特集
先行研究から「キャリア自律」を解き明かす
自律的・主体的なキャリア形成に関する研究の軌跡
- 公開日:2021/12/20
- 更新日:2024/05/17
「キャリア自律」という言葉は、その意味や具体的なイメージが文脈によって異なることが多い。「キャリア」という言葉を、職業を含むその人の人生における足跡や生き方そのものとして大きく捉えるなら、人によって、場所によって、時代によって、異なる内容が語られるのも無理のないことのように思われる。一方、学術の世界では、長い年月にわたる多様な人々の生き方を「キャリア」として捉え、その「自律」的なあり方やそうでないあり方が検証され議論されてきた。本稿ではキャリア研究を概観し、抽象的に語られがちな概念を解き明かし、今私たち自身はどのような「キャリア自律」を考えたいのか、その具体像をつかむ手がかりを得たい。
- 目次
- 時代とキャリア
- 個人が切り拓くキャリア
- 持続可能なキャリア
- キャリア自律の心理的資源
- 「なぜ」「誰と」「どのように」
- 将来への関心や好奇心
- 組織や上司の支援とキャリア自律の効果
- 組織内の自律とキャリア資源形成
- 豊かな経験と学びのある仕事や職場づくりを
- 支え合うキャリア自律
時代とキャリア
キャリア論自体はその時代背景を反映する。図表1に代表的なキャリア理論を簡単にまとめた。網羅的なリストではないことに留意されたい。ライフキャリアや組織内キャリアの発達も依然として重要なテーマであるが、今日、関心がもたれているのは、変化に流されることなく、また長い人生を幸せに生きるためのキャリア開発である。
<図表1>多様なキャリアの理論
キャリアには大きく分けて2つの成功基準があるとされる。客観的なキャリアと主観的なキャリアである(図表2)。現代では、キャリアにおける客観的な成功への道も、主観的な成功への道も、多様で不確実なものとなり、自ら選んで近づいていくものとなった。
<図表2>2種類のキャリアの成功基準
雇用側の視点から言えば、自社との関わりだけで客観的・主観的キャリアの成功を従業員に約束することが難しくなった。その結果、「キャリア自律」の名のもとに組織と個人との新しい関係性が模索されているのだろう。
個人が切り拓くキャリア
変化の時代のキャリア形成として1990年代に提唱された「ニューキャリア」論では、伝統的なキャリア論へのアンチテーゼとして個人の自己主導性や自己責任性が強調された。代表的なものに、プロティアン・キャリア*4、バウンダリーレス・キャリア*5がある。
いずれも、自己の目標や価値観を優先する、組織にとらわれないキャリア形成を想起させるが、武石・梅崎・林(2014)*12は、ある企業の従業員を調査し、ニューキャリア志向が高くても転職や離職への志向が高いとは限らず、むしろ自社でのキャリア形成を選んでいる群ではニューキャリア志向が高い方がより経営や上司を信頼し、やりがいを感じていることを見出した。
ニューキャリア論の功績は、組織内にとどまらないフィールドで個人が自ら人生を切り拓く可能性に目を開かせ、そのモデルを提供した点にある。他方、個人の自己主導性や自己責任性を強調するあまり、それまでのキャリア論や組織論との接続がなされず、個人と組織の分断を生んだとの批判もある。
例えば、平野(2003)*13は、日本の大企業に特徴的な長期雇用関係に基づく人事部主導のキャリア形成環境においては、個人が自らの「したいこと」を見出す難しさが課題となる可能性に言及している。ニューキャリア論には、そうした日本特有のキャリア形成課題を克服していく手がかりが少ない。
持続可能なキャリア
ニューキャリア論に欠落しがちな視点を補う議論として、キャリア形成を個人と組織の共同責任と捉える「持続可能なキャリア」*7が注目される。
その意義は、個人のキャリア自律を強調する際には組織にも新たな責任が発生すること、そして個人もまた自律的・主体的にキャリアを形成しようとすれば組織への貢献責任を果たすことが重要になることを、「持続可能性」というコンセプトによって合理的に説明したことにある。
組織と個人の共同責任を理解する上で重要なのは、キャリアを築くには「資源」が必要であり、それは仕事を通じて形成されたり消耗したりするという考え方である。資源となり得るものは、個人の気力や考え方、能力のようなものから、他者との関わりや組織、社会の制度などまで幅広い。それら資源は開発可能だが、有限であり、無理な使い方をすれば回復が難しいほどに擦り減り枯渇する。
ここからは、キャリア自律の資源形成に焦点を合わせ、個人と組織によるキャリアの共同生成について考えたい。
キャリア自律の心理的資源
キャリア自律の心理的要因と行動要因の関係について調べた堀内・岡田(2016)*14の検証を図表3に示した。キャリア自律の行動要因に対して、「職業的自己イメージの明確さ」と「主体的キャリア形成意欲」の効果が強く、「キャリアの自己責任自覚」の効果は弱い。
<図表3>堀内・岡田(2016)*14によるキャリア自律の心理的要因と行動要因
この結果から、自己責任の強調だけではキャリア自律行動は促進されにくいこと、得意分野ややりたいことの明確なイメージや、自身のキャリアを良いものにしたいという関心の強さが、キャリア形成の心理的資源であることが示唆される。また、それらが仕事経験による教訓や転機に促されることが実証され、目の前の仕事や職場が重要な資源形成の場であることが分かる。
「なぜ」「誰と」「どのように」
海外の研究でも、キャリア自律の行動要因を心理的要因が促進するという関係が検証されている。
キャリア形成のスキル・能力であるキャリア・コンピテンシーは、「なぜ」「誰と」「どのように」を知る行動とされる*15。持続可能なキャリアの形成に関わるコンピテンシーは、図表4の6つとされる。
<図表4>キャリア・コンピテンシー(Akkermans et al., 2013)*16
仕事における情熱と才能を自覚することでなぜその仕事なのかを知り、他者に自ら働きかけることで誰が支援者・協働者なのかを知り、仕事の機会や転機を継続的に探索してどのようにキャリアを築くかを知っていくことで、キャリアは探索的に形成されていく。
このような能動的・探索的なプロセスはキャリア・クラフティングとも表現されている。まさに、一人ひとりがキャリアを手づくりする時代といえよう。
将来への関心や好奇心
キャリア・コンピテンシーを促進するともいわれ広く研究されている心理的要因にキャリア・アダプタビリティ*17がある。典型的には図表5に示した4つのCとされる。
<図表5>キャリア・アダプタビリティ(Savickas & Porfeli, 2012)*17
将来のキャリアに関心をもてば、個人が先を見越し、次に来るかもしれないものに備えるのに役立つ。好奇心をもてば、さまざまな状況や役割のなかでの自分について考え、自己の可能性と、それを形づくる可能性のある代替的なシナリオを探究する。自己決定の習慣があれば、自己鍛錬、努力、粘り強さをもってこれからの自分と環境を形成できる。現在の仕事が生産的であれば、自分の願望を追求することへの自信を強めることができる。
キャリア・アダプタビリティは、客観的・主観的キャリアの成果や賃金の高さと関連するだけでなく、仕事におけるパフォーマンスや組織への愛着的態度にもプラスの影響を及ぼし、離職意向を抑制することが多く検証されている*18。
組織や上司の支援とキャリア自律の効果
組織のなかで自律的に働くにも、キャリア自律は有益だ。しかし、その効果には組織や上司次第で幅が生まれることも分かってきている。
Zhuら(2019)*19によれば、キャリア・アダプタビリティが離職意向を低下させる効果は、本人のキャリアへの満足度や「組織から支援されている」と感じる知覚に媒介されるが、その効果には個人差がある。個人が組織に革新性や有能性や誠実性などの象徴的なブランドを期待する場合はキャリア満足度の効果が高くなり、賃金や処遇、働きやすさなどを期待している場合は組織支援の知覚の効果が高くなる。
Yangら(2020)*20は、部下が上司の業務課題解決に協力したいと思う関係が、組織内でのキャリア展望を強めるが、その効果は部下が協調的な性格特性をもっている場合に限られることを実証している。
Federiciら(2021)*21は、手厚い評価・処遇制度をベースとしたジョブ・クラフティング(タスクや他者との関係性における主体的な工夫)が、キャリア・アダプタビリティとワーク・エンゲージメントをつなぐと実証した。
まとめると、個人の客観的・主観的キャリアにとって、組織や仕事が良いフィールドになるという認知が本人の内に形成されると、キャリア自律によって高まるパフォーマンスが組織に還元される。しかし、何がそのような効果をもつかには、個人のキャリア志向の多様さの分だけの答えがありそうだ。
組織内の自律とキャリア資源形成
Rudolphら(2017)*18によれば、キャリア・アダプタビリティの50%程度は性格などの個人特性で説明される。経験や学習や環境による開発可能性は残りの半分にある。目の前の仕事は、その重要な開発機会である。
堀内・岡田(2016)による図表3をもう一度見てほしい。キャリア自律の心理的資源を形成する仕事経験からの学びは、仕事上の問題や希望を理解し裁量を示す上司(垂直的交換関係)と、支援やアドバイスをくれる同僚(水平的交換関係)に促される。
三輪(2011)*22は、SEやコンサルタントといった知識労働者が、組織内での学習やキャリア志向に高度な自律性を示す場合があり、大企業では社内で専門性を積み重ねるキャリア自律が比較的実現しやすいと指摘する。
また、松本(2008)*8は、心理的資源のみならず技能形成の重要性を訴え、自分に合った仕事を探して転職を繰り返すような行動のリスクを指摘する。松本は、仕事や環境から学ぶことを重視した理論として、「計画された偶発性」を紹介する。「好奇心」「忍耐」「柔軟性」「楽観主義」「リスクテイキング」によって、目の前の出来事を学びの機会に変えることが提唱される。
豊かな経験と学びのある仕事や職場づくりを
仕事を通じて自分のキャリアに愛着やこだわりをもつことも、キャリア自律に寄与する。キャリアにコミットしている従業員は、現在の仕事とキャリア目標の追求をバランスさせる多くの努力をすることが分かっている。Changら(2021)*23は、自律的な職務特性やジョブ・クラフティングが、自身の職業への愛着であるキャリアコミットメントを促すことを示している。
組織内に学びの多い仕事や職場があれば、キャリア自律と組織成果は両立できる。個人の裁量と他者との良い関わりのある仕事をいかに増やすか、自律や内省を支援する上司によるマネジメントや人事制度をいかに構築するかを考えることが、キャリア自律推進の近道と考えられる。昨今の人事のホット・トピックである「ジョブ型」議論を通じた役割明確化も、仕事の経験を豊かにする足がかりとして活用できれば、キャリア自律と地続きとなる。
その際、効果を左右するのは個々人からの認知のされ方である。人が何に学びを感じるか、安心して探索的になれる条件は何か、謙虚に対話していく必要があるだろう。若手・中堅・シニアと年代ごとにも課題があるだろうし、女性の多い職場の男性や日本人の多い職場の外国人(逆もしかり)などのマイノリティはキャリアの資源にアクセスしにくいことも考慮すべきである。
支え合うキャリア自律
最後に、キャリア自律を支え合うという観点を提示して本稿を締めくくりたい。ここまで見てきたように、キャリアは1人で作ることができない。学ぶ機会や他者の支援が必要であるし、そのプロセスは探索的で、偶然の出会いが転機となったりもする。
キャリア形成において、「実践共同体」と呼ばれる仕事外のコミュニティへの参加の有効性を指摘する研究が多くある。詳しくは紹介しないが、参考文献*24をぜひ参照されたい。
本稿では、「キャリア自律」というビッグワードを分解し、自社にとって、自身にとっての課題を特定するための素材をちりばめておくことを目指した。散文的になった点をご容赦いただきたい。
*1 Erikson, E. H., & Erikson, J. M.(1997). The life cycle completed, W. W. Norton &Company(村瀬孝雄・近藤邦夫訳『ライフサイクル、その完結 増補版』みすず書房、2001年).
*2 Super, D. E. (1980). A life-span, life-space approach to career development. Journalof vocational behavior, 16(3), 282-298.
*3 Schein, E. H.(1978). Career dynamics: matching individual and organizational needs,Addison-Wesley (二村敏子・三善勝代訳『キャリア・ダイナミクス』白桃書房、1991年).
*4 Hall, D. T. (2002). Careers in and out of organizations. Sage.
*5 Arthur, M. B., & Rousseau, D. M. (Eds.). (2001). The boundaryless career: A newemployment principle for a new organizational era. Oxford University Press onDemand.
*6 Mitchell, K. E., Al Levin, S., & Krumboltz, J. D. (1999). Planned happenstance:Constructing unexpected career opportunities. Journal of counseling & Development,77(2), 115-124.
*7 Van der Heijden, B. I., & De Vos, A. (2015). Sustainable careers: Introductory chapter.In Handbook of research on sustainable careers, Edward Elgar Publishing.
*8 松本雄一(2008).キャリア理論における能力形成の関連性:能力形成とキャリア理論との統合に向けての一考察(上). 商学論究, 56(1), 71-103・(下). 商学論究, 56(2), 65-116.
*9 北村雅昭(2021).持続可能なキャリアというパラダイムの意義と今後の展望について.京都女子大学現代社会研究, 23, 63-83.
*10 今城志保(2019). キャリアの発達とその開発. 外島裕監修・田中堅一朗編『産業・組織心理学エッセンシャルズ』第9章, 197-219.
*11 Arthur, M. B., Khapova, S. N., & Wilderom, C. P. (2005). Career success in aboundaryless career world. Journal of Organizational Behavior: The InternationalJournal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior,26(2), 177-202.
*12 武石恵美子・梅崎修・林絵美子(2014). A 社における従業員のキャリア自律の現状. 生涯学習とキャリアデザイン, 12(1), 89-100.
*13 平野光俊 (2003). 組織モードの変容と自律型キャリア発達. 神戸大学ディスカッション・ ペーパー, 29.
*14 堀内泰利・岡田昌毅(2016). キャリア自律を促進する要因の実証的研究. 産業・組織心理学研究, 29(2), 73-86.
*15 DeFillippi, R. J., & Arthur, M. B. (1994). The boundaryless career: A competencybasedperspective. Journal of organizational behavior, 15(4), 307-324.
*16 Akkermans, J., Brenninkmeijer, V., Huibers, M., & Blonk, R. W. (2013). Competenciesfor the contemporary career: Development and preliminary validation of the careercompetencies questionnaire. Journal of Career Development, 40(3), 245-267.
*17 Savickas, M.L., & Porfeli, E.J. (2012). Career Adapt-Abilities Scale: Construction,reliability , and measurement equivalence across 13 countries. Journal of VocationalBehavior, 80, 661–673.
*18 Rudolph, C. W., Lavigne, K. N., & Zacher, H. (2017). Career adaptability: A metaanalysisof relationships with measures of adaptivity, adapting responses, andadaptation results. Journal of Vocational Behavior, 98, 17-34.
*19 Zhu, F., Cai, Z., Buchtel, E. E., & Guan, Y. (2019). Career construction in socialexchange: a dual-path model linking career adaptability to turnover intention. Journalof Vocational Behavior, 112, 282-293.
*20 Yang, X., Guan, Y., Zhang, Y., She, Z., Buchtel, E. E., Mak, M. C. K., & Hu, H. (2020).A relational model of career adaptability and career prospects: The roles of leader–member exchange and agreeableness. Journal of Occupational and OrganizationalPsychology, 93(2), 405-430.
*21 Federici, E., Boon, C., & Den Hartog, D. N. (2021). The moderating role of HRpractices on the career adaptability–job crafting relationship: a study amongemployee–manager dyads. The International Journal of Human ResourceManagement, 32(6), 1339-1367.
*22 三輪卓己 (2011). 知識労働者のキャリア志向と組織間移動: ソフトウェア技術者とコンサルタントの比較分析. 京都マネジメント・レビュー, 17, 49-65.
*23 Chang, P. C., Rui, H., & Wu, T. (2021). Job Autonomy and Career Commitment: AModerated Mediation Model of Job Crafting and Sense of Calling. SAGE Open,11(1), 21582440211004167.
*24 リクルートワークス研究所(2021)「つながり」のキャリア論.
荒木淳子(2007). 企業で働く個人の「キャリアの確立」を促す学習環境に関する研究:実践共同体への参加に着目して. 日本教育工学会論文誌, 31(1), 15-27.
永野惣一・藤桂(2016). 弱い紐帯との交流によるキャリア・リフレクションとその効果.心理学研究, 87(5), 463-473.
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol. 64 特集1「レビュー 自律的・主体的なキャリア形成に関する研究の軌跡」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
執筆者
組織行動研究所
客員研究員
藤澤 理恵
リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主任研究員を経て、東京都立大学経済経営学部助教、博士(経営学)。
“ビジネス”と”ソーシャル”のあいだの「越境」、仕事を自らリ・デザインする「ジョブ・クラフティング」、「HRM(人的資源管理)の柔軟性」などをテーマに研究を行っている。
経営行動科学学会第18回JAAS AWARD奨励研究賞(2021年)・第25回大会優秀賞(2022年)、人材育成学会2020年度奨励賞。
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