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気鋭の経営学者・宇田川准教授に学ぶvol.4

組織を変える可能性は、面倒な対話の先にあり

  • 公開日:2019/03/25
  • 更新日:2024/04/02
組織を変える可能性は、面倒な対話の先にあり

経営学の分野から注目を浴びる「社会構成主義」という思想と、それに基づいて対話により問題を“解消”する「ナラティヴ・アプローチ」。この分野の第一人者である埼玉大学大学院の宇田川元一准教授をお迎えし、2冊の参考図書を用いて自主研究会を行っています。

前回は、私たちの思考や行動に制限を与えている「支配的なナラティヴ」を自覚し、対話を通じて新しい可能性を生み出すためのヒントを学びました。最終回である今回は、ビジネスの現場で起こった生成的な対話の事例や、対話型組織開発の実践者に向けての宇田川氏からのメッセージをお届けします。

「この話し合いの目的は何ですか?」現場で感じる対話の難しさ
企業のビジョン刷新に見る生成的な対話例
善か悪かではなく、新しい「語り」の可能性を見出す
対話とは現実をつくり出すプロセスである

〈今回の参加者〉 ※五十音順
宇田川 元一氏(埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 准教授)
口村 圭氏(コクヨ株式会社 経営管理本部 人事総務部 統括部長)
古城 春菜氏(ソニーコーポレートサービス株式会社 人事センター ダイバーシティ&エンゲージメント推進部)
古藤 遼氏(ヤフー株式会社 カンパニーPD本部 PD企画部 ER企画2)
新倉 昭彦氏(株式会社電通 キャリアデザイン局 シニアディレクター)
本郷 純氏(株式会社LITALICO 執行役員)
和光 貴俊氏(ヒューマンリンク株式会社〈三菱商事グループ〉 代表取締役社長)
〈弊社メンバー〉
荒金 泰史(HRアセスメントソリューション統括部 INSIDES SURVEY 開発マネジャー)
藤澤 理恵(組織行動研究所 研究員)

「この話し合いの目的は何ですか?」現場で感じる対話の難しさ

古藤:現在ヤフーでは、社内のみんなで調和しながら仕事を進めていくために、できるだけ業務を標準化していこうという話があります。

一般的に良いといわれる仕事の進め方は、書籍やインターネットでたくさん紹介されていますし、私もそれらに触れてきました。だからこそ、できるだけ知識や経験を排除して対話しようと考えています。ところが、話し合いを進めていくなかで、自分が良いと感じている仕事の進め方に引き寄せてしまっていることに気づきまして……。
それでは生成的な対話にならないので、あえてアジェンダを立てずにヒアリングしようとすると、今度は相手から「この話し合いの目的は何ですか?」と質問されてしまうこともあるんですよ。話し合いをビジネス上の何に帰着させるのか、結論を焦ってしまう気質のようなものがあるなあと感じています。対話の難しさをとても実感しているところです。

「この話し合いの目的は何ですか?」現場で感じる対話の難しさ

新倉:たしかに、結論ありきの対話は生成的ではないかもしれませんが、目的や目標を聞いてはいけないとなると、ビジネス上の会話をどう進めていけばいいんだろうと思ってしまいます。例えば会議の場合、最初に「○○のための会議です」などと言って始めることが多いですよね。もし、テーマ設定なしで始めたら、どうなってしまうのだろうと感じました。

口村:それは仕事の目的によるのではないでしょうか。例えば、今ある技術で解決できるような課題なら、目的を明示したらいいと思います。
一方で、「将来どうあるべきか」とか、そういう抽象的な対話の場合、落としどころから入ってしまうと、見えるはずのものも見えなくなってしまうのではないでしょうか。

新倉:なるほど。ただ私の場合は、仕事の標準化という問題は、技術的な問題なのか、それ以外の問題なのか、どっちなんだろうと考えてしまいますね。

口村:仕事の進め方に正解を求めて、たった1つのやり方に収斂させていくというアプローチだとすると、対話的だとはいえないかもしれないですね。

宇田川:古藤さんは、仕事の進め方を考えていくプロセスに重きを置きたいわけですよね。しかしながら、「どんな仕事の進め方がいいのか」と結論ありきになってしまうと、世に転がっているものでいいじゃないかとなるわけです。

だから、あえてそれを設定しないでいくのだけれど、今度は社員のみなさんから「何なの?」という反応をされることで悩んでいるのですね。

企業のビジョン刷新に見る生成的な対話例

企業のビジョン刷新に見る生成的な対話例1

本郷:7年前にLITALICOは、ビジョンを策定しました。そのときのプロセスが生成的とまでいかないかもしれませんが、結論ありきではない発想で行うことができたと思ってます。

弊社のビジョンは「障害のない社会をつくる」です。ここでいう「障害」はすべての人が生きていくなかで感じる生きづらさや困難であると定義しており、その生きづらさの原因は、個人ではなく社会の側にあるのではないかと考えています。
この発想はビジョンについて繰り返し話し合うことで、辿り着きました。

「障害とはなにか」にどう答えるかは重要なテーマの1つだったのですが、当社のこれまでの、障害のある方への就労支援や発達が気になるお子様向けの教育支援等の取り組みを考えたときに、本来、人や子供はそれぞれ違いがあるのに、個々に合わせた教育がないことや、社会での多様な活躍の機会が少ないこと自体が問題なのではないかという考えに至りました。
つまり、障害を個人に内在されたままにするのではなく、社会側に外在化することで、解決可能なものにできたこと。また、障害は特定の人が抱える問題に留まらず、すべての人に関わるものであると置けたこと。これにより、多くの人が自分事として考えられるテーマとして関わりを増やせたことが、今考えると生成的だったのかなあと思ってます。

宇田川:社名もウイングルからLITALICOに変わったと聞きましたが、最初からLITALICOと決まっていたわけではないですよね。どのようなプロセスを経て生まれたのでしょうか。

本郷:その当時行っていた事や今後、自分たちが行っていきたい事や状態像(=ビジョン)を考えたときに、以前の社名や付随するイメージとは異なるのではないかと思い、全社を巻き込み、今の社名が生まれました。

宇田川:事業が広がっていくなかで、社名やビジョンに違和感が出てきたわけですね。違和感というものに対する応答として、これまでの社名やビジョンを刷新することになったと考えられると思います。LITALICOで行われたのは、まさに対話的なプロセスですね。

企業のビジョン刷新に見る生成的な対話例2

善か悪かではなく、新しい「語り」の可能性を見出す

宇田川:本郷さんのお話がいい例ですが、大事なのは違和感、おさまりの悪さみたいなものがなぜ生じるのか、それをどう扱っていくのかということです。

違和感に対して「これはおかしい」とクリティカルに批判するやり方もあるのだけれど、善か悪かで考える二分法そのものに疑いの目を向けて、それ以外の語り方に可能性を見出していけると考えています。善か悪かではなく、もっと違うものをつくる方向に向かっていくのが、対話型組織開発の過程の面白さを表しているし、社会構成主義のスタンスなのです。

ようするに、違和感を新しい理解などに転換したいわけですが、その際に大事なのが「多声性(さまざまな声)」だと思うんですよね。この場にもいろんな会社、いろんな仕事、いろんな立場の人がいます。
ビジネスの現場で働いているみなさんは、何かしら違和感や多声性を持っているわけです。ということは、当然、対立することもある。当たり前だと思っているものと違う声が入ってくるから、対立は避けられないというより、あってしかるべきなのです。

みなさんの組織のなかで、大きいものも小さいものも含めて、対立があると思います。なかなか解決できずに、閉塞感を抱いている方もいるかもしれません。けれど、こう考えてみてください。閉塞感があるからこそ、新しい可能性がそこにあるのだと。

善か悪かではなく、新しい「語り」の可能性を見出す

和光:同じ人でも、状況に応じて別の声が生まれることもあるのではないかと思うのですが、それも含めて多声性でしょうか。それとも、個人はワンボイスという前提なのか、その辺はいかがですか?

宇田川:前者です。我々は実にいろいろな声を持っています。それをどう引き出すかというのも考えていきたいですね。例えば、何か質問するときに「なぜ?」ではなく、「きっかけは?」などと質問を変えてみると、出てくる答えも変わります。問いかけの仕方を、ぜひ意識していただきたいです。

対話とは現実をつくり出すプロセスである

宇田川:さて、そろそろ終わりの時間も迫ってきました。みなさん、この場で話しておきたいことがあればぜひ。

対話とは現実をつくり出すプロセスである1

古城:ソニーは長年、障がいのある方の雇用を行ってきたのですが、身体や知的、精神など、様々な障がいの特性に応じた配慮ができる環境づくりが進んでいます。たとえ職場としてサポートの事例が少ない障がいであっても、その人に必要な配慮を遠慮なく相談し、存分に活躍して欲しい。それが今回、社会構成主義の考え方に触れて、今こそ声を拾って、行動を起こすタイミングかもしれないと考えるようになりました。

宇田川:多声性を掘り起こすことってすごく面倒なんです。でも、それを掘り起こすからユニークなものが生まれてくる。きっと、ソニーの井深さんや盛田さんも、世のなかの当たり前から離れて、さまざまな声を掘り起こすことにチャレンジしてきたのだと思うのです。その結果、ソニーというイノベーティブな企業が生まれたのではないでしょうか。

最後にもう1つ大切な話をさせてください。
かつて夏目漱石は、「近代日本の開化」という講演で、日本の文明開化は上滑りであると述べました。近年バブル崩壊後、いろいろなマネジメントセオリーが輸入されては消費されてきた現象を漱石が見たとしたら、きっと同じように嘆いたのではないでしょうか。上滑りしてしまうというこの背後には、文明自体やセオリー自体に問題があるというよりも、私たちがそれらを再文脈化させるという、面倒なことに取り組んでこなかったことがあります。

私たちにとって、新たな知識はいったい何の意味があるのだろうか。そもそも、私たちはいったい何者で何を大切にし何を理想としているのか。そうしたことをもう一度しっかりと考えた先に、さまざまな知識は居場所を獲得し、私たちの味方として大いに役に立ってくれます。そのことに取り組む大切さを確認しておきたいのです。

この場で語られている対話がどんなことを指しているかというと、わざわざいろいろな声を掘り起こす作業のことです。人間がこれまで取り組んできた面倒くさいプロセスをもう一度、辿っていくということなんですね。今の時代に対話が重要であると考えられるのは、対話は面倒くさいけれど再文脈化という取り組みを通して現実を生み出していくプロセスだからですよね。それをもう一度、みんなでやりましょうということを、あらためてみなさんにお伝えしたいと思います。それでは、今回はこれで終了です。全4回にわたるゼミにご参加いただき、ありがとうございました。

対話とは現実をつくり出すプロセスである2

みなさんが抱く違和感や閉塞感の先には、新しい可能性があります。善か悪かではなく、新しい対話の可能性を追求し、さまざまな声を丁寧に拾っていくことが、今ある組織を進化させることにつながるのです。組織開発に携わる方はぜひ、対話の持つ力に着目してください。

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