気鋭の経営学者・宇田川准教授に学ぶvol.1 組織をつくる「対話」の力とは?

企業経営を取り巻く環境は年々複雑さを増し、答えのないVUCAワールドの到来を多くの方が肌で感じていると思います。時代の変化、市場・産業の変化は構造的なものであり、目の前の課題を右から左へ解決していくだけでは、新しい未来が拓けそうもない。もしかしたら、何かを根本的に変えなくてはいけないのではないか──。
そんななか、経営学の分野から注目を浴びているのが、「社会構成主義」という思想と、それに基づいて対話により問題を“解消”する「ナラティヴ・アプローチ」です。
この分野の第一人者である埼玉大学大学院の宇田川元一准教授をお迎えし、2冊の参考図書を用いて、本格的な自主研究会を行いました。

本記事では、「真に組織が変わる」ことを考え実践してきた人事責任者の方々と共に学んだ、全4回の自主研究会の第1回の模様をレポートします。


〈今回の参加者〉 ※五十音順
宇田川 元一氏(埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 准教授)
口村 圭氏(コクヨ株式会社 経営管理本部 人事総務部 統括部長)
古藤 遼氏(ヤフー株式会社 コーポレートグループ コーポレートPD本部 働き方改革推進室長)
新倉 昭彦氏(株式会社電通 人事局 人事企画部 専任部長)
本郷 純氏(株式会社LITALICO 執行役員)
三橋 新氏(Sansan株式会社 人事部 労務・制度チーム コーチ)
和光 貴俊氏(ヒューマンリンク株式会社〈三菱商事グループ〉代表取締役社長)

〈弊社メンバー〉
荒金 泰史(HRアセスメントソリューション統括部 INSIDES SURVEY開発マネジャー)
藤澤 理恵(組織行動研究所 研究員)

現実は多元的である

宇田川:ナラティヴ・アプローチについて「ソレはどんな問題を解決する方法ですか?」と質問されると、「まずは、その考え方を見直すことが第一歩なのですよ」とお話しするんです。ナラティヴ・アプローチや「対話型組織開発」は、単なる手法論の話ではありません。
方法に非ずを理解するためには、まずは社会構成主義の思想に触れることが重要です。社会構成主義とは、古くは1960年代に遡る思想で、「現実は多元的であり、私たちの目の前に現れているのは、そのなかのごく一部、もしくはその一面にすぎない」というものです。

現実は多元的であるとは、どういうことか。例えば、「熱い」「冷たい」というのも絶対的なものではありません。温度という「枠(フレーム)」があるから、熱いものがあり、冷たいものがあると言えるのです。つまり、我々は何かしらの「枠」のなかに入った状態でしか、物事を見ることができません。この「枠」のことをケネス・J・ガーゲンは「物語(ナラティヴ)」と言いました。

「枠」について考えるとき、差別をイメージすると理解しやすいと思います。たとえば、LGBTへの差別は、異性愛がノーマルであるという枠によって生み出される差別です。差別は「枠の内と外」をつくり出すことで、その外側を問題化する行為だと言えます。反対に、社会的に弱い立場の人たちを擁護する社会的包摂(インクルージョン)は、これまでの「枠」を、新しい人たちを含む「枠」に変えていくことなのです。対話型組織開発が何を目指しているのかというと、対話を通じて組織におけるこの枠組を変える(物語を書き換える)ことなのです。

対話により問題を“解消”する「ナラティヴ・アプローチ」とは?

次に、「ナラティヴ・アプローチ」について考えてみましょう。診断型組織開発に代表される旧来のマネジメント・セオリーや思想は、組織のなかにある問題を既存のフレームワークから診断的に特定し、それを取り除いていくことを中心とした考え方でした。この考え方でいくと、ある意味で組織は病者であり、それを何らかのスキルを持った人間が治療するという考え方になります。
一方、ナラティヴ・アプローチは、対話を通じて、組織に新たな意味を生成することを目的としています。そのために、先程の「枠」の隔たりのなかで生じる問題に対して、その隔たりに橋を架けるような対話的取り組みが必要になってきます。簡単な例を出して考えてみましょう。

Aさんが、自分の所属するチームで新しい取り組みをしようとしています。しかし、上司から「それはやる必要がない」と反対を受けました。するとAさんは、いかにこれが正しいかを説得しようとします。そのために、現在のチームや事業の問題を外部のツールなり考え方なりを用いて診断して、自分の提案を正当化しようとするでしょう。しかし、説得がうまくいかないこともありますね。こういった場合、往々にして良い結果につながらないのはたやすく想像できます。

どうしてかというと、それは上司とAさんは先程述べた「枠」が違うからです。実は、Aさんも上司もこの枠の違いの「なか」で、新しい取り組みを判断しているため、お互いに言っていることが通じないのです。さらに、難しさを生むもう1つの要因である、お互いに同じチームだから、分かり合う努力をしなくても分かるだろうという思い込みが、相手との違いを見えにくくさせています。
ナラティヴ・アプローチにおいては、この「枠」のどちらが正しいかを競うのではありません。なぜならば、枠内において互いにそれぞれ正しいからです。
そうではなく、互いの隔たりに接点をつくろうとします。そのためには相手の「枠」をよく知ることが大切ですし、そもそも相手の「枠」を、知る価値のあるものであるということを受け入れることがスタートなのかもしれません。こうした対話的な態度と取り組みを通じて、新たな意味が生成されることを目指すのがナラティヴ・アプローチなのです。

組織変革を考えるときには、論理的な違いよりも、むしろ同じ組織においても、立場や職種が異なれば、異なる「枠」で日常を理解しているということを、よく考慮する必要があります。
それぞれの組織の置かれている状況への理解に隔たりが生じ、それ故に、論理的に変革を展開しても、かえって問題に対する違いばかりが強調されるという皮肉な結果に終わる可能性があるからです。
この隔たりは埋めようとするのではなく、隔たりがない部分をつくり出すために、新たな「枠」を構築することが組織変革にとっては第一歩なのです。

人事やコンサルタントの使命は「媒介」になること

新倉:こういう勉強会で理解を深めても、いざ会社に戻ってこの話をしたところで、現場からは「対話?」「社会構成主義って何?」という反応が返ってくるのが目に見えています。そこをどうかみ砕いて理解を促し、実践につなげていくかが悩ましいです。

宇田川:現場の人たちが持つナラティヴと知識、それと我々が身に付けた知識との間に、接点を持つことが必要ですね。そこにこそ対話が求められるということではないでしょうか。

新倉:流行りの言葉で、やれ「1on1だ」「対話だ」と手法的に飛びついても、真の意味を分かってやらなければ危険じゃないですか。組織における上司と部下にはパワーバランスもあるわけですし。

宇田川:対話とは何かを理解することは大事です。対話とは、相手との間に接点を持って、自ら枠組を変えていくということですからね。

新倉:誰にでもすぐにできることではないし、訓練をする必要があると感じています。

宇田川:それをできるように支援するのが、対話型組織開発コンサルタントやみなさんのような人事の仕事だと思います。つまり、学び方を学ぶということ。相手の土俵に立って、相手を知る方法を知る……そのための存在です。

口村:人事の仕事をしていると、社員同士のトラブルの仲裁のような仕事がよくあります。100人いれば100人分の「物語」があり、ちょっとしたボタンの掛け違いが諍いの発端であることが多いのですが、当事者にその話をしてもなかなか伝わりません。
「100人いれば100人分の物語がある。だからこそ対話が大事」ということなのですが、「会話ならしている」という反応がくることも。そこをどのように分かってもらうか、日々苦心しています。

宇田川:お互いに物語を持っていて、対立をしているわけですね。
異質なものに接点を与えさえすれば何かが生まれるわけではない。そこには媒介するもの(メディア)が必要だということです。異質な2つの物語の媒介となり、新しい枠組をつくるアクションがあるから、我々は対立を生成的に結び付けられるのだと思います。

「対話」は希望を掘り起こす

三橋:私は、日常での対話の場が少なくなっていることに課題を感じています。リーダーもメンバーも忙しすぎて、1on1で結局は業務の進捗を話しているケースもあるようです。真の対話の場をつくっていくことが大事だと思っています。

宇田川:対話の場が少ないことについては、みなさんも感じていらっしゃるのではないでしょうか。

荒金:少し角度が違うかもしれませんが、弊社は人材の入れ替わりが激しい会社です。今いる人たちの対話もそうですが、先人たちとの対話も足りなかったので、受け継ぐものが少ないと感じています。きっともっと私たちの知らない、眠っている情報がたくさんあると思います。これらをどう引き出していくのか。時間軸を意識しながら対話を増やしたいと考えています。

宇田川:「受け継ぐもの」すなわち伝統がなぜ重要なのか。それは、我々が物語を身にまとうための重要なリソースだからです。物語はさまざまなことを緩和する役割があります。例えば、ハードな出来事を経験すると、それを受けとめられず流れていってしまったり、必要以上に自分が壊されてしまいます。それが、語ることによって理解可能なものに変換できるのです。物語があるから、変化に対応する力を得られるという話にもなると思います。これが「意味が生成する」ということなんです。

対話の場が少ないことに関していうと、対話の場が少ない組織なりの物語があって、それに対して自分は何を語りかけていくのか、どういう接点をつくっていくのかを考えると、面白いのではないかなと思います。

三橋:もう1つ感じているのは、自分がどんなナラティヴを持っているのか自覚するのは難しいということです。

宇田川:私も自分のナラティヴが何か分かりません。だからこそ、対話の場が必要だと思います。目の前に表出していることだけで理解しようとするには限界があります。その先に行こうとしているときに、表出していないものを掘り起こすのは、枠組を変えることによって可能になります。つまり、対話の先に未だ表出し得ない新たな理解の枠組の生成の可能性、すなわち、希望があるということなのです。

付け焼き刃の「1on1」では、対話の恩恵を十分に受けられない

和光:対話を組織に定着させることは簡単ではないと感じています。頻度の問題もあると思いますが、付け焼き刃的な手法として意識されていることに違和感があります。1on1などはその典型ですよね。処方箋として対話が意識されていて、これさえ取り入れれば解決されると勘違いされている部分もあります。

また、社会構成主義や組織開発というと、気持ち悪いことを信じている人たちが布教しているという捉え方をしている人もいるんですよね。例えば、人事以外の人たちに典型的に嫌われているのはコンピテンシーという言葉で、「またコンピテンシーか。日本語に訳せない言葉をなぜ使うのか」というような反応が返ってくることも。その言葉を聞いた瞬間、聞き手の心のシャッターが下りてしまうと言いますか。こうしたことを解消したいですね。

宇田川:対話という言葉の捉えられ方の問題ですね。対話はとても実践的な概念だと考えています。対話型組織開発はアジャイル開発(ソフトウェア開発手法の1つ。顧客やメンバーと話し合って開発する)と同じなんですよ。関わる人たちの間に接点をつくって、プロトタイピングしていく。プロトタイプができることによって、また新しい接点が生まれていく。そのプロセスを回していこうという話なんですよ。

1on1などの特殊な形式のみを指して対話というのは、対話というものの恩恵を限定している残念な結果だと思うので、ぜひお互いに理解を深めていけたらと考えています。

また、対話が処方箋的に使われることに違和感があるという話ももっともです。社会構成主義が目指すものは、「問題解決」ではなく「問題解消」なのです。問題がなくなることで、問題解決を必要としなくする、ということ。

和光:それと、対話と身体性との関係にも突破口があるのではないかと考えており、このテーマも深めてみたいです。

宇田川:身体性との関係でいうと、我々が何かを真に「学ぶ」ことはつまり、参加することなのです。ある「枠」のなかに自分の身を置くことによって、形式的な知識や技術が機能し始めます。我々が知識として知っていることって、覚えていることでしかありません。分かるというのは、身体を投入しなければできないのです。ピアノを批評する人と、ピアノを弾く人との違いですよね。

これは組織開発にも通じます。離れたところからああだこうだと言っているのは、診断型組織開発の実践の良くない部分です。現場に自分の身を投入することで、有意義な対話型組織開発の実践ができるのだと思います。

第1回では、実践者の立場だからこそ感じている違和感を元に「対話とはあらためて何か?」に向き合いました。本記事にて、宇田川准教授と人事責任者のみなさまとのやり取りの一部をご紹介することで、組織をつくる「対話」の力についてより理解を深め、現場での実践へつなげていくためのヒントを提供できれば幸いです。
次回は、いよいよ組織における分断を乗り越えていくために、対話を実践するフェーズでキーワードとなる「生成的イメージ」について掘り下げます。

〈参考図書〉
『対話型組織開発―その理論的系譜と実践』(英治出版)
『あなたへの社会構成主義』(ナカニシヤ出版)

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。



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