連載・コラム
新人・若手社員の創造力・思考力を高める[問いを立て仮説する編集力] 第1回
VUCAの時代に求められる「アナロジカルシンキング」
- 公開日:2023/08/21
- 更新日:2024/05/16
最近は、新人・若手社員の頃から「創造力」や「思考力」を高いレベルで求める企業が増えている。これらの力を高めるには[問いを立て仮説する編集力]を身につけるのが肝要だと語るのは、公開型研修「リクルートマネジメントスクール」の人気講師、株式会社編集工学研究所 主任研究員の橋本英人氏である。問いを立て仮説する編集力とは何か。なぜ効果的なのか。橋本氏が3回にわたって語る。 第1回では、問いを立て仮説する編集力の基本となる「アナロジカルシンキング」について説明する。
話者
● 橋本 英人氏 株式会社編集工学研究所 執行役員/主任研究員
発想企画力、理念浸透、次世代リーダー養成、読書術、リベラルアーツ等の研修企画運営および研修トレーナー、共著に『探究型読書』(2020年)。
問いと本で対話と越境をおこす・一畳ライブラリー「ほんのれん」ディレクターを担う。
リクルートマネジメントスクールでは、『仕事に活かす「探究型読書術:Quest Reading」 〜本を活用して思考力を磨く〜(171)』や『アナロジカルシンキング 〜類推の力で新たな「ものの見方」を手に入れ、既存の枠組みを超えた仮説を生み出す〜(211)』の講師を務めている。
なお、編集工学研究所は、所長・松岡正剛のもと編集工学を活用した企画・開発事業を展開している。詳しくはこちら。
- 目次
- 正解を出す力よりも「問いを立てる力」が大切だ
- 「アナロジカルシンキング」がアイディアを生み出す
- アナロジカルシンキングは情報編集力に欠かせない思考ツールである
- 「自分らしさ」や「自社らしさ」を早期に発見していく
正解を出す力よりも「問いを立てる力」が大切だ
私たち編集工学研究所では、「問いを立て仮説する力」を重視しています。確からしい正解を出すことよりも、自ら問いを立てることの方が難しく、そこから新たな意味や価値を仮説する思考力がますます大事になっているからです。最近は「正解のない時代」といわれるようになり、そうした力の重要性を理解してもらえるようになりました。経営陣や人事の皆さんから相談を受けることも多くなっています。特に、「新人・若手社員が自ら問いを立てる力を高めてほしい」という要望が増えています。
その背景の1つには、変化の激しい時代、不確実な時代の到来があります。私たちはもはや、誰か(主に経営者やリーダー)が導き出した“正解”に頼れなくなりました。一時的に正解のように見えていたものが、すぐに見当違いなものに変わってしまうことがしばしば起こり、何かが確実である、ということを信じられなくなっています。そうした世のなかでは、変化を恐れずに、自ら問いを立てて仮説し、主体的に行動を起こしつづけることが欠かせません。新人・若手もその例外ではなくなった、ということです。
これは極めて大きな変化です。その背後には、貨幣制度や教育やマスメディアのあり方から、定時までオフィスで勤務するような働き方まで、近代国家が用意した根本的な概念や仕組みや制度が、ゆらぎ始めている状況があります。そこにはもはや正解はありません。新型コロナウイルスのパンデミックがその問い直しの契機の1つになりました。ビジネス環境においても、経営/管理職レベルの組織運営のあり方から、個人レベルの働き方/生き方まで、見直しが起こっています(一部の大手企業は、オフィスに完全出社にするなど、コロナ前のビジネス・労働環境に戻りつつありますが)。こうした劇的かつ急速な変化に対して、経営者から若手までが個別に対峙する必要のある時代になったわけです。
そこで今回、3回にわたって、「なぜ新人・若手社員に問いを立て仮説する編集力が必要なのか」を語ります。なお、これから詳しく説明しますが、問いを立て仮説する編集力のために、多様なものの見方で「知をつなぐ力」(アナロジカルシンキング)、見方を借りて「問いや『観』を磨く力」(探究型読書)、独自の解や見方を発見する「推感仮説力」(アブダクション)を紹介していきたいと思います。今回は特に、知をつなぐ力(アナロジカルシンキング)にフォーカスします。
「アナロジカルシンキング」がアイディアを生み出す
問いを立て仮説する編集力の基本となるのが、「アナロジカルシンキング」です。ロジカルシンキングは有名ですが、アナロジカルシンキングという言葉は、はじめて耳にする方が多いかもしれません。しかし現代社会では、アナロジカルシンキングは、ロジカルシンキングと同じくらい、あるいはそれ以上に重要な思考法です。
アナロジーとは「類推」のことです。ある対象と似ているものを見つけ、それを借りてきて、あてはめて考えたり行動したりすることを意味します。実は、私たちは類推思考=アナロジカルシンキングを子供の頃から無意識に行っています。例えば子どもが、鳥が木に止まっているのを見て「木は鳥の椅子だ」と理解したり、鳥が巣の周囲の木々を飛び回るのを見て「木は鳥の庭だ」と考えたりするのは、アナロジカルシンキングです。
また、「あの人は猫っぽい」と考えるとき、猫の特徴とその人の特徴の類似点を捉えて「猫っぽい」と判断しています。はじめて使う新商品を手にしたとき、説明書がなくてもある程度使えることが多いのは、別の商品と類似する構造や機能を覚えていて、そこから類推して適応しているためです。私たちは、日々こうやってアナロジカルシンキングを使いこなしています。なかでも日常会話や遊びのなかには、アナロジーが溢れています。
ビジネスパーソンがよく学ぶ「ロジカルシンキング」は、物事を証明したり説明したりするうえで欠かせない思考法です。しかし、論理的に考えるだけでは、思考の枠組みから逸脱することがたいへん難しい。徹頭徹尾、辻褄が合うことが優先され、逸脱や飛躍が基本的には排除されるからです。ロジカルシンキングだけでは、なかなか飛躍が起こらず、異質なアイディアが生まれにくいのです。新しいアイディアを生み出すためには、AとBは似ていると考えつくことを連想の翼にして、意外な見方や視点の飛びを面白がり、発想の飛躍を起こすアナロジカルシンキングが有効です。ロジカルシンキングとアナロジカルシンキングは、どちらも大切な思考法なのです。
私たち編集工学研究所は、編集の型を活用することで、アナロジカルシンキングの可能性や再現性を高め、元々持っているアナロジーの力を生かし、仕事において活用するスキルを伸ばすプログラムを用意しています。リクルートマネジメントスクールの3時間コース『アナロジカルシンキング ~類推の力で新たな「ものの見方」を手に入れ、既存の枠組みを超えた仮説を生み出す~(211)』では、そのエッセンスをお伝えしています。
アナロジカルシンキングは情報編集力に欠かせない思考ツールである
以上のことを少し俯瞰的に眺めてみましょう。編集工学研究所では、そもそも、私たちの頭のなかで起こっている思考プロセスを、図表1のような「編集の4プロセス」として捉えています。私たちは普段、情報をインプットしアウトプットしている、つまり情報を「編集」していますが、その間はブラックボックスです。自分の頭のなかで行っている編集行為に、ほとんど無自覚なのです。ところが、私たちは思考する(編集する)とき、情報を収集、関係づけ、構造化、演出を行っていると捉えることができます。このプロセスを意識し、自分なりのクセに気づき、「編集の型」を生かせるようになると、漠然とした思考を意図的にマネジメントできると考えています。
この情報編集プロセスを豊かにするうえでのポイントとなるのが、「連想」と「要約」です。連想について、ここで特に考えてみましょう。アナロジカルシンキングの研修コースでも実践するのですが、私たちはある対象を見たときに、それぞれ異なるものを連想します。例えばコップを見たとき、コーヒーやお酒を思い浮かべる人もいれば、朝の歯磨きを思い出す人、コップにお花を生けたところを想像する人もいます。私たち一人ひとりに、連想のクセがあるのです。そのことを理解し、意図的に見方を動かし、似ているものを思い浮かべる(アナロジーを活用する)ことで、コップの使い方や価値をさらに思いつけるようになります。
このようにアナロジカルシンキングは、柔らかな発想力の起点となる連想に欠かせない思考ツールの1つといえます。
<図表1>編集の4プロセス
「自分らしさ」や「自社らしさ」を早期に発見していく
編集工学研究所が大切にしていることの1つに、「らしさ」の言語化があります。「自分らしさ」や「自社らしさ」は顧客やファンを惹きつける、もしくは、組織の求心力を支える見えない資産といえます。自分や自社らしさを言語化して、自己や自社理解を深めることが、将来の「ありたい姿」を考えるベースの1つであると考えています。
社員が新人・若手社員の頃から「自社らしさ」を言語化したり、何に共感しているのかを認識したりできると、自社の強みや課題だけでなく、自社らしさをベースに発想できるようになるのです(図表2)。新たな商品サービスの企画開発や新規事業開発のお手伝いをすると、「なぜ自社がやる必要があるのか」もしくは「なぜ自分はこのサービスを行いたいのか」という根幹となる部分が抜けた提案やプレゼンになることが多いと相談を受けることがあります。「らしさ」の言語化や共感によって自社理解が深まることは、こうした発想のベースを育むだけでなく、従業員エンゲージメントを高めたり、個人のモチベーションを向上させたりすることにも直結します。現代は、「らしさ」という見えない資産を活用することがますます大事な時代に差しかかっています。
<図表2>未来を描く土台としての「らしさ」
アナロジカルシンキングは、この「らしさ」の言語化にも効果的です。編集工学研究所では「見立ての編集稽古」をよく行います。見立てとは、日本古来のアナロジカルシンキングともいえます。例えば、月見うどんは、卵の黄身を月に見立てています。親子どんぶりは、鳥と卵の親子関係をどんぶりのなかに見立てた食べものです。日本人は、このようにして何かを何かに見立てるアナロジカルシンキングが昔から大好きなのです。
「では、自社をカニに見立てたら、どんなカニでしょうか?」「左右のバランスは取れているでしょうか?横歩きばかりしてませんか?」見立ての編集稽古では、例えば企業の皆さんにこのような問いを投げかけます。すると不思議なことに、ロジカルな考え方では時間がかかる、もしくは、一人ひとりの意外な視点や見方が排除されてしまう「自社らしさ」が、生き生きと浮かび上がってきます。
私たち一人ひとりが、いま社会に生きるうえで求められているのは、自分なりの見方や問いを持って、自分と自社の「ありたい姿・将来」について仮説を立てることです。そのプロセスでアナロジカルシンキングを活用し、「自分らしさ」「自社らしさ」という見えない資産を新人・若手の段階から明らかにしていくことが、自分と自社の将来を描く土台になります。
連想を動かし、「らしさ」を生かしながら豊かな関係の発見を促すアナロジカルシンキングが、「問いを立て仮説する編集力」を支える思考力であることを感じていただけましたでしょうか。アナロジーは特別なものではなく、私たちが普段から無意識に使っている思考です。それに気づき、ビジネスの現場においても日々意識して活用することをお勧めしています。
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