連載・コラム
私たちのほとんどは、聞いているが、聴いてはいない
今、なぜ『きく・はなす・みる』なのか
- 公開日:2006/07/01
- 更新日:2024/05/07
今回は、新プログラムとしてリリースされた『きく・はなす・みる』研修について、トレーナーの視点からプログラム誕生の背景、目的、実際に研修で起こった出来事などを交えてご紹介しています。
また、特集でも『きく・はなす・みる』研修を取りあげております。
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私たちのほとんどは、聞いているが、聴いてはいない
『きく・はなす・みる』研修は、3つのヒューマンスキルが連動したプログラムですが、中心となるのは『きく』と『はなす』です。ではここで、このコラムをお読みの皆さんに質問。『きく』と『はなす』では、どちらが難しいと思いますか?おそらくほとんどの方が『はなす』だと思うのではないでしょうか。私はいつも研修の最初に受講者の皆さんへ同じ質問をするのですが、返ってくる答えの9割方は『はなす』です。それに対して、「聞くのは簡単だよね。自分はいつも聞いているし」という答えがほとんど。でも実際の研修がスタートすると、これががらっと逆転し、皆さんが『きく』ことの難しさを痛感することになります。
『きく』という誰もが日頃行っているように思えることがなぜ難しいのでしょうか。それは、私たちが普段耳で聞いてはいるけれど、心で聴いていないからなんです。例えば、上司や部下との面談の場面を考えてみてください。相手の話に一生懸命耳を傾けているようで、実は自分が次に何を話すか、あるいはどうやって相手を説得してやろうか、などと考えてはいませんか。
『きく』研修では、自分が話すことは全く考えずに、相手の話を聴くことに集中します。まず相手の目を見てうなずく練習、次に相槌を打つ練習。それができるようになったら、相手が言ったことを「それって、こういうことだよね」と言い換える練習。きちんと聴かないと、言い換えはできないわけですね。ほとんどの方は本当の意味で聴く経験がないので、段々とストレスがたまってくる。「質問くらいしていいですか?」とか(笑)。質問は頭の中で質問内容を考えているので、やっぱりだめなんですね。
ただ、人はこの聴くということを理解すると劇的に変わります。それを実感するのが、2週間から1ヵ月後に行う『はなす』研修の場です。この間、受講者の皆さんは『きく』を職場で実践しているわけですが、私が部屋に入っていくと、皆さんの顔がすっと上がる。「和田の話を聴こう」という姿勢になっているんですね。顎がほんの2cmくらい上がるだけなのですが、その場の雰囲気がぱっと明るくなる。中には『きく』ことで家庭生活も劇的に変わったという方も多くて、嬉しい反面、ちょっと複雑な気持ちになることもあります。
『はなす』という行為に、その人の過去や人間性、人生観が表れる
『はなす』研修では、技術系メカニックのインストラクターの皆さんを対象にしたケースが非常に印象に残っています。メカニックというと、店舗のバックヤードで黙々と作業をするイメージがあるかもしれませんが、それはかつての話。今ではお客様と接するサービススタッフとしての役割も求められるようになっています。しかし、その時の受講者の皆さんは、いわば、旧世代の方々でした。
先輩から「しゃべらず、黙って仕事をするのが美徳」と言われながら育ってきた世代で、『はなす』ことに対してのジレンマや葛藤がありました。人に自分の考えを伝えるということが苦手で、話そうとするとパニックになってしまう。受講者の皆さんには「何なんだ、この研修は」「こんな研修やりたくない」という思いがあり、面と向かっておっしゃる方もいました。
たかが『はなす』と言ってしまえばそれまでですが、そこに自分の生き方や人生観、むき出しの感情が出てくるのです。「なんでオレが話す必要があるのか」という外へ向けての怒りが、やがて「なんでオレは話せないのか」という自分への怒りに変わる。しかし、研修を通して『はなす』ことの重要性を理解し、周りの受講者から「そういうふうに話してくれた方がわかりやすいよ」「今の対応は自分がお客様の立場だったら、嬉しいだろうな」といった反応が得られると、ジレンマや葛藤が乗り越えられる。その時の皆さんの変化も、感動的なものでした。小さな声で落ち着きなく話していた方が、大きな声で、肩を揺らさずに、相手に目を向けて堂々と話せるようになっていました。
人間って、自分のことを深く内省することで、本当に変われるものなんですね。私たちの研修はスキルを学んでいただくものですが、表面的なテクニックを伝えるのではなく、常にそのレベルまで到達できるようにしたいと思っています。
コミュニケーションが困難な時代、だからこそヒューマンスキル
この1年間、『きく・はなす・みる』研修を10ケースほど担当しましたが、企業によって目的はさまざまでした。「成果主義における評価は、上司、部下のやったことをきちんと聴かないと判断できないから」「自社の生命線である技術を職人的なニュアンスまで後世に伝承したいから」「社内で発想のキャッチボールがないと新しいアイデアは出てこないから」「新入社員の顧客対応力を上げたいから」・・・。たくさんの受講者の皆さんと接していて痛感するのは、人と人とのコミュニケーションの基本であり原点であるはずのことが揺らぎ、できにくくなっている時代なのだなぁということです。『きく・はなす・みる』ことができなければ、人の評価も、技術の伝承も、お客様へのサービスもできないはずなのに・・・。今、多くの企業が改めてヒューマンスキルの向上に力を入れている背景には、こうした現状に対する危機感があるのかもしれませんね。
『きく・はなす・みる』研修では、それぞれのプログラムで具体的なテーマを決めて、受講者自らが話し手になり、聞き手になります。テーマは、「私の趣味」「私の上司」「自分の夢」「仕事上で辛かったこと」といった身近なものです。お互いが真剣に『きく・はなす・みる』ことで、時々こちらが想像もしていなかったような場面が起こります。それまで敵愾心を燃やしていた部門のトップ同士が、うまくコミュニケーションがとれるようになったり、同僚の夢の話を聴いて感動し、思わず涙を流されるようなケースもあります。
私たちトレーナーはそういったシーンに感動しながらも、何が人の感情を動かしているかを観察し、一人ひとりの受講者の皆さんにきちんとフィードバックすることが必要となります。つまり、私たちトレーナーは自分自身の『きく・はなす・みる』を試されているんですね。
執筆者
人材開発トレーナー
和田 明三
83年大手自動車メーカー入社、物流部門の業務改革に携わる。その後、管財部門に異動し、経営の基盤である工場用地の取得担当に。88年、大手人材開発・情報出版企業に転職し、人材総合サービス部門で営業、企画、営業マネジャーを経験。その後、住宅情報誌・ブライダルの分野でグループマネジャー。2000年、トレーナーとなり現在に至る。
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