連載・コラム
共創型リーダーシップ開発プログラムJammin’レポートvol.4
イノベーションにおける人事の役割を共創する
- 公開日:2020/01/27
- 更新日:2024/04/10
今年度から始まった共創型リーダーシップ開発プログラム「Jammin’」。先が見通せない混迷の時代に活躍できる次世代リーダーを、他社の人材との交流を通じて育成する、というプログラムだ。興味深いのは、別途、人材を送り出す側である各社の人事(オーナー)向けのプログラムも組まれていることだ。
12月5日、東京ミッドタウン日比谷のBASE Qで午後4時から行われた、第4回目のオーナーズ・セッションの模様をレポートする。テーマは前回、前々回に引き続き、イノベーションを形にしていくための人事の役割である。
- 目次
- 越境経験の価値を最大化するために
- キノコの菌糸と木の根の深い関係
- 自分自身を複雑に
- 大企業でイノベーションが生まれにくい理由
- 新規事業を生み、評価する定期的な場がある
- 5グループに分かれて談論風発
- 社内IRコストをいかに下げるか
- 社内の流動化を差配する人事が存在
- 事業案の諾否条件の明確化と共有を
越境経験の価値を最大化するために
今回も埼玉大学経済経営系大学院准教授の宇田川元一氏がナビゲーターをつとめた。その宇田川氏の講演「越境経験を根付かせるために人事ができることは何か?」から本編が始まった。
会社組織外など、文化を共有する共同体を越える活動における学びを越境経験という。他社の人材との共創を通じて新規事業案を考えるという、このJammin’のメインコンテンツこそ、まさに越境経験といえるだろう。
富士フイルムの中村善貞氏、ヤフーの小向洋誌氏をゲストスピーカーとして招いた前々回、前回共に話題に上がったのが、そうした越境経験を経て社内に戻ってきた人材をどう受け入れるか、という問題だった。熱い心と高い志を抱いて戻ってきたとしても、うまく受け入れなければ、心は冷め、志はしぼむばかり。最悪の場合、退職の道を選んでしまうかもしれない。
どうしたらいいのか。
キノコの菌糸と木の根の深い関係
宇田川氏はフィンランドの教育学者・組織論研究者のエンゲストロームが唱えた「野火的活動」という概念を紹介する。宇田川氏が話す。「野火というものはなかなか沈静化しない。あるいは山火事が起き木々が焼き払われても、キノコは死なずに生き続ける。しぶとく生き続ける生き物や活動の背後には何があるのか、という問題意識がその発想の背景にある」
実はキノコの正体は菌糸という細い糸が多数集まったもので、蜘蛛の巣や綿のような姿形をしており、地中に深く潜っている部分が非常に大きいという。「地中の菌糸は周囲の木の根に侵入して一心同体となり、根との共生体を形成する。この構造があるから、地上で燃え盛る山火事にも負けないのだ。共生体となった菌糸は木の根が吸収できない養分を分解し、木の根に提供する一方、木の根という安定した居場所を確保することができる。木の根は菌の居場所を提供し、必要な養分も与える一方、自らが分解、吸収できない養分を、菌を通じて入手する。つまり、木の根と菌糸はお互いに共生し合いながら、搾取し合っている。これを菌根的関係という」(宇田川氏)
宇田川氏いわく、Jammin’の例で考えると、その場で得た知識や経験を社内で生かしたい次世代リーダーとしての受講者が「菌糸」に当たるという。「彼・彼女らはてんでばらばらな指向性をもっている。そうした人材を必要とする場も社内にはそんなに多くない。彼・彼女らを菌糸だとすると、その指向やエネルギーを一方向に統合する、つまりは会社の文脈につなげていく役割が必要となる。それがいわば木の根であって、人事がその役割を担うべきだ。それはJammin’への派遣前はもちろん、その途中、そして派遣後における、受講者と人事との真摯な対話から始まる」
自分自身を複雑に
そのプロセスは、例えば、元受講者の離職が増えたといった何かしらの問題が起こった場合、その問題に名前をつけるところから始めるべきだ、と宇田川氏は言う。
問題が及ぼす影響や発生パターンをよく観察するのが第二段階、視野を広げ、問題に関連したエピソードを幅広く集めて考察するのが第三段階、問題への直接的な対処策を考えるのが第四段階、計画を決め行動するのが最後の第五段階だ。「こうしたステップを経ずに、問題が起こったらいきなり対処策を考え、行動に移すのはよくない。組織課題というものは単純そうに見えて複雑だ。私は組織理論研究者のカール・E・ワイクの次の言葉が好きで、皆さんに贈りたい。『あなた自身を複雑に』」(宇田川氏)
大企業でイノベーションが生まれにくい理由
続いて、今回のゲストスピーカー、マクアケの共同創業者・取締役、木内文昭氏が前に進み出た。マクアケは2013年5月に創業した企業で、サイバーエージェントの子会社でもある。
主な事業は2つある。1つは社名と同じ、新製品や新しいサービスの応援購入を促すマーケティングプラットフォーム、「Makuake」である。一般販売に向けた新商品の“発射台”である。
もう1つが「Makuake Incubation Studio(以下MIS)」で、Makuakeのプロジェクト実施だけでなく、クライアント企業の新製品開発に企画段階から携わる。木内氏が胸を張る。「日本全体の研究開発費の伸びが滞り、研究開発効率もOECD平均を大きく下回るなか、われわれは2つの事業を通じて、新製品や新しいサービスの立ち上げを数多く支援してきた」
この事業を通じ、木内氏が憂慮していることがあるという。特に大企業において、新たな取り組みに対してせっかくいいアイディアが検討されても、形にならずにスタックしてしまう例が非常に多いことだ。アイディアを新製品や新事業へと成長させていくためには、ミドルマネジメント層の理解を得て、意思決定を促し、資源配分を受けなければならない。大企業であるほど、その壁は厚く見えるかもしれないが、勇気をもって突破していく必要がある。だが、プロジェクトを提案する側が、ミドルや経営を納得させるアクションを取りきれないことも多い。
こうした状況を打破するために、MISは、引き受けたプロジェクトと、その企業の戦略との接続を心がけ、ユーザーやメディアの支持を先に得ておくことで、プランが否定されにくい社内状況をつくり上げる。そうやって形になったプロジェクトは事業開始から3年半で20社分、30プロジェクトを数える(うち年商1千億円以上の企業が約6割、年商1兆円以上の企業が約3割程度)。
新規事業を生み、評価する定期的な場がある
木内氏が次に紹介したのが、マクアケの親会社であるサイバーエージェントの社内の仕組みだ。1つは「あした会議」。経営陣を中心としたチームで、サイバーエージェントの「あした(未来)」につながる新規事業や課題解決の方法などを提案、決議する会議だ。年に2回、各取締役が事業責任者や専門分野に長けた人材複数名を選抜、チームを組み提案を競う。「得点をつけ、トーナメント形式で競い、大変緊張感がある。全役員が出席する場で、提案が選抜されることがポイントで、決定事項に対する深いコミットメントが生まれる。マクアケをはじめ多くの子会社がここから生まれている」(木内氏)
もう1つは、「CAJJプログラム」だ。サイバーエージェント(CyberAgent)事業(Jigyo)人材(Jinzai)育成プログラム、の略で、営業利益によって事業をランク分けし、事業成長を図ると共に、2四半期連続で減収減益になったら撤退もしくは事業責任者の交代といった撤退基準を設けている。
「イノベーションには多産多死が必要だ。撤退基準があるからこそ、新規事業をどんどん提案できる。ただし、撤退したからといって、それだけでは人事評価には影響しない。失敗したら降格ではチャレンジする人がいなくなってしまうから」(木内氏)
心理的安全性を確保しながら、チャレンジを促す仕組みや文化をどう醸成していくのか、そこに人事の求められる役割がある、という言葉で木内氏の発表は締めくくられた。
5グループに分かれて談論風発
ここからはクロストークの時間となる。その前段階として、参加者が5グループに分かれ、宇田川氏、木内氏の講義の感想を話し合った。各グループの横には、模造紙を貼ったボードが立てられ、講師の2人にさらに深く聞きたいこと、この場にいる異業種の人事同士で話してみたいことを記していく。
この間、アルコールを含む飲み物と軽食が供された。参加者たちはそれらを手に車座になり、あるいは移動して他のグループのボードにも見入りながら、談論風発を繰り広げた。前回と同じく、記載項目のうち、共感するものには各自が色とりどりのシールを付した。
社内IRコストをいかに下げるか
さて、午後6時を回った。席が整えられ、木内氏、宇田川氏が参加者と向き合う形で座った。対話の口火を切ったのが宇田川氏で、木内氏にこんな質問を投げかけた。「新規事業を形にしていくためには、責任者と経営者とのコミュニケーションが非常に重要だ。マクアケを立ち上げた木内さんの場合、サイバーエージェントの役員陣からはどんなフィードバックをもらってきたのか」
この問いに対し、「さまざまなアドバイスや応援を頂きながら挑戦させてもらえた。ある相談をしに行ったら、『それは自分たちで考えて自分たちで決めればいい』と、愛ある言葉をもらったこともある」と木内氏が答え、「少し話がそれるが」と言ってこう続けた。「いわゆる大企業でいうと、事業の進捗や方向性を説明しなければならない人が社内に増えると、顧客と事業の成長に必要な時間とエネルギーが取られてしまい、本末転倒だ。過剰な社内へのIR(Investor Relations)コストをいかに下げ、顧客を向く時間をいかに多く創出するかは非常に重要なテーマだ」
社内の流動化を差配する人事が存在
続いて、参加者から木内氏に次のような質問があがった。「新規事業を進める上でのチームビルディングの要諦を教えてほしい」
木内氏が答える。「リーダーとして活躍してもらう人は、挑戦する意志を強くもっていることが必須条件となる。この事業、担当してもらえますか、と持ちかけた場合に、もごもごと口ごもる場合は任せない方が双方にとって良い。経営チームはお互いをよく知る努力を積み重ね、『仲良く喧嘩できる関係』にあることが望ましい」
Jammin’の企画責任者、リクルートマネジメントソリューションズの井上功が木内氏にさらに問いかける。「最初は数名だったチームが、事業が大きくなるにつれて拡大していくはずだ。どこからか人事が人を連れてこなければならない。サイバーエージェントの人事はそれにどう対処しているのか」
木内氏いわく、同社では、社員の能力と事業を伸ばすため、グループ内の適材適所を、人事が支援している。職歴や実績、評価といった客観情報に加え、コンディションやキャリア志向など、グループ全体の社員のあらゆるデータを分析し、新規事業立ち上げ時のチーム構成や抜擢人事、社員の異動などの人事案を提案する。「社員」と「事業」を把握しつくした上で、「社内ヘッドハンター」のように立ち回ることもある。
事業案の諾否条件の明確化と共有を
会場から次の質問の手が挙がった。「うちは大企業で、新規事業に向けた取り組みを多々行っているが、立ち上げのスピードが遅いのが悩みの種だ。先ほどの社内IRコストの話がとても興味深かった。そのようなコストを下げ、立ち上げのスピードを上げるための具体策があったら教えてほしい」
この問いに関して、木内氏は真っ先にレポートラインの重要性を指摘する。「結局前例のない挑戦は意思決定の問題だったりするので、レポートを上げる対象者の数を減らすと共に、職位が上の(意思決定ができる)人に絞るのがいい。あとは、仕事のスピードを意識的に上げていくことも重要だ。例えば、プロジェクトで仕事を持ち帰る場合、今週末までとか月末いっぱいなど長めの締め切りとせず、何日の何時まで、と可能な限りでの短い納期を明確にする。結果的にその期日に間に合わせるための逆算思考となることでスピードを上げられることが多々あると思う」
宇田川氏が別の答えを述べた。「先日、ある企業で下から上がってくる事業案件の諾否を決める権限をもっている方とお話しした。その場合、多大な投資を必要とする難しい案件でも、事業の見取り図と進捗状況が明記されているものには比較的ゴーサインを出しやすいとのことだった。一方、上の人が事業案のどこを見て諾否を決めるのか、その基準が下の人に共有されていない例がよくあり、その場合は、当然のことながら、駄目出しが相次ぎ、事業推進の速度が鈍ってしまう。諾否基準の明確化と共有は非常に大切だ」
イノベ―ターとは根負けさせる人
さらに井上が発言した。「メディアや消費者など、社外から得られた高評価をてこに内部を動かす、というやり方で新規事業を進めていくのがMakuakeのやり方だ。この仕組みを使ったらどうだろう。新規事業推進の速度はたちどころに上がるだろう。もう1つ、事業責任者が根負けしないことも重要だ。ホンダでエアバッグを開発した担当者に話を聞いたことがある。その案は役員会で10回駄目出しされたが、それでもめげずに提案したら、11回目でようやくゴーサインが出たそうだ。イノベーターとは別名、根負けさせる人である」
宇田川氏も呼応する。「前々回も話したように、構造変革を成し遂げた富士フイルムでCTOをつとめた戸田さんいわく、当事者が『やれそう』『やるべき』という段階はまだ甘くて、『やりたい』と本心で思わないとイノベーションは失敗してしまう。その『やりたい』をどう育むのか。その際に重要なのが、私が冒頭で申し上げた経営陣によるフィードバックだ。ここまではいいから次はここを頑張れ、と、適時かつ適切なフィードバックを繰り返していけば、当事者の『やりたい』はどんどん大きくなっていくだろう」
今年度のJammin’オーナーズ・セッションは今回が最後となる。初回から第4回までを簡単にふり返ってみよう。
初回は大略、「イノベーションが次々に生まれる組織をつくりたいなら、人事こそがイノベーターになるべきだ。経営者に求められるリーダーシップも変わる。社内リソースをつなげて変革のシンフォニーを奏でる指揮者の役割が求められる」という内容だった。
第2回からは富士フイルムの化粧品事業の事例を通じ、「人事は会社の決まりごとや、先人が試行錯誤した事業プロセスを言語化し、利用可能な共有財産とするべきだ」という提言、第3回からは、ヤフーの組織開発の事例を通じ、「イノベーションや新規事業の創出が期待される領域をトップダウンで社内に示す役割を人事が担うべきだ。面白いことをやっている社員を褒め、ものになりそうな事業にしかるべき人を割り当て、支援することも忘れてはならない」という示唆がそれぞれ得られた。
この最終回は「社内IRコスト」がキーワードとなり、そこから、Jammin’の名のとおり、多人数による即興で、縦横に議論が広がっていった感じだ。
Jammin’自体は2月14日に行われるJammin’アワードが最終となる。ここでは150名の受講者がグループに分かれて磨いた優秀事業案が発表される。引き続き、その模様もレポートしていく。
【text:荻野進介】
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
バックナンバー
vol.1 イノベーションとリーダーシップを考える
vol.2 イノベーションと人事の役割を考える
vol.3 続・イノベーションと人事の役割を考える
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