特集
オープン・イノベーションを理解する理論的枠組み
オープン・イノベーションを生み出す組織とは
- 公開日:2019/04/01
- 更新日:2024/04/06
オープン・イノベーションは、多くは技術開発・研究開発の観点から論じられてきた。ここでは、技術的な結合プロセスというよりも、組織デザインや人の動機づけといった組織マネジメントの観点から、オープン・イノベーションを生み出す組織について考えたい。
オープン・イノベーションとは
オープン・イノベーションは、ヘンリー・チェスブロウによって提唱された概念で、「企業の内部と外部のアイディアを有機的に結合させ、価値を創造すること」であり、「内部でのイノベーションを加速し、またイノベーションの外部での活用を広げるために知識の流入と流出を自社の目的に向けて利用すること」と定義されている※1。似た概念として「コラボレーション(協業)」があるが、必ずしも知識の流入があるわけではなく、また、イノベーションを目的とするわけでもないという点で、オープン・イノベーションとは区別される※2。
チェスブロウは、従来型のイノベーションを「クローズド・イノベーション」と呼び、それとの対比においてオープン・イノベーションを特徴づけている。クローズド・イノベーションは、社内に優秀な人材を抱え、自前で発見・開発・商品化のプロセスを行い、市場化していくことを前提したアプローチであり、自前主義・垂直統合型のモデルであるといえる。対して、オープン・イノベーションは、企業が技術革新を続けるために、企業内部と外部の双方においてアイディアを採用し発展させ、商品化していくようなモデルとされる(図表1)。
オープン・イノベーションが重要となった背景には、ICTの急速な発展、グローバルな競争の激化、市場の不確実性の増大などが挙げられる※3。特に、開発スピードの迅速性が競争力の源泉となってきたなかで、インターネットなどによりさまざまな場所に点在するイノベーション知識に関する探索が容易になったことは、外部の知識を利用することの有効性を高めたと考えられる※4。
実際、オープン・イノベーションに関する注目は近年ますます高まってきている。経済産業省の「平成29年版科学技術白書」でも、オープン・イノベーションを推進することの必要性が提言されているし、平成27年2月には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を事務局に小松製作所などの企業が参画してオープンイノベーション協議会も設立されている。同協議会が刊行する「オープンイノベーション白書」によれば、平成27年の調査において、オープン・イノベーションの取り組みが10年前と比べて活発化していると回答した上場企業は、回答195社のうち45.1%となっている※3。
オープン・イノベーションの類型
オープン・イノベーションとして捉えられる活動は幅広い。武石(2012)は、外部のアイディアや技術を利用し製品化は自社で行うケース(P&Gなど)、どのような製品を作るかは自社で決めて必要な技術を外部に求めるケース(アップルなど)、R&D自体を外部化して製品化しそうなところで企業そのものを買収するケース(シスコシステムズなど)を、オープン・イノベーションを実践して成果を上げた事例として挙げている※5。
オープン・イノベーションの分類の仕方もさまざまである。社外から知識・アイディア・技術を導入・流入するタイプを「インバウンド型」、逆に社内から社外へ提供・流出するタイプを「アウトバウンド型」と呼ぶのは一般的であるが、真鍋・安本(2010)は、それにオープン・イノベーションの戦略目的(価値創造か価値獲得か)を2軸目に加えた整理を行っている。「価値創造」とは優れた技術・商品を開発・製造することを目的とし、「価値獲得」はそれを経済的価値に結びつけることである(図表2)※6。
また、清水(2015)は、「How(どのように)」と「What(何を)」という観点からオープン・イノベーションを区別した興味深い論考を行っている(図表3)※7。
まず、Howに関するオープン・イノベーションとは、技術の開発目標が決まっており、それをどのようにして達成するかをオープンにする、というものである。GEの3Dプリンティング・デザイン・クエスト(GEが2013年に実施した、取付具に関するオープン・イノベーション・コンテスト)の取り組みが代表的な成功例とされる。GEは、自社内の経営資源だけでは克服が難しい課題に対して、その解決(How)をオープンにし、その結果としてインドネシアの若いエンジニアからの優れた提案を受け取った。このようなHowに関するオープン化は、競争戦略の策定による課題の明確化を伴うために成功しやすく、日本における先進的な取り組み事例である大阪ガスの技術探索ネットワークもこのパターンであるとされる。
一方で、Whatに関するオープン・イノベーションは、自社の経営資源を公開して、新しく何ができるのかをオープンに募る、というものである。素材や技術の展示室を用意することなどが典型であり、始めるのが簡単なやり方であるため、日本企業はこのWhatのオープン化を進めることが多いとされる。しかし、その一方で新しさはあまりなく、戦略が不在となっていることも多いため、成功の難度は高くなるとされる。
清水(2015)は、これまでのWhatのオープン化をHowのオープン化に転換することで新たな可能性が広がることを指摘している。真鍋・安本(2010)による戦略目的による分類(図表2)との対比で見ると、Howについてのオープン・イノベーションは、「インバウンド型価値創造戦略」(協力したエンジニアの側から見ると、「アウトバウンド型価値獲得戦略」)に、Whatについては「インバウンド型価値獲得戦略」(相手側からすると「アウトバウンド型価値創造戦略」)に該当すると考えられる。そのような戦略の転換は、今後オープン・イノベーションを推進していく上で重要となってくるだろう。
オープン・イノベーションの有用性と実行の難しさ
では、オープン・イノベーションを進める具体的なメリットは何であろうか。
そもそもイノベーションとは、新しい知識の組み合わせを作ること(新結合)であるとされる。その定義に立ち戻って考えると、社内に限らず社外の知識を取り入れることでイノベーションに対してプラスの効果があるのは、一見すると自明のように思える。
実際、さまざまな研究事例がオープン・イノベーションのプラスの効果を示してきた。イギリスの製造業を対象にした大規模調査の分析からは、社外も含めたオープンな探索戦略をとっている企業においてR&Dのパフォーマンスが良くなるという結果が見られているし※8、日本の製造業のR&Dプロジェクトを対象とした研究においても、オープン・イノベーションに取り組むことは自社内に閉じた場合と比べてイノベーションの速度を速めるという結果が報告されている※9。企業の研究開発部門を対象にした調査からは、オープン・イノベーションの方針は、特に基礎研究に対してプラスの効果を持つという結果が得られている※10。さらに、チームのイノベーションに関するメタアナリシスでも、外部とのコミュニケーションがイノベーションと強い相関を示すことが明らかになっている※11。
しかし、組織をオープンにしさえすれば多様な結合が生まれるのかといえば、それほど簡単ではない。オープン・イノベーションの推進に関する企業の課題として、経済産業省は、1)目的に対する理解、2)組織体制の構築、3)戦略策定・技術評価、4)提携先の探索、5)提携先との関係構築、の5つと整理している※12。実際、オープン・イノベーションを推進している企業は、予算や連携に関する意思決定のスピードなどの組織的なプロセスを阻害要因とする比率が相対的に高くなるという企業調査の結果もある※3。さらに学術的にもオープン・イノベーションに関わる組織的なプロセスに関するさまざまな困難が指摘されている。例えばチームやコラボレーションについての研究でも、オープンさや多様さが新たな知につながるためには、各自の判断の独立性や意見を集約するメカニズムの存在などのさまざまな条件が必要となることが指摘されているし※13、さらに、最近のメタアナリシスによって、協働するチームのなかの多様さは、パフォーマンスや創造性に対して一般に負の影響があることまでも明らかになっている※14。したがって、「オープン」をイノベーションにつなげていくためには、組織マネジメント上の工夫が不可欠になると考えられる。
オープン・イノベーションにつながる組織マネジメント
では、どのような組織マネジメントがオープン・イノベーションと関連するだろうか。
そもそもオープン・イノベーションが必要となる組織は、会社全体というよりも研究開発部門などの一部組織という可能性もある。また、オープン・イノベーションとは、そもそも社外・社内をまたいでアイディアや知見が還流しており、組織マネジメントの対象とする範囲も曖昧なものになりやすいという特徴がある(図表4。オープン・イノベーションの際には組織の境界が破線となっていることに留意)。
ここでは、オープン・イノベーションを行う組織、つまり、社外も含めたオープンな「チーム」に焦点を絞り、そこでイノベーションを起こしていくためにどのような組織マネジメントが必要になるのかについて、チーム内のプロセスという観点と、組織全体のなかでのオープン・イノベーションを推進するチームの位置づけという観点の2つに分けて、関連する研究知見を紹介する。
まず1つ目は、チーム内のプロセスについてである。チームメンバーの流動性(入れ替わり)がアイディアを生み出すという観点でプラスだという研究もある一方で※15、チームメンバーの多様性は、“誰が何を知っているか”というメタ知識(Transactive Memory System)の形成を通じてチームのクリエイティビティと結びつくということを実験的に示した研究もある※16。そのような共有知識の重要性を示す結果は繰り返し示されており※17、これらの研究から示唆されるのは、オープンであるだけでなく、多様なチームメンバーが互いの専門知識や得意領域を共有できるような仕組みが必要だということである。
次に、組織全体のなかでのオープン・イノベーション「チーム」の位置づけの問題である。ここでの関心は、階層や統制といった組織の「ハード」な側面がどのように(オープン・)イノベーションに影響するかということであるが、これらは組織構造や組織デザインの問題として、近年になって学術的な関心が集まっている※18。しかし、イノベーションと組織権限との関係を調べたメタアナリシスによれば、その関係は必ずしも一定ではない※19。一般的に自由度が高い組織の方がイノベーションには望ましいと考えられているが、実際の企業現場を対象とした調査でも、実験室実験においても、非階層的な組織はアイディアの創出フェーズには良いが、出てきたアイディアを評価し選択するときには失敗しがちである※20。コンピュータメーカーを対象としたケーススタディにおいても、開発の成功のためには、自由な手続きが必要なものの、ある程度の統制が必要であること、具体的には優先順位と予算管理についてのコントロールが利いていることが重要であることが明らかになっている※21。したがって、アイディアの探索のプロセスは自由にする一方で、具体的な推進フェーズにおいては優先順位や制約条件を明確にしておくことが重要となるような組織設計が必要になると考えられる。
これらの研究結果は、オープン・イノベーションの推進における権限設計の重要性を示唆するものである。米倉・清水編(2015)では、決定権を明確にしておくことがオープン・イノベーションの推進における重要点であり、強い権限をもった専門部署を置くことが有用であることが論じられている※4。実際、オープン・イノベーションを積極的に推進する日本の大手メーカー9社に対する調査では、専門部署の設置が進められていることが報告されている※22。
おわりに
ここまで見たように、オープン・イノベーションは現在において重要性・有効性が高まっているが、その実現は簡単ではない。チームプロセスや組織デザインの他にも、風土、リーダーシップ、HRMといった諸要素を適切にマネジメントした組織を作っていくことが必要になるだろう。つまり、オープン・イノベーションを推進するプロセスは、組織の再構築プロセスそのものと考えられる。星野(2015)は「組織の構造」と「人の動機づけ」という2側面からオープン・イノベーションに向けた組織のマネジメントを捉えているが※23、弊社が実施している研究からも、組織構造やメンバーシップの流動性によって働くメンバーの動機づけが変わり、その結果として組織状態に大きな違いが生まれてくることが実験室実験やシミュレーションなどの手法を通じて明らかになってきている※24。社内・社外の個人の多様性を生かし、組織としてのイノベーションにつなげていくことは、今後ますます重要さを増してくると考えられる。その際に、どのような動機づけを組織に行うのか、そのためにどのような構造にするのか、といった組織マネジメントの基本的なポイントを押さえることは、オープン・イノベーションの加速のための出発点となるだろう。
※1 Chesbrough, H. (2003). Open innovation: The new imperative for creating and profiting from technology. Harvard Business Press.(ヘンリー・チェスブロウ.〈2004〉. OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて. 大前恵一朗訳, 産業能率大学出版部).
Chesbrough, H.(2006). Open business models: How to thrive in the new innovation landscape. Harvard Business Press.(ヘンリー・チェスブロウ.〈2007〉. オープンビジネスモデル―知財競争時代のイノベーション. 栗原潔訳, 翔泳社.)
※2 藤田哲雄.(2018). デジタル時代のオープンイノベーションの展開と日本の課題(特集 新段階のオープンイノベーション). JRI レビュー, 2018(2), 5-31.
※3 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO).(2016). オープンイノベーション白書 初版.
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO).(2018). オープンイノベーション白書 第二版.
※4 米倉誠一郎・清水洋編.(2015).オープン・イノベーションのマネジメント―高い経営成果を生む仕組みづくり. 有斐閣.
※5 武石彰.(2012). オープン・ イノベーション: 成功のメカニズムと課題. 一橋ビジネスレビュー, 60(2), 16-26.
※6 真鍋誠司・安本雅典.(2010). オープン・イノベーションの諸相: 文献サーベイ. 研究技術 計画, 25(1), 8-35.
※7 清水洋.(2015). 価値づくりの新しいカタチ-オープン・イノベーションを考える:HowとWhatをオープンにする. 一橋ビジネスレビュー, 63(2), 150-154.
※8 Laursen, K., & Salter, A.(2006). Open for innovation: the role of openness in explaining innovation performance among UK manufacturing firms. Strategic management journal, 27(2), 131-150.
※9 Shimizu, H. & Hoshino, Y.(2015). Collaboration and innovation speed: Evidence from a Prize Data-set. IIR Working Paper WP #15-04.
※10 澤田直宏・中村洋・浅川和宏.(2010). オープン・イノベーションの成立条件: 本社の経営政策および研究所の研究開発プロセスと研究開発パフォーマンスの観点から. 研究 技術 計画, 25(1), 55-67.
※11 Hulsheger, U. R., Anderson, N., & Salgado, J. F.(2009). Team-level predictors of innovation at work: a comprehensive meta-analysis spanning three decades of research. Journal of Applied Psychology, 94(5), 1128.
※12 経済産業省.(2015). 産業構造審議会 産業技術環境分科会 研究開発・イノベーション小委員会資料 平成27年12月3日.
※13 Lorenz, J., Rauhut, H., Schweitzer, F., & Helbing, D.(2011). How social influence can undermine the wisdom of crowd effect. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(22), 9020-9025.
※14 Greer, L. L., de Jong, B. A., Schouten, M. E., & Dannals, J. E.(2018). Why and when hierarchy impacts team effectiveness: A meta-analytic integration.
※15 Choi, H. S., & Thompson, L.(2005). Old wine in a new bottle: Impact of membership change on group creativity. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 98(2), 121-132.
※16 Aggarwal, I., & Woolley, A. W.(2018). Team Creativity, Cognition, and Cognitive Style Diversity. Management Science.
※17 Ren, Y., & Argote, L.(2011). Transactive memory systems 1985-2010: An integrative framework of key dimensions, antecedents, and consequences. The Academy of Management Annals, 5(1), 189-229.
※18 Puranam, P.(2018). The Microstructure of Organizations. Oxford University Press.
※19 Damanpour, F., & Aravind, D.(2012). Organizational structure and innovation revisited: From organic to ambidextrous structure. In Handbook of organizational creativity(pp. 483-513).
※20 Keum, D. D., & See, K. E.(2017). The Influence of Hierarchy on Idea Generation and Selection in the Innovation Process. Organization Science, 28(4), 653-669.
※21 Brown, S. L., & Eisenhardt, K. M.(1997). The art of continuous change: Linking complexity theory and time-paced evolution in relentlessly shifting organizations. Administrative science quarterly, 1-34.
※22 元橋一之・上田洋二・三野元靖.(2012). 日本企業のオープンイノベーションに関する新潮流: 大手メーカーに対するインタビュー調査の結果と考察. 経済産業省経済産業 研究所, RIETI Policy Discussion Paper Series,(12-P), 015.
※23 星野雄介.(2015). 分業とインセンティブの組織マネジメント. 米倉誠一郎・清水洋編. オープン・イノベーションのマネジメント―高い経営成果を生む仕組みづくり. 57-77頁. 有斐閣.
※24 Watabe, M., & Nakama, D.(2018). Agent-Based Computer Modeling for Understanding Organizational Dynamics. In International Conference on Management Science and Engineering Management(pp. 239-249). Springer, Cham.
Nakama, D. & Kamijo, Y.(2019). Combining cooperation and coordination problems: An experimental study. The 20th Annual Convention of the Society for Personality and Social Psychology, Portland, USA.
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.53 特集1「オープン・イノベーションを成功させる組織のあり方」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
執筆者
技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主任研究員
仲間 大輔
2006年リクルート入社。京都大学総合人間学部にて文化心理学を専攻、北海道大学にて修士号を取得(社会心理学)。米国公認会計士。 リクルートホールディングスにて、主にグローバルM&AとPMI・海外子会社マネジメントに従事し、米国駐在などを経て、2017年4月より現職。 現在は、チームと組織デザインをテーマに、メンバー間のコーディネーションや協力についての研究を行っている。主な研究手法は、心理学実験、シミュレーション、組織データ分析、職場調査など。 Advancement Prize for MSEM Nominated Prize 受賞(The 12th International Conference on Management Science and Engineering Management.)
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