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人的資本経営の実現に向けたエビデンス・ベースドHRM 第3回 論考

人事の対話を豊かにするエビデンス・ベースドHRM

  • 公開日:2023/07/10
  • 更新日:2024/05/16
人事の対話を豊かにするエビデンス・ベースドHRM

人事が取り組むべき新しいテーマとして、「人的資本経営の推進」、その実現に向けた「事実や根拠に基づいた人材マネジメント(エビデンス・ベースドHRM)」の重要性が高まっている。人材マネジメントに有効なエビデンスにはどのようなものがあるか、得られたエビデンスを経営や現場の課題解決に生かすとはどういうことか。3回にわたり、ご紹介していく。

第1回 経営視点から見たエビデンス・ベースドHRMの意義
エビデンスを使いこなすには対話とストーリーが欠かせない 座談会 
旭化成・キリンホールディングス・富士通

第2回 ピープルアナリスト×HRBPの本音
人事データの戦略的蓄積がHRBPと事業現場の対話を生み出す 座談会 日本電気・LINE

第3回 人事の対話を豊かにするエビデンス・ベースドHRM
リクルートマネジメントソリューションズ HAT Lab所長 入江崇介 第3回では、第1・2回の座談会および識者への取材、各種レポートをふまえ、エビデンス・ベースドHRMについての考察をまとめた。

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.70 特集1「エビデンス・ベースドHRM─対話する人事」より抜粋・一部修正したものです。


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エビデンス・ベースドHRMとは
データと現場感で捉える組織の実態
科学的知見で巨人の肩の上に立つ
ステークホルダーの目線に立って価値観・関心を捉える
最後の拠り所となる専門家の実践知

エビデンス・ベースドHRMとは

何かの説明をすると、「具体的なデータは?」と問われることがある。「データは客観的」と考え、意思決定の際になるべくデータを確認しようとする人も少なくない。

しかし、いざ自分が意思決定を行うときを考えると、データ以外のさまざまなことを考慮に入れているのではないだろうか。レビュー*1 でも紹介したように、経営領域のエビデンスに基づく実践であるエビデンス・ベースド・マネジメントでは、意思決定の際に用いるエビデンスには「組織の実態」「科学的知見」「専門家の実践知」「ステークホルダーの価値観・関心」の4つがあるとしている。

これら4つのエビデンスに基づく人事のことを、ここでは「エビデンス・ベースドHRM」と考えることとする。

例えば、「自社でエンゲージメントが低下している」という組織の実態を捉え、「エンゲージメント向上の良い方法はないか?」と実践知である企業事例や科学的知見を探し、「エンゲージメントを高めるために人事制度を変更しようと思うが、従業員にどのような影響があるか」とステークホルダーへの影響を考え、最終的な人事制度変更の判断を行う。このような取り組みがエビデンス・ベースドHRMである。以下では、それぞれのエビデンスの特徴や価値を考えていく。

*1 「エビデンスに基づいた実践とは何か-先行研究から見るエビデンス・ベースド・マネジメントの概要

データと現場感で捉える組織の実態

組織の実態は、データで捉えられるものもあれば、日々の仕事経験のなかで捉えられるものもある。「現場のことは、現場が一番分かっている」という言葉に象徴されるように、日々の仕事経験のなかで捉えられるものが多いことは確かである。それゆえ、現場から離れている人事の提案が、なかなか現場に受け入れられないこともある。

このようなとき、NECとLINEのピープルアナリストとHRBPの座談会*2 にあるとおり、組織の実態を示すデータが、現場と人事の距離を近づける架け橋となる。データで表された「お互いに共有できる事実」によって、同じ目線で対話ができるようになるからである。

データのもつ力は、それにとどまらない。座談会*2 にあるとおり、データで表された事実と日頃の実感にはギャップが生じることもある。そのようなギャップを注意深く掘り下げることで、新たな事実が浮かび上がり、本質的な問題が発見されることもある。それゆえ、データと現場の担当者が抱いている直感を組み合わせることも大切だと考えられる。

*2 人的資本経営の実現に向けたエビデンス・ベースドHRM 第2回 座談会2「人事データの戦略的蓄積がHRBPと事業現場の対話を生み出す

科学的知見で巨人の肩の上に立つ

星野氏*3 と須田氏*4 の話にあるとおり、学術の世界には多くの先行研究があり、今日的な課題解決のために応用できる知見が多い。一方で、それらの知見は、意外と知られていないことも多い。筆者が人事担当者向けに実施した勉強会でも、著名な研究や理論を知らない人は思った以上に多かった。一方で、それらの研究や理論の内容に触れた後には、「役に立ちそう」という感想が得られた。調査報告*5 では、データ活用で成果を上げている会社の人事は、科学的知見も学んでいる傾向が見られた。また、研究報告*6 で紹介した弊社の取り組みも、先行研究の知見を活用したものである。

科学的知見を実務で生かすためには、旭化成のように直接研究者の協力を得たり、博士号取得者などを雇用したり、さまざまな方法がある。自分自身も科学的知見について理解を深めていれば、そのような方法でコラボレーションする専門性の高い人材とより良い対話ができるだろう。

論文を読んだり、大学に通って学んだりといったことは、ハードルが高いかもしれない。しかし、研究者が一般読者向けに書いた書籍や、研究と実践の距離を近づけるために学会が会員以外にも公開しているセミナーなどもあり、科学的知見を学ぶ機会は豊かにある。

*3 慶應義塾大学 星野 崇宏氏「データも実証研究も人間の行動原理の表れ 幅広い視点で活用せよ
*4 青山学院大学大学院 須田 敏子氏「人的資本の構築戦略はSHRM研究に豊富に蓄積されている
*5 人事データ活用に関する実態調査「経営・人事や従業員に有益な人事データ活用とは
*6 「新人・若手オンボーディングのメカニズム

ステークホルダーの目線に立って価値観・関心を捉える

エビデンスに基づく取り組みの本質は、「より良い成果の得られる確率が高まるように、意思決定をする」ことである。そのためには、「どのステークホルダーに、どのような影響を及ぼすのか」を考えることは欠かせない。その前提として、ステークホルダーの価値観や関心を捉えることも重要だ。日々、さまざまなステークホルダーと対話することが必須となるだろう。

社内のステークホルダーに焦点を合わせた際に大切になるのは、キリンの「イコールパートナー」という考え方や富士通の「パーパスドリブン経営」のように、従業員と経営、従業員と人事などがそれぞれWIN-WINになることを徹底的に考えることである。

施策の実施にあたっては、見込まれる価値をステークホルダーに伝えていかなくてはならない。その際大切になるのは、人事責任者の座談会*7 で語られていたように「ストーリー」である。人事施策であれば、従業員にとって、押し付けられたものではなく、「自分も取り組みたい」と思えるものになるように新たな施策などを伝えていくことが大切である。

*7 人的資本経営の実現に向けたエビデンス・ベースドHRM 第1回 座談会1「エビデンスを使いこなすには対話とストーリーが欠かせない

最後の拠り所となる専門家の実践知

「日頃から現場を見つめ、自社の問題を定式化する」「社内外のさまざまなソースからエビデンスを収集する」「自分なりの基準で、エビデンスを吟味する」「吟味したエビデンスを、問題解決のために統合する」「エビデンスを用いて意思決定を行い、施策の実行などを行う」「意思決定や実行の成果を評価する」のように、エビデンス・ベースドHRMのプロセスを遂行するのは、実践知をもつ専門家としての人事である。過去の実践で積み重ねてきた経験や、学んできたさまざまな他社の事例に関する知識などが、このプロセスのなかで生きてくる。

エビデンスは重要だが、さまざまなエビデンスを収集した際、時には矛盾する内容や、仮説とは合わない内容が得られることもある。このとき、どのエビデンスを選択するのか、事前の仮説と得られたエビデンスのどちらに基づくのがよいのか、悩ましい判断を迫られることもある。このときに大切になるのは、人事責任者座談会*7 にあるように実務家の「信念」である。

「エビデンスを重視する」というと、判断の基準を自分の外に置くかのような感覚があるかもしれない。しかし、最後に大切になるのは、自らのなかの基準であることを忘れないようにしたい。

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.70 特集1「エビデンス・ベースドHRM─対話する人事」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

執筆者

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所長

入江 崇介

2002年HRR入社。アセスメント、トレーニング、組織開発の商品開発・研究に携わり、現在は人事データ活用や、そのための測定・解析技術の研究に従事する。
日本学術会議協力学術研究団体人材育成学会常任理事。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会上席研究員。昭和女子大学非常勤講師。新たな公務員人事管理に関する勉強会委員。

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