- 公開日:2021/08/02
- 更新日:2024/05/17
新型コロナウイルス感染症への対策が優先される社会情勢(以下、コロナ禍)は、企業活動にもさまざまな制約や変化を促した。事業活動における対応が求められたのはもちろんだが、人事領域においても、出社の抑制をはじめとする予期せぬ働き方の変化により、さまざまな対応の必要性が生じた。2020年度は、人事の諸活動を止めないための急場の対応に追われた経営や人事も多かったのではないだろうか。 しかし、コロナ禍に対応しながらの2度目の年度、経営や人事の視点は、より中長期を見据えた人事基盤の再構築に向けられていることだろう。そこで当社では、人事の課題認識およびその変化、それらを踏まえた「人事の役割」の認識に関する実態調査を2021年2月に実施した。 本稿は調査レポート前編として、コロナ禍における人事の課題認識とその変化について報告する。 コロナ禍では、生活におけるこれまでの前提が大きく覆った。その結果、組織・人材マネジメントの課題も変化したのだろうか。組織・人材マネジメント全般、および人事評価と人の配置に関する課題認識とその変化について、順番にみていこう。
- 目次
- 調査概要
- 1. 組織・人材マネジメント上の課題
- 2. 評価制度に関する課題認識と、コロナ禍による変化
- 3. 人の配置に関する課題認識と、コロナ禍による変化
- 4. おわりに ミドルマネジメント偏重のマネジメント構造の限界
調査概要
コロナ禍にある現在の人材・組織マネジメント課題や人事の役割を、人事がどのように捉えているかを明らかにすることを目的に、インターネット調査を行った。調査概要は図表1のとおりである。
<図表1>調査概要「人材マネジメント実態調査2021」
1. 組織・人材マネジメント上の課題
1.1. 課題感が高いのは「次世代経営人材の不足」「ミドルマネジメント層の過重な負荷」「新人・若手の立ち上がりの遅れ」「中堅社員の小粒化」
図表2は、組織・人材マネジメントにおいて「現在課題であるもの」「コロナ禍において課題感が高まったもの」についての選択率である。現在の課題認識としては選択率の多い順に、「1.次世代の経営を担う人材が育っていない」(55.2%)、「8.ミドルマネジメント層の負担が過重になっている」(55.2%)、「2.新人・若手社員の立ち上がりが遅くなっている」(51.9%)、「3.中堅社員が小粒化している」(51.1%)の4項目が突出しており、いずれも半数以上の回答者が課題であるとしている。コロナ禍において課題感が高まっているとの認識も相対的に高い(それぞれ22.0%、26.1%、24.2%、17.5%)。特に、コロナ禍において「8.ミドルマネジメント層の負担が過重になっている」(26.1%)という課題認識の高まりがうかがわれる。
上記の他に、コロナ禍での課題感の高まりが指摘されるものには、「9.職場の一体感が損なわれている」(20.6%)、「15.テレワーク・在宅勤務に関する今後の方針が定まらない」(21.0%)、「10.従業員にメンタルヘルス不調者が増えている」(18.7%)などがある。
<図表2>組織・人材マネジメント課題自社の組織・人材マネジメントの現状としてあてはまるもの、また、コロナ禍において課題感が高まったものはどれですか。それぞれあてはまるものをすべてお選びください。(複数回答/n=491/%)
2. 評価制度に関する課題認識と、コロナ禍による変化
次に、人事評価に関する課題認識とコロナ禍における変化をみていく。
2.1. 課題感が高いのは「人事評価制度への納得感」「評価基準のあいまいさ」、加えてコロナ禍で高まる「テレワーク下での部下の仕事ぶり評価の難しさ」
図表4は、人事評価について「現在課題であるもの」「コロナ禍において課題感が高まったもの」についての選択率である。
<図表4>人事評価に関する課題人事評価に関する課題として現在あてはまるもの、また、コロナ禍において課題感が高まったものはどれですか。それぞれあてはまるものをすべてお選びください。(複数回答/n=491/%)
現在の課題認識としては選択率の多い順に、「1.人事評価制度への従業員の納得感が低い」(48.7%)、「2.評価基準があいまいである」(48.3%)、「6.テレワーク下での部下の仕事ぶりの評価が難しい」(46.0%)、「7.管理職によって取り組みや意識・スキルにばらつきがある」(40.3%)で、いずれも40%以上の選択率である。コロナ禍において課題感が高まったものとしては、「6.テレワーク下での部下の仕事ぶりの評価が難しい」が39.3%と突出している。
結果やプロセスへの納得感や円滑な制度運用のほかにも、本人の意欲や成長につながる人事評価であることも重要だろう。「11.従業員の仕事への意欲が高まるような評価制度になっていない」(35.6%)、「12.従業員の成長につながるような評価制度になっていない」(30.8%)、「13.チャレンジングな目標が設定されない・目標の難度が低くなりがち」(29.9%)といった課題認識もみられる。
グローバル化が進展したり新技術が生まれたりするなか、高度専門職の採用やリテンションに関心をもつ企業も多いと考えられるが、「10.専門性の高い社員の評価が難しい」との課題感は18.9%にとどまり、大きな問題とはなっていないようだ。
2.2. 対策は評価プロセスへの従業員の参加、評価者同士による人材評価観の磨き合い
前項でみたような課題感のある企業は、どのような施策に取り組んでいるのだろうか。図表5は、評価に関わる制度や取り組みの導入率について、課題感のある回答者の特徴を示した表である。課題感がある回答者の選択率が、課題感がない回答者の選択率に比べて統計的に有意に高い場合に「+」、低い場合に「-」と記した。課題感が明確な企業で取り入れられる施策の傾向がうかがえる。
<図表5>人事評価に関する制度や取り組みの、課題有無別の導入率人事評価に関する制度・仕組みとして導入しているもの、運用において取り組まれているものはどれですか。あてはまるものをすべてお選びください。(複数回答)
- 「1.人事評価制度への従業員の納得感が低い」という課題感がある企業
フィードバック施策に手厚く取り組む傾向がみられる。 - 「2.評価基準があいまいである」という課題感がある企業
評価プロセスに部下自身を参加させる傾向がみられる。 - 「6.テレワーク下での部下の仕事ぶりの評価が難しい」「7.管理職によって取り組みや意識・スキルにばらつきがある」「11.従業員の仕事への意欲が高まるような評価制度になっていない」という課題感がある企業
全体的に施策の導入率が高い。一歩踏み込んだ施策に取り組んでいるからこそ、これらの課題認識が強くなるという関係が推察される。
本調査は一時点調査であり、課題感と施策の因果関係をデータから読み取ることはできないが、上記のような課題感があるときにどのような施策に取り組めばいいのかを考える際の参考としていただきたい。
3. 人の配置に関する課題認識と、コロナ禍による変化
最後に、人の配置に関する課題認識とコロナ禍による変化をみていく。まず昇進・昇格について、次に配置・異動について分析する。
3.1. 昇進・昇格の課題 コロナ禍で昇進・昇格の魅力が低下?
図表6は、昇進・昇格について「現在課題であるもの」「コロナ禍において課題感が高まったもの」についての選択率である。
<図表6>昇進・昇格に関する課題
昇進・昇格に関する課題として現在あてはまるもの、また、コロナ禍において課題感が高まったものはどれですか。それぞれあてはまるものをすべてお選びください。(複数回答/n=491/%)
現在の課題認識としては選択率の多い順に、「6.昇進・昇格そのものに魅力を感じない者が増えている」(57.4%)、「1.昇進・昇格要件(基準)があいまいで納得性がない」(42.6%)、「7.現管理職の後に続く人材が枯渇してきている」(41.8%)、「8.管理職全体の質(レベル)が低下してきている」(41.8%)で、いずれも40%以上の選択率である。
コロナ禍において最も課題感が高まったのは「6.昇進・昇格そのものに魅力を感じない者が増えている」で、25.9%の回答者がそのように考えている。コロナ禍の環境下でマネジメント層が苦労する場面が増えていることが、そのような課題認識を強めているのかもしれない。
「13.ポスト詰まりが進行しており、社内の活性化に悪影響を及ぼしている」(25.3%)、「14.管理職の高齢化が進行していて、今後の処遇に頭を悩ませている」(24.8%)といった組織の年齢構成の偏りに起因する問題は、「12.役職定年・ポストオフ後に、本人のモチベーション低下を招いている」(25.7%)、「15.役職定年・ポストオフ後の異動・配置・処遇に困ることが多い」(23.8%)といった役職ポストの新陳代謝に関わる課題とも密接に関連するだろう。現在は4分の1ほどの回答者にみられる課題認識であるが、今後、組織内の年齢構成の変化と共に顕在化していく可能性もある。ポストオフ後の活躍に関する個人の意識についてはこちらで別にレポートしているので併せて参照いただきたい。
3.2. 昇進・昇格課題の経年変化 魅力低下の一方で、その資質が厳しく問われるように
昇進・昇格に関する課題感についても、その経年変化を確認しておこう。当社では2016年11月に「昇進・昇格および異動・配置に関する実態調査」として、郵送方式(一部持参)による企業調査を行っている。図表7に、今回調査と前回調査の同一設問に対する選択率を比較した。今回採用したインターネット調査とは調査対象や依頼方法が異なるため単純な比較はできないが、参考としてご覧いただきたい。
<図表7>今回調査と過去調査における昇進・昇格に関する課題の選択率昇進・昇格に関する課題として現在あてはまるものはどれですか。あてはまるものをすべてお選びください。(複数回答/%)
前項でコロナ禍での高まりを確認した「6.昇進・昇格そのものに魅力を感じない者が増えている」(2016年調査32.7%/今回調査57.4%)という課題認識は、2016年調査と比較しても高まっている。また、反対に課題認識が大きく低下したのは「3.女性の管理職登用が進まない」である(2016年調査59.4%/今回調査35.0%)。
管理職になることへの関心が低下する一方で、管理職の資質はより厳しく問われるようになってきている。「1.昇進・昇格要件(基準)があいまいで納得性がない」(2016年調査27.7%/今回調査42.6%)、「8.管理職全体の質(レベル)が低下してきている」(2016年調査24.8%/今回調査41.8%)など、現管理職の資質を疑問視するかのような項目が軒並み上昇している。課題認識の背景にあるのは、コロナ禍を含めた環境変化による管理職の難度上昇か、時代や技術の変化と人材のミスマッチ拡大か、または別の要因なのか、複数要因を想定して検証を深める必要があるだろう。いずれにしても、管理職にばかり負担と権限が集中するような組織マネジメントの構造そのものを見直していく必要もありそうだ。
3.3. 配置・異動の課題 その配置で個人・組織の能力は高まっているか
図表8は、配置・異動について「現在課題であるもの」「コロナ禍において課題感が高まったもの」についての選択率である。
<図表8>配置・異動に関する課題異動・配置に関する課題として現在あてはまるもの、また、コロナ禍において課題感が高まったものはどれですか。それぞれあてはまるものをすべてお選びください。(複数回答/n=491/%)
現在の課題認識としては選択率の多い順に、「8.配置が固定的になっており、従業員の能力が向上しない」(40.5%)、「9.場当たり的な異動が多く、従業員の中長期的なキャリア開発が難しい」(39.5%)、「3.変革人材や異能人材を発掘するよい方法がない」(39.1%)、「4.職務要件や人材の能力・適性の情報が不足し、適材を配置しにくい」(36.7%)で、いずれも40%前後の選択率である。
コロナ禍において課題感が高まったのも、「8.配置が固定的になっており、従業員の能力が向上しない」(21.0%)である。しかし、「11.このなかにあてはまるものはない」(22.6%)も多く、配置・異動へのコロナ禍の影響はまだ顕在化していない可能性もある。
3.4. 配置・異動課題の経年変化 異動後のパフォーマンス低下に注意
図表9は、今回調査と2016年11月「昇進・昇格および異動・配置に関する実態調査」における同一設問に対する選択率を比較したものである。前述のように調査対象や調査方法が異なるため単純な比較はできないが、参考までに確認してみよう。
<図表9>今回調査と過去調査における異動・配置に関する課題の選択率異動・配置に関する課題として現在あてはまるものはどれですか。それぞれあてはまるものをすべてお選びください。(複数回答/%)
選択率に統計的に有意な差がみられたのは「10.異動後のパフォーマンス低下が問題になりやすい」(2016年調査17.0%/今回調査29.7%)であった。コロナ禍によって対面でのコミュニケーションを控えることが増え、異動後に新しいチームや部署になじむことが難しくなっている可能性がある。また、2.1の項でみたように「テレワーク下での部下の仕事ぶりの評価の難しさ」への課題感も高まっていることから、多面的な人材情報やその共有が不足し、部門を越えた異動などが今後難しくなってくる可能性もある。配置・異動の課題は、目前の仕事への評価に関する課題よりも遅れて顕在化する可能性があるため、後手の対応とならないよう長期視点での取り組みが必要といえそうだ。
3.5. 納得感醸成・意欲の喚起には、キャリアの多様化・自律化を踏まえた適材適所策が必要に
昇進・昇格や配置・異動など人の配置に課題感のある企業は、どのような施策に取り組んでいるのだろうか。図表10は、人の配置に関わる制度や取り組みの導入率について、前項でみたような課題感がある回答者の特徴を示した表である。課題感がある回答者の選択率が、課題感がない回答者の選択率に比べて統計的に有意に高い場合に「+」、低い場合に「-」と記した。取り組みの不足が課題を生む場合や、課題感が明確な企業で取り入れられる施策の傾向がうかがえる。
<図表10>人の配置に関する制度や取り組みの、課題有無別の導入率人材の配置・管理に関して導入している制度・仕組み、運用の実態として、あてはまるものをすべてお選びください。(複数回答)
- 「1.昇進・昇格要件(基準)があいまいで納得性がない」という課題感がある企業
人材・職務情報の把握、幅広いスキル開発、人材配置の最適化、キャリア形成の自律化、キャリアの複線化・多様化を意図した取り組みが、全般的に低い。 - 「6.昇進・昇格そのものに魅力を感じない者が増えている」という課題感がある企業
柔軟な役職任用・ポストオフ運用に取り組んでいる。 - 「3.変革人材や異能人材を発掘するよい方法がない」「4.職務要件や人材の能力・適性の情報が不足し、適材を配置しにくい」という課題感がある企業
従業員情報のデータベース化に取り組んでいるが、職務情報のデータベース化には特徴がみられない。
キャリア形成の自律化、キャリアの複線化・多様化に取り組む傾向がみられる。 - 「8.配置が固定的になっており、従業員の能力が向上しない」「9.場当たり的な異動が多く、従業員の中長期的なキャリア開発が難しい」という課題感がある企業
幅広いスキル開発を意図したジョブローテーションや職務設計が行われていない。
柔軟な役職任用・ポストオフや複線型の人事が行われていない。
本調査は一時点調査であり、課題感と施策の因果関係をデータから読み取ることはできないが、上記のような課題感があるときにどのような施策に取り組めばいいのかを考える際の参考としていただきたい。
4. おわりに ミドルマネジメント偏重のマネジメント構造の限界
以上、コロナ禍における人事の課題認識を、広く組織・人材マネジメント課題、人事評価に関する課題、人の配置に関する課題として順にみてきた。コロナ禍で高まった課題認識もみられたが、マネジメント負荷増大に起因する管理職の機能不全が、経営人材プールの枯渇や若手の立ち上がりの遅れにつながりその結果として管理職の資質を鋭く問う視線が強まり管理職を魅力的に思う従業員が減っていく、といったコロナ禍以前からあった構造が、コロナ禍やテレワークなどの環境変化で加速しているようにも思われる。組織・人材マネジメント課題の構造についての仮説を図表11に示した。
ミドルマネジメント層の過重な負荷がコロナ禍の環境下で高まり、管理職への信頼や魅力が低下すると、会社にとどまり中長期的な社内キャリアを形成する動機づけが弱まる。社内にスキルの幅を広げたり多様な個人の価値観に合うキャリアを形成したりする機会が少なければ、社内キャリア形成の動機づけはさらに弱まり、また社内に変革・異能人材が育たなくなる。その結果、次世代経営人材や管理職候補人材が不足し、ミドルマネジメント層の負荷が高まり続けるバッドサイクルが回るようになる。
これらはデータのうえで関連性が実証されたものではなく、あくまで仮説であるが、もしこのような構造的な問題があるならば、ミドルマネジメントをハブとする縦方向のマネジメント集権構造を緩め、多様な人材が主体的に連携する横方向のマネジメント構造に組み替えていくことが必要なのではないだろうか。
<図表11>組織・人材マネジメント課題の構造についての仮説
いずれにしても、コロナ禍は組織・人材マネジメントの課題をさまざまにあぶりだし、人々の生活にも「ニューノーマル」と呼ばれるような新しいトレンドが生まれ始めている。新しい状況に直面している今、人事の役割は、どのように捉えられているだろうか。後編でレポートする。
執筆者
技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
客員研究員
藤澤 理恵
リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主任研究員を経て、東京都立大学経済経営学部助教、博士(経営学)。
“ビジネス”と”ソーシャル”のあいだの「越境」、仕事を自らリ・デザインする「ジョブ・クラフティング」、「HRM(人的資源管理)の柔軟性」などをテーマに研究を行っている。
経営行動科学学会第18回JAAS AWARD奨励研究賞(2021年)・第25回大会優秀賞(2022年)、人材育成学会2020年度奨励賞。
技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主任研究員
藤村 直子
人事測定研究所(現リクルートマネジメントソリューションズ)、リクルートにて人事アセスメントの研究・開発、新規事業企画等に従事した後、人材紹介サービス会社での経営人材キャリア開発支援等を経て、2007年より現職。経験学習と持論形成、中高年のキャリア等に関する調査・研究や、機関誌RMS Messageの企画・編集・調査を行う。
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