気鋭の経営学者・宇田川准教授に学ぶvol.2 組織を変える「生成的イメージ」はいかにして生まれるか?

経営学の分野から注目を浴びる「社会構成主義」という思想と、それに基づいて対話により問題を“解消”する「ナラティヴ・アプローチ」。この分野の第一人者である埼玉大学大学院の宇田川元一准教授をお迎えし、2冊の参考図書を用いて自主研究会を行っています。
前回は、組織をつくる「対話」についての理解を深め、現場での実践へつなげていくためのヒントを探りました。今回のテーマは、対話から生まれる「生成的イメージ」についてです。生成的イメージとはどのようなことを意味しているのか、それが組織開発にどのようにつながるのか、実際の企業の事例などを通じて考察します。


〈今回の参加者〉 ※五十音順
宇田川 元一氏(埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授)
口村 圭氏(コクヨ株式会社 経営管理本部 人事総務部 統括部長)
古城 春菜氏(ソニーコーポレートサービス株式会社 人事センター ダイバーシティ&エンゲージメント推進部)
古藤 遼氏(ヤフー株式会社 コーポレートグループ コーポレートPD本部働き方改革推進室長)
新倉 昭彦氏(株式会社電通 キャリアデザイン局 シニアディレクター)
本郷 純氏(株式会社LITALICO 執行役員)
三橋 新氏(Sansan株式会社 人事部 労務・制度チーム コーチ)
和光 貴俊氏(ヒューマンリンク株式会社〈三菱商事グループ〉 代表取締役社長)
〈弊社メンバー〉
荒金 泰史(HRアセスメントソリューション統括部 INSIDES SURVEY開発マネジャー)
藤澤 理恵(組織行動研究所 研究員)

「マネジメント」の意味するところは1つではない

宇田川:生成的イメージとは、我々が持っていた文脈と異なるメタファーを持ち込むことによって、これまで見えていなかった部分が表出されること。テキストを読んでみて生成的イメージの考え方に触れ、荒金さんはどのようなことを考えましたか。

荒金:私たちの視界はごく限られたものであり、現状と違う視点を獲得することが大切だと感じました。現場のマネジメントにあてはめたらどうなるのかを考えてみたのですが、よくある声として「プレイングで忙しいから部下育成の時間が取れない」というものがあります。成果を上げることと、人を育成することが分断されているという前提に立っているからだと思います。

また、マネジャーは業績や人事考課、KPIの進捗などについて話をすることが多いですが、メンバーのコンディションについて言及することは少ない。それがマネジャーの役割であるという前提がないからだと思います。つまり、これらの前提を変えるメガネのようなものがあれば、生成的なイメージにつながるのではないかと感じました。

宇田川:他にもご意見があればぜひ。

口村:マネジャーに「働きかける」「メガネを変える」というのは、マネジャーが対象の外にいるという関係性なのかなと思いながら聞いていました。私は、生成的イメージとは、なかに入って一緒に語ることにより、生成されるものではないかと考えています。

和光:プレイングマネジャーや中間管理職などの言葉が持つ意味合い・力点・捉え方なども、人によって異なりますよね。マネジャーが「プレイングに逃げる」という話がある一方で、「マネジメントに逃げて矢面に立たない」という捉え方をする若手もいるのですよ。

新倉:本人がその言葉についてどのように意識しているのかを理解することが大事ですよね。

宇田川:意識がどういうメタファーによって生み出されているのかということですよね。これはモーガンという組織論研究者の研究で指摘されたことですが、例えば「組織」のメタファーには、「機械」や「脳」がよく使われます。「組織とは、サービスや製品などのアウトプットを生み出すために設計された“機械”である」。または、「日々学習し、賢くなっていく主体、すなわち“脳”である」などと捉えているわけです。

みなさんは、ビジネスの場面で「戦略」という言葉を使うことに違和感がないと思いますが、元は1960年代に経営の文脈に入ってきた軍事用語です。規模拡大し多角化した結果、現場の隅々まで分からない経営者が企業をコントロールするのを正当化する1つのメタファーとして機能しました。将軍は戦況を見ることが仕事だから、兵卒まで分からなくてもいいのだ……という関係性がこのメタファーによって生成してきます。私たちのものの見方の前提を、気がつかないうちにつくっているのがメタファーなのです。

生成的とは「見えていないものを見えるようにする」こと

宇田川:メタファーはとても強い働きをしています。これまで見えていなかったものを見えるようにすると同時に、隠蔽する働きもあります。その見えていないものを、対話を通じて見ようとするのが、対話型組織開発の出発点です。
今まで当たり前だと思っていたものに、別の枠組があてはめられたときに、新しい意味が形成されます。これが「生成的である」ということです。
例えば、『あなたへの社会構成主義』の3章にも出てきますが、環境保護と経済成長は相容れないものとして長らく対立関係にありました。しかし、近年「持続可能な開発」というイメージが現れたことで、両者の対立関係は大きく解消され、協調的な関係が生まれました。

ただ、生成的イメージは必ずしもポジティブなものとは限りません。ポジティブな文脈にネガティブなものを放り込むのも生成的といえます。未だ現れていない意味を、表出させるのが「生成的である」ということだからです。先ほど、「マネジメントの前提を変えるメガネをかける」という話がありましたが、働きかける側も何かのメタファーに常にとらわれていることを忘れてはなりません。

三橋:別の枠組をあてはめるという話でいうと、抽象度を高めることが生成的イメージを生み出す1つのヒントになるのではないかと考えています。例えば、Aという主張と、Bという主張があるとします。それぞれの主張が全くかみ合わないときに、抽象的な問いを投げかけるとなんとなく重なりが見えてきてCになる……みたいなことが起こるのです。例えば、理想のチームの在り方をテーマにした社内のワークショップで、「音楽にたとえるとジャンルはなんですか?」「色にたとえると何色ですか?」という具合に聞いていくと、まとまっていくことがあります。

藤澤:「音楽にたとえると……」と問われることで、みなさんが考え始めるわけですね。

三橋:「それいいね」「近いね」と肯定の意見が出てくると重なっていくという感じですね。

宇田川:興味深い話ですね。自分が生きている世界というものがなんなのかが、そこで語られるわけですよね、同じチームにいても違っているという。これは社会構成主義の「現実の多元性」をよく表しています。
あともう1つ。三橋さんの抽象化の問いも、たぶん全然ハマらないときもあったはずで、そのときはまた違うメタファーが必要になっていくんです。つまり、メタファーが生成するような状況がどういうものなのかを考えていくとよいのではないかと思います。どこかに転がっているメタファーを持ってくるということではなく、新しいメタファーをつくるということなんだ、ということです。

つまりは、「参加」の問題であるということです。ある共同体において知らず知らずのうちに正当化された参加の枠組というものが形成されてきていて、この枠組で捉えられないものは加わることができない。診断型というのも、特定の枠組そのものをつくっているということになります。結果として、その枠組に入らないものは、排除されるわけです。
そのような、捉えることができないものを、どう捉えていくのか。参加できなかったものを、いかに参加できる言語的な枠組へと変えていくか。それがここでのポイントです。

我々は気づかないうちに何かしらの問いを投げかけられている

宇田川:ぜひみなさんに聞いてみたいのは、実際の仕事の中で「生成的イメージ」が出てくることがありますか?ということ。既存の文脈では無視されていたことが、参加をきっかけに枠組が変容した経験はありますか?

古藤:ドンピシャの答えになっていないかもしれませんが……ヤフーはオフィス移転のタイミングでフリーアドレスの環境になりました。その際に、「目の前に部下がいないのでマネジメントができなくなるかもしれない」という問題が発生したのです。それをどのように解決するのか議論したことがあったんです。

その結果見えてきたのは、「目の前に部下がいないとマネジメントができないというのは、マネジメントの捉え方が違うよね」ということ。部下が目の前にいることでできるのは、勤怠管理や顔色をうかがうくらいですよね。仕事の悩みや進捗についてヒアリングするのは1on1でいいじゃないかと。結論としては、1on1制度をより強化して、対話を大切にすることが解決につながるという話になりました。

この話があったのが2015年なのですが、弊社では2012年から1on1を導入していたのですが、2016年オフィス移転にともないフリーアドレス化した際、マネジャーから不安の声があがったのです 。つまり、対話の機会を持っていても、「部下が目の前にいないとマネジメントができない」と思い込んでしまっていたのです。それが、フリーアドレスをきっかけに、マネジメントの次元を引き上げることになったのは興味深かったですね。

宇田川:なるほど、それは面白いですね。ある意味でフリーアドレスというものが自分たちに問いかけてきて、それに応答したわけですね。

この問いかけに対する答えとして、良くない例は「マネジメントができなくなるから監視カメラをつける」など、従来のマネジメントを強化するような仕組みをつくってしまうこと。変化のきっかけを既存の考え方の枠のなかに取り込んでしまうわけです。既存のナラティヴに引っ張られると、新しい問題を解決するためにはどうしたらいいかという話になりがちですが、ナラティヴのほうが変化するとその問いは必要がなくなります。これは問題解決ではなく、問題解消ですよね。

「生成的イメージ」を導く良質な問いとはどういうものか

宇田川:我々は気づかないうちに、何かしらの問いを立てられていて、その中で生きています。そして、気づかないうちに自分たちも問いを再生産しているのです。

新倉:今の話を聞いて想起したのが、ある講演で聞いた「大切なのは正解を探すことではなく、良質な問いを立てることだ」という話です。ラクビーワールドカップ2015の南アフリカ戦で、最後の瞬間に日本代表は逆転したのですが、その直前、円陣を組んでいるときにキャプテンが言ったのは「歴史を変えるのは誰だ?」という問いだったそうです。

それを聞いて、良質な問いにはパワーがあるのだなと。先ほどの古藤さんの「目の前に部下がいないとマネジメントできないのか?」という問いもそうですが、良質な問いは、ポジティブサイクルに導くのだなと感じました。

宇田川:おっしゃるとおりで、良質な問いは大事です。一方で、南アフリカ戦にもし負けていたら、今のように「歴史を変えるのは誰だ?」が良質な問いといえたでしょうか。物事の結果によって問いの良し悪しを決めてしまうのは、実は何かのメタファーにとらわれているということなのですよ。だから、成果が出なかったときに、良い問いではなかったと判断してしまう。

良質な問いというのは、これまで見えていなかったものを見せてくれるものなのです。そういう意味で、具体的なプレイについてメッセージを送るのではなく、違う方向にメンバーの目を向けさせたキャプテンの言葉は、良質な問いなのだと思います。

誰もが何かしらのメタファーにとらわれています。そのメタファーによって隠蔽されて見えていなかったものを見えるようにするのが「生成的イメージ」であり、実は組織開発の現場でも同じようなことが起こっているのです。次回は、組織やコミュニティの「文化」について掘り下げます。

〈参考図書〉
『対話型組織開発―その理論的系譜と実践』(英治出版)
『あなたへの社会構成主義』(ナカニシヤ出版)

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

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