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調査レポート

RMS Research 「『働き方改革』の推進に関する実態調査2017」

労働時間適正化の「その先」へ、『働き方改革』を一歩深めるヒント

  • 公開日:2018/03/12
  • 更新日:2024/03/14
労働時間適正化の「その先」へ、『働き方改革』を一歩深めるヒント

今、日本中のいたるところで、『働き方改革』が喫緊の課題として議論されています。
企業内のみならず、家庭で、今は働いていない地域の友人との会話で、『働き方改革』が話題にのぼります。経営・マネジメント職にある人、正規・非正規雇用で働く個人、企業の取引先として働く企業や個人、その家族。そして将来働く子どもたち、100歳寿命を生きる自分たち。『働き方改革』はみんなのための改革であるとの思いを強くします。
また、『働き方改革』実現の向こう側で生かされることを待っているのは、個人の主体性、創造性ではないかと思います。それらは困難な時代を歩む社会や企業が渇望するエネルギーでもあるでしょう。
大きな期待と使命を背負う一方で、改革を進めようとしている方々は、経営と現場、当面の業績と変革の板ばさみになり、ともすれば孤独になりがちで、誰もが十分に支えられているとは限りません。当社、組織行動研究所は、2017年夏に「『働き方改革』の推進に関する実態調査」を実施し、161社の推進担当者から貴重なデータをお預かりしました。各社の試行錯誤と知恵の詰まったデータを、『働き方改革』に関わるすべての方に少しでも役立てていただけるよう、調査結果をレポートさせていただきます。

はじめに
1.『働き方改革』の施策 ~取り組み状況と組み合わせ効果の検討~
2.『働き方改革』の推進体制とコミュニケーション ~成果指標の具体化と、現場との対話の有効性~
3.『働き方改革』を後押しする組織風土・マネジメント ~チーム、対話、安心と責任の風土~
おわりに

はじめに

『働き方改革』を通じた成果実感は、現時点において十分とはいえません。図表1は、9つの成果指標について、改革の実行を通じて成果を実感しているかをたずねた結果です。半数弱の企業が長時間労働者・労働時間の減少の手応えを得ていますが、業務効率・労働生産性の向上を実感している企業は3割にとどまります。

働き方改革の成果実感

「働き方」はとても身近なことなのに、なぜ、こんなにも改革が難しいのでしょうか。おそらく、改革を阻む根深い課題があり、誰もが改革に本気になれるとは限らない状況があるのでしょう。
図表2に挙げた「改革推進における7つの課題」は、改革着手から3年以上経った企業群でも、課題認識が低下しないか、むしろ上昇が見られた課題をピックアップしたものです(すべての課題についての調査結果は報告書をご覧ください)。改革推進は、他部署との関係性や、直近の事業推進、これまでの延長線上にある従業員の利益を損なうあるいは妨げる可能性も含んでいることが見て取れます。

改革推進における7つの課題

このような状況下で、『働き方改革』の成果実感を高め、推進課題を低減させるヒントを得たいと考え、調査を実施し、結果の分析を行いました。

『働き方改革』に関連する施策は多岐にわたります。本調査では、まずは各社の施策実施状況を確認し、潮流をつかみたいと考えました。
また、それだけでなく、進捗や成果の手応えや、改革を後押しする組織・マネジメント環境まで、一歩踏み込んだ質問への回答をお願いしました。

本稿では、調査結果からの示唆を3つの観点からご紹介していきます。
第1に、『働き方改革』の施策についてです。多岐にわたる『働き方改革』の施策を、「生産性」「多様化」「柔軟化」の施策群に分類し(図表3参照)、それぞれの取り組み状況や組み合わせの効果を検証しました。
第2に、『働き方改革』の推進体制とコミュニケーションについて、有効な取り組み方を検証しました。
第3に、『働き方改革』に追い風となるような組織風土や組織マネジメントの特徴を探りました。
順番に見ていきましょう。

1.『働き方改革』の施策 ~取り組み状況と組み合わせ効果の検討~

『働き方改革』に関連する施策群は多岐にわたっており、施策の全体像を見渡し、相互の関連性をデザインすることに難しさが感じられる場面もあると考えられます。そこで本調査では、調査対象とした47施策を「生産性」「多様化」「柔軟化」の3つに分類し、それぞれの取り組み状況や組み合わせの効果を検証しました。

1.1 「生産性」「多様化」「柔軟化」、3つの施策群

図表3における色分けは、調査対象とした47施策の3分類を表しています。3つの施策群ごとに、さらに下位分類を設けています。

『働き方改革』の施策群の導入率

「生産性」の施策は、「労働時間管理・指導」「業務改善・効率化」「組織・事業デザインの見直し」「生産性基準の評価」の下位分類からなる21施策です。労働時間を適正化し、事業価値を高め、労働生産性の向上を図る施策群といえるでしょう。
「多様化」は、性別、障害の有無、雇用形態の違いを超えた「均等処遇」「育児と仕事の両立」「介護・傷病と仕事の両立」の下位分類からなる9施策です。個人が持つ属性やライフイベントの多様さを組織活動に包摂していく、いわゆるダイバーシティ&インクルージョンの施策群といえます。
「柔軟化」は、「働く時間の柔軟化」「働く場所の柔軟化」「所属の柔軟化」の下位分類からなる17施策です。働き方の自由度を高め選択肢を増やす施策群といえます。
それぞれの下位分類に含まれる個別施策は別紙の報告書をご確認ください

1.2 労働時間適正化の「その先」に意識を向けるフェーズへと移行しつつある

図表3の内部に示したレーダーチャートは、『働き方改革』への着手時期の異なる企業群ごとの、施策の導入率です。改革着手から3年以上経った企業群の結果を表す線で囲まれた面積が最も広く、『働き方改革』が、時間が経過するなかで徐々に施策が導入されていく、息の長い取り組みであることがうかがわれます。
3つの施策群ごとの施策導入率の違いに目を向けると、生産性>多様化>柔軟化の順に多く取り組まれているようです。特に生産性の「労働時間管理・指導」への取り組みは、比較的回答企業の多くが着手済みであり、労働時間に意識を向ける、いわば改革の第1フェーズが終了しつつあると見てよいでしょう。

次のフェーズの第一歩は、どこに向けて踏み出すべきでしょうか。調査からの示唆は2つありました。

1.3 生産性のより深層へ

1つ目の示唆は、生産性のより深層へ、という方向性です。
本調査では、「業務フローの改善」「内向き仕事の簡便化・削減」「効率化知識・スキル教育」「ビジネスモデル・戦略の見直し」といった業務プロセスや組織・事業デザインの改革、また、「時間当たり生産性の評価」という評価・価値基準の改革について、3割を超える企業が“今後、導入したい”と回答しています。
長すぎる労働時間や無駄と感じられる業務プロセスは、いわば氷山の一角。水面下には、そのような現象を生み出す固定化した関係性や構造が広がっています(図表4)。

生産性向上施策の「氷山」モデル

1.4 「生産性」「柔軟化」の同時推進

2つ目の示唆は、「生産性」と「柔軟化」の施策の同時推進です。
図表5は、「生産性」と「柔軟化」の施策の組み合わせと、図表1で見た成果指標のうちいくつの指標において成果実感があるか(成果実感の数)との関係を表したものです。

「成果実感」に対する【生産性】施策導入数と【柔軟性】施策導入数の交互作用

図表5の2本の線は、それぞれ「生産性」向上の施策を平均(10施策)以上導入している企業群と、平均未満の企業群です。「生産性」施策に積極的な企業群(濃いオレンジ線)では、同時に「柔軟化」の施策(グラフの横軸)を平均以上導入する場合に成果実感の数が跳ね上がります。「柔軟化」に同時に取り組まない場合(濃いオレンジ線の左下)は、「生産性」「柔軟化」ともに消極的な場合と同程度の成果実感数にとどまります。
つまり、「生産性」と「柔軟化」の同時推進が、改革の実りを多くすることが示唆されます。反対からいえば、「生産性」施策に積極的に取り組んでも、「柔軟化」施策がともなわない場合の成果実感は限定的といえます。前段で見てきたように、働き方の「柔軟化」の施策導入はそれほど進んでいませんが、成果実感に大きく寄与することが分かりました。

2.『働き方改革』の推進体制とコミュニケーション ~成果指標の具体化と、現場との対話の有効性~

本稿の分析の目的は、『働き方改革』の成果実感を高め、推進課題を低減させるヒントを得ることでした。前項では施策の中身について見ました。次に、改革の推進方法(体制とコミュニケーション)について見てみましょう(図表6)。
特定の推進施策を実施する企業群において、図表2に挙げた7つの推進課題が低減する傾向が見られるかを分析しました。
問題解消に関連がありそうな推進方法は、「成果指標の具体化」「複数部署の連携・協働体制の設置」「目的と成果についての従業員との対話」「不安と懸念についての従業員との対話」でした(図表6内にチェックマーク)。また、これらの施策は、改革着手から時間が経過するほど取り組まれる比率が高まることも分かりました。反対にいえば、改革着手当初は手が回らないか、見過ごされがちな施策です。しかし、早期に取り組むことを検討する価値があるといえそうです。

推進施策(推進体制・コミュニケーション)の実施状況

3.『働き方改革』を後押しする組織風土・マネジメント ~チーム、対話、安心と責任の風土~

最後に、人事制度や組織マネジメント慣行、組織風土など、改革と並行して取り組まれている日常のマネジメントに光をあてます。

3.1 チームへの着目、意識改革とスキル付与、縦横の対話

前項と同様、図表2で挙げた7課題を解消するような施策を分析したところ、次のような特徴が見られました。

・業務の属人化を避け標準化する、チームで仕事を進める、チームの成果を評価するといった人事制度
・仕組みやツールの整備だけでなく、生産性向上やダイバーシティマネジメント、IT活用など、意識改革やスキル付与のトレーニングの実施
・部門間の風通しのよい情報共有、上司部下間の1on1など組織階層間の対話的なマネジメント施策

これまで企業内で一律に扱われがちだった働き方や働きがいを、これからは、個人ごと、事業特性ごとに最適化していく必要があります。「チーム」という活動単位に着目した上で、個人における意識改革やスキル付与、組織における階層や部門の壁の解消を働きかけていく、という改革デザインの有効性がうかがえます。

3.2 『働き方改革』と心理的安全性、責任の風土

また、組織風土も、改革を推進する重要な土壌となることが示唆されました。
Google社がパフォーマンスの高いチームの共通点として発表して以来、高い関心を集めるようになった“心理的安全性”という概念があります。相互に安心・信頼して意思疎通および行動ができるような「安心」の風土があると、『働き方改革』を安心して行うことができるのではないでしょうか。
一方、「安心」だけでは現状維持に「安住」してしまうかもしれません。高いレベルの理想や目標を共有し、責任を持って達成しようとするような「責任」の風土が、変化に進んで適応しようという動機を後押しするのではないでしょうか。
はたして調査結果からは、「安心」と「責任」が両方高い組織風土がある企業において、図表5で挙げた7課題が生じにくい傾向がうかがえました。また、「安心」と「責任」が両立する組織風土においては、『働き方改革』の成果実感も高いことが示されました(図表7)。

組織風土と成果実感

おわりに

以上、161社の『働き方改革』に関する調査結果の概略をご紹介させていただきました。
あらためて、「働き方」はとても身近なことなのに、なぜ、こんなにも改革が難しいのでしょうか。
課題には「技術的な課題」と「適応を要する課題」の2種類があると、リーダーシップの研究者であるR.ハイフェッツは言います(※1)。ハイフェッツによれば、「技術的な課題」とはスキルを獲得すれば解決できる課題、「適応を要する課題」とはスキルだけでなくマインドセットを変える必要のある課題です。
『働き方改革』は身近だからこそ難しい、おそらく「適応を要する課題」なのでしょう。『働き方改革』のためには、組織や働く個人において「当たり前」になってしまっている“マインドセット”(価値観や固定観念)を自覚化し、どのような方向に変えていくのか、ということについての対話が必要とされています。
本調査では、「生産性」のより深部へのフォーカス、働き方の「柔軟化」と「対話」が改革推進のエッセンスであることが浮かびあがりました。「生産性」のより深部に取り組むことは、事業の価値とその生み出し方に関するマインドセットを見直すことといえるでしょう。また、「柔軟化」と「対話」は組織と個人の関係性の根底にあるマインドセットの見直しといえます。自社の事業の価値と、従業員の働きがいは、どこから生まれるか。あらためて問いかけあう関係性づくりが『働き方改革』の本質であると考えます。

※1 Heifetz, R. A. (1994). Leadership without easy answers (Vol. 465). Harvard University Press. 邦訳 ロナルド・A・ハイフェッツ 『リーダーシップとは何か!』 幸田シャーミン訳 産能大学出版部 1996年

補論 「商習慣を変える難しさ」「マネジメントの難度上昇」に打つ手はある

改革推進の7課題のうち、「商習慣を変える難しさ」「マネジメントの難度上昇」については、本調査内では十分な対策を見つけることができませんでした。今後、組織全体、社会全体で問題解消に取り組んでいくべき難度の高いテーマといえます。
ただ、手探りにではありますが、関連する取り組みもあります。ご参考までに2つの事例をご紹介します。

クレハ様の値上げ事例
本部長クラスが対話を重ねて自分たちの在り方を言語化・共有し磨いた結果、主力商品の値上げに挑み切り、業績回復に至った。自社の内面の深層、まさに“マインドセット”を足場にした戦略変更が、取引先や市場に受け入れられた。組織とは決して環境変化に翻弄されるだけの存在ではないことを私たちに教えてくれます。

ヤフー様の1on1事例
日常のマネジメント慣行に対話的なコミュニケーションを取り入れた事例。1on1の実施は、制度を設けスキルを付与すれば遂行される「技術的な課題」ではなく、マネジャーやメンバー、ひいては組織の“マインドセット”を変える対話の連鎖であり、まさに「適応を要する課題」への挑戦であることが伝わってきます。

執筆者

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組織行動研究所
客員研究員

藤澤 理恵

リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主任研究員を経て、東京都立大学経済経営学部助教、博士(経営学)。
“ビジネス”と”ソーシャル”のあいだの「越境」、仕事を自らリ・デザインする「ジョブ・クラフティング」、「HRM(人的資源管理)の柔軟性」などをテーマに研究を行っている。
経営行動科学学会第18回JAAS AWARD奨励研究賞(2021年)・第25回大会優秀賞(2022年)、人材育成学会2020年度奨励賞。

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