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職場に活かす心理学 第16回

信じるものは救われる?

  • 公開日:2017/03/17
  • 更新日:2024/03/22
信じるものは救われる?

ここ数年、「スピリチュアリティ」や「スピリチュアルリーダーシップ」という言葉をビジネスや人事関連の書籍などで目にすることが多くなりました。日本語に訳すと「精神性」となるのでしょうが、「スピリチュアリティ」という言葉で表現されることの方が多いので、ここでもそのまま用いることにします。

今回は、スピリチュアリティやスピリチュアルリーダーシップについて、心理学における研究を紹介しながら、その役割や問題点について考えてみたいと思います。

なぜスピリチュアリティが注目されているのか
スピリチュアリティの機能と役割
モラル・正義・慈愛といった美徳
スピリチュアリティのネガティブな側面
スピリチュアルリーダーシップの問題点

なぜスピリチュアリティが注目されているのか

スピリチュアリティについては、宗教だけでなく、医療や哲学、心理学などさまざまな学問分野において研究がなされています。心理学における宗教やスピリチュアリティに関する研究は、ここ20年ほどずいぶんと盛んになってきました。

経営や産業組織心理学におけるスピリチュアリティの定義についてはまだ同意されたものはないようですが、さまざまな定義に共通するものを取り出すと「スピリチュアリティとは、個人が自己を超越したもの(他者や組織や社会)と不可分に結びつき、自己利益ではなく、他者や社会全体への利益に貢献することを強く志向する状態」といえそうです。

また、スピリチュアルリーダーシップとは、「高いスピリチュアリティをもつ人が発揮するリーダーシップ」といえますが、この分野の代表的な研究者であるフライ(Fry.L.W.,2003)によれば、スピリチュアルリーダーは、メンバーが自分の仕事は天職であると感じられるようなビジョンを提供するとともに、自らが利他的に振る舞うことで、メンバーが理解され、評価されているとの実感を与え、希望や信念をもってビジョンの実現に向けてメンバーを動機づけるとしています。その結果、メンバーの満足度や幸福感だけではなく、組織へのコミットメントや動機の高まりによって生産性の向上も期待できるのです。

図表1 スピリチュアルリーダーシップの効果モデル

こう聞くとよいことずくめに思えるのですが、そもそも企業組織は利益を上げることが第一のミッションであるため、以前は従業員の幸福感をさほど気にすることはなかったように思います。ところが近年、企業と従業員の間の雇用の安定性が失われつつあること、企業の不祥事などのモラル低下によって従業員が所属している組織に誇りをもてなくなっていること、仕事上の人間関係が希薄化していること、従業員が過重労働になっていること、従業員が仕事に金銭的報酬以外を求めていること、などがスピリチュアリティやスピリチュアルリーダーが注目されるようになった理由として経営学者によって挙げられています。また企業組織に関係なく、社会的に価値が多様化していることなども、おそらくスピリチュアリティが注目されるようになった背景だと考えられます。

なぜ、上記のような特徴をもつ企業組織においてスピリチュアリティやスピリチュアルリーダーが大切なのか、そしてそれはどのように企業の業績に貢献する可能性があるのかを考えるために、以下ではスピリチュアリティや宗教に関する心理学的な研究を紹介します。

スピリチュアリティの機能と役割

宗教は特定の教義への信仰を前提にしますが、スピリチュアリティは必ずしも宗教の信仰ではなくても、前述したような精神性をもつ状態を指します。ただし、自分や周囲の物質的なものを超えた尊いもの、宗教の場合は神になるのでしょうが、そういったものとの結びつきを志向する点では共通しています。

宗教やスピリチュアリティは、多くの文化圏で見られることから、人間が社会的生活を送るために重要な役割を果たしていると考えられます。特定の宗教への信仰が比較的薄い日本人でも、さまざまな場面で験(げん)を担いだり、神頼みをすることは珍しくありません。

宗教がもつ機能はさまざまあるといわれていますが、そのなかで特に重視されるのが、「実存(existence)」に関する問題への回答を与えてくれることです。実存に関する問題には、「誰でも死から逃れられない」「他者と完全に理解し合うことはない」「自己のアイデンティティの不確かさ」「完全に自由であることは許されない」「人生の意味の追求の難しさ」などがあるとされています。

これらはいずれも大変難しい問題ですが、例えば、1つ目の死の問題については、多くの宗教が身体は死んでも精神は滅びることはなく、死後の世界の存在を謳っています。

死を意識することで、信仰心が強まることを示した研究もあります(Norenzayan & Hansen, 2006)。

図表2 死を意識することがキリスト教の神への信仰に及ぼす影響

大学生を対象としたこの実験では、お母さんが子供をお父さんの職場である病院に連れていくという話をスライドで見せられます。実験参加者はランダムに、死を想起させる場面を見る群、宗教を想起させる場面を見る群、死とも宗教とも関係のないニュートラルな場面を見る群に分けられます。スライドを見た後、実験参加者は次のような説明が難しい出来事について書かれた新聞記事を読みます。

「ある研究機関が行った研究で、韓国の不妊治療のクリニックを2つの群に分けて一方の群のクリニックにだけアメリカやカナダのキリスト教徒が祈りをささげたところ、祈りをささげてもらったクリニックではそうでなかった群と比べると、有意に高い治療の効果が表れたことが分かりました」

その後、参加者は信仰の力や、神の力についてどの程度信じるかという問いに回答しました。その結果、死を想起させる場面を見た群では他の2群と比べて、有意に信仰や神の力を強く信じると答えたことが分かりました。この実験結果の面白いところは、宗教的な場面を見た場合よりも、死を意識したときの方が、信仰心が高まったということです。

さすがに組織のなかで死を意識することはないでしょうが、上記の実験にあるように、宗教やスピリチュアリティは、物事に統一的な解釈を与える効果があるとされています。例えば不妊治療の価値が尊いものであるからこそ、神や皆のもつ信仰心の効果が得られるのだといった解釈です。

組織のなかで価値観が対立するような場合(例えば、製薬メーカーの商品品質の高さとタイムリーな市場投入)、対立する価値観を超えるレベルでの意思決定や、さまざまな立場の従業員に対する説得力のある説明が求められるのではないでしょうか。スピリチュアルリーダーは、このような機能を果たすことで、組織の一体感を担保し、従業員の仕事に対する確信と誇りを高めることが求められるのです。

宗教による回答が期待される5つの質問のうち、「自己のアイデンティティの不確かさ」と「人生の意味の追求の難しさ」については、スピリチュアルリーダーのもとで働くことによって、ある程度回答が得られる可能性があるものだと考えられます。

モラル・正義・慈愛といった美徳

フライが主張するスピリチュアルリーダーシップでは、従業員が高い価値を置くことのできるビジョン提案に加えて、従業員に自組織の一員であることを実感してもらうことの重要性が述べられています。そのためにリーダーは、モラル、慈愛、正義といった特徴をもつことが望ましいとされています。

能力が高いことやビジネスセンスに長けていることといった別の側面でのリーダーシップもあるのだとは思いますが、意外に優れたリーダーの特徴としてスピリチュアルな側面が多く取り上げられることが多いようです。汎文化的に効果的なリーダーの特徴について50カ国以上で調査を行った研究では、一般的にリーダーに求められる特徴22個のうち半数以上の14個が、ポジティブ、信頼がおける、公正な、といったスピリチュアルな側面に関するものでした(Den Hartog et al., 1999)。

宗教心をもつことが、他者との協力といった向社会的な行動を促進する効果があるのではないかとの指摘もあります。

アハメドら(Ahmed & Salas, 2011)がチリの大学生を対象に行った実験では、与えられた単語を並び替えて文章を作る課題で、「神」や「聖なる」といった宗教に関連する単語が入った課題を行う群(実験群)と、宗教に関係ない単語のみを用いる群(統制群)の間で、その後の囚人のジレンマゲーム※において、より協力的な選択を行いました。

※ 囚人のジレンマゲームとは、2人で行うゲームで、協力するか裏切るかの2つの選択肢がある。相手が選ぶ選択肢との組み合わせで、自分が得られる利得が変化する。ここでは、「自分が裏切り、相手が協調」「自分も相手も協調」「自分も相手も裏切り」「自分が協調、相手が裏切り」の順に自分の利得が大きくなる設定のゲームを用いている

図表3 協調を選択した参加者の割合

スピリチュアルリーダーの提案するビジョンが、従業員がその価値を十分取り込めるようなスピリチュアルな要素をもつものであった場合、リーダー自身もさることながら、メンバーも自発的に高い協調行動を取ることが期待できるかもしれません。

スピリチュアリティのネガティブな側面

ここまでは、スピリチュアリティの望ましい側面について話を進めてきました。しかし、従業員が会社の行く方向に共感し、心底貢献したいと思う場合、滅私奉公的な働き方につながってしまうのではないかという危機感をもたれる方もいるのではないでしょうか。そのような指摘は研究者からもあがっています。

また現代社会における問題の根底には、宗教間の対立が存在する場合が多く、しかも、信仰心が強いゆえに、対立の解消は困難を窮めます。ここではスピリチュアリティのネガティブな側面について考えてみたいと思います。

ヴォン・トングレンら(Van Tongeren et al.,2016)が大学生を対象に行った調査研究では、強い信仰心を持った大学生のうち、防衛的な信仰心(要するに、神は私を病気や不幸から守ってくれる)を持っている学生は、そうでない学生と比べると、自分の人生の価値を肯定する実存的幸福感が高いことが分かりました。

図表4 信仰心の質の違いが幸福感に及ぼす影響

ヴォン・トングレンらは、信仰心には防衛的なものから成長的なものへと連続する軸があると考えています。前者は実存の価値を宗教に保障してもらう見返りとして、他の価値観に対して不寛容で、閉ざされています。いわゆる原理主義的な宗教は、こちらになります。一方後者は、実存の価値を追求する姿勢をもつため、寛容で開かれているのだとしています。

今日の企業組織が置かれた環境を考えると、企業が常に従業員の雇用を守り続けられるわけではないことから、防衛的な信仰心(会社は自分を守ってくれる)をもつことは、適応的とはいえないでしょう。そこで成長志向の信仰心を目指すべきということになるのですが、これは何も、共感できるビジョンが必要ないということではありません。共感するビジョンの実現に向けて、個人が行うべきことや自己の貢献価値は自分で探すことが求められるのだと思われます。

スピリチュアルリーダーシップの問題点

スピリチュアルリーダーシップの問題点には、どのようなものがあるのでしょうか。滅私奉公的な働き方を社員にさせてしまう、あるいは組織の目標達成を重視するあまり、違法なことを行ってしまう、といった行動の背後にも、スピリチュアルリーダーシップは存在するのでしょうか。

スピリチュアルリーダーシップが機能していないときには、提示するビジョンが自組織に向けた内向きのものになっているか(ここでのビジョンは広報用に作られたものではなく、従業員が何を目指して働いているかに関連するもの)、あるいはビジョンは優れたものであっても、その実現方法に誤りがある、のいずれかであると考えられます。

ビジョンは超越的な価値をもつものだとして、そのレベルが自組織なのか、業界なのか、国なのか、人類全体なのかによって、超越のレベルは異なります。問題を抱える企業を見ていると、従業員に共有されているビジョンは、実は自組織のレベルを超えていないことがあるようです。文化を超えて信仰を集める宗教の場合は、かなり高レベルの価値を提供する必要がありますが、企業組織の場合はそうとも限りません。ただし、超越のレベルが低いということは、そこを超えて価値観が対立したときに解決が難しくなることを、組織のリーダーは十分に自覚する必要があるでしょう。

また実現方法の誤りの根底には、リーダーはもちろん、メンバーの間でもモラルや慈愛、公正といった特徴が弱まっていることがあるようです。そして、実存の危機にさらされると、メンバー側も強くビジョンを打ち出すリーダーの方を好むようになり、公正や慈愛といった特徴をもつリーダーが好まれなくなる傾向があるようです。

アメリカの大学生を対象にコーエンら(Cohen et al.,2004)が行った実験では、死を想起させる文章を書いた群と、試験を想起させる文章を書いた群で、その後に架空の政治リーダーの投票を行うとの想定のもとで評価を行った結果、前者ではカリスマ的な人物を、後者は社会的なリーダーを高く評価する違いが得られました。

図表5 実験条件による3人の候補者への評価の違い

スピリチュアルリーダーは、ビジョンを提示する役割と、精神性の高い職場を形成する役割の2つを担うべきだとすると、どちらかが欠けていることが問題なのではないでしょうか。その時々で組織が置かれた環境によっても、2つの役割の重要性には違いがあるのでしょうが、やはりそのいずれもが必要であると思われます。経済の先行きが不透明であるからといって、魅力的なビジョンを掲げるのみで、倫理観や対人信頼に欠けるリーダーを選んでしまう危険性について、十分に自覚的になる必要があるでしょう。

宗教とビジネスという、一見関係のないように見える話題は、私たちの精神性という接点で、実は関連する部分があるようです。今日のビジネス環境のなかで、働く人の精神性に注目したときには、スピリチュアリティはもつべき視点の1つなのかもしれません。

次回連載:『職場に活かす心理学 第17回 心理的安全性;職場は心安らぐ場所か?』

執筆者

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保

1988年リクルート入社。ニューヨーク大学で産業組織心理学を学び修士を取得。研究開発部門で、能力や個人特性のアセスメント開発や構造化面接の設計・研究に携わる。2013年、東京大学から社会心理学で博士号を取得。現在は面接評価などの個人のアセスメントのほか、経験学習、高齢者就労、職場の心理的安全性など、多岐にわたる研究に従事。

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