インタビュー
早稲田大学 廣松ちあき氏
中堅社員の成長をどう加速させるか-ストレッチする経験と内省を促すことが「経験学習」のカギだ
- 公開日:2024/08/05
- 更新日:2024/08/05
中堅社員には仕事のなかで新たな知見を自ら学ぶ力が求められているが、それは決してたやすくはない。何が社員の成長を阻んでいるのか。どうしたら社員の成長を支援できるのか。中堅社員に対する経験学習の促進と内省支援の質的研究を行う早稲田大学 人間科学学術院 准教授 廣松ちあき氏に聞いた。
中堅社員は自ら学び成長することが求められる
人材育成の分野には「経験学習」という概念があります。代表的な理論としては、組織行動学者のデービッド・コルブによる経験学習サイクルがよく知られています。職場で得た「具体的経験」、経験の意味を振り返る「内省的観察」、そこからエッセンスを抽出して他でも応用可能にする「抽象的概念化」、得られた知見を試す「能動的実験」というサイクルを回すことでより深く学ぶことができると提唱しています。
私は研修プログラムの開発や実施をしていた際に、一定レベルの業績を上げているのに伸び悩む中堅社員が多く、そういった部下の育成に悩むという管理職の声を聞くなかで、中堅社員が経験学習のサイクルを上手に回せていない現実に問題意識をもちました。なかでもおろそかにされていたのが内省のプロセスでした。本来は、仕事で得た経験を振り返ることで学びを深められるはずなのですが、日々の業績達成に追われる中堅社員には、じっくり内省するだけの余裕が失われているのです。
一般的に、新入社員や管理職には研修などの育成プログラムが豊富に与えられます。これに対し、中堅社員の育成は人事異動やOJTといった現場実践に依存し、自ら学び成長することが求められがちです。しかし、内省する余裕がなく経験学習のサイクルが回せない状態が続けば、中堅社員の成長など望むべくもありません。この課題を解決したいと考えたのが、私が経験学習や内省支援の研究に取り組み始めたきっかけでした。
部下が安心できる雰囲気を生み成長サイクルを回す手助けを
それでは、中堅社員の経験学習の促進と内省支援がどのように行われるべきか、研究からの示唆をいくつか紹介したいと思います。
1つ目に挙げたいのは、タフな仕事の割り当てです。実力より重すぎる業務を与えると社員がつぶれる危険性が高まりますが、かといって簡単すぎる業務ばかり任せては良い経験を積めません。いわば、つま先立ちで手を伸ばせばギリギリ届くような仕事をアサインすることで、中堅社員にとって内省につながる経験となるでしょう。
これは私の肌感覚にすぎませんが、多くの中堅社員は厳しい状況に置かれても仕事を放り出したりせず、真面目に取り組みます。ただ、彼らがくじけず働けるようにするためには、上司からの適切なフィードバックが欠かせません。上司が自分の仕事ぶりをきちんと見て正しく評価していると感じられれば、社員は安心して仕事に集中できるのです。また、同僚が互いにサポートする企業風土も大切です。「さっきのプレゼン良かったね」などと声をかけ合ったり支え合ったりする雰囲気が職場にあれば、中堅社員には助けになります。
続いて大切なのは、上司による内省支援の在り方です。部下から報告や相談を受けた機会などを生かし、仕事に対する考えや態度を掘り下げられるような問いかけを出します。例えば、部下が失敗したとき、「そのときあなたはどうしたかったのですか?」などと質問を重ねることで、本人の意思決定基準や気持ちを掘り下げ、業務プロセスの振り返りだけでない、深い内省の支援をします。
目の前にある仕事に集中すると、視界はどうしても狭まります。その結果、人は仕事のなかに埋もれている学びの機会を取り逃すのです。そこで上司には中堅社員に対し、内省の大切さを伝え、内省を行う習慣を身につけてもらうような働きかけをしてほしいです。なお興味深いことに、内省の習慣が身についている管理職ほど部下の内省支援に長けていることが、研究から明らかになっています。
もう1つ強調したいのは、部下の経験学習を支援する際に中期的な視点をもつことです。私の研究では、組織業績と部下育成を両立している管理職は多くの場合、組織業績と部下育成いずれも2~3年程度の中期的なロードマップを描いていることが分かっています。その上で、部下の要望を踏まえつつ自然にストレッチできる仕事をアサインし、折々にフィードバックを与えながら内省を促す。これらをていねいに、愚直にできている上司は、部下を成長させられています。
内省を行う際には必ずアウトプットを心掛ける
ここまでは、管理職が部下の経験学習をどのように支援できるかを説明してきました。部下である中堅社員の側からはどのような対策が有効なのでしょうか。
まず大切なのは、厳しい状況から逃げずに自分と向き合うことです。期待された成果を出せなかったり希望とは異なる仕事を任されたりしたとき、人は葛藤状態に陥ります。しかしこれこそが、内省の絶好機なのです。腹を据えて葛藤状態のなかでもがき続け、そこから学んだことを次の場面で生かそうとすることが、成長につながります。
内省のステップでは、頭のなかで考えたことを何らかの形でアウトプットすることを心掛けましょう。仕事を通じて学んだ事柄を日報や業務記録などにまとめる、同僚に話す、ボイスレコーダーに記録するなど方法は問いませんので、考えたことをとにかく言語化するのです。頭のなかは、自分が思っているより混沌としています。それを具体的な言葉に変換することで考えが整理され、次に生かせる教訓を生み出せます。
そして、何よりも重要なのは、経験から学ぶということ自体を、中堅社員本人が大事だと思えることです。日常のなかに学びの機会は多く埋め込まれているのです。
組織の側から見ると、人数の多い中堅社員の育成に割けるリソースの量は限られています。ですから、組織的に振り返りを促進する機運を醸成することも大切です。例えば、組織内に管理職の右腕となる人を置いて部下へのフィードバックなどの一部を任せる。あるいは、上司と部下の1対1関係だけでなく、1対多、多対多でフィードバックやサポートが行われるような組織づくりを目指すなどの工夫も必要になるでしょう。そうして職場全体を変えれば、中堅社員の経験学習サイクルをさらに加速できるのです。
【text:白谷 輝英 photo:平山 諭】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.74 特集2「中堅社員の成長を促すもの」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
廣松 ちあき(ひろまつ ちあき)氏
早稲田大学 人間科学学術院 准教授
早稲田大学人間科学研究科博士課程修了、博士(人間科学)。2022年より現職。専門はビジネスパーソンの経験学習と内省支援、質的研究。
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