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6つの実践プロセスと4つのエビデンス

エビデンスに基づいた実践とは何か−先行研究から見るエビデンス・ベースド・マネジメントの概要

  • 公開日:2023/06/16
  • 更新日:2024/05/16
エビデンスに基づいた実践とは何か−先行研究から見るエビデンス・ベースド・マネジメントの概要

医療、教育、政策立案など、近年さまざまな領域で取り入れられている方法に「エビデンス・ベースド・プラクティス」がある。経営・経営学の領域でも、「エビデンス・ベースド・マネジメント」という方法が提唱されている。そこで、本稿では、主に組織・人材マネジメントの領域に焦点を合わせて、エビデンス・ベースド・マネジメントの概要を紹介する。

「エビデンス・ベースド・プラクティス」とは?
十分なエビデンスに基づいていない経営の例
「エビデンス・ベースド・マネジメント」の歴史
エビデンス・ベースド・マネジメント 6つの実践プロセスと4つのエビデンス
エビデンス(1):科学的知見
エビデンス(2):組織の実態
エビデンス(3):専門家の実践知
エビデンス(4):ステークホルダーの価値観・関心
おわりに:多様なエビデンスに目を向ける

「エビデンス・ベースド・プラクティス」とは?

エビデンス(evidence)とは、「証拠」や「根拠」という意味の言葉である。近年、エビデンス・ベースド・メディスン、エビデンス・ベースド・エデュケーション、エビデンス・ベースド・ポリシーメイキングのように、「エビデンス・ベースド・○○」という言葉が用いられるようになってきた。

例えば、エビデンス・ベースド・メディスンは、日本語では「根拠に基づく医療」や「科学的根拠に基づく医療」、または「客観的根拠に基づく医療」などと訳される。「医療はもともと科学的根拠に基づいたものなのでは?」と、このような表現に違和感をもたれる方もいるかもしれない。

しかし、医療の世界においても、かつては必ずしも科学的根拠に基づいて治療法が選択されていたわけではなかった。そのなかで、治療法を選択する根拠は、正しい方法論に基づく観察や実験に求めるべきであるという考え方が提示された。このような考え方は、Guyatt(1991)*1 においてEvidence-Based Medicineという名が冠されたのち、急速に広まったとされる。

このような医療から始まったエビデンスを重視するという考え方、そしてその実践は、現在では「エビデンス・ベースド・プラクティス(エビデンス/根拠に基づく実践)」という形で、教育や政策立案など、さまざまな場面に広まっている。

十分なエビデンスに基づいていない経営の例

エビデンスに基づく実践は、経営のなかでも行われているが、十分に行われていないこともある。フェファーとサットン(2009)*2 では第1章で、事実(エビデンス)に基づいた経営の必要性を示すなかで、十分にエビデンスに基づかない、マイナスが大きい経営上の取り組みの例3つと、その問題点を挙げている。

1つ目は、「うわべだけのベンチマーキング」である。他社の経験から学ぶベンチマーク自体は大切としながら、「目立ち、分かりやすいが、それほど重要でないところを真似する」「戦略も競争環境もビジネスモデルも違うのだから、他社で成功したからといって自社にあてはまるか分からないことが見落とされている」という問題点を指摘している。

2つ目は、「過去にうまくいったように見えることをする」である。「本当に、その方法が成功の要因なのか」「過去の方法が、現在にも通用するのか」などの吟味が足りていないという問題点を指摘している。

3つ目は、「広く信じられているが、きちんと検証されていない考え方を鵜呑みにする」である。ストックオプションや先行者利益を例に、「理論や事実ではなく、思い込みが経営を左右している」という問題点を指摘している。

これらは、のちに紹介するエビデンス・ベースド・マネジメントの実践プロセスにおける、「吟味」の不足などに起因する問題と考えられる。経営学では、「流行の手法が、十分な検討を伴わずに導入されること」に関しては、マネジメント・ファッションの問題として指摘されることもある(例えば、真木,2016*3 )。

なお、フェファーとサットンは、エビデンスに基づいた経営と、そうでない既存のやり方を対比し、図表1のようにまとめている。

<図表1>既存のやり方とエビデンスに基づいた経営の違い

<図表1>既存のやり方とエビデンスに基づいた経営の違い

「エビデンス・ベースド・マネジメント」の歴史

このような「エビデンスに基づいた経営」のことを「エビデンス・ベースド・マネジメント」という。この言葉の利用が増えたのは、前述したフェファーとサットンの書籍の原著Hard Facts, Dangerous Half-Truths, and Total Nonsense: Profiting from Evidence-based Managementや、当時アメリカ経営学会の会長であったRousseauによるIs there such a thing as “evidence-based management”?*4 という論文が発表された2006年頃からである。

現在では、Center for Evidence-Based Management(CEBMa)が運営され、エビデンス・ベースド・マネジメントの取り組みガイドラインなどが発行されている。本稿では、CEBMaが2014年に発行したガイドラインなどを基に、エビデンス・ベースド・マネジメントの概要を紹介する。

エビデンス・ベースド・マネジメント 6つの実践プロセスと4つのエビデンス

Barendsらのガイドライン(2014)*5 によると、エビデンスに基づく実践とは、「良い成果の得られる確率を高めるために、図表2のようなプロセスにより、複数の情報源から入手可能な最も良いエビデンスを基に良心的に、明確に、分別をもって意思決定を行うこと」とされる。これは、経営に限らず、他の領域におけるエビデンスに基づく実践にも共通するものである。

<図表2>エビデンス・ベースド・マネジメントの実践プロセス

<図表2>エビデンス・ベースド・マネジメントの実践プロセス

では、エビデンスとは、具体的に何を指すのか。同じくBarendsら(2014)では、図表3の4つのエビデンスが挙げられている。特に、「組織の実態」や「ステークホルダーの価値観・関心」は、経営・経営学らしい内容といえる。

<図表3>エビデンス・ベースド・マネジメントで用いる4つのエビデンス

<図表3>エビデンス・ベースド・マネジメントで用いる4つのエビデンス

エビデンス(1):科学的知見

ここからは、4つのエビデンスについて、詳細を確認していく。 

1つ目は、科学的知見である。Rousseau(2006)のなかでも「研究と実務のギャップ」として取り上げられているように、経営において科学的知見が実務のなかでうまく使われていないという問題意識がもたれることがある。このような現象は経営に限ったものではなく、さまざまな領域で「科学的知見の実務での応用に関するバリア」の調査・研究は行われている。

経営領域では、それらの先行研究をベースに行った、ドイツ、ベルギー、アメリカ、イギリス、オーストラリアの経営や人事に関わる実務家の科学的知見への態度に関する調査結果がBarendsら(2017)*6 で紹介されている。

同論文で示されている、科学的知見の活用に対する態度に関する項目の否定回答率(強く反対/やや反対)と肯定回答率(強く賛成/やや賛成)の値をグラフにしたものが図表4である。論文内でも触れられているが、大学の同窓生ネットワークや専門団体のリストで調査協力者が集められているため、エビデンスに基づく取り組みに関心が高い協力者に偏りがあるものの、これらの結果からは、科学的知見については、「関心がない」「実務に応用できない」「個別の企業には適用できない」という態度をもっている人は少ないことが示唆される。

<図表4>科学的知見の活用に対する態度

<図表4>科学的知見の活用に対する態度

では、科学的な知見を活用するための障害についてはどうだろうか。図表5によると、研究論文が難しいというよりは、それらを読む時間がとれないことが一番の障害となっている。

<図表5>科学的知見の活用における障害

<図表5>科学的知見の活用における障害

なお、筆者の考えではあるが、限られた時間のなかで最新の知見を確認するために研究論文などから情報を効果的に収集するためには、概念や先行研究などの基礎的な理解をしておくことが有効である。そのためには、例えば組織行動の分野であれば、服部(2020)*7 などが参考になる。

また、科学的知見については、それぞれの研究の前提、用いている研究手法の特性、用いているデータの性質などを押さえることで、より正しく根拠として活用できるようになる。それらのポイントについては、中本・水野(2022)*8 などが参考になる。

エビデンス(2):組織の実態

従業員数、欠勤数、従業員満足度など、以前から組織、またその構成員の実態を表す情報やデータは蓄積・活用されてきた。昨今では、タレントマネジメント、人的資本の情報開示など、さまざまな人材マネジメントの取り組みによって、組織・人材に関するデータはより豊富に取得され、蓄積されるようになっている。

これらのデータは、ピープルアナリティクスやHRアナリティクスという形で、より積極的な活用が進められつつある。日本では、2015年より活動を開始した一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアムや、2018年に設立された一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会による普及活動も後押しとなり、取り組みを行う企業が増えている。

例えば、PwCコンサルティング合同会社(2023)*9 によると、人材データの活用・分析について、「取り組みを実施している/実施した」または「今後取り組む予定がある」と回答した企業の割合は2022年で56%で、2016年と比較して12ポイント増加している。

エビデンス(3):専門家の実践知

近年、客観的なデータを重視する風潮のなか、「勘と経験からの脱却」のようにいわれることも多い。しかし、エビデンス・ベースド・マネジメントのなかでは、経験豊富な専門家の実践知も重要なエビデンスの1つとされている。

Barendsら(2014)において、長期間、さまざまな状況における経験を積み、内省を通じて形作られた実践知や暗黙知は、決して単なる思いつきではないとされている。

そして、取り上げた課題は本当に着目すべきか、組織データが表しているものは真実を映しているのか、科学的知見が関心のある場面にあてはまるのか、考え出した解決策が現実場面で機能するのか、それらの判断において専門家の実践知や経験が重要な役割を果たすとしている。

エビデンス(4):ステークホルダーの価値観・関心

4つのエビデンスのなかで、こちらはやや異質なもののように思われるかもしれない。しかし、経営や人事に関する取り組みの結果は、さまざまなステークホルダーに影響を与える。また、意思決定の結果行われる施策は、従業員などの協力なくしては、成功するものではない。

例えば、Barendsら(2014)のなかでは、従業員満足度調査の実施という施策について、「個人が特定されると感じられるような項目があったため、サーベイの回答率が5%未満にとどまった」という例が挙げられている。

よって、ステークホルダーの価値観・関心は、「意思決定の結果が、従業員などのステークホルダーにどのような影響を与えるか」という倫理的配慮のために必要であると同時に、「従業員などの多様な立場・視点から考える」ことによって意思決定や施策の質を高めるためにも必要なものとなる。

おわりに:多様なエビデンスに目を向ける

エビデンスは、科学的知見、組織の実態、専門家の実践知、ステークホルダーの価値観・関心のような種類だけでなく、エビデンスを得る方法、また、確からしさや一般化可能性などの面でも多様である。

例えば、一言に研究といっても、質問紙調査や実験など、多様な研究手法がある。また、先行研究を体系的にまとめるレビューという方法や、複数の研究で得られている相関係数などの統計量をまとめて分析するメタ分析という手法もある。

「因果関係の確認には、質問紙法よりも、厳密に条件を統制した実験法の方が適している」「単体の研究よりも、複数の研究をまとめたメタ分析の方が、再現性が高い」のように、手法によってエビデンスの信頼度であるエビデンス・レベルが異なるという整理がされることもある。

それゆえ、エビデンス・ベースの取り組みに過度に傾斜すると、「エビデンス・レベルや一般化可能性が高いエビデンスを優先して使う」という考えに陥ることもある。

しかし、Rousseau & Gunia(2016)*10 などでも指摘されているように、意思決定者が直面する課題は個別性があるため、エビデンス・レベルや一般化可能性が高いエビデンスを優先することが必ずしも効果的とは限らない。多様なエビデンスのそれぞれの特長を踏まえ、活用していくことが重要となる。

エビデンス・ベースド・マネジメントは、「エビデンスにすべてを委ねる」ことではなく、意思決定において、あくまで人間が主体となり、「エビデンスを活用する」ことであることを忘れないようにする必要がある。

*1 Guyatt, G.H. (1991). Evidence-based medicine. ACP Journal Club, 114 : A-16.

*2 フェファー, J. & サットン, R.I. 清水勝彦(訳) (2009). 事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?― 東洋経済新報社

*3 真木圭亮 (2016). (01) マネジメント・ファッション研究の批判的検討. 經營學論集, 86, 日本経営学会.

*4 Rousseau, D. M. (2006). Is there such a thing as “evidence-based management”?. Academy of management review, 31(2), 256-269.

*5 Barends, E., Rousseau, D.M., & Briner, R.B. (2014). Evidence-Based Management: The Basic Principles. Center for Evidence-Based Management.

*6 Barends, E., Villanueva, J., Rousseau, D. M., Briner, R. B., Jepsen, D. M., Houghton, E.,& Ten Have, S. (2017). Managerial attitudes and perceived barriers regarding evidence-based practice: An international survey. PloS one, 12(10), e0184594.

*7 服部泰宏 (2020). 組織行動論の考え方・使い方―良質のエビデンスを手にするために ― 有斐閣

*8 中本龍市・水野由香里 (2022). エビデンスから考えるマネジメント入門 中央経済社

*9 PwCコンサルティング合同会社 (2023). ピープルアナリティクスサーベイ2022調査結果(速報版).

*10 Rousseau, D. M., & Gunia, B. C. (2016). Evidence-based practice: The psychology of EBP implementation. Annual review of psychology, 67, 667-692.

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.70 特集1「エビデンス・ベースドHRM─対話する人事」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

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技術開発統括部
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所長

入江 崇介

2002年HRR入社。アセスメント、トレーニング、組織開発の商品開発・研究に携わり、現在は人事データ活用や、そのための測定・解析技術の研究に従事する。
日本学術会議協力学術研究団体人材育成学会常任理事。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会上席研究員。昭和女子大学非常勤講師。新たな公務員人事管理に関する勉強会委員。

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