して、組織とつながる雇用形態が模索されつつあります。これまで以上に、個人には自律した働き方が求められているように思えます。組織から少し距離を置いたように見える自律と、そうはいっても日々の仕事のなかで発生する協調は、どのように両立し得るのでしょうか。

下記(図表3)は、働く人が感じる仕事の面白さには、何が影響しているかを調査・分析した結果を図示したものです(*1)。職種や年齢、企業規模といった要因に関係なく、仕事の面白さを高めたのが、「仕事の自律性」と「チームワーク」でした。ジョブ型雇用とは異なるかもしれませんが、自律的に仕事を行うことと、職場メンバーと良い関係を築くことは、共に仕事のやりがいを高めることが分かります。

<図表3>仕事の面白さを結果変数とする重回帰分析の結果

<図表3>仕事の面白さを結果変数とする重回帰分析の結果

自律と協調は共存し得るということはいえそうですが、両者はどのように共存するのでしょうか。2つの要素は、それぞれが独立して効果を及ぼすだけでなく、互いの効果を高め合うことはあるのでしょうか。以降ではこの疑問について、「心理的安全性」と「ソーシャルサポート」の概念を用いて、考えてみたいと思います。

心理的安全性の効果

心理的安全性は、近年注目を浴びているので、この言葉を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。しかし、「心理的」に「安全」である状態とは、気の置けない友人や、家族といるときの状態と同じではありません。あくまで職場において、仕事をするのに必要であると思われる発言を、脅威を感じることなく、自由に行える心理状態を意味します。しかもこの概念が扱う現象の中心は「自由な発言」にあり、さらに職場の心理的安全性は、そのような心理状態が職場メンバーに共有されていることが前提となります。

心理的安全性は、組織で働く個人や組織にとって望ましい結果と有意に関係することが、これまで数多くの研究で示されています(*2)。なぜ、心理的安全性が、望ましい効果に結びつくかについては、いくつかの理由が考えられます。心理的安全性の研究で有名な経営学者のエドモンドソンが、最初にこの概念の価値を想定したのが職場学習です。確かに、個人の持っている経験や知識を皆に提供したり、意見交換や議論を行ったりすることで、組織の知は高まるでしょう。

心理的安全性には、上記のようなプラスの効果だけでなく、ネガティブな状況を改善する効果も期待できます。グローバルなバーチャルチームを対象としたある研究では、国籍ダイバーシティの高さは、心理的安全性が低い場合には、チームでのパフォーマンスを下げましたが、心理的安全性が高い場合には、パフォーマンスが上がったことを示しています(*3)。ダイバーシティが高まると、自分の考えを発言した際の相手の反応が想像できず、リスクを高く見積もることで、発言を控えてしまうのではないかと考えられます。

発言は、心理的安全性においてはキー概念ですが、それを用いずに、対人関係の良さに着目した研究も行われています。所属するチームにおいて、仕事のゴールが互いの働きに依存しているとの認知を高めることで、心理的安全性の他者支援行動を促進する効果が確認されています(*4)。つまり発言ではなく、協力行動を促したことが、中国で行われた研究で報告されています。心理的安全性が高い職場においては、他のメンバーの安全性を阻害することなく、自分の考えを自律的に発言することが可能になります。加えて、その行動は他のメンバーの協力的な行動を引き出す可能性があります。

心理的安全性とソーシャルサポート

心理的安全性が高く、思ったことを発言することに気後れがない状態は、人間関係が良好であることと関連するようです。2020年に著者らが行った研究では、心理的安全性の高さと、自分が得たソーシャルサポートへの満足感には有意な正の関係性が認められました。つまり心理的安全性が高いと感じている人ほど、満足のいくサポートを得ることができていると回答しているとういうことです。さらに詳細な分析を行った結果、心理的安全性が低い場合、自分の組織貢献度が低いと感じる人は、支援を要請する程度が低くなる傾向がありましたが、心理的安全性が高い場合には、組織貢献実感の高低は、支援を求める行動に影響しませんでした(*5)。ちなみに、サポート要請の程度は、心理的安全性の高い群の方が、心理的安全性の低い群よりも高かったことが分かっています。つまり、あまり組織に貢献できていないと感じる立場の弱い人であっても、心理的安全性が高い職場では、支援要請を行うことが示されたのです。

これまでの研究でも、立場が弱い人の方が、心理的安全性によって発言が促される効果が大きいことが示されてきました。組織に貢献できていないと感じる立場の弱い人ほど、支援が必要であるはずですが、そういった人は遠慮や気後れから、支援をもとめづらい傾向があります。それはその人たちだけの問題ではなく、共に仕事を進める他の職場メンバーにも影響を及ぼすことで、職場全体の問題になるのです。冒頭で、心理的安全性は、職場メンバーで共有されることが重要であると述べた理由がここにあります。そして、心理的安全性の高い職場が、自律と協調の併存を可能にする一つの方法であるようです。

<図表4>ソーシャルサポートの必要度、十分度、サポート要請行動に職務特性が及ぼす影響


(職場の心理的安全性の高低別、多母集団分析)

<図表4>ソーシャルサポートの必要度、十分度、サポート要請行動に職務特性が及ぼす影響 (職場の心理的安全性の高低別、多母集団分析)

日本の職場における心理的安全性の今後の活用に向けて

心理的安全性を中心に、職場の人間関係が働く個人にどのように影響するのかを考えてきました。最後に、今後の日本の職場では、職場の性質やそこでの人間関係にはどのような変化が生じ得るのかについて考えてみたいと思います。

職場のダイバーシティは、今後一層高まると予想されます。上記では、国籍ダイバーシティと職場での立場の強弱を取り上げました。他にも、雇用形態の違いやキャリア観の違い、組織へのコミットメントの強さの違い、世代の違いなど、さまざまな側面で職場のダイバーシティは高まると考えられます。ダイバーシティが高まると、会話の前提となる共通理解が少なくなり、その結果、コミュニケーションを取りにくくなり、誤解が生じる可能性も高まるでしょう。

また、テクノロジーの発展によって、リモートワークやバーチャルチームが増加すれば、職場は、物理的な場を共にするという前提がなくなり、意味するところが変わってくるのではないでしょうか。対面で話をする機会が限定されると、雑談や職場以外の場での会話が減り、人間関係は仕事を中心としたものになると考えられます。昔からの友人のように、仕事以外のさまざまな側面から相手を理解することは少なくなるでしょう。対人信頼の研究のなかでは、互いの善意によって築かれる信頼ではなく、契約による信頼関係は、相手へのポジティブな評価に結びつかないことを示しています(*6)。仕事を進めるうえで最低限必要な関係性は、対面でなくても構築可能かもしれませんが、新たな仕事を依頼する際には、関係を再構築する必要があることや、失敗によって壊れやすい可能性などを認識する必要があるでしょう。

仕事の話ですら、メンバーが一堂に会して話をすることは、以前に比べて難しくなることが予想されます。自分の発言を聞いてくれる人も、より限定されるかもしれません。うまく情報のやり取りを行う方法を考えなければ、伝達不足や調整不足が生じる可能性も考えられます。

上記のような変化は、いずれも職場メンバー間のコミュニケーションが難しくなる可能性を示しています。具体的に解決すべき課題はそれぞれ異なりますが、少なくとも職場メンバーが全員、仕事で自分が必要だと感じる発言は自由に行ってよいと思っている状態は、職場における協力を促進するでしょう。


*1 今城志保・正木郁太郎 (2019).仕事の面白さは何によって決まるのか?――様々な仕事で働く人を対象として見えてくるもの――. 日本心理学会第83回大会
*2 Frazier, M. L., Fainshmidt, S., Klinger, R. L., Pezeshkan, A. & Vracheva, V. (2017). Psychological safety: A meta-analytic review and extension. Personnel Psychology, 70(1), 113-165.
*3 Kirkman, B. L., Cordery, J. L., Mathieu, J., Rosen, B. & Kukenberger, M. (2013). Global organizational communities of practice: The effects of nationality diversity, psychological safety, and media richness on community performance. Human Relations, 66(3), 333-362.
*4 Leung, K., Deng, H., Wang, J. & Zhou, F. (2015). Beyond risk-taking: Effects of psychological safety on cooperative goal interdependence and prosocial behavior. Group & Organization Management, 40(1), 88-115.
*5 今城志保・藤村直子 (2020). 職場の心理的安全性がサポート要請行動に及ぼす影響――ホワイトカラーのサポート要請行動を促進する要因. 経営行動科学学会第23回年次大会
*6 Molm, L. D., Schaefer, D. R., & Collett, J. L. (2009). Fragile and resilient trust: Risk and uncertainty in negotiated and reciprocal exchange. Sociological Theory, 27(1), 1-32.

執筆者

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保

1988年リクルート入社。ニューヨーク大学で産業組織心理学を学び修士を取得。研究開発部門で、能力や個人特性のアセスメント開発や構造化面接の設計・研究に携わる。2013年、東京大学から社会心理学で博士号を取得。現在は面接評価などの個人のアセスメントのほか、経験学習、高齢者就労、職場の心理的安全性など、多岐にわたる研究に従事。

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