マネジメント人材育成ブック【2】経験から学ぶ(経験学習論・経験デザイン研究) 修羅場を経験してから
しっかり内省すれば一皮むける

近年、私たちが行ったマネジメント(に関する)研究を6つのテーマでまとめ直した『マネジメント人材育成ブック』より、第2章「経験から学ぶ」として、経験学習論や経験デザイン研究についての研究成果をお届けします。

はじめに、架空の会社・X食品の新任営業マネジャー(加藤洋介)と、社内の誰かが対話する「ストーリー」がついています。
それぞれの章の研究成果を受けた内容となっておりますので、本文の導入として気軽にお読みください。

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第2話 新任マネジャー、修羅場経験を聞く

水曜の朝、加藤はいつものようにコーヒーを飲みながら、田中部長を前にしている。課長になってから1年、毎週続けてきた「1on1ミーティング」の一幕だ。国内第一営業部は、最近、業績が落ちてきている。今日の議題は「ビジネスをどう立て直せばよいか」だ。

田中「ちょっと昔話をしてもいいかな。」

加藤「もちろんです。」

田中「僕がマーケティング職のプレイヤーから課長になって初めて担当したのは、第二菓子部だったのは知ってるかな?」

加藤「あの第二菓子部ですか。」

田中「そう。でも、今とは全然違って、あの頃は“会社のお荷物”と呼ばれていた。」

加藤「知りませんでした。」

田中「業績が数年間ずっと低迷し、損失を出し続けていたんだ。僕のミッションは、“部の立て直し”だった。新任マネジャーに、いきなり全然知らないお荷物部署の立て直しをさせるなんて、そのときはヒドイ会社だなと思ったよ。人事の同期に文句を言ったこともあった。でも、やるしかない。最初の半年、必死で勉強して、部のみんなと仲良くなった。部長とも毎晩のように話し合った。今振り返っても、課長になって最初の1年が一番大変だったし、一番集中して働いたと思う。そして1年後、部のみんなの意見を吸い上げ、マーケティング調査を何度も行った上で、製品開発やターゲット選定、広告宣伝などのアプローチをガラリと変えることにしたんだ。チャレンジだった。失敗したら、たぶん部は解散だ。でも、部長は僕に任せてくれた。決めてから製品の発売まで、あまりよく眠れなかった。」

田中が話す間、加藤はじっと耳を澄ましていた。

田中 「結果は大成功、とはいかなかったが、利益を出すくらいの業績は上げることができた。部も何とか継続が決まった。その後、製品やマーケティングの改良を重ねるに従って、業績は伸びていき、今や会社をリードする組織になっているのは知ってのとおりだ。僕は3年しかいなかったから、絶頂期は知らないんだけどね。」

加藤「今僕は初めて、田中部長がスゴイ人だと知りました。」

田中「一言多いな。」

加藤「部長なら、この部の立て直しなんて簡単じゃないですか?」

田中「それを、加藤にやってもらいたいんだ。」

加藤「……はい。まあ、そうですよね。」

田中は、半分残っていたコーヒーを飲み干して、話を続けた。

田中「ただ、手ぶらでチャレンジしろとは言わない。本当は、自分の経験を活かしてもらうのがよいけれど、今回はそういうわけにはいかないから、その代わりに、これから僕が第二菓子部の立て直しで行ったことを詳しく説明する。途中の紆余曲折や小さな失敗も、部長との激しい議論や、マーケティングの試行錯誤も包み隠さず話すつもりだ。まずそれをよく聞いてほしい。そして、そのストーリーを参考にしながら、自ら試行錯誤して、自分なりのやり方を考え、課題を解決していってほしい。僕のストーリーは僕のケースで、第二菓子部と国内第一営業部では業務内容が違うし、状況も違う。それに、加藤と僕も違う。ストーリーはあくまでも参考として使ってほしい。」

加藤「ありがとうございます!」

田中「このストーリーを話した後は、僕は一切口出しするつもりはない。でも、本当に困ったときは相談してね。じゃあ、始めようか。」

加藤「ちょっと待ってください。その話、どのくらいかかりますか?」

田中「3時間くらいかな。」

加藤「コーヒー、もう一杯買ってきてもいいですか?」

田中「じゃあ、いったん休憩。一緒に行こう。」
 

経験して省察し、概念化を経て改めて実践すれば、
経験学習が加速する

学習の70%は「実際の仕事経験」によって、20%は「他者との社会的なかかわり」によって、10%は「公的な学習機会」によって起こるとする「70:20:10フレームワーク」(図表1)を踏まえると、学習の70%を占める仕事経験から上手に学べるかどうかが、ビジネスパーソンの成長を大きく左右します。もちろんマネジャーも例外ではありません。そこで、この章では「経験学習」について、先達の研究と私たちの取り組みを簡単に紹介したいと思います。

経験学習論で第一に押さえたいのは、組織行動学者のデービッド・コルブが生み出した「コルブの経験学習サイクル」(図表2)です。「経験」(具体的な経験をした上で)→「省察」(しっかりと内省をして)→「概念化」(内省から得た教訓や気づきを、異なる状況でも応用できる独自の理論に仕上げ)→「実践」(その理論を新たな経験で試す)の4段階のサイクルで、これを回すことで経験学習が加速していくという理論です。現在の経験学習論のほとんどが、このサイクルの影響を受けているといって過言ではありません。例えば、本書内には「内省」という言葉が頻出しますが、本書では内省と省察をほぼ同じ意味で使っています。また、〈第3章〉の本文タイトルには、「成果をあげるミドル・マネジャーは『持論』をもっている」と書いてありますが、この持論とは、コルブのサイクルの概念化に当たります。

それまでの経験では太刀打ちできない
「修羅場経験」が「一皮むけた経験」をもたらす

もう1つ重要な研究に、リーダーシップ研究を精力的に行っているCCL(Center for Creative Leadership)の「一皮むけた経験」研究があります。CCLの研究員だったモーガン・マッコールたちは、アメリカ企業の経営幹部191名のデータを分析し、616個の成長した経験から1547個の教訓を導き出し、この「一皮むけた経験」を4領域16種類に分けて発表しました。そして、どの経営幹部にも、何かしら一皮むけた経験があったことを明らかにしたのです。

同様の「一皮むけた経験」研究は、日本でも行われました。関西経済連合会は19社20名の役員クラスを対象にインタビューを行い、66個の成長した経験を得ました。その成果は、金井壽宏『仕事で「一皮むける」:関経連「一皮むけた経験」に学ぶ』(光文社新書)にまとまっています。それとは別に、私たちも独自に調査を行いました。日本を代表する企業9社の次世代経営者候補者26名を対象にインタビュー調査を実施し、29種類206の教訓を導き出したのです。これらの研究成果から、アメリカ同様、経営幹部も「一皮むけた経験」を自身の経営に活かしていることがわかっています。

また同時に、マッコールたちは、経営者たちがキャリアのなかで「修羅場経験」を何回かしていたことを確認しました。修羅場経験とは、それまでの経験では太刀打ちできないような大変な経験のことを指します。例えばマネジャーであれば、部下が起こした大きな不祥事に対応する、業績の悪い事業を立て直す、急に現れた競合企業に対抗するといったことが修羅場経験に当てはまります。こうした修羅場経験こそが、一皮むけた経験をもたらす大きな要因の1つだったのです。期待する従業員に、意図的に修羅場経験を積ませる「ストレッチ」という人材育成の方法がありますが、その方法の始まりの一端は、この研究にあります。

私たちの調査では、修羅場経験(悲惨な経験)のほかに、異文化を知る「留学を含む海外経験」、新たな仕事に変わる「昇進・配置・異動」、学生時代などの「入社前までの経験」が、一皮むけた経験になっていることがわかっています。この調査については、「『一皮むける経験』とリーダーシップ開発:知的競争力の源泉としてのミドルの育成」(金井壽宏、古野庸一)(『一橋ビジネスレビュー』2001年夏号)に詳しく紹介しています。
 

熟達者になるためには「熟慮された鍛錬」を長時間行う必要がある

一皮むけた経験や修羅場経験が重要なのは確かですが、人はそうしたことだけで成長するわけではありません。フロリダ州立大学のアンダース・エリクソンが中心になって行ってきた熟達化に関する研究では、複雑な仕事に従事し、高度な能力を示す熟達者が、日常的に「熟慮された鍛錬(deliberate practice)」を通じて学んでいることが確認されています。「熟慮された鍛錬」とは、通常の鍛錬とは異なり、自分が今できることよりも少し難しいことを練習メニューに取り入れたものです。少し難しいことをできるようになるためには、自分なりに工夫して、試行錯誤を繰り返しながら、新しいスキルを獲得していく必要があります。そのプロセスを通じて、少しずつ実力が磨かれるのです。そのときに欠かせないのが、伴走してくれる優れた先生やコーチです。先生やコーチから的確なフィードバックや練習方法に関する有益なアドバイスをもらうことで、上達は確実に速くなります。

ある分野で熟達するには、相応の時間がかかります。エリクソンの研究では、世界的なアスリート、音楽家、チェスプレイヤーなどの熟達者は、並みの人たちとは鍛錬する時間数がまったく違いました。世界的な熟達者になるには、成人するまでに1万時間、成人になった後も数万時間の鍛錬が必要だと確認されています。熟達者になるためには、鍛錬の質だけではなく、量もまた欠かせないのです。

マネジャーや経営者も、高度な認知能力を必要とする複雑な仕事であり、長期的な「熟慮された鍛錬」が必要だと考えられます。実際、〈第6章〉で紹介しているプロ経営者の方々は、日常業務を自らの鍛錬の機会ととらえ、長い期間をかけて得意なところを伸ばす、あるいは弱点を補強するような鍛錬を行っていました。

ここまでの話をまとめると、大きなイベントやトラブルでの修羅場経験も、日々の熟慮された鍛錬も、どちらもマネジャーの学習の糧になるのです。

バックナンバー

第1章 マネジャーになる(マネジャーへのトランジション研究)

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