- 公開日:2021/04/19
- 更新日:2024/05/20
テレワークの導入が進むなか、ジョブ型雇用の導入をはじめとして、人事評価の見直しに注目が集まりつつある。そこで本稿では、改めて人事評価に関するレビューを行い、あわせて今後のアップデートのための観点を提示する。
- 目次
- テレワーク環境下で募る人事評価への「不安」
- もともと「不満」が募る人事評価
- 人事評価に対する「不安」「不満」に関する疑問
- 人事評価では、何が評価されるのか
- 人事評価は、どのような目的で利用されるのか
- 主観評価は必ずしも悪ではない
- 理想的な人事評価の条件
- ジョブ型雇用で必ずしも人事評価の「不」は解消しない
- リモート環境で求められるものを、評価できる形で
- テクノロジーで人事評価のアップデートを支える
テレワーク環境下で募る人事評価への「不安」
コロナ禍において、急速にテレワークを経験する人が増えた。そのなかで耳にすることが多い不安の1つが、「人事評価への不安」である。
例えば2020年11月に実施されたパーソルプロセス&テクノロジーの調査*1によると、「テレワーク環境下で、『自分の評価が正当にされているか、不安』だと感じたことがあるか」という設問に対する回答結果は、「感じたことがある」「少し感じたことがある」の選択率が合計で約4割であり、自分に対する評価に不安を感じている人が少なくないことがうかがえる。
また、同調査では、管理職を対象に、「テレワーク環境下で、『部下の評価が正しく行えているのか、不安』だと感じたことがあるか」という設問もあった。それに対する回答結果は、「感じたことがある」「少し感じたことがある」の選択率が合計で約5割であり、評価者側にも不安があることがうかがえる。
もともと「不満」が募る人事評価
コロナ禍以前より、人事評価については、満足度が必ずしも高くなかった。2016年に実施した本誌45号*2における人事評価に対する意識調査では、勤務先の人事評価制度に対して、満足群は52.2%、不満足群は47.8%であり、評価は二分していた。
同調査では、複数回答形式で不満の理由を確認しているが、選択率が高い順に、「何を頑張ったら評価されるのかが曖昧だから」「評価基準が曖昧だから」「評価の手続きに公正さを感じないから」「努力しても報われないから」などが挙がっていた。
2018年12月にカオナビHRテクノロジー総研が行った調査*3でも、「自社の人事評価について満足しているか」という質問に対する回答結果は、「満足していない」が約4割であった。また、複数選択形式で尋ねた不満点は高い順に、「評価結果に納得感がない」「評価者が信用できない」「評価理由に納得感がない」「評価項目・目標設定が不適切」などであった。
もちろん、人事評価においては、相対評価では序列づけがなされるため、評価結果に不満がない人はゼロにはならない。また、絶対評価であっても、被評価者と評価者の認識にギャップがあれば不満は生じる。しかし、理由を確認すると、不満は必ずしも「評価結果」のみではなく、被評価者が認知する評価基準の曖昧さや手続きの公正性の欠如に起因するものも少なくないようだ。
人事評価に対する「不安」「不満」に関する疑問
ここまで、人事評価に対する「不安」と「不満」に関する先行調査の結果を紹介してきたが、いくつか疑問が湧く。それは、「回答者は、人事評価とはどのようなものだと考えているのか」「業績や能力、努力・姿勢のうち、どの評価に回答者は不安や不満を感じているのか」「どのような不利益があると考え、人事評価に不満を抱くのか」、そして、「テレワークの環境下で、なぜ不安を感じるのか」などである。
その点について考えを深めるために、改めて人事評価の目的や内容、またコロナ禍以前より語られている「不」について整理してみたい。
人事評価では、何が評価されるのか
日本における伝統的な人事考課制度の枠組に則れば、
- 目標の達成率や達成状況などに対する「業績考課」
- 業務遂行に求められる能力やスキルに対する「能力考課」
- 業務に向き合う努力や姿勢に対する「情意考課」
の3つが代表的な評価観点である。能力や情意と重なるケースもあるが、成果を生み出す行動特性であるコンピテンシーが評価されることも少なくない。
これらから、評価要素を仮に、業績、能力、行動、努力・姿勢の4つと考え、それらの関係を簡略化すると、図表1のように表すことができる。
<図表1>評価要素の関係性
(1)~(6)の矢印はぞれぞれ、
(1)能力が行動の土台になる
(2)行動が業績の土台になる
(3)努力・姿勢が能力の獲得を促す
(4)努力・姿勢が、能力を土台とした行動の発露を促す
(5)努力・姿勢が、行動を促す
(6)努力・姿勢が、行動を土台とした業績達成を促す
ことを意味する。いずれの要素も、評価すること自体に意味はあると考えられるのではなかろうか。
なお、産労総合研究所が2016年に実施した評価制度の運用に関する調査*4によると、一般社員に対する評価項目の利用企業割合は、「目標の達成度」「行動・取組姿勢・意欲」「能力」でいずれも8割を超えていた。このことからも、業績、能力、行動、努力・姿勢については、いずれも多くの企業で評価項目として利用され続けていることがうかがえる。
俗に言う「プロセス評価」とは、上記4つの評価要素のうち、「能力」「行動」「努力・姿勢」の3つに対する評価と概ね一致する。テレワークの環境下で、「仕事ぶりが見えない/見られないため、適正な評価が得られるか不安」と感じられるのは、主にプロセス評価についてではなかろうか。実際、360度評価を利用してきた企業において、「テレワーク下で、機能するのか?」という疑問の声を耳にすることもある。
人事評価は、どのような目的で利用されるのか
まず、人事評価は、どのような目的で行われるのだろうか。例えば坪谷(2020)*5では、人事評価の目的は、「公平感のある処遇の分配」「社員の活用と育成」「企業文化の醸成」の大きく3つとされている。同書では、図表2のように人材マネジメントの構成要素の関係性が整理されている。
<図表2>人材マネジメントの構成要素の関係性
それに基づけば、人事評価の結果は、
- 等級の決定
- 報酬の決定
- 適材適所の検討のための情報提供
- 人材開発の設計・手法選択のための情報提供
- 代謝の決定
に用いられるものであり、さまざまな判断の根拠となっているといえる。まさに、「人事評価は人材マネジメントの要」である。
それゆえ、人事評価に対する不安や不満は、被評価者の立場からすれば、「自分が公平に処遇されるか」「自分が適切に配置・育成されるか」という不安や不満と無関係ではないと考えられる。
主観評価は必ずしも悪ではない
人事評価においては、職種や業態によって程度の差はあれ、業績考課は目標達成率のような定量的・客観的な性質の強い指標に基づく客観評価のウェイトが高いことが多い。一方、特に努力等に対する情意考課では、主観評価のウェイトが高いことが多い。
評価に対する不安や不満、特に仕事ぶりが見えづらいテレワーク下での不安や不満は、主観評価に対するものが多いようにも思える。
実際、主観評価については、図表3のように、さまざまなバイアスが起こり得ることが指摘されている*6。
<図表3>人事評価に関するさまざまなバイアス
また、恣意的に評価を歪める「えこひいき」や、ダイバーシティ&インクルージョンの文脈等では無意識の偏見である「アンコンシャス・バイアス」の評価への影響が問題にされることもある。
一方で、主観評価については、さまざまな効用があることも知られている。例えば、大湾(2011)*7にあるように、多くの職業は複数の業務の束から成り、そのなかで客観的で成果が見えやすい業務に偏ってリソースが配分されるマルチタスク問題が生じることがある。その問題が深刻になった場合、客観評価では利益最大化のために望ましい動機づけが困難となり、主観評価を用いることが効果的なケースがあるとされる。
また、小笠原(2019)*8のなかでは、大幅に職務内容が異なる昇進の際には、新しい業務に対する従業員の能力を評価できる上司の主観評価が有用であることを示す先行研究も紹介されている。
評価者の納得感の問題は残るが、少なくとも人材マネジメントを有効に機能させるためには、主観評価は決して悪ではないと考えられる。
理想的な人事評価の条件
主観評価には有用な面もあるが、それが機能するためには、さまざまな条件が必要となる。また、効果的な評価を行うためにも、さまざまな前提条件が必要となる。
例えば、高橋(2010)*9においては、理想的な人事評価を行うための条件として、
(1) 評価者が評価する職務領域に精通していること
(2) 評価者としての豊かな経験をもっていること
(3) 対象者がとった行動を直に観察できること
(4) 観察時点と評価時点に時間的ズレが少ないこと
(5) 評価結果を公表し、情実を抑制できること
などがあると述べられている。
これらの条件が必ずしも満たされていないことはコロナ禍以前も変わらなかった。それゆえ、(1)~(5)への対応として、例えば、
(1) 管理職のみでなく、業務に精通した同僚等によるピア評価
(2) 評価者研修
(3) さまざまな業務上の関係者を巻き込んだ360度評価
(4) リアルタイム・フィードバック
(5) 評価結果のフィードバック・公開
のような取り組みが行われてきた。
テレワークにおいては、「(3)対象者がとった行動を直に観察できること」は確かに難しく、それは360度評価を用いるだけではカバーしきれない可能性もある。
ジョブ型雇用で必ずしも人事評価の「不」は解消しない
同一労働同一賃金の実現や、高度人材の活用などを目的とした「ジョブ型雇用」への転換の議論は、コロナ禍以前から行われていた。そのようななか、テレワーク環境下でマネジメントや人事評価に取り組みやすくなるのではないかという想定からも、ジョブ型雇用に注目が集まるようになった。
では、ジョブ型雇用にすれば、人事評価に関する「不」は解消するのだろうか。例えば、奥本(2020)*10では、テレワークをめぐるマネジメント課題は基本的なマネジメントスキルに関わる問題も多く、ジョブ型雇用にしたからといって解消するとは限らないという指摘がされている。
また、ジョブ型、あるいは職務型の人事制度については、先行する欧米等で古くからさまざまな問題が指摘され、それに対する対応もとられている。例えば、個人の役割を具体化し、分割するために、かえってチームや集団としての協働が生まれにくくなるという問題が指摘されている。それゆえ、業績だけでなく、決められた役割を超えた組織への貢献である組織市民行動のような文脈的パフォーマンスが注目され、それに対する評価・報酬が決定されるケースがある。
あるいは、仕事の成果に対する評価が分かったとしても、その成果を上げるために必要なことが分からなければ、能力を向上することができない。そこで、必ずしも報酬に結びつけることは意図せずに、コンピテンシーが360度評価を用いて評価されていることも少なくない。
- 組織において、どのようなダイナミズムを起こすか
- そのために、何を評価するか
- それを、どのような仕組みで実現するか
を丁寧に設計し、運用していくことである。そうしなくては、職能主義が年功的になってしまったり、成果主義が結果主義となってしまったりなど、過去同様の過ちを犯しかねない。
リモート環境で求められるものを、評価できる形で
ここまで述べたとおり、リモート環境下では、「能力」「行動」「努力・姿勢」について、仕事ぶりが見えないことによって、評価される側・する側、いずれも不安を抱えているかもしれない。
しかしながら、「リモート環境で見えない能力、行動、努力・姿勢は、果たしてリモート環境で求められるものなのか」というのが、改めて考えるべき点である。
今後は、リモート環境で求められる能力、行動、努力・姿勢を評価の対象とする、あるいは、リモート環境でも評価可能なように測定・評価の仕組みを再構築することが求められるのではなかろうか。例えば、他者に対する支援的な行動については、メールやチャットでの問い合わせに対するリアクションなどで把握することもできる。
もちろん、評価内容が変われば、評価者は被評価者の行動の捉え方などを再構築しなくてはならない。また、評価が決定される方法論や手続きが公正だと被評価者に認知される「手続き的公正」についても再構築が必要になるので、これらの仕組みのアップデートは今後の課題となろう。
テクノロジーで人事評価のアップデートを支える
HRテクノロジーやHRアナリティクスへの注目が集まるなか、評価場面での活用についても関心が高まっている。オンライン上での仕事やコミュニケーションが増えるテレワークにおいては、テクノロジーの活用が人事評価をアップデートする一助になると考えられる。
例えば、「埋もれた優秀人材」の発掘のために、組織ネットワーク分析が行われている事例がある。一見目立たないものの、実は知識ネットワークのハブとなる重要な人材などが、社内のコミュニケーションを分析することであぶり出されることがある。
また、ノーレイティングの議論のように、育成という点では、リアルタイムのフィードバックを円滑に進めることも重要である。そのための1on1支援ツールも複数、世に出ている。
これらは、以前から行われてきた取り組み事例だが、リモート環境下において、より有効な方法論ともなり得る。
その一方で、客観性あるいは効果性を高めるために、AIを活用して人事評価を行い、処遇につなげるという事例も実際に出始めている。ただし、ブラックボックス性や差別の再生産の問題をはらんだものであり、必ずしもそれについて大いなる賛同が得られているわけではない。
テクノロジーを活用することで、評価における一側面のアップデートは可能になり得る。一方で、人事評価の目的である「公平感のある処遇の分配」「社員の活用と育成」「企業文化の醸成」の実現のためには、公正性の認知や納得感を高めることが欠かせない。また、今回は主には触れていないが、人事評価には、「評価者負担」の問題もある。
リモート環境下での人材マネジメント、その要となる人事評価、そしてその実現を支えるテクノロジーの活用について、今後も検討を深めていきたい。
*1 パーソルプロセス&テクノロジー(2020)「テレワーク中の評価に関する意識・実態調査」 管理職は、自分の評価の妥当性よりも部下の評価が正しくできているかを不安に感じている
*2 リクルートマネジメントソリューションズ(2017)RMS Message Vol.45「人事評価制度に対する実態調査」
*3 カオナビHRテクノロジー総研(2019)人事評価に「満足している人」は2割以下!
*4 産労総合研究所(2017)2016年度評価制度の運用に関する調査
*5 坪谷邦生(2020)図解 人材マネジメント入門-人事の基礎をゼロからおさえておきたい人のための「理論と実践」100のツボ- ディスカヴァー・トゥエンティワン
*6 入江崇介(2018)人事のためのデータサイエンス-ゼロからの統計解析入門-. 中央経済社
*7 大湾秀雄(2011)評価制度の経済学-設計上の問題を理解する- 日本労働研究雑誌, 617, 6-21.
*8 小笠原亨(2019)主観評価における客観的基準-従業員の能力に対する主観評価- メルコ管理会計研究, 11(1), 17-27
*9 高橋潔(2010)人事評価の総合科学-努力と能力と行動の評価-. 白桃書房
*10 奥本英宏(2020)「ジョブ型」というマジックワードから制度議論へ
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol. 61 特集1「リモートが問う人事評価のあり方」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
執筆者
技術開発統括部
研究本部
HR Analytics & Technology Lab
所長
入江 崇介
2002年HRR入社。アセスメント、トレーニング、組織開発の商品開発・研究に携わり、現在は人事データ活用や、そのための測定・解析技術の研究に従事する。
日本学術会議協力学術研究団体人材育成学会常任理事。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会上席研究員。昭和女子大学非常勤講師。新たな公務員人事管理に関する勉強会委員。
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