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個人のキャリア観と組織への帰属意識の変化

活躍する若手・中堅社員の離職を考える—その理論的枠組み

  • 公開日:2018/12/10
  • 更新日:2024/04/06
活躍する若手・中堅社員の離職を考える―その理論的枠組み

社員の離職は、組織全体のモチベーションの低下、技能の蓄積や継承の停滞、離職者に投資していた採用、教育コストの損失などの影響を企業に与えるといわれている。まして将来を嘱望された若手・中堅社員の離職であればなおさら影響が大きい。 離職というテーマの場合、3年目以内の早期離職について扱われることは比較的多いが、本稿では、若手・中堅社員の離職について考える理論的枠組みを提供すべく、関連する先行研究や調査結果について紹介したい。

企業人が離職する理由
早期離職と組織社会化
早期離職との違い
キャリア発達理論の変化と個人のキャリア観
組織コミットメントと離職
個人のキャリア観の変化から見る組織コミットメントのあり方の変化

企業人が離職する理由

まず、一般的に企業人が離職する理由にはどのようなものがあるのだろうか。平成29年雇用動向調査の、転職入職者が前職を辞めた理由によると、「定年・契約期間の満了」「その他の理由」を除くと、男女共に、「労働時間、休日などの労働条件が悪かった」が最も高かった(男性:12.4%、女性:14.7%)*1。

また、前年と比べて上昇幅が最も大きい理由も、「労働時間、休日などの労働条件が悪かった」であった。その他の理由のうち、男女共に割合が高いのは、「給料等収入が少なかった」(男性:11.0%、女性:10.5%)、「職場の人間関係が好ましくなかった」(男性:7.2%、女性:13.0%)となっている。こうした、労働条件、給与、職場の人間関係といった離職理由は多くの調査で表出する理由である。

早期離職と組織社会化

離職の問題のなかで比較的多く取り上げられるテーマは早期離職である。早期離職は、大卒では“3年3割”といわれるように、入社してから数年以内に離職してしまう現象である。早期離職の対象は今回の活躍する若手・中堅社員とは異なるが、比較対象として簡単にまとめておきたい。

早期離職に関連する重要な概念の1つに組織社会化がある。組織社会化は、経営行動科学、産業・組織心理学などの分野における概念で、高橋によると「組織への参入者が組織の一員となるために、組織の規範・価値・行動様式を受け入れ、職務遂行に必要な技能を習得し、組織に適応していく過程」として定義されている*2。つまり、組織社会化研究は、個人が新しい組織に入り、職務や組織に適応していく過程についての研究分野である。

組織社会化過程における離職にはさまざまな要因があると考えられるが、入社後の初期適応に失敗した結果として離職してしまうというケースが多いのではないだろうか。この場合、離職に対して企業の打つ手として考えられるのは、例えば企業に適合した人材を確保するなどの採用プロセスの改善、もしくは入社後の集合研修やメンター制度、OJTなどの若手の適応を促進するための施策があると考えられる。

早期離職との違い

今回テーマの対象としている活躍する若手・中堅社員は、組織社会化がある程度成功し活躍している状態の社員である。つまり、ある程度組織内におけるアイデンティティを獲得し、職務にも適応している、にもかかわらず何らかの理由で組織から去る決断を行っているのが、活躍する若手・中堅社員の離職で起こっている現象といえる。

筆者はこの背景の1つに、「個人と組織の関係性の変化とその変化に対応しきれない組織」という構造があるのではないかと考えている。今回は、キャリア発達理論の変化から見る個人のキャリア観の変化、それに伴う組織への帰属意識の変化という観点から、本テーマを考えてみたい。

キャリア発達理論の変化と個人のキャリア観

個人のキャリア発達を扱った理論は多くあるが、多くの理論の礎となっているのがスーパーの理論である。キャリアは個人と環境の相互作用によって形成されるものという考えに基づき、キャリアの発達段階を図表1のような形で整理している*3。

図表1 キャリアの発達段階

このように一般的なキャリア発達を整理することで、個人はキャリア発達上の現在地点を確認することができ、今後のキャリア計画に役立てることができる。例えば、今回のテーマ対象者は、この図でいうところの“確立段階”の前半期から後半期に移行していくような層であると捉えることができる。

スーパーが提示したモデルはキャリア発達を階段状で捉えているように見えるが、実際の理論のなかには、ミニ・サイクルと呼ばれる新たな成長、再探索、再確立といった再循環の過程が含まれている。つまり、キャリア発達は一律に段階的な成長をしていくというよりは、ある程度のマイルストーンがありつつも、循環的に成長をしていくものと捉えられている。そうした、キャリア発達を示す分かりやすい例として岡本のアイデンティティのラセン式発達モデル(図表2)がある*4。

図表2 アイデンティティのラセン式発達モデル

このモデルは元来、生涯発達におけるアイデンティティの確立という文脈から出てきたモデルではあるが、キャリア発達という観点からも示唆に富んでおり、達成・モラトリアム・拡散の時期を何度も繰り返しながら発達していくことを示している。さらに、企業を取り巻く環境変化が激しくなるなかで、個人のキャリア発達は、一度確立すればその後は維持するだけでよいというものではなくなっており、多様化してきているといえるだろう。

こうした状況下で出てきたキャリア発達の概念として、日本でもよく知られている「計画された偶発性理論」がある。クランボルツによって提唱されたもので、不確実な出来事を学習の機会へと創造、変換することの重要性や、常に変化していく環境において、個人がその環境をチャンスと捉え、しなやかに適応していくことの大事さを示している理論である*5。

さらに、変化への適応に際して、個人のアイデンティティとの関連も踏まえた理論として、「プロティアンキャリア」がある。ホールによって提唱された概念で、組織にとらわれることなく個人が主体となり変幻自在に対応していくキャリアのことを示しており、変化の激しい環境におけるキャリアの形として論じられたものである*6。プロティアンキャリアの形成にあたっては、アダプタビリティ(主体的に適応しようとする力)だけでなく、アイデンティティ(個人の人生がどの程度統合されているか)の必要性を指摘している。参考までに、従来の伝統的なキャリアとプロティアンキャリアの特徴を図表3にまとめている*7。

図表3 伝統的キャリアとプロティアンキャリアの対比

2000年代以降、日本の教育現場においてもキャリア教育について語られることが増えてきた。そういう意味では、キャリアというのは、個人が主体的、自律的に形成していくものであるという感覚が、企業で働く若手・中堅社員にも広く浸透していると想定される。また、活躍する若手・中堅社員であればなおさらそうした志向が強いのではないだろうか。

加えて、転職に対する社会通念自体も変化している。現在、電車の中吊りなどを見ると多くの転職サイトが広告を出している様子がうかがえる。高度経済成長期の時代は転職すること自体が社会的にはばかられることという認識があったが、転職することはある種当たり前の時代にもなっている。また、SNSの普及などにより他企業の情報を知る機会は以前と比べて非常に多くなっている。

活躍する若手・中堅社員のうち離職を志向する層は、自組織において成果を積み上げているものの、組織内での昇進・昇格機会や成長機会に恵まれず、マンネリ感を感じている層ともいえる。上記の環境を踏まえると、成長する機会を求めて、ポジティブな理由で転職していく姿が想像できる。実際に、年収が比較的高い層の転職希望率が増えているという調査結果もあり、活躍者が組織から離脱していきやすい時代といえるのではないだろうか*8。

組織コミットメントと離職

続いて、組織側からの視点として、組織コミットメントという概念を取り上げる。これは、産業・組織心理学や組織行動学を中心に研究されている概念で、組織への帰属意識と関連するものといわれている。

この組織コミットメントは離職と関係性の深い概念ともいわれている。例えば、アレンとメイヤーは、組織コミットメントの結果変数として、リテンション(離職意思など)、生産的行動(欠勤率、成果など)、従業員側の幸福(精神衛生上の健康、身体的健康など)を挙げており、多くの研究で離職との関係性が確認されている*9。

組織コミットメントを構成する概念については、これまでに多くのモデルが提唱されてきており、大まかな流れを簡単にまとめる。松山によると、組織コミットメント研究の初期に提唱されたのがサイドベット理論である*10。これは、ベッカーによって提唱された理論で、組織コミットメントは組織と個人の交換関係の上に成り立つということを前提とする。これは、社員が組織に所属している間に築き上げたもの、今の組織を辞めたときに失うものなどを考慮して、転職を考えるという、功利的な打算によって組織コミットメントを説明する概念である。その後、組織コミットメントを考える上では功利的な概念だけではなく、組織が好き、気に入っているといった愛着的な概念が提唱されるようになり、功利的-情緒的の2次元で把握するモデルが表れた。

そうしたなかで現在最も支持されているモデルがアレンとメイヤーの3次元モデルである。このモデルでは、組織コミットメントを存続的要素、感情的要素、規範的要素の3次元に分けて理解している。存続的要素は組織を辞める場合の損得の知覚に基づくもので、功利的な概念に近しく、感情的要素は、組織への愛着的な概念に近しいと考えられる。規範的要素は、理屈抜きに組織にはコミットすべきであるというある種の忠誠心を示した概念である。

日本においても、1980年代以降、組織コミットメント研究が盛んになった*11。例えば、高木・石田・益田では、愛着要素、内在化要素、規範的要素、存続的要素という4つの概念で整理を行っている*12。内在化要素というのは、個人が組織の価値観と一体化していることを示しており、アレンとメイヤーの3次元モデルと比較すると、感情的要素が愛着要素と内在化要素に分離していることが1つの特徴であると考えられる。

個人のキャリア観の変化から見る組織コミットメントのあり方の変化

環境が変化し、個人のキャリア観も変わってきているなかで、個人と組織の間の距離感は確実に変容してきている。少なくとも組織への忠誠心という側面から見た、規範的なコミットメントによって組織への滞留を期待することは以前ほどできなくなっている。こうした環境下においては、存続的(功利的)なコミットメントや感情的(情緒的)なコミットメントで個人を惹きつけていく必要があるのではないか。

キャリアは自律的に形成していくものである、というキャリア観をもっている若手・中堅社員は自身のキャリアへの意識が高く、自身のキャリアに役立つかどうかに非常に敏感であると考えられる。組織にとどまることによってスキルが身につく、また優秀な人と働くことで自己成長ができるといった、個人のキャリアへの役立ち感がこれまで以上に重要なのではないだろうか。例えば、ある大手IT企業では、著名なプログラマーを採用することによって、そのプログラマーを尊敬する優秀な社員が入社してくるといった現象が起こったそうだ。

かつては同じ組織に長くいることによるメリットが比較的享受されやすかったが、近年では必ずしもそうではない。よって、個人が組織にとどまることによるメリットを感じられる環境がより重要になっている。一方で、そのような環境を整備することの難度は高い。その際、重要になってくるのは、個人のキャリアと仕事を結びつけることではないだろうか。個人のキャリア意向を理解した上で、自組織で働くことの有用性や仕事の意味づけを行うことが、現代の若手・中堅社員にとっての存続的、功利的なコミットメントにつながるのではないだろうか。「この組織にいると成長につながる」という積極的な打算がコミットメントを高める要素として見えてくる。

また、日本生産性本部「働くことの意識」調査では、新入社員を対象とした、働く目的についてという質問に対して、過去最高だった昨年度より減少したものの「楽しい生活をしたい」(昨年度42.6%→今年度41.1%)が過去最高水準で最も多く、続く「経済的に豊かな生活を送りたい」(同26.7%→同30.4%)が過去最高を更新した*13。さらに、本誌38号「組織コミットメント実態調査報告」では、“組織から気持ちが離れる瞬間”について、「上司との人間関係」「会社の方向性」「評価の正当性」「仕事のやりがい」という項目が上位に挙がっていた。

これらの結果は、現在の若手・中堅社員にとって、会社の理念や方向性に共感すること、仕事も含めて人生を楽しむこと、組織が個人のことを認めてくれていることが重要であることを示している。会社の理念を伝え個人の共感を引き出すこと、また思い切って個人に裁量を与え本人がやりがいを感じられるようにすることなどが感情的、情緒的コミットメントを高める上で重要になるだろう。

このように考えると、組織コミットメントの概念自体には大きな変化はないが、その内容は変化しており、組織主体の視点から、個人主体の視点で捉えることの重要性が増しているように感じる(図表4)。

図表4 組織コミットメントの内容的変化

今回は、活躍する若手・中堅社員の離職について、キャリア発達理論から見る個人のキャリア観の変化、それに伴う組織コミットメントのあり方の変化を中心にまとめてきた。従来の組織コミットメントの枠組みは、帰属意識という面から個人の心理的なメカニズムの理解を深める概念だが、そのあり方は徐々に変化してきている。組織に所属することに対するコミットメントではなく、その組織で働くことが個人にとってどのような意味があるのか、個と組織が共に生かし合える形での「コミットメント」をわれわれは改めて模索しなければならない時代になってきているのではないだろうか。

*1 厚生労働省「平成29年雇用動向調査」
*2 高橋弘司(1993)「組織社会化研究をめぐる諸問題―研究レビュー―」『経営行動科学』第8巻第1号1-22.
*3 Super,D.E.(1985). New dimensions in adult vocational career counseling.Occasional Paper No.106.Ohio State University,Columbus,National Center for Research in Vocational Education.
*4 岡本祐子(1994)『成人期における自我同一性の発達過程とその要因に対する研究』風間書房
*5 Krumboltz,J.D., & Levin,A.(2004). Luck is no accident:making the most of happenstance in your life and career.California:Impact Publishers.(花田光世・大木紀子・宮地夕紀子訳〈2005〉『その幸運は偶然ではないんです!』ダイヤモンド社)
*6 Hall,D.T.(1976). Careers in Organizations,Goodyear Publishing.
*7 渡辺三枝子(2007)『新版キャリアの心理学―キャリア支援への発達的アプローチ』ナカニシヤ出版
*8 厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析」
*9 Allen,N. J., & Meyer, J.P.(1990). The measurement and antecedents of affective,continuance and normative commitment to the organization. Jounal of Occupational Psychology,63,1-18.
*10 松山一紀(2005)『経営戦略と人的資源管理』白桃書房
*11 鈴木竜太(2002)『組織と個人―キャリアの発達と組織コミットメントの変化』白桃書房
*12 高木浩人・石田正浩・益田圭(1997)「実証的研究―会社人間をめぐる要因構造」田尾雅夫『「会社人間」の研究―組織コミットメントの理論と実際』第7章(P.265-296)、京都大学学術出版会
*13 日本生産性本部「平成30年度新入社員『働くことの意識』調査結果」

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.52 特集1「リテンションマネジメントを超えて― 若手・中堅の離職が意味すること ―」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

執筆者

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技術開発統括部
研究本部
測定技術研究所
所長

仁田 光彦

2009年リクルートマネジメントソリューションズ入社。入社以降、一貫して採用・入社後領域に携わり、若手の適応やメンタルヘルス領域についての研究を行う。 2010年より開発職として採用時のアセスメント開発、品質管理を担当。 2018年より測定技術研究所 マネジャー兼主任研究員。 2023年より測定技術研究所 所長。

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