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HRMに個人選択を取り入れることの組織にとっての意義とは

仕事やキャリアの個人選択が組織成果につながる理論的背景 −「HRMの柔軟性」研究からの示唆

  • 公開日:2022/10/07
  • 更新日:2024/05/16
仕事やキャリアの個人選択が組織成果につながる理論的背景 −「HRMの柔軟性」研究からの示唆

弊社が2022年8月に発行した機関誌RMS Message vol.67では、「個人選択型HRMのこれから」と題した特集テーマを取り上げた。「個人選択型HRM」は、現時点ではっきりとした定義のなされた概念ではない。欧米では個人選択が当然であり概念として成立しないとの指摘もあり、「個人選択型」は日本企業で主流であった「組織主導型」への対立概念といえる。本稿では、HRMに個人選択を取り入れることの、組織にとっての意義を考える。

「個人選択型HRM」とは何か
個人選択型HRMの個人にとっての意義
個人のキャリア権を尊重するウェルビーイング経営へ
日本企業の伝統的HRMにおける「組織主導型」の合理性
人事の分権化・ライン移管と職務主義への転換の影響
戦略と人的資源を適合させるHRMの柔軟性
自己と仕事についての情報開示・組織主導型施策とのブレンド
個人選択型HRMは柔軟性と協働志向のHRMである

「個人選択型HRM」とは何か

HRMは人的資源管理(Human Resource Management)の略称である。企業において、心をもち学習や成長をし変化する資源である「人」を生かす制度やマネジメントを指す。

今回、特集テーマとして取り上げた「個人選択型HRM」は、現時点で、学術的に厳密に定義され議論が重ねられてきた概念とはいえない。先行研究では少数の文献において、組織主導型の配置・異動や能力開発に対置する概念として、従業員自律型、自己選択型などが議論されている*1。武石(2021)は、従業員による選択を前提とするHRMは欧米の企業では当然の思想であり、研究上の問題意識に上ってこなかったと指摘する。

しかし、日本においても、労働者の価値観の多様化、労働力人口の減少、「キャリア自律」の推進、「ジョブ型」の導入、「働き方改革」などを背景に、組織・人事マネジメントの潮流は個人が選択する場面を増やす方向に向かっており、個人選択が組織にもたらす影響への理解を深める必要が生じている。

そこで本誌では、個人選択型HRMを「仕事、働き方、キャリアに関する従業員による主体的な選択の機会を増やすような施策群」と定義し、特集を組むこととした。具体的な施策としては、配属先を特定した採用、自己申告制度、社内公募制度、フレックスタイム制度、在宅勤務制度、限定正社員、副業・兼業許可、キャリア面談など、幅広く想定している。

本特集に先立ち、弊社組織行動研究所では296社の人事責任者から回答を得た「個人選択型HRMに関する実態調査」を2022年3月に発表した*2。その結果から、社内キャリアや働き方の個人選択のための施策が多く導入・検討されていることが明らかになった。

例えば、導入率・活用度共に高い施策は「テレワーク・在宅勤務(“導入している”87.2%・うち“制度対象者に一定以上活用されている”76.4%)」「フレックスタイム制(同67.9%・62.8%)」「配属先の職種や事業などを特定した採用(同59.8%・51.4%)」などである。

他方、導入率が高いが活用度が低い施策として「自己申告制度(同67.5%・46.6%)」「上司とのキャリア相談(71.2%・43.2%)」が浮かび上がり、個人の希望を聞く機会だけでは個人選択を促す制度として不十分とも解釈できる。その対応策としてか、「複線型人事制度(導入検討率29.4%)」「メンターやカウンセラーとのキャリア相談(同29.1%)」などの今後の導入検討率が高く、取り組み拡充のトレンドが感じられた。


※調査結果の詳細はこちら
個人選択型HRMに関する実態調査レポートシリーズ
第1回 ジョブ型時代のキャリア自律とタレントマネジメントにつながる個人選択型HRMとは、その導入実態

個人選択型HRMの個人にとっての意義

個人選択型HRM導入の背景には、個人の就労ニーズの変化・多様化がある。昨今のコロナ禍においても、個々人の選択や価値観を尊重するワークスタイルへの関心が高まり、働き方を自己決定できることが人材獲得上で有利な条件となってきている。

また、モチベーション研究において、自己決定は、仕事で責任を引き受け努力することや、個人のウェルビーイングにつながることが知られている。

個人が自己決定に慣れていない場合には、個人選択型のHRMが導入されることによって、マインドセットの転換や選択のための情報を集めるといった新たな努力が必要となる。しかし、個人選択には潜在的に、職業生活を充実させ、個人を幸せにする可能性があるといえるだろう。

個人のキャリア権を尊重するウェルビーイング経営へ

組織にとっての個人選択型HRMの第1の意義は、上記のような個人にとっての意義の延長線上に見いだされる。

変化が激しく、労働価値観も多様化した時代においては、自身が納得できるキャリア形成のためにたゆまぬ能力開発が必要となり、個人が長期にわたって職業生活を充実させていく「キャリア権」がより重視される。諏訪(2012)は、職業生活の充実のためには、社会に就業機会があるだけでは不十分で、労働者の能力開発機会や家庭生活における役割への、行政や雇用主による配慮や支援が重要と論じる*3。組織主導・組織都合により一貫したキャリア形成ができない事態を避けるため、組織の主導を弱め、公的な学習支援による「公助」や、個人が能力を開発しキャリアを統合しようとする「自助」の割合が高まる必要性があるとする。


※キャリア権に関するインタビューはこちら
キャリア権の立法化が個人のキャリア自律を後押しする(法政大学名誉教授 諏訪康雄氏)


個人選択型HRMはこのようなキャリア権の尊重につながる可能性があり、組織に変化対応力のある人材を生み出すことになるだろう。武石は、「自己選択型の異動」や「個人プラン型の能力開発」が、従業員のキャリア満足やキャリア自律の意識・行動を高め*4、ダイバーシティ推進施策による多様な人材の活躍を促す効果があることを実証している*1

また、組織から個人への配慮や支援に返報性が生じることが知られている。キャリアやウェルビーイングに対する組織からの支援を知覚すると、人は組織にお返しをすべきと感じ、また自身の貢献に報いる組織であると認知することから、誠実に勤務し、役割外の組織貢献を自発的に行う*5

このように個人選択型HRMは、多様な人材の組織への参加と活躍を促し、貢献を引き出すことで組織の価値を高めると考えられる。

しかし、個人選択型HRMの導入に、何のリスクも代償もないとは考えにくい。端的にいえば、従来行ってきた組織主導型HRMの利点や整合性を損なう可能性が大いにある。ここからは、個人選択型HRMのリスクを理解し、デメリットを抑えメリットを伸ばすための要点を考えていきたい。

まずは、個人選択型と対置される「組織主導型」HRMがどのような機能を果たしていたのかを確認しよう。

日本企業の伝統的HRMにおける「組織主導型」の合理性

かつて日本企業は、長期雇用や年功制による遅い昇進を特徴とする人事管理による事業・組織経営を行い、世界から注目された。それらの雇用慣行は、人事機能の中央集権によって行われてきた。つまり、本社人事部門が人材や職務に関する情報を一元的に把握し、採用・配置・処遇・育成などに関する意思決定を行う、いわば「組織主導型」HRMが行われてきた。

日本で集権的な人事管理が合理的とされてきた理由は、次のように指摘される(図表1)。第1に、長期雇用や年功制に基づく雇用リスクを回避するためとされる。今野・佐藤(2022)は、集権的な人事管理によって、市場や経営戦略の変化に際しても社内で人材を再配置できるようにすることで、基幹社員の雇用保障がなされてきたと論じている*6

<図表1>中央集権的・組織主導型のHRMの利点

<図表1>中央集権的・組織主導型のHRMの利点

第2に、幅広い仕事経験による水平的な情報共有の実現が意図されている。平野(2019)は、企業を情報処理システムと捉える観点で見ると、日本型経営は現場の情報共有に基づく緻密なすり合わせや期中の柔軟な計画変更による分権化されたシステムであり、それらを機能させるために、人事部が人事情報を集め異動先を調整する中央集権体制が適していたと論じている*7。組織主導で社員を不慣れな職務や部門の管轄範囲外へと異動させ、企業特殊的な総合能力を養うことで、部門間での相互理解や幅広い経験をもつ経営幹部の育成を実現してきた。

第3に、ライン管理職の暴走を抑止するとされる。須田(2022)は、転職市場が未成熟な日本では、ライン管理者が利害や好みで人事管理を行い人材の本来の能力が生かされないといった弊害を抑止し従業員に交渉力をもたせる市場原理が働かないため、人事部が中央集権的に人事権を行使することで長期的視点による評価の客観性や公平性を担保できると述べている*8

人事の分権化・ライン移管と職務主義への転換の影響

個人選択型HRMの導入には、上述のような組織主導型HRMの順機能を損なうリスクがある。しかし、同時に、組織にはその導入を検討せざるを得ない背景もある。先に見た個人の変化の他に踏まえておくべき背景として、人事の分権化と、格付け基準の職務主義への転換がある。

経済のグローバル化などにより競争環境が厳しくなるなか、事業ごとの特徴や環境の違いに最適に対応し、高度な専門性をもつ人材を処遇できるHRMが求められている。より現場に近いラインへの人事機能の一部移管や、各職務に求められる役割や専門性を明確化し格付け基準を職務主義化する「ジョブ型」の人材マネジメントの導入が見られるのもそのためと考えられる。

このような人事の分権化と職務主義の導入は、人事部門が現場の人と職務の情報を一元管理することを難しくする。その結果、適切な配置や育成を別の方法で補う試みとして個人選択型HRMが導入される*9

つまり、個人選択型HRMは、個人のキャリアや働き方への志向、新しい職務やプロジェクトの人材要件など、本社人事部門による一元把握・管理が難しくなった情報を社内公募制などによって表出させ、市場原理を取り入れてマッチングさせるマネジメント方略ということができる。その結果として、雇用保障にも耐えられる中長期的な人材の再配置可能性、現場のボトムアップの協働を可能にする幅広い異動経験、社内労働市場に流動性をもたせることによるライン管理者の暴走の抑止につながることが期待される。

戦略と人的資源を適合させるHRMの柔軟性

このように見てくると、日本企業は長期雇用を前提とした人材マネジメントを長らく志向してきたがために、中長期的な環境や戦略の変化に対応できる柔軟な人的資源を形成するためのHRMを選んできたことが分かる。

こうした柔軟性志向のHRMは、米国を中心に議論されてきた戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management: SHRM)研究における柔軟性概念と大いに重なる。SHRM研究では、少数の従業員のスキル・行動に幅をもたせる(資源柔軟性)、またはその時々の戦略が求めるスキル・行動がとれる人材を迅速に調達し互いに協力できるようにする(調整柔軟性)という2種類の柔軟性を志向するHRMによって、環境が変わっても組織業績を生み出し続けることができるとされる(図表2)*10

<図表2>SHRM研究におけるHRMの柔軟性

<図表2>SHRM研究におけるHRMの柔軟性

日本企業で長らく主流であった組織主導型HRMの代替として導入されつつある個人選択型HRMが、個人にとってのみならず、組織にとって良いものとして機能するかどうかを、こうしたSHRM論における柔軟性概念に照らし合わせることでチェックすることもできる。すなわち、将来の変化や不測の事態に備えて自社が必要とするだけの人的資源の柔軟性(スキル・行動の幅または人材調達能力)を生み出しているか?を施策の効果として見据え、検証していく必要がある。

また、SHRM研究からの学びが他に2点ある。1つは、経営・事業戦略との整合性である。SHRM研究では、HRMが組織業績に資する要因として戦略との適合を重視する。しかし、日本を含む7カ国のHRMを比較した須田(2022)は、日本は「経営戦略に人事部が最初から関わる」割合が最も低く、「明文化された人事戦略がない」とする割合がロシアに次いで2番目に高いことを示し、日本企業の戦略性が諸外国に比較して高くないことを指摘している*8。個人選択型HRMについても、戦略的意図との接続が問われるべきだろう。

もう1つは、従業員の認知や反応の重視である。どのようなHRM戦略であれ施策であれ、従業員がその意図を受け入れ、前向きに実行に移すことがなければ成果にはつながらない。個人選択型HRMも受け取る側の心持ち次第で、会社からの個人尊重の施策ともなれば、自己責任を振りかざす放任的施策ともなる。従業員に寄り添い、施策の意図をまっすぐに伝え、活用を促す努力が欠かせないだろう。

こうしたHRMポリシーや施策をシフトさせていく人事部門の能力もまた、柔軟性を生み出す組織能力であるとWright & Snell(1998)は指摘する*10。個人選択型HRMのトレンドの陰で問われているのは、柔軟なHRMを実践する人事部門の戦略的かつ現場志向的な能力であるともいえるだろう。

自己と仕事についての情報開示・組織主導型施策とのブレンド

終わりに、冒頭でもご紹介した「個人選択型HRMに関する実態調査」から得られた、個人選択型HRMの導入・活用への示唆を2つご紹介する*2

第1に、自己と仕事についての情報開示が個人選択型HRMの導入・活用を促進するということである。評価結果を育成的なフィードバックに生かす、失敗を咎めるよりもチャレンジしたことが評価されるといった人事評価における「学習指向の評価」と、他部署の戦略や業務についての情報や経営・事業上の意思決定の背景情報を開示し伝える「他部署・経営情報の開示」の程度が高いほど、今回調査を行った個人選択型23施策の導入数が多く活用度が高い傾向が見られた。


※調査結果の詳細はこちら
個人選択型HRMに関する実態調査レポートシリーズ
第2回 個人選択型HRMを後押しする人材マネジメントや評価の特徴とは


第2に、異動・配置施策においては、図表3に示したように、個人選択型に特化する(タイプ2)ことで女性や若手の登用が進む可能性があることが分かった。しかし、現場力、変革実行力、求心力など人材同士が協同的に力を合わせる組織能力を高めるには組織主導型の異動との組み合わせ(タイプ3)が有効であるという示唆が得られた。

<図表3>異動・配置タイプから組織の能力への影響の検証(重回帰分析の結果より抜粋)〈n=296〉

<図表3>異動・配置タイプから組織の能力への影響の検証(重回帰分析の結果より抜粋)

※調査結果の詳細はこちら
個人選択型HRMに関する実態調査レポートシリーズ
第5回 異動・配置のポリシーミックスと組織能力への影響 ~個人選択型・選抜型・底上げ型・欠員補充型

個人選択型HRMは柔軟性と協働志向のHRMである

自分で選ぶからこそ、責任をもち、働く人生によろこびを見いだすことができる。また、組織が育成する以上の変化対応力も期待できる。同時に、個々が選ぶからこそ、他者に目を向け協働する意識が重要となる。個人選択型HRMは、個人の選ぶ力・選ぶ機会のエンパワーメントと、協働・共創のデザインが両輪となる。

具体的には、異動希望や働き方を個人が選択していくための情報、つまり自身の強みや課題、社内にある仕事や能力開発の機会の情報が必要となる。よって、個人選択型HRMには評価制度改革や情報開示の姿勢が求められる。また、戦略的かつ現場志向的な人事の関与が問われる。多くを個人選択に委ねすぎるリスクは大きく、人事の戦略的な情報収集や介入の必要性は依然として大きい。

そうした意味で、個人選択型HRMの本質は、柔軟性と協働を志向するHRMと見ることもできるだろう。

*1 武石恵美子(2021)「従業員自律型の人事管理制度はダイバーシティ経営の効果を高めるか」『生涯学習とキャリアデザイン』19(1), 75-91.

*2 リクルートマネジメントソリューションズ(2022)「個人選択型HRMに関する実態調査

*3 諏訪康雄(2012)「職業能力開発をめぐる法的課題:『職業生活』をどう位置づけるか?」『日本労働研究雑誌』618, 4-15.

*4 武石恵美子(2019)「『適材適所』を考える:従業員の自律性を高める異動管理」『生涯学習とキャリアデザイン』17(1), 3-19.

*5 Eisenberger, R., Hungtington, R., Hutchison, S. et al.(1986) Perceived organizational support. Journal of Applied Psychology, 71, 500-507.

*6 今野浩一郎・佐藤博樹(2022)『マネジメント・テキスト 人事管理入門(新装版)』日本経済新聞出版.

*7 平野光俊(2019)「人事部の新しい役割」上林憲雄・平野光俊編著『日本の人事システム-その伝統と革新-』第1章 同文舘出版, 3-11.

*8 須田敏子(2022)「国際比較からみた日本型人事の特色」須田敏子・森田充『持続的成長をもたらす戦略人事』第1章 経団連出版.

*9 平野光俊(2003)「組織モードの変容と自律型キャリア発達」『神戸大学ディスカッション・ ペーパー』29.

*10 Wright, P. M. & Snell, S. A.(1998) Toward a unifying framework for exploring fit and flexibility in strategic human resource management. Academy of management review, 23(4), 756-772.

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.67 特集1「個人選択型HRMのこれから」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

執筆者

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組織行動研究所
客員研究員

藤澤 理恵

リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主任研究員を経て、東京都立大学経済経営学部助教、博士(経営学)。
“ビジネス”と”ソーシャル”のあいだの「越境」、仕事を自らリ・デザインする「ジョブ・クラフティング」、「HRM(人的資源管理)の柔軟性」などをテーマに研究を行っている。
経営行動科学学会第18回JAAS AWARD奨励研究賞(2021年)・第25回大会優秀賞(2022年)、人材育成学会2020年度奨励賞。

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