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インタビュー

東京大学 越塚登氏

汎用的な知識なら今すぐにAIで学べる時代になった

  • 公開日:2025/03/31
  • 更新日:2025/03/31
汎用的な知識なら今すぐにAIで学べる時代になった

東京大学には、EdTechに関する研究にAll東大で連携して取り組む「EdTech連携研究機構」という組織がある。その機構を立ち上げ、初代機構長を務めた越塚登氏に、「生成AIの登場によって、教育と学び、ビジネスと仕事、ひいては社会がどのように変わるのか」を存分に語ってもらった。

今のAIはより賢い検索システムあるいはより賢いWikipedia
雑務を早く済ませるためにAIをおおいに活用しよう
生成AI以上のアウトプットを求められるようになる
AIは驚くような変革を起こすハイパースケーラー
生徒が先生のことを好きか嫌いかまで分かってよいのか
大事な問いは自分でとことん考えた方がよい

今のAIはより賢い検索システムあるいはより賢いWikipedia

私は、もともとは坂村健先生のもとでTRONプロジェクトに携わっていたコンピュータサイエンスの専門家です。現在は、情報社会における石油ともいわれる「データ」を利活用し、産業分野や社会革新イノベーションを達成するために寄与する研究を中心に行っています。その研究領域の1つが教育、EdTechです。

東京大学EdTech連携研究機構では、さまざまな専門家が多様な研究を進めていますが、私は主に子ども向けのプログラミング教育と、AIを活用した教育について研究しています。今回は後者について詳しくお話しします。

最初に、私や東京大学の先生、学生たちが、今どのようにAIを活用しているかを紹介します。

1つ目に、論文検索に使っています。最近、生成AIの論文検索精度が飛躍的に高まっており、「この研究分野について学びたいので、どの論文を読めばいいか教えて」などと質問すれば、かなり適切な論文を見つけてくれるようになりました。学生が論文探索にかける時間は、生成AIによって大幅に減りました。無駄な論文を読んで、回り道をする可能性も大きく下がっています。

論文検索にとどまらず、現在の生成AIが、より賢い検索システム、あるいはより賢いWikipediaといえるレベルになっていることは確かです。

2つ目に、論文の英訳にAIを活用しています。ただし、現状のAI翻訳ツールでは、日本語論文を自動翻訳しただけでは、ろくな英語論文にはなりません。AIの自動翻訳を下敷きにして、改めて自ら英語で論文を書き、さらに生成AIに添削してもらうのがお薦めの使い方です。今のAIは文章の添削や校正を得意としていますから、翻訳サポートツールとして使うのがよいのです。

3つ目に、ChatGPTに「生徒役」をしてもらい、こちらが先生となって物事を教え、適切な授業かどうかを確認するという使い方もあります。実際にそうやって授業を作っている先生がいます。

4つ目に、ChatGPTは「議論の相手」としても優秀です。知人の高校の先生から教えてもらった使い方で、例えば「織田信長が生き残って長期安定政権を築いたとしたら、どのような社会になったと思いますか?」とか「キリスト教と仏教が融合したら、どんな宗教になると思いますか?」などと質問すると、なかなか面白い回答をしてくれます。そのようにChatGPTと話し合うと、優れたアウトプットが生まれるかもしれません。

雑務を早く済ませるためにAIをおおいに活用しよう

5つ目に、多くの人が仕事に応用できる使い方を紹介します。私は講演などで話す機会が多いのですが、講演内容の目次をいったん自分で考えた上で、ChatGPTに同じテーマで目次を考えてもらうことがよくあります。そうすると、ChatGPTは非常にオーソドックスな目次を作るのです。

私の目次とChatGPTの目次を比較すると、私の見方の偏りがよく見えてきます。ChatGPTは、世の中が私に何を期待しているのかを教えてくれるのです。見落としていた視点が見つかることも珍しくありません。もちろん、その視点を取り入れるかどうかは私が判断すればよいわけです。このように講演やプレゼンテーションの内容をより良くするツールとしても活用できます。

6つ目に、現時点でAIの最も良い使い方を紹介します。それは「時間をかけたくない雑務をできるだけ早く済ませるためのツール」として使うことです。例えば、ちょっとした挨拶文が欲しいとき、ChatGPTにお願いすると瞬時に作ってくれます。この使い方を追求すると、仕事の効率をかなり高められるはずです。AIを駆使すれば、雑務をさっさと終わらせて、やりたいことに集中する時間をもっと増やせるようになるのです。

生成AI以上のアウトプットを求められるようになる

近い将来、ChatGPTなどの生成AIがビジネスの現場で当たり前に使われるようになれば、ビジネスや業務のあり方が大きく変わるでしょう。

例えば、「分かりません」とか「時間がないのでできません」といったことは、誰も一切言えなくなるでしょう。「本を読む時間がありません」のような言い訳もできなくなります。なぜなら、ChatGPTを使えば、一定レベルの文章や企画書は瞬時に作ることができ、ある程度の知識はあっという間に調べられるからです。本の要約なども簡単にしてくれます。汎用的な知識なら、どこでも今すぐにAIで学べる時代になったのです。

当然ながら、多くのビジネスパーソンが、生成AI以上のアウトプットを求められるようになるでしょう。ChatGPTで肩代わりできる仕事やビジネスは、消えていく可能性があります。中間管理職はますます必要なくなり、組織はどんどんフラットになっていくでしょう。働く人にとって大変な世の中になるのではないかと思います。

AIは驚くような変革を起こすハイパースケーラー

私は、AIをはじめとする現在のデジタルテクノロジーを「ハイパースケーラー」だと捉えています。デジタルテクノロジーの最大の利点は、ゼロ秒・ゼロ円でコピーできる点です。最上のコンテンツを低価格で急速に広められる可能性があるのです。これは教育においても、ビジネスにおいても同じです。今後、AIがさまざまな領域で驚くような変革を起こすかもしれません。例えば、日本中の大学が1つに統合されるようなことも、可能性としては十分にあり得るのです。

もちろん、デジタルテクノロジーをハイパースケーラーとして活用できない領域はあります。教育でいえば、プロスポーツ選手やプロの音楽家の育成には、やはり個人指導や集団指導が欠かせません。また、幼少期に身体知を通して言語やコミュニケーションなどを学ぶことは、人間の成長の上で欠かせないことで、そうした学びをAIとの対話で代替することはできないでしょう。

企業でも、例えば新人研修を合宿形式で行うことには、今後も意味や意義があるはずです。人間が一堂に会することの効果はあるのです。すべてをAIに置き換えればよいわけではありません。AIの活用領域には限界があります。

しかし一方で、汎用的な知識・スキルの習得などには、ハイパースケーラーとしてのAIを最大限に活用すればよいと思います。例えば、ChatGPTはすでにある程度先生の代わりを担えるようになりつつあります。経済的な理由や地理的な理由などで学習塾に通えない生徒が、生成AIを先生として活用できたら有意義でしょう。そのような面では、AIには大きな可能性が秘められています。

生徒が先生のことを好きか嫌いかまで分かってよいのか

AIには大きな可能性がある一方で、さまざまな問題も孕んでいます。

例えば、「データセンシングに関するプライバシーの問題」があります。実は今、デジタル技術を使うと授業を受けている生徒から多様なデータを取得できるようになってきています。ところが、取得したデータの分析が行きすぎると、「生徒が先生のことを好きか嫌いか」まで分かるでしょう。そこまでセンシングしてよいかどうかということが、問題になりつつあります。

企業でも、例えば研修受講のモチベーションをセンシングすることは現時点でも可能です。そこで問題になるのは、「センシングデータが社員評価につながるのではないか」ということです。AIとIoTが広まれば、そうした問題が必ず表面化するはずです。しかし、何でも規制すればよいわけでもありません。人事の皆さんは、近くこうした問題に直面することになるはずです。今から準備した方がよいかもしれません。

大事な問いは自分でとことん考えた方がよい

最後に2つ、強調したいことがあります。1つ目は、「ビジネスや人生における大事な問いは、AIに頼らず、自分でとことん考えた方がよい」ということです。ChatGPTで済むことはすぐに済ませて、余った時間を大事な問いを考える時間に回してください。生成AIは、自分にとって大事な仕事をする時間を生み出すためにあるのだ、と考えた方がよいと思います。

2つ目に、これからは「やりたいこと」が極めて大事になります。なぜなら、やりたいことがある人にとって、AIはさまざまなことを瞬時に実行してくれるありがたいツールだからです。AI時代には、やりたいことがある人はさまざまなことを成し遂げ、そうでない人との差が一段と大きくなっていくでしょう。今後は、やりたいことを創ることが、実は最も大切なのかもしれません。

【text:米川 青馬 photo:平山 諭】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.77 特集1「テクノロジーで変わる職場の学び」より抜粋・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
越塚 登(こしづか のぼる)氏
東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 EdTech連携研究機構 教授

1994年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。東京大学大学院情報学環准教授などを経て、2009年より現職。2019〜2023年にEdTech連携研究機構・機構長を兼任。データ社会推進協議会(DSA)会長など、さまざまな領域の研究を主導する。

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