- 公開日:2020/02/07
- 更新日:2024/03/25
先の見えないVUCA*1 時代といわれて久しいが、事業環境の変化に対応した人材開発・組織開発を行うことはたやすいことではない。本稿ではVUCAのマーケットにおいて、環境変化に適応し、新たな価値を創造し続けることのできる営業組織のマネジメントについて考察したい。
*1 「Volatility(激動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をつないだ今日的環境を形容する言葉。
1.顧客接点におけるイノベーションのきざし
少子高齢化、成熟マーケット、グローバル競争の激化、ITテクノロジーの進化など、さまざまな環境変化に直面し、過去の成功モデルや勝ちパターンが通用しなくなり、営業組織のマネジメントはかつてないほど困難を極める時代になってきている。一方で、この環境変化を好機と捉え、顧客接点においてもイノベーションを起こし、ビジネスの拡大に成功している企業が出始めている。
「カスタマーサクセス」によるイノベーション
カスタマーサクセスとは、「顧客の成功」を意味する。つまり、売って終わりではなく、顧客の成功にコミットすることにより、収益拡大に成功しているケースだ。
クラウド型のITサービスなどがその代表例だ。顧客管理、営業プロセス管理、人事、経理、総務など、さまざまな分野のクラウドサービスが登場している。どのベンダーも、自社商品の素晴らしさ、いかに業務を効率化できるかをPRする。しかし、どんなに素晴らしい商品でも、顧客の現場でうまく活用されなければ結果は出ない。一時的に営業力で拡販に成功したとしても、早々に頭打ちになる。
一方で、顧客の成功にコミットし、売った後の活用支援の型や仕組み・組織を作ることで、活用率を飛躍的に高め、顧客が目指す指標が高まることを“数字”で証明し、安定的なリピート、取引拡大、評判による新規獲得などを実現し、売上を伸ばす事例も出始めている。営業管理システムのセールスフォース、顧客管理システムのSansan、本特集でも事例として紹介する学習支援システムのスタディサプリなどが代表例だ。
「商談探索フェーズ」のイノベーション
もう1つは「商談探索フェーズ」のイノベーションだ。商談探索フェーズにおいて重要なことは、「購買見込みのある」顧客の発掘だ。アナログ時代において、顧客の発掘競争を制する術はコンタクト量であった。どの顧客に見込みがあるかが分からない。あれこれ考えている暇があったら、足しげく通う、なるべく多く電話がけや飛び込み営業をした方が業績があがる。そう考えられてきた。
しかし、デジタル時代においては、顧客は何かを欲したときに、まずネット検索をするケースが多い。そのネット検索のタイミングをつかめるかどうかが、タイミングキャッチ競争において大きなアドバンテージをもつ。例えば、ホームページ上に「お役立ち情報」を掲載しておき、ダウンロードの条件として、最低限の企業情報、個人情報の入力などをトレードオフの条件とする。この資料をダウンロードした顧客にタイミングよく電話をすると、これまでやみくもに電話をしていたときの10倍のアポイント獲得率が得られたなどという事例は珍しくなくなってきている。ユーザベース、アドビシステムズ、セールスフォース・ドットコムなどがその代表例だ。
2.迷走する典型的な2つのパターン
このような新たな勝ちパターンの模索は一朝一夕で確立できるほど簡単なものではない。そこにはさまざまな試行錯誤が必要となる。しかし、これまでの多くの日本企業が培ってきた勝ちパターンのパラダイムが邪魔をして迷走するケースが散見される。代表的なパターンを2つ紹介したい。
1つ目は、描いた勝ちパターンが必ずしも正解か分からないにもかかわらず、勝ちパターンが確立されていた時代の管理・統率型のマネジメントを踏襲してしまうケースだ。これはかつて勝ち組であった大手企業に多い。右肩上がりのマーケットでは過去の成功パターンを踏襲することが勝ちパターンであった。年長者はたくさんの正解をもっており、後輩は年長者に素直に従うことがむしろ効率が良かった。上司=正解。指導スタイル=分かっている人が分かっていない人に教える。管理、統率、指示、命令、徹底、効率がキーワードの管理・統率型のマネジメントである。そこで生まれた組織文化は、部下は本音を胸に秘め、上の指示に従うというカルチャーだ。このような組織は50点の勝ちパターンでもまずやってみて、やりながら60点、70点と磨いていくことができない。部下は方針・戦略に半信半疑で取り組み、成果があがらないのは、方針・戦略が不完全であるからだと他責で捉える。
2つ目は、トップやマネジメント層が勝ちパターンを考え抜くことを怠り、現場発のアイディアや創意・工夫だけで何とかしようとするケースだ。これまで本部の指示どおりに動く実行部隊だった支店・支社が、新たな創意・工夫に挑戦しようとするときに起こりやすい。この場合、人材育成や組織づくりをうまく進めれば、いろいろなアイディアが出るようになったり、突破口がそこから見えてきたりすることもあるが、方向性がバラバラとなり、生産性の低い議論の場が展開されることが多い。
3.VUCA時代の価値マネジメント
ではVUCAの環境において、どのような組織が環境変化に適応し、新たな価値を生み出し、顧客に選ばれ続けていけるのか。ここからは、環境変化に適応できる組織マネジメントについて考察していきたい。
リクルートにおけるさまざまな事業マネジメントの成功・失敗事例を、リクルート経営コンピタンス研究所の研究員を兼務する著者が関係者の協力を得ながら研究し、VUCAに適応して成長し続ける組織マネジメントとして体系化したモデルが、図表1の『VUCA時代の価値マネジメントの全体像』だ。成功事業の共通点は、左側の「VUCAに適応した勝ちパターン設計」と、右側の「VUCAに適応した人・組織マネジメント」を両立していることだ。それぞれにおけるポイントを以下に整理する。
VUCAに適応した勝ちパターン設計
勝ちパターンの設計は、a)商品・サービス設計とb)価値提供プロセス設計の2つのフェーズに分かれる。商品・サービス設計とは「顧客」×「顧客価値」の定義、つまり「誰に」「どのような価値」を届けるか、注力すべき的を絞ることである。価値提供プロセス設計とは、その価値を「どのように届けるか」という営業などのプロセスの設計である。
a)商品・サービス設計
商品・サービス設計の出発点は、自事業における「顧客の成功」とは何かという定義を再確認することである。従来の漠然とした顧客満足とは似て非なるもので、顧客が成功したかどうかが明らかになる定義を行い、測定可能な状態を目指すことが重要である。例えば、漠然とした生産性向上ではなく、労働時間の〇%削減、来店数〇%UP、売上〇%UP、失策率〇%削減などである。成果の数値化が難しい商品の場合は、まずは活用率やNPS(Net Promoter Score:顧客推奨度)のスコアなどでもよい。大切なことは「顧客の成功」の結果を明らかにし、結果に向き合うこと。そして成功要因・失敗要因を追究し、成功確率を高め、失敗確率を下げる商品・サービス改善をどの競合よりも早く行うことである。「顧客の成功」の定義と結果を測定しているという事実を聞くだけで、経営者が「顧客満足」を100回語っているという企業よりも、顧客の成功にコミットしてくれるという信用ができる。
「顧客の成功」の定義の次は、「顧客」×「顧客価値」を絞り込む。つまり、本当に成功を約束できるか、本当に競合に勝てるかという観点で、限られたリソースを集中させるべき顧客ターゲットと商品・サービス領域を絞り込むということである。また、現在の視点だけでなく、3~5年先を見据えて優位性をどう担保し続けるかというシナリオも重要である。
b)価値提供プロセス設計
次は、その価値を「どのように届けるか」。見込み客を発掘し、商談を進め、売って終わりではなく「顧客の成功」を実現するまでのプロセスをどう設計するかである。前述のとおり、商談の前工程、後工程のプロセス変革は今後ますます進むと思われる。前工程の商談探索フェーズでは、MA(マーケティングオートメーション)の活用による見込み客の発掘やインサイドセールス(電話やメールによる営業)の活用による生産性向上の取り組みが進み始めている*2。また、後工程のカスタマーサクセスフェーズでは、顧客の成功の定義・指標化・測定・合意、そして「顧客の成功」起点の商品・サービスおよび顧客接点支援の進化・最適化の取り組みが進むと思われる*3。
価値提供プロセスのイノベーションにおいて大切なことは、従来とは異なるプロセスを現場が理解・納得し、実行できる設計を行うことである。そのためにはキープロセスの「型」化に工夫が必要だ。一般的なマニュアルやトークスクリプトのように現場が何も考えずマニュアルに従うようなものではなく、組織で合意したMust(やるべきこと)は徹底しつつも、現場の創意・工夫により磨き上げていくことを奨励する「型」を作ることがポイントである。「何をやるのか(手順)」「何のためにやるのか(目的)」「どういう状態を目指すのか(ゴール基準)」は丁寧に設計する。一方でトークや使用ツールなどの効果的なやり方は、全員で創意・工夫し、磨き上げていくものであるという位置づけでインストールすることが大切である。
VUCAに適応した人・組織マネジメント
勝ちパターンを描いたとしても、VUCAに適応した人・組織マネジメントが伴っていなければその勝ちパターンはなかなか成功しない。もし、秀逸な勝ちパターンを設計し、一時的に成功したとしても、すぐに競合に同質化され、また窮地に追い込まれる。では、VUCA時代に必要な人・組織マネジメントとは何か? それは「やりきりながら進化・最適化させる」ことができる組織マネジメントだ。c)「型」をやりきるミッションマネジメント、d)「勝ちパターン」を進化・発展させるチェンジマネジメント、e)VUCAに適応できる人材開発・組織開発の3つが大切になる。
c)「型」をやりきるミッションマネジメント
「型」をやりきるミッションマネジメントにおいて最初に必要なことは、ビジョンシェアである。つまり、自事業が目指す「顧客の成功」への理解と共感を得ることである。次に、そこに向けて「何をやるのか(手順)」「何のためにやるのか(目的)」「どういう状態を目指すのか(ゴール基準)」を合理的に説明し、現場のコミットメントを得ることだ。
そして、そこに向かって進んでいるかどうかを明らかにする基準=KPIを設定し、現場はその達成に向けて「型」を信じて推進する。進んでいる人を徹底的に認知・称賛しスター化することが大切である。ロープレ大会の評価基準、全社表彰基準、日常の誉め方などすべてを「型」の推進からブラさずに誉める。ここで「型」を無視したうまいやり方や大型受注などにスポットを当てると「型」の推進エネルギーは一気に下がる。どのプロセスのどの手順が素晴らしかったのか、どの手順に対するナレッジなのかを明らかにして誉めることが効果的だ。そしてうまく行っている人を発掘してナレッジを吸い上げ横展開すると共に、停滞している人の要因(ネック)を明らかにして取り除く努力も重要である。
現場がKPIを愚直に推進して当面業績を牽引する一方で、営業企画や営業推進の担当の役割は仮説検証サイクルを回すことである。例えば、集客支援サービス事業の場合、「顧客の成功=来店数が増えること、KGI(重要目標達成指標)=来店数〇%UP、KPI=販促機能Aの活用回数、自社営業のKey行動=クライアントに週1回フォローコールを行う」と設計したとする。このケースにおける仮説検証ポイントは、「週1回のフォローコールを行うことで、本当にクライアントが販促機能Aの活用回数を増やしてくれるか」「販促機能Aの活用回数が本当に来店数のUPにつながるか」である。営業企画、営業推進の担当は、この仮説検証ポイントと、その仮説検証はどうすれば可能かというシナリオ、必要なモニタリング指標の把握方法を事前にしっかり吟味しておく必要がある。そして、見立て違いと判断した場合は早期に軌道修正を行う。現場の汗を無駄にしないために考え尽くす姿勢が現場との信頼関係を醸成する。
d)「勝ちパターン」を進化・発展させるチェンジマネジメント
次に、「型」の推進において生まれたさまざまな創意・工夫やナレッジ、お客様の反応やフィードバックからの気づきを、営業組織内で迅速に共有し、全国に還流するナレッジマネジメントの仕組みを整える必要がある。一般的なナレッジ共有は他のメンバーがマネるかどうかは任意である。しかし、それではほんの一部の意識の高いメンバーにしか横展開されないケースが多い。ある成長事業では、数あるナレッジのなかから全国の営業のMustにすべきものを意思決定する会議体が隔週で設けられ、その会議で意思決定されたナレッジは翌週から部長・課長を通じて全国の営業に高速横展開される。
このようにして「型」の効果的な進め方、効果的なトーク・ツールは、日々進化していく。そして半年サイクル、年次サイクルでは、「型」そのものをバージョンアップし、最適化し、より「顧客の成功」に近いものにしていく。さらには、商品・サービスそのものの改善が現場発でどんどん行われる。このスピードをどの競合よりも速くできるかどうかの勝負である。顧客の生の声(1次情報)に接している営業だからこそ見える視点、仮説検証シナリオをもってデータを見ている営業企画・営業推進だからこそ見える視点、商品サイドのシーズを理解しているからこそ見える視点がある。それぞれが当事者意識をもって「顧客の成功」を実現するアイディアを考え、連携できている組織は強い。そのためには、顧客接点サイドの組織と商品サイドの組織をつなぐ連携システム(役割・体制の設計・浸透、会議体設計など)の構築も重要である。
e)VUCAに適応できる人材開発・組織開発
VUCA時代の価値マネジメントを推進するにあたって避けては通れないもう1つの課題が、人・組織づくりだ。
人材開発・組織開発における安定成長時代とVUCA時代の違いをまとめたのが図表2である。前述のとおり、VUCAのマーケットでは管理・統率型のマネジメントだけではなかなか通用しない。上司=正解という組織では、上司の考え以上のアイディアは現場から生まれてきにくいからだ。
VUCAのマーケットでは過去の成功パターンは必ずしも通用しない。創意・工夫により新たな勝ちパターンを生み出す必要がある。上司=正解とは限らない。指導スタイル=正解がないなかで一緒に考える。自律、共有、意欲、共感、開放がキーワードの共創型のマネジメントが必要になる。そして、本音で意見を言い合える組織文化が不可欠である。このような組織では、50点の勝ちパターンからのスタートだとしても60点、70点と進化・発展させていくことができる。
(1)人材開発:経験学習サイクルを回す個人
人材開発におけるキーワードは「経験学習サイクル」である。経験学習サイクルは、自らの意思をもって「何かを企てる」ことから始まる。正解かどうか分からないなかで「それを実行に移す」「成功・失敗を学びに変え」「うまく行ったことは横展開、うまく行かなかったことは改善を加えて再挑戦」というサイクルを回すことである。この経験学習サイクルを回すことを上司に求められ続けた人と、そうでない人の間には大きな成長スピードの差が生まれる。だからこそ、上司の関わり方として、個別面談、営業同行、営業会議などの場面を部下の経験学習サイクルを回す場にすることが重要になる*4。
(2)組織開発:学び合う共創型の組織
組織開発におけるキーワードは「共創」である。では、どうすれば共創型の組織を作ることができるのか?*5 まずはチーム全員で「ビジョンを合意する」ことが重要である。ビジョン・ゴール・判断基準・最低限のルールや手順などを合意し、やり方は現場に任せ、創意・工夫を求めることが出発点になる。次に、「チームで経験学習サイクルを回す」こと。チーム全員でビジョン・ゴールに向けて、創意・工夫を行い、実行し、結果を振り返り、うまく行ったことは横展開、うまく行かないことの解決策はみんなで考える。全員が同じテーマに集中して取り組むことで、知恵を集中させ、学び合うことができる。前述の例でいうと、全員が一斉に週1回のフォローコールに取り組めば、ただ電話をするだけではクライアントは期待どおりに動いてくれないが、〇〇という言い方をすると動いてくれる、〇曜日の〇時頃は電話がつながりやすい、〇〇の事例を伝えると効果的、などのナレッジが集中してストックされ始める。このような学び合いを起こす会議体設計やナレッジシェアの仕組み、日常の対話を促進する仕組みなどが重要である。そして、その土台となるものは「何でも言い合える関係性づくり」だ。
主な参考図書
* 2 福田康隆(2019). 『THE MODEL』. 翔泳社
* 3 弘子ラザヴィ(2019). 『カスタマーサクセスとは何か』. 英治出版
* 4 的場正人(2018). 『リクルートの営業コンサルが教える自分で動く若手営業の育てかた』. 日本経済新聞出版社
* 5 ピーター・M・センゲ(2011).『学習する組織』. 英治出版熊平美香(2008). 『チーム・ダーウィン』. 英治出版
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.56 特集2「環境変化に適応できる営業組織を作る」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
執筆者
技術開発統括部
コンサルティング部
1グループ
エグゼクティブコンサルタント
的場 正人
1993年株式会社リクルート入社。1996年HRR株式会社を経て、2003年よりリクルートマネジメントソリューションズ。2016年からリクルート経営コンピタンス研究所を兼務し、リクルートグループの顧客接点における勝ちパターンを研究し、型化・横展開を推進しつつ、リクルートマネジメントソリューションズでは社外企業の「顧客接点変革(新たな勝ちパターンの型化・浸透)」「営業生産性向上(業績向上支援)」「マネジメント変革」「課題解決型営業スキルの装着」「若手オンボーディング」などをコンサルタントとして数多く支援している。
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