連載・コラム
気鋭の経営学者・宇田川准教授に学ぶvol.3
相手の「物語」を探ることが対話型組織開発の焦点
- 公開日:2019/02/25
- 更新日:2024/04/02
経営学の分野から注目を浴びる「社会構成主義」という思想と、それに基づいて対話により問題を“解消”する「ナラティヴ・アプローチ」。この分野の第一人者である埼玉大学大学院の宇田川元一准教授をお迎えし、2冊の参考図書を用いて自主研究会を行っています。
前回は、対話から生まれる「生成的イメージ」とは何なのかについて話し合いました。今回は、私たちの思考や行動に制限を与えている「支配的なナラティヴ」を自覚し、対話を通じて新しい可能性を生み出すためのヒントを、実際のビジネス現場の事例を通じて学びます。
〈今回の参加者〉 ※五十音順
宇田川 元一氏(埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授)
口村 圭氏(コクヨ株式会社 経営管理本部 人事総務部 統括部長)
古藤 遼氏(ヤフー株式会社 コーポレートグループ コーポレートPD本部働き方改革推進室長)
新倉 昭彦氏(株式会社電通 キャリアデザイン局 シニアディレクター)
本郷 純氏(株式会社LITALICO 執行役員)
三橋 新氏(Sansan株式会社 人事部 労務・制度チーム コーチ)
和光 貴俊氏(ヒューマンリンク株式会社〈三菱商事グループ〉 代表取締役社長)
〈弊社メンバー〉
荒金 泰史(HRアセスメントソリューション統括部 INSIDES SURVEY開発マネジャー)
藤澤 理恵(組織行動研究所 研究員)
私たちの思考は、文化によって埋め込まれている
古藤:ヤフーでは働き方改革の一環で、フリーアドレスの環境をつくりました。私は担当として、新しい環境の成果を確かめるために調査をしたんです。
すると、オフィス内の交通量(人の往来)が以前と比べて3倍になり、コミュニケーションが2倍になったという結果が出たので、フリーアドレスがうまく機能していると安心したのですが、反対派から、「それは本当か? その調査は信頼できるのか?」という疑問が挙がってきました。私はそれに対して丁寧に回答したものの、一方で成果を実証するだけでいいのだろうか? それ以外にも伝えるべきところがあるのではないか?と感じました。
宇田川:成果を示す調査結果が出たので、これは正しかったと思われたんですね。
社会構成主義的な視点から問いを立てると、古藤さんがフリーアドレスの環境をつくることで「何をしていた」のでしょうか。一体どういう暗黙の問いに答えていたと思いますか?
古藤:暗黙の問い……ですか?
答えになっているか分かりませんが、そもそもなぜフリーアドレスにしたのかというと、イノベーションを創出することが目的でした。その効果をみんなに発信したのは、私が推進したプロジェクトが、目的と照らし合わせて意味があることを知ってほしかったからです。だから、数値を出して正しかったと証明しようと考えました。
宇田川:なるほど。
私がお話を聞いて感じたのは、ヤフーという会社の「物語」における正しいことをしたいという気持ちが、古藤さんがそれをする発端になっていたのかもしれないということです。
つまり、自分たちの気持ちや考えは、実は何かしらの物語を通じて埋め込まれている可能性があるということです。気持ちの動きをつくり出していく、文脈がある。
口村:私たちの考えには、文化に埋め込まれているものが必ず介在している、そこに自覚的であることが大事だということでしょうか。例えば、財務経理だから数字の話が多いんだねとか、相手の背景を踏まえて対話をすれば同じ地平で話せるのかなと、お話を聞いて思いました。
宇田川:同じ地平に必ずしも立たなくてもいいかもしれません。
ビジネスの現場の方から聞く言葉で「ああこれは……」と感じてしまうものに、「バイアスを排除する」があります。我々人間は本来、バイアスがないとコミュニケーションが成立しないのですよ。バイアスとは偏りを意味しますが、我々はバイアスなしにモノを見ることは不可能です。
だから私は、「バイアスを排除してモノを考えるというバイアス」を捨てて考えていただきたいなと思っています。むしろ、どんなに公平に振る舞ったとしても、それは公平さを裏付ける物語の上での公平さであって、その物語自体は必ず何らかの偏りがあるということです。だからこそ、私たちは物事を意味付けられるのですね。だから、バイアスがないことを目指すのではなくて、いかなる場合もバイアスを持っているということを見定めることの方が大切だと思います。
人間が文化をつくるのではなく、“文化の表現として”人間がいる
宇田川:口村さんの言葉にもありましたが、相手が「どのような物語を生きているのか」をどう知るのかということが、社会構成主義や対話型組織開発でフォーカスしたいところなのです。
古藤:お互いの物語が違うのは分かるのだけれど、表面的な部分で「なんで理解し合えないんだろう」と考えて、そこで止まってしまいがちなのかもしれないなと思います。
宇田川:その理解の溝をロジックで埋めようとしてしまうのですよね、実証などの手法を使って。
ロジックで相手を論破しようとするのは、ディスカッション的ですよね。ディスカッションとダイアログは違うということです。ディスカッションはメッセージのやり合いのことで、ダイアログはメッセージの接点を見つけること、つまりお互いの枠や物語のつながりを橋渡ししていくということです。これが対話の実践です。
口村:コミュニティや文化に埋め込まれたDNAのようなものがある、そのなかから接点を見つけるというのは、難度の高い話だなと感じます。
宇田川:人間という存在はある意味で文化の「表現」だといえると思うのです。
私たちの感情は、あたかも内側から湧き出てきたもののように捉えられがちですが、実は属している文化に埋め込まれた文脈から生じたものでもあります。感情や知性は人間の内側にあると思われていますが、社会構成主義では外側にもあると考えます。私たちは、複雑な相互作用、すなわち、文化の産物なのです。
支配的なナラティヴが人々の視界を妨げる
宇田川:例えば、いわゆる「がんと闘って死ぬ」という物語があると思うんですよね。これは、「病気は治らなければならない」という支配的なナラティヴに基づいているのかもしれません。強烈なナラティヴだからこそ、効果が定かではない、がんの治療方法を謳うものが出回るなどの問題も昨今では取り沙汰されていますね。
一方で、ナラティヴ・アプローチの視点に立った緩和ケアは、患者さんと医師が対話を通じて、治らなければ意味がないという狭いナラティヴではなく、異なるナラティヴを探求していきながら、人生の意味合いを新たに生成していこうと試みるわけです。
何が言いたいのかというと、私たちは時に、支配的なナラティヴの隘路にはまり込むことがあります。しかし、さまざまな困難が語りによって構成されているのだとすれば、語りが新たにしていくことは、まさに希望だということです。そして、それ故に、異なるナラティヴを持つ存在、異質な存在というのは、私たちにとって貴重な財産だということです。
つまり、自分たちと違う物語を持っている人がいるから、複数の物語の接点から新しい可能性が生まれます。その可能性が、行き詰まりを解消していく希望になるということです。その希望を探求し、掘り起こしていくのが、ナラティヴ・アプローチだと思います。これは三橋さんが社内で行っているコーチングにも通じる話ではないですか?
三橋:僕がコーチングを行うときは、チームのなかに入って行うことにしています。そのなかで暗黙のうちに語られている支配的ナラティヴをあぶり出していくと、見えてくることがある。ただし、その支配的なナラティヴというものが、経営陣が大事にしている考え方などである場合、そこでどう接点を見つけていくのかが課題になります。
本郷:社員の声を聞いて、支配的なナラティヴに気づかれたわけですね。
三橋:そうですね、いろいろな社員が支配的なナラティヴを語るわけですよ。「成果を出してからモノを言うべし」とか。
本郷:支配的なナラティヴもそうですし、「嫌い」とか「傷ついた」とか、そういう負の感情もかなり根深いですよね。
口村:私は、職場の社員同士のトラブルの相談などにおいて、「あいつは嫌いだから、この気持ちはどうにもならない」と吐露されることがあります。だけど、私が「嫌いなら嫌いでもいい。でも、何とかしようと思ったから相談しにきたんじゃないの?」と言うと、ちょっとほぐれてきて、そこからいい具合に話せるようになることもあるんですよね。
宇田川:「嫌いなんです」という人がいたとしても、必ずしもそれは悪いことだけではないんです。それが組織の文脈に多元性をつくり出しているわけですからね。それに、問題をすぐに解決しようとしなくたっていい。
以前、私はある企業の若手社員の集まりの場で、アドバイスを求められました。参加者の1人が「破壊的イノベーションを起こしたいけれど、アイディアがありません」と言うんです。それに対して私は、「焦らなくてもよいのでは」とアドバイスしました。何か課題があると、すぐに解決しないといけないと思うのは、支配的なナラティヴがベースにあることがうかがえますね。待ち続けることが可能なのか、探求していくのもありなんじゃないかと思いました。時間って見落とされがちなんですよ。
そのナラティブは何の実践なのか
宇田川:ところで三橋さんにお聞きしたいのですが、三橋さんが社内でコーチング活動をするなかで、ご自身のナラティヴはどのように変容していったのでしょうか。現状のナラティヴではお手上げだから、新しく書き換えたという経験があると思うのですよ。
三橋:コーチングを始めた当初は、1人で野武士として戦っている感覚がありました。それから少しずつ仲間が増えて、一緒にコーチングの機会をつくっていくようになりました。それがいよいよ部長とのやり取りが増えてきて、次は経営視点までどう引き上げていくのか考えているところです。
宇田川:最初は、自社がそれまで培ってきた会社の文脈に、何か違うことを投げ込んでやろうっていう感覚はありましたか?
三橋:大事だと思ったことをまずは実践していこうという気持ちでした。最初は何者かになりたいという気持ちがありましたが、今は消えて、会社の立場を理解しながら進めようと思っています。
宇田川:なるほど。「何者かになりたい」というナラティヴが限界を迎えたということかもしれないですね。そこがかなり大事なところです。仲間が増えてきたという話をされていましたが、日頃の関わり合いを通じて、新しい意味を生成してこられたのだと思います。
では最後に今日のまとめとして、『あなたへの社会構成主義』の著者ケネス・J・ガーゲンに対して、妻のメアリーが言った言葉に触れたいと思います。引用します。
『あなたが私を愛しているっていうとき、自分の心の状態について報告しているんじゃないのよ』と彼女は言いました。『それは誰かと一緒にいるための、生きていくための素晴らしい方法の一つなの』
心の状態や、人や組織の正しい在り方を説明するために実証主義的にアプローチするなど、いろいろな方法があると思いますが、メアリーが「愛している」を「一緒に生きていくための方法の一つ」と言ったように、大事なのはそれを通じて何をしているのか、ということなのです。
人間の内側にあると思われがちな感情や知性も、関係性からつくられています。文化や物語の結節点として人間がいるという考えに基づき、その人の背後にあるものを探求することがナラティヴ・アプローチであり、対話型組織開発の目指すところなのです。次回はいよいよ最終回、対話の実践にフォーカスします。
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