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インタビュー

静岡大学 大島純氏

AIは疑うことを忘れずに活用することが大事

  • 公開日:2025/03/10
  • 更新日:2025/03/10
AIは疑うことを忘れずに活用することが大事

静岡大学 情報学部 行動情報学科 教授の大島純氏は、知識構築型学習や知識創造型学習の専門家で、1990年代に日本の教育の場にコンピュータを用いた学習支援システムを持ち込んだ先駆者の1人である。その大島氏に、生成AIやIoTなどのテクノロジーを活用した学習環境デザインの可能性について伺った。

知識構築としての学びが起こる「学習環境デザイン」を研究
近い未来、「教授AI」が誕生する可能性が十分にある
危険なのは学生が教授本人と教授AIを同一視してしまうこと
学習環境デザインに役立つ「メンタリングAI」
知識創造が上手な人にはクラフトマンシップがある
クリエイティビティに最も大事なのは「諦めない力」

知識構築としての学びが起こる「学習環境デザイン」を研究

私は1995年にカナダ・トロント大学でPh.D.を取得しました。指導教官はカール・ベライターとマリーン・スカーダマリアという有名な教育研究者で、当時、2人は早くもコンピュータシステムで支援する協調学習の研究をしていました。私は彼らから教育でのコンピュータシステム活用の方法を学んだのです。

Ph.D.取得後、私は日本に戻り、学習支援システムやeラーニングシステムを活用した知識構築型学習、知識創造型学習、協調学習の研究を行ってきました。最近はIoTシステムや生成AIの教育活用にも関心をもっています。今日は研究成果や最近のトピックを踏まえて、学習環境デザインの可能性についてお話しします。私の主な研究フィールドは職場ではありませんが、働く皆さんの参考になることがお話しできたらと思っています。

私が準拠する理論は、「知識構築としての学び」です。知識構築とは、ある社会やコミュニティが知識創造を行うとき、メンバー一人ひとりが主体となり、他者との対話や協働を通じて、独自の知識を構築していく活動のことです。例えば、皆さんの会社の新規事業開発チームのメンバーは、まさに知識構築をしています。その結果、新規事業が生まれるわけです。他のさまざまな部門でも各メンバーが知識構築をしているはずです。

カール・ポパーという哲学者は、世界には3種類あり、それぞれの世界が相互作用していると言いました。「世界1」は物理的な世界、「世界2」は心や意識の世界、そして「世界3」は、世界2が生み出した所産のすべて、知識のすべてによって構成されている世界です。言語・科学・技術・物語・芸術・思想・社会制度などは、すべて世界3にあてはまります。皆さんのビジネス上の知識も世界3の一部です。

この「世界3」の知識は、誰か1人がもっているものではありません。いわば公共財です。私たちはより良い社会を築くために、この世界3の公共的知識を一人ひとりが創出したり改善したりする知識構築を行う必要があるのです。

社会やコミュニティの知識構築を充実させるためには、一人ひとりが知識構築のやり方を学ぶことが欠かせません。私は、そのような知識構築としての学びが起こる「学習環境のデザイン」を研究テーマの1つにしています。どうしたら知識構築としての学びが起こりやすいホットスポットを作ることができるかを研究しているのです。

近い未来、「教授AI」が誕生する可能性が十分にある

最近、生成AIを学習環境デザインや知識構築サポートに活用する研究が増えてきました。AIは、上手に使えば非常に役立つツールです。

例えば、私の研究室の大学院生の研究によれば、学生は論文執筆の際、教授と生成AIを質問相手として使い分ける傾向があります。細かな文章構成や言葉遣いなどについては、多くの学生がAIに質問します。なぜなら、教授にそんな些細な質問をするのは失礼だ、と思っているからです。それにAIなら、夜遅くや朝早くでも遠慮なく気軽に質問できるからです。

一方で「このアイディアをどのように論文にしたらよいと思いますか?」「次にどの研究をしたらよいと思いますか?」といった質問は、多くの学生が、AIではなく教授に投げかけます。なぜなら、教授は自分のことをAIよりもよく分かってくれていて、親身になって考えてくれるからです。少なくとも今はまだ、学生たちはそうした面ではAIを信用していないわけです。

では、「教授AI」を開発したら、学生たちはいったいどう活用するのでしょうか。ある教授の論文や著作、学生との対話などをすべて生成AIにインプットすれば、現時点でも、教授AIはある程度まで開発できます。近い未来、いくつもの教授AIが実際に誕生する可能性が十分にあるのです。今後の興味深い研究テーマの1つです。

危険なのは学生が教授本人と教授AIを同一視してしまうこと

教授AIのようなものを想定すると、生成AIの危険性も見えてきます。最も危険なのは、学生が教授本人と教授AIを同一視してしまうことです。学生が「教授AIがこう言ったので、教授もこう考えているのですよね」などと言い出したら、コミュニケーションがおかしくなってしまいます。

そのようなときに、「教授AIはこう言っているけど、教授本人はそんなことは言わないはずだ。教授AIに、少し違う角度からもう一度質問してみよう」と考えることが、生成AIを上手に使うポイントです。AIは疑うことを忘れずに活用することが大事なのです。AIは優れた道具ですが、どこまでいっても道具にすぎません。そのことを忘れてはいけないのです。

しかし、若者や子どもたちは、AIと本人を同一視したりして、AIの誤った使い方をしてしまう可能性が十分にあります。ですから、若者・子ども向けのAIサポートツールを開発する必要があるだろうと思います。

学習環境デザインに役立つ「メンタリングAI」

私が今、学習環境デザインに役立つだろうと考えているAIは、利用者が主体的に考えたり、学んだり、行動を起こしたりすることを支援する「メンタリングAI」です。

メンタリングAIとは、例えば、利用者が悩んでいるときに、「こうしたらいいよ」などと解決策のヒントを与えてくれるのではなく、「その悩みは意味のある悩みだね。その悩みを過去にクリアした人はこんなことを言っているよ。参考になるかも」などと、悩みを自分で解決する道筋を寄り添いながら示唆してくれるAIです。このタイプの生成AIがあると、日々の学習意欲やチャレンジする意欲を高められると思うのです。

私の師匠、カール・ベライターとマリーン・スカーダマリアは「人生を通して、チャレンジを楽しみなさい」と私によく言ってくれました。結局、常に何かにチャレンジして、脳や心に負荷をかけない限りは、スキル向上やマインドセット変革、知識創造は起こせません。自らを伸ばすためには、毎日楽しく挑戦し、自分の脳や心を鍛えつづける必要があるのです。

そうした脳と心の鍛錬を後押ししてくれるメンタリングAIが広まれば、私たちはさらに自らを鍛えて伸ばすことができ、より良い知識構築と知識創造を実現できるでしょう。私は、メンタリングAIが生成AIの最も良い活用法の1つではないかと考えています。

私の目からは、教育現場だけでなく、企業も社員の脳と心の鍛錬の後押しは決して得意ではないように見えます。メンタリングAIができれば、学校だけでなく、企業などでも広く使われるようになるはずです。

知識創造が上手な人にはクラフトマンシップがある

私はこれまで、世界中の多種多様な学習環境の研究を調べてきました。例えば、アントニオ・ストラディバリが17~18世紀にストラディバリウスを作り出したイタリアのクレモナは、小さな田舎町にすぎませんが、今も弦楽器の世界的な製作地でありつづけています。その地が、若い弦楽器製作者たちの学習環境をどのようにデザインしているのか、といったことを分析してきました。

こうした研究を積み重ねた結果、私は知識創造が上手な人の条件を1つ見つけだしました。それは「クラフトマンシップ(職人気質)」です。優れたクリエイターは、自分の創りたいものを生み出すための道具を自作するところから始めるような職人気質の人が多いのです。

フィンランドのヘルシンキ大学は、クラフトマンシップが根づいたホットスポットの1つでした。私がヘルシンキ大学の友人にそう伝えたら、「何を言っているんだ。日本こそ、クラフトマンシップが根づいた国じゃないか」と言い返されました。確かにそのとおりです。

それ以来、私は日本の大工仕事などを見直すようになりました。またドローンをはじめ、クラフトマンシップを刺激するIoTツールを重視するようになりました。日本企業には、クラフトマンシップを大事にする組織が多いはずです。知識構築や知識創造に役立ちますから、ぜひクラフトマンシップを大切にしつづけてください。

クリエイティビティに最も大事なのは「諦めない力」

最後にもう1つ、創造力の話をします。創造性・学習・コラボレーションの研究に関する世界的な第一人者のキース・ソーヤーが、あるシンポジウムで次のような話をしてくれました。

「クリエイティビティは私たち全員に備わっていますが、実際に社会で発揮できる人は限られています。では、クリエイティブな仕事を成し遂げた人とそうでない人の間には、どのような違いがあるのでしょうか。実は両者には、小さなクリエイティビティのサイクルを、諦めずに回しつづけたかどうかの違いしかありません。創造する際に最も大事なのは、諦めない力なのです。どのような素晴らしいアイディアも諦めたら終わりで、決して形にすることはできないのです」

これは本当にそのとおりです。クリエイティビティを発揮したいなら、諦めずに続けることです。あるアイディアが良いと思ったら、否定されても簡単に捨てず、改善を続けるのです。その先にきっと知識創造が見えてきます。

【text:米川 青馬 photo:平山 諭】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.77 特集「テクノロジーで変わる職場の学び」より抜粋・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
大島 純(おおしま じゅん)氏
静岡大学 情報学部 行動情報学科 教授

1995年トロント大学大学院教育学研究科修了。静岡大学総合情報処理センター助教授などを経て2006年より現職。『主体的・対話的で深い学びに導く学習科学ガイドブック』(編著・北大路書房)、『学習科学ハンドブック第二版(第1~3巻)』(監訳・北大路書房)などの著書がある。

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