特集
企業と学生の相互理解を深める『対話型採用』とは
『対話型採用』で就業レディネスを高め、適応を促進する
- 公開日:2023/10/30
- 更新日:2024/05/31
採用活動の効率化が進む昨今、企業と学生がお互いを深く理解し合う「対話」が求められている。採用活動のWEBシフトや学生の価値観の変化により、動機づけが難しい、内定辞退が増えた、といった声が聞かれる。学生の就業観の変化に関する実態調査、採用活動におけるコミュニケーションの研究知見を踏まえながら、動機づけを高め、入社後の定着を促進する採用活動のポイントをお伝えしたい。
『対話型採用』が求められる背景 ――変わる学生の就業観
弊社では企業に対して採用に関するサービス提供を行うにあたり、毎年就職活動を行う大学生・大学院生の傾向を把握するための定量調査を実施している。調査を開始したのは15年前だが、ここ数年、学生の働くことに対する考えがこれまでになく大きく変わってきていることを実感している(「2023年新卒採用 大学生の就職活動調査」)。本稿では、昨今の若年層の変化を踏まえ、これからの採用のあり方について考えてみたい。
学生が企業との直接接点において企業理解を深め、志望度が高まっていくことは今も昔も変わらないが、内定承諾の決め手には顕著な変化が見られる(図表1)。2023年卒では「自分のやりたい仕事(職種)ができる」が15.6%、「希望の勤務地に就ける可能性が高い」が11.6%で過去最高となった。一方、「社員や社風が魅力的である」(12.3%)を決め手に挙げる人は減少している。これは、コロナ禍で就職活動がオンラインにシフトしたことも影響しているだろう。また、「福利厚生や給与など制度や待遇が魅力的である」(7.4%)、「業績が安定している」(7.0%)は毎年上位に挙がっているものの、選択率は減少傾向にあり、代わって微増ではあるが「育成に力を入れている」(3.7%)、「入社後のキャリアを具体的にイメージできる」(2.7%)の選択率が上昇傾向にある。
<図表1>学生の内定の最終的な理由
この変化は、一見すれば、会社に就く「就社」ではなく、やりたいことが明確で「就職」の意識をもった、自律的な学生が増えているように見える。しかし、別の設問で自己理解の程度を問うと、「自分がどのようなことに興味があるか、よくわかっている」(「あてはまる」「どちらかといえばあてはまる」の合計値56.5%)、「自分がどのようなことが得意かよくわかっている」(同57.7%)、「自分のいいところも悪いところも理解できている」(同60.5%)など、就職活動を経ても自己理解ができている人は6割程度にとどまっている。個性尊重のメッセージやキャリア教育を受けて育ち、「やりたいことや個性を大事にしたい」という価値観が強くあるものの、興味関心の対象や適性を認識できているとは限らないということである。そのため、学生が特定の仕事(職種)や勤務地を希望する理由は「この職種になんとなく惹かれる」「想像がつかない仕事は避けたい」「現在のライフスタイルを変えるのは不安だから、この勤務地が良い」といった曖昧・消極的なケースもあると考えられる。このことは、潜在的なミスマッチの要因になり得る。
また企業側に目を向けると、ジョブ型(職種別)採用が増えているものの、入社後に多様な経験を通じてキャリアの方向性を探るメンバーシップ型の考え方を残す企業も多い。やりたい仕事(職種)を重視する学生に対し、入社後にどのような形で希望を実現できるのか、中長期的な視野で採用時にすり合わせをしておくことは、組織に適応し、活躍していく上での起点となると考えられる。
こうした状況を踏まえると、採用活動を通して学生自身の自己理解が深まり、働くイメージを具体化できるようなコミュニケーションが重要になってくる。弊社では、このことを重視した採用のあり方を『対話型採用』と名付けている。採用活動とは本来、企業と応募者の対話であるのだが、企業と学生の深いコミュニケーションが求められている現状を捉え、あえて『対話型』と呼んでいる。『対話型』の対極にあるのは、断片的・表面的なコミュニケーションである。面接の場面を例にとると、企業が評定項目に関する事柄のみを一方的に質問する、短時間の浅い会話に終始するといったやり取りがこれにあたる。こうしたコミュニケーションは応募者にとって「自分という人間を知ろうとしてくれている」という印象にはつながらず、一方的に評価されている感覚を引き起こす。その結果、自分をよく見せようとする構えも作られやすくなり、ミスマッチを助長してしまう可能性がある。
ここからは、採用活動におけるコミュニケーションに関する研究知見を取り上げながら、『対話型採用』の概念についてさらに詳しく説明していく。
『対話型採用』のゴール ――就業レディネスの醸成
舛田(2015)は社会人になるにあたっての心の準備状態を「就業レディネス」と名付け、社会人として働くことへの納得感・実感が醸成される心理プロセスとその重要性に注目した研究を行った*1。「就業レディネス」は、社会人としての覚悟や見通し(社会人としての自覚)、進路決定に関わるさまざまな経験を経て得られる自分らしさや持ち味、価値観に対する実感(自己理解の促進)を中核とする概念である。『対話型採用』のゴールの1つは、この就業レディネスが高まることである。
これまでの研究の結果、企業に入社する前の段階で就業レディネスが高い人ほど就職活動に対する満足度が高いこと*1、新人時代の組織や仕事への適応につながるプロアクティブ行動をとっていること、さらには入社2年目以降の適応や離職意思の低下につながることが分かっている(図表2)*1,*2。つまり、就職活動を納得して終え、社会人としての心の準備が整った状態で入社に至ることで、入社後も長期にわたって仕事に臨む姿勢や行動、定着にポジティブな影響がもたらされるということである。このことは個人のキャリアの充実につながるだけでなく、企業にとっても大きなメリットがあるといえるだろう。
<図表2>就業レディネスが入社後の適応、離職意思に及ぼす影響
就業レディネスを高める採用時のコミュニケーション
信頼感の醸成と企業理解が鍵
採用活動を通じて就業レディネスを高めるにはどうしたらよいか。民間企業の新卒内定者計842名を対象として新卒採用場面におけるコミュニケーションに関する調査を行った(図表3)*3。
<図表3>新卒採用場面におけるコミュニケーションに関する調査 使用変数と項目
学生が就職活動時に体験した内定先企業によるコミュニケーションの要素を「信頼感の醸成」「情報提供の充実」「プロセスの速さ・公平性」に分け、就業レディネスを高めるかの検証をした結果、「信頼感の醸成」と「情報提供の充実」が「内定先理解」を経て「就業レディネス」を高めることが確認された。一方、「プロセスの速さ・公平性」の影響は見られず、応募者の採用プロセスへの満足度や選考離脱防止には関係するが、内定期の意識にまでは影響しなかったと推察される。また「信頼感の醸成」と「情報提供の充実」のパス係数間の検定量の比較をしたところ、「信頼感の醸成」の方が、内定先理解に及ぼす影響が強いことが分かった(図表4)。大学生を対象とした別の研究*4において、社会人との交流・対話、応募者の主体的意思決定の就業レディネスへの直接効果が認められていることを考え合わせると、企業が応募者と向き合い応募者の主体的な理解や意思決定を促すことが、結果として就業レディネスの向上につながる可能性が示された。
<図表4>採用時のコミュニケーションが内定先理解、就業レディネスに及ぼす影響
なお、今回用いた内定先理解の項目は、知識的な企業理解ではなく、「他社と比べたときのその会社ならではの強み」「入社後の仕事内容」「入社後の仕事場面でのやりがいや苦労」を自分の言葉で他者に対して具体的に説明できるかどうかを問うており、内定先に対する深い企業理解を指している。情報提供の場や質の充実に加えて、応募者の求める情報を十分に開示すること、応募者が「企業に分かってもらえた」と感じ、信頼感をもつことが深いレベルでの企業理解を促しており、それが自身の働く姿を想像すること、就業レディネスを高めることにつながったと考えられる。
また、文理別にモデルをあてはめたところ、文理による違いがあることも分かった。詳細は論文*3の報告内容を参照されたい
企業理解を促す現実的な情報提供
入社後の組織への適応を視野に入れた研究テーマとしては、他にリアリティ・ショックがある。リアリティ・ショックとは、入社後に感じるネガティブなイメージギャップを指す。リアリティ・ショックを低減させる方法としてよく知られているのが、Wanous(1973)*5の提唱したRJP(Realistic Job Preview)である。入社前の段階で組織や仕事の実態について良い面だけでなく悪い面も含めてリアリズムに徹した情報を提供することは、応募者に自社のありのままを伝え現実的な意思決定を促そうとすることで、企業の誠実なスタンスが伝わり信頼感が増すという効果ももたらす。企業理解を促す際には、現実的な情報提供も有効であると考えられる。
『対話型採用』のメカニズム
改めて、1対1の面接の場面を想定した『対話型』のコミュニケーションによって、どのように企業と応募者の相互理解が深まるのか、そのメカニズムについて説明してみたい(図表5)。
<図表5>『対話型』面接のイメージ
まず、面接者は応募者の言動だけでなく、その背景にある思いや考えも含めて知るための問いかけを行う(STEP1)。応募者を1人の人として知ろうとしているという姿勢が伝わることで、安心感が生まれ、本音でのコミュニケーションが可能になる。そうした深い問いかけは、応募者自身が内省を深めるきっかけにもなる。
そして、収集した情報をもとにフィードバックを行う(STEP2)。面接者が応募者をどのような人物と捉えたかを伝える(フィードバックする)ことで、応募者は自身を客観的に捉え、さらに自己理解を深めることができる。
加えて、情報提供を行う(STEP3)。応募者の理解や特性を踏まえて現実的な情報提供を行うことで、応募者は自身に引き寄せながら、具体的なイメージを描くことができる。どのようなイメージをもったかを確認し、自分の言葉で語ってもらうことも効果的である(STEP4)。
こうしたプロセスを経ることで、応募者は企業と自分との接点を見出した状態で、主体的かつ現実的な意思決定ができるようになる。このことは就業レディネスの向上、入社後の適応や離職意思の低下といった、企業・本人双方にとってより良い状態につながるといえる。
弊社では、こうした『対話型』の考え方を取り入れた面接者・リクルーター向けの研修を展開しているが、受講した方々からは、「この考え方・対話の方法は、採用場面だけでなく、入社後にメンバーとコミュニケーションをとる際にも使える」という声をいただいている。採用と育成の場面で一貫したコミュニケーションがとり入れられれば、入社前後のネガティブなギャップが抑制されるという副次的効果も期待することができるだろう。また、新卒採用のみならず、中途採用において動機づけの要素を強めたいという場合にも活用いただくことができる。
採用活動におけるコミュニケーションを点検する観点として、また、応募者とのより深いコミュニケーションを実現する手がかりとして、本稿の内容をぜひご活用いただきたい。
*1 舛田博之(2015).充実した就職活動が入社後の適応や定着におよぼす影響-就業レディネスの重要性-.就職みらい研究所
*2 渡辺かおり・松岡剛広・仁田光彦・舛田博之(2020).School to Work Transitionの促進に関する縦断研究1-就業レディネス尺度の開発と入社後の適応との関係について-人材育成学会 第18回年次大会
*3 渡辺かおり・飯塚彩(2022).新卒採用場面におけるコミュニケーションが内定先理解と就業レディネスに与える影響.人材育成研究,18(1),17-32.
*4 渡辺かおり・粟津俊二・酒井陽年・松岡剛広・舛田博之(2022).School to Work Transitionの促進に関する縦断研究3-就業レディネスの醸成に関する縦断研究-.人材育成学会 第20回年次大会
*5 Wanous, J. P. (1973). Effects of a realistic job preview on job acceptance, job attitudes, and job survival. Journal of applied psychology, 58(3), 327-332.
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.71 特集2「企業と学生の相互理解を深める『対話型採用』」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
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3種の対話サイクルがキャリア形成活動の充実につながる
多摩大学 経営情報学部 准教授 初見康行氏
執筆者
HRアセスメントソリューション統括部
プロダクトデザイン部
プロダクト開発グループ
主任研究員
飯塚 彩
2003年人事測定研究所(現リクルートマネジメントソリューションズ)入社。入社以来、採用・マネジメント支援のための商品サービスの企画・開発、コンサルティング、研究活動に幅広く従事。年間300件超実施される面接者・リクルーターを対象とする採用関連トレーニングの開発・統括を10年以上担当。
技術開発統括部
研究本部
測定技術研究所
マネジャー
渡辺 かおり
人材コンサルティング企業におけるアセスメントの開発・営業を経て、2007年リクルートマネジメントソリューションズに入社。主にアセスメント商品サービスの企画開発・メンテナンス業務、研究業務に従事。2023年より現職。
立教大学現代心理学部兼任講師。
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